第40話:地獄の底の
「うわお」
で、ダンジョンの三階層。そこまで階段で降りて、さらりとエリアを見渡すと地獄のような光景が広がっていた。なんというか。さっきの二階層でのやらかしがマズかったのか。
「トロールゾンビ……デス」
ゾンビ化したトロールがうようよと存在していた。それもそのどれもが巨大化している。ということは。
「あたりを引いたかな?」
この場合ハズレか?
「け……ヒヒ……」
隣から美味しそうな料理を見て垂涎してそうな声が響いた。まぁそりゃこうなるか。
「行っていいぞ。チャイム」
「ヒャッハー!」
そうしてチャイムはトロールゾンビの群れに向けて疾駆した。手に持つ剣で瞬く間にトロールゾンビを斬り殺し、成仏させていく。そのバーサーカーっぷりに俺もどうしたものか。トロールゾンビも動きはゾンビ系のように緩慢だが、それはあくまで移動に関してだけであって。振るわれる棍棒は普通に人をトマトの染みに変えて当然の威力と速度を誇る。それらを躱し、受け流し、なんとか対応してチャイムはトロールゾンビたちを惨殺していく。
「俺も行くかぁ」
コキッと指を鳴らす。
「――熾灼焼燃――」
そうして魔術で焼く。アンデッド系は炎に弱い。正確には身体が崩れやすいのだ。痛みに反応しないのでこっちの攻撃にあっさりと反撃してくるの厄介だが、それさえ警戒していればさほど難しい話ではない…………と思っていた時期が俺にもありました。
「ぐうううぅぅぅぅ!」
「があああぁぁぁぁ!」
「ごおおおぉぉぉぉ!」
トロールゾンビたちが次々と悲鳴を上げて、その肉体を増殖させていく。つまり肥大化だ。もちろんニチアサでもあるまいしモンスターがひとりでに巨大化とかするはずもなく。こっちも戦隊ロボで対抗したいところだが、そのようなギミックはもちろんない。
「――熾灼焼燃――」
「――熾灼焼燃――」
「――熾灼焼燃――」
ただ俺は魔術の出力を上げてトロールゾンビを焼いていく。その少し離れたところでトロールゾンビの身体を疾駆して、スラスラと切り裂いていくチャイム。こいつも巨大化したトロールゾンビに適応するのも苦ではなかったらしい。
「ああ、中々」
で、こっちに襲い来るトロールゾンビを見て、何やら。俺が対処していると、卑屈そうな笑みを浮かべた肥大王がそこにいた。あくまで少年っぽい外見だが、笑顔から見れる闇は暗い。陰キャと呼んでいいのかはこの際議論しないとしても、肥大王が鬱屈としているのはパッと目でも悟れる。
全長十メートルを超えるトロールゾンビの群れというのも、それはそれで景観破壊にかなり貢献していて。
「で、テメェは何をしたいんだ?」
俺は肥大王に話しかけていた。意味のない問い。と果たして言えるのか。
「ふひひ……我々共和王政は国民の意向を実行するまでですよ」
国民の意向ね。
「で、そのためにダンジョンの魔改造か?」
「これは実験です。トロールゾンビのポテンシャルがどんなものか」
ポテンシャルね。十メートルを超える巨体が群れを成していれば、それだけで俺にとっては悪夢。こういう巨体には決戦魔術が最も有効なのだ。
「とりあえず。肥大王には排除命令が出ているんだが。そっちは把握しているか?」
「排除?」
まぁそらわからんよな
「僕を排除? 排除? 排除?」
「してほしくないなら深層に帰れ」
俺としても穏便に済むのなら、それが一番いいのだ。
だがもちろんそれで「はいそうですか」と相手側が言うはずもなく。
「――神雷――」
いきなり魔術を放ってきた。
「――防衛守護――」
俺もとっさに防御障壁を展開する。雷が防御に阻まれて散った。
「――竜王吐息――」
その防御ごと呑み込まんとドラゴニックバレルが放たれる。
「――泡沫夢幻――」
その撃たれた俺が幻影と消える。現れた俺は肥大王の側面。そのまま踵回し蹴りが相手へと叩きつけられ、そのままサラッとすり抜ける。
「うん?」
「ヒャッハァァ!」
その肥大王を見つけたチャイムが襲い掛かる。不条理さで言えば五十歩百歩……と思ったが、そうでもないらしい。チャイムの魔剣が肥大王をすり抜ける。なんというか水でも切るような感触。正確には水を切った方がまだしも手応えがあるだけマシというか。もはや立体映像に殴りかかっているような感触だ。
「さてどうしたものか」
ぼやきつつ。巨大化したトロールゾンビにも意識を向ける。
「――熾灼焼燃――」
ゾンビを焼きつつ、意識のリソースを肥大王にも向ける。
「――太陽――」
「――冷氷凍寒――」
炎と冷気がぶつかり合う。その無力化に成功した、と思って次なる魔術。
「――斬切分断――」
肥大王に向けて放つ。
「ふっ」
その斬撃線を読んだのか。あっさりと躱す肥大王。だが俺にしてみれば意外だ。そもそも相手の攻撃がすり抜けるのなら避ける必要すらもないはずでも。いや待て。コイツはミステリアルの存在。であれば物理現象には本来的に意味をなさない。あくまでダンジョン内でなければ……という前提ではあるのだが。
「――冷氷凍寒――」
一瞬で相手を凍らせる魔術を展開する。
「――加速――」
それに対して肥大王は加速の魔術を使って対応した。というかあまりに速い時間の加速が肥大王をして俺の懐に入れ込んだ。俺がとっさに蹴りを放つと。
「――凍結――」
次なる魔術。バキメキィと軋むような音がして、俺の足が凍る。だが俺はそのまま蹴りを続ける。だがやはりすり抜ける。であれば相手への攻撃アプローチは魔術に限定されるということか。
「グアアアァァァ!」
「うるさい」
俺は炎魔術を使ってトロールゾンビを火葬する。
「――神雷――属性強化――」
二重詠唱?
「くっ」
足が凍っており、その上で対応も遅れた。俺は防御を諦めて。
「アルテミスト様!」
チャイムの悲鳴が響き渡った。




