第39話:鬼肉《オーガニック》
「ガアアァァァ!」
雄たけびを上げてトロールへと襲い掛かるチャイムさん。その勇猛を語るのは難しいが、とにかくバーサーカーめいた活躍だった。手に持つ剣を水平に振るい、そうしてトロールの両脚を斬ると、立てなくなったトロールの頭部に刃を振り下ろす。両断された頭部の続き。そのまま身体まで斬り裂いて、剣を自由にすると次なるトロールに向けて襲い掛かる。
「ヒィ……! ハァ……!」
もはやそれは滅多切りと呼んで差し支えない。目に留まるトロールを片端から切り伏せる。そのための機械として運用され、その通りに活動する。
「……うわぁ」
で俺が引いているのは、まぁ妥当で。どうしたものか悩んでしまっている俺がいる。
「ヒハハ……ゲハハハハッ!」
切る。斬る。伐る。
立て続けに振るわれる魔剣は、あっさりとトロールを惨殺能う。それによってトロールは一体また一体と消えていく。もはやその暴虐は人道というかモンスターの生存権について一石を投じるような残虐さだ。
「ヒハ……ヒヒ……は?」
ちょっと距離を取ってチャイムを見ている俺を、どう解釈したのか。
「なんで引いてますデス?」
それを俺に聞くか?
「出来れば引かないでくださると……」
無理とは言わんが難しい。草原エリアには今血臭が充満している。その原因が惨殺されたトロールであることを加味しても、チャイムの暴虐は酷い。
「えーと。言い訳をさせてくださいデス」
言葉は択べよ?
「わたくし先天魔術を持っておりましてデス……」
先天魔術。要するに生まれ持った魔術だ。課金魔術はハンターになってから許可される魔術なので後天魔術と呼ばれている。一般的に先天魔術持ちの存在はハンターとして優れていることが多く、さっきのチャイムを見ればわかる。ああいう感じ。
まぁ俺の場合は人のことを言えんのだけども。
「敵を見ると意識が暴走しちゃうのです。ついでにバフ付きで」
「痣名は?」
「鬼肉」
まぁだいたいわかった。そりゃ鬼の本能を持っていればトロールくらい虐殺できるな。多分剣を持っていなくてもトロール程度では殺されないだろう。
「というわけで。結構あっさりマルケス級になれたんですが」
外国のハンターランクの一つだ。侯爵級と日本語では言う。
「俺も人のことは言えんが、もうちょっとこう映像的にコンプライアンスをどうにかしないとパーティ組めんぞ?」
「わかっていますけど敵を見ると自動発動なんです」
だろうな。自分で止めている映像が浮かばない。草原エリアに風が吹く。俺は既に下へ向かう階段について把握を済ませて。
「……???」
だが下りれなかった。
何故に。
とは思わない。つまりボスエネミーの存在。倒してから下降しろよというベッタベタのアレ。
「グルゥァアアアアアア!」
広い草原。隠れる気もない巨体。トロール。いや、アレはキングトロールか。一般的にトロールが湧くエリアに湧くレアモンスター。その実態は、まぁキングというネーミングに現れている。殺した部下トロールの数の倍数だけ強くなる。ちなみに二十体のトロールは既にチャイムによって殲滅済み。斧剣を持ったキングトロールは俺とチャイムを見て、
「グフウウ!」
と狙いを定める。
すでに巨人とでも見まがうばかりか。トロールとしての身長の三倍はある。キングトロールがそんなにデカい存在であることを俺は知らない。だが心当たりはある。肥大王だ。アイツが何かしらの魔術でキングトロールを肥大化させたとすれば、この馬鹿げた質量にも説明が付く。
来る!
思った瞬間、俺は横に飛んだ。ほぼ同時にチャイムも。互いに離れるように。その俺たちが元居た場所にキングトロールの斧剣が振るわれる。ズガンッッ! と音がして地面が爆ぜ割れた。おそらく人体で受け止めていたら破砕していただろう。
「――雷霆霹靂――」
俺が呪文を唱える。マジックネットワークに接続。ミステリアルの法則がダウンロード。俺が設定したマクロ関数がインストールされて、世界をあるがままに還る。結果生まれた雷撃はキングトロールを痺れさせる。殺す気で撃ったのだが、なかなか難しいらしい。
「ひっく……」
で、俺とは反対に飛んだチャイムがしゃっくりをする。そうしてミシィメキィと肉体が置換する。例えるのならギアを入れ替えた……が正しい。ある条件下において発現する魔法。
オーガニック。
「があああ!」
その彼女がキングトロールへと駆け出す。というか十メートルは離れていたチャイムが一歩でキングトロールの懐まで入った。
「ガアァ!」
で、ビール腹に似た膨らんだキングトロールの腹を殴りつける。グニュッと膨れ上がったキングトロールの腹が振動で波紋を浮かべ、そうしてその運動法則に過付加によって吹っ飛んだ。
「ぐらぁぁああ!」
その吹っ飛んだキングトロールが痛む腹部はこの際考慮せず。ガリガリガリと斧剣を地面に刺して肉体を推し留める。そうして反撃に……と思ったのだろう時にはすでに、チャイムは目の前だった。剣を振っている。それはキングトロールの斧剣を握っていない方の腕を肩の付け根から斬り飛ばす。同時にトロールは斧剣を振るう。ほぼ同時だ。大ゴマの交換。こっちが腕を差し出すから、お前は命で償え。そんな捨て身の攻撃。ほぼ原始的な武器である斧剣。例えるなら石包丁をキングトロールに見合うサイズにまで巨大化させた……とでも思えばいいのか。それを振るう。問題はチャイムが先天魔術師であることで。
「ギハァ!」
振るわれた斧剣を片腕でいなして、手に持つ魔剣をキングトロールに突き刺す。そのまま重力に従って縦に切り裂き、地面につく。キングトロールにしてみれば悪夢だろう。自分の攻撃は一切効かず。相手の攻撃は致死性を秘めている。俺だったら逃げ出すがモンスターには後退のねじが外れている。ていうか。放っておくのもハンターに悖るか。
「――青蒼藍碧――」
俺の突き出した腕から蒼いビームが奔って、蒼穹を思わせる色合いを残して消える。斜めに切れたキングトロールの肩から腹部。だがそれすらもグジュグジュと再生してしまう。頭を潰すしかないか。
「ヒギャハァ!」
その隙をついたチャイムがキングトロールの頭部にアイアンクローをする。目が爛々と輝いている。あるいはそれは血の匂いをかぎ取ったサメのソレにも似て。もはや反射と本能だけで相手の死を望んでいるという意味で。
「シャークバイト!」
で、グシャッとキングトロールの巨大な頭部を、まるで卵でも握りつぶすように握り潰してしまった。
「えー……」
もちろん俺なんて何と言ったものか。だがメテオールがスイッチを押したトロールパニックが収まったのも事実だ。
「メテオール。エーテルプリズム食うか?」
「馳走」




