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5、舞踏会のパートナー

 学園は舞踏会が開催される時期になった。


 この時期になると、学園の生徒はそわそわとしはじめる。

 舞踏会では、男女がペアを組んで参加する事になっていたが、ペアを組むために男性が女性に踊りの相手を申し込むという形になっていた。だから誰に声を掛けようか、誰から声を掛けられるのだろうかと、生徒はみな落ち着かない日々を過ごすのである。


 ただしジュライには関係のない話だった。

 例のいじめっ子の令嬢たちが手を回して、ジュライに声を掛けさせないように工作をしていたので、誰からも声を掛けられなかったのだ。

 ジュライは公爵家でのパーティ以降も、学園内でいじめられるという状況は変わっていなかった。

 パーティのことは、エドワードとお近づきになるといういじめっ子たちの思惑は実現しなかったが、「エドワード様がお優しくて助かったわね」と嫌味を言われるだけで済んだ。彼女たちはジュライが公爵邸でどんなふうに過ごしたのかは詳しく知らないようだった。もし知っていたら嫌味で済まなかっただろう。

 エドワードとはそれ以来話すことはなかったが、ジュライの方は特に気にしていなかった。むしろそれが当然だと思っていた。


 ジュライの舞踏会の相手が決まりそうにないことについては、ジュライは想像していたことだし、彼女自身は落ち込むことはなかった。

 前年も同じように相手が決まらなくて、舞踏会当日は図書室で一人本を読んで過ごしたのだった。

 今年もそうなるのだろう。

 別にそれは構わないのだが。


 ただ、ジュライが家で過ごしている時に自室のクローゼットを開けると少し悲しい気持ちになることもあった。

 そこには一着のドレスが学園に来たときの綺麗な状態のままかけてあった。

 それはジュライが母親から学園の舞踏会で着る用に贈られたドレスだ。

 私にはもったいない豪華で上品なドレス。上から白色、青色、(すみれ)色がグラデーションになっていて、銀色の装飾が全体に施されている。美しい衣装だ。

 もし私が万が一舞踏会に参加することになったとしても、このドレスを着たら、あのいじめっ子たちからどんな目に合わせれるかわかったものじゃない。

 残念だけど、私はこのドレスを着る機会は来ないだろう。

 

 このドレスにはジュライにとって特別な思いがあった。

 ジュライが小さい頃、昔、学生の母親が舞踏会に参加した話を聞くのが好きだった。

 父親から踊りの相手を申し込まれた話を、少し恥ずかしそうにする母。そしてこのドレスを着て、無我夢中で踊ったという舞踏会の話。その話をするよう何度せがんだことか。

 母に憧れて、いつか自分も舞踏会で踊るんだって幼少のころの私は目を輝かせて言っていたっけ。懐かしい。

 それから大きくなって、学園入学前に、このドレスを母親から贈られたときはどんなに嬉しかったか。

 学園に来る前は、これを着て舞踏会で踊ることを夢見ていたけど、今となっては叶わない夢だ。

 まあ仕方がないよね。

 ジュライはそう呟き、寂しく笑うとクローゼットの扉を閉めるのだった。


 当日は図書室で何を読もうかな。なにしろ時間はたっぷりある。静かだろうし。長編に挑戦しようか。


 ジュライはそんなことを考えながら日々を過ごし、舞踏会前日になったのだった。

 

 その日の授業が終わると、教室は、舞踏会を楽しみに浮かれている生徒たちの話し声でざわざわとしていた。

 それとは関係のないジュライはさっさと教室を出て、いつも通り家に向かって歩いていたが、そんな彼女に声をかける人物がいた。

「あの」

 ジュライが振り向くと、それはエドワードだった。

「お久しぶりです」

 ジュライがエドワードと顔を合わせるのは、公爵邸でのパーティ以来だった。

 しかしエドワードの表情は暗かったので、ジュライはどうしたのだろうと思った。

 エドワードは何かを言おうか迷って口ごもっていたが、意を決して口を開いた。

「ジュライさんは、舞踏会、どなたと参加するのでしょう」

 ジュライはその言葉に不思議そうな表情をした。どうして私にそんなことを聞くのだろう。その真意を測りかねたのだ。

「誰とも」

「誰とも?」

「ええ。私を誘ってくださるような奇特な方はいらっしゃいませんから。明日は本でも読んで過ごそうと思っています」

 そう言ってジュライはほほ笑んだ。


 エドワードはジュライの言葉を聞くと、ぱっと表情が明るくなった。

「本当ですか? お相手がまだいないというのは」と勢いよく聞いた。

 ジュライは、少しその勢いに気圧されて、すこし怯えた様子で答えた。

「ええ、はい」


 「それなら僕と一緒に舞踏会、参加してくださいませんか」

 エドワードがそう言うと、ジュライは驚いた。

 まさかエドワードの相手が決まっていないとは思わなかったのだ。

 ジュライは予想もしていなかった言葉だったので、混乱した頭を整理するために黙って考えていると、

「駄目でしょうか」とエドワードは不安そうな顔をした。

「いえ、駄目と言うか。私で良いんでしょうか」

「はい、もちろん。というか、あなたがいいんです」


 エドワードの相手が決まっていないなんてあるのだろうか。もしかしたら、もともと決まっていた相手がなんらかの事情で舞踏会に出られなくなったのかもしれない。たしかに前日に相手が決まっていないのは私くらいだから、声を掛ける相手としては私が適切か。

 公爵邸でのパーティのときは私が助けられたのだから、今回はエドワードのことを助けたい。

「わかりました。私でいいのなら、お受けします」

「本当ですか」

 ジュライが頷くと、

「はあ、よかった」とエドワードはほっとしたように胸をなで下ろしたのだった。


 こうしてジュライは、急きょ舞踏会に参加することになったのだった。


 エドワードの相手が決まっていないというのは、実は学園内で話題になっていたことだった。舞踏会に参加しないつもりのジュライの耳には入ってこなかったが。

 エドワードは本当は最初からジュライを舞踏会のパートナーに誘おうと思っていた。しかし、誘う勇気が出なくて時間が過ぎていき、前日になってしまったのだ。

 エドワードは常に学園の令嬢から話しかけられ、誘われるのには慣れていたが、自分から女性に話しかけたことはほとんどなく、ジュライを誘うためにどう話しかければいいのかわからなかったのだ。実に彼らしい事情だった。

 エドワードがジュライに声を掛けた時に暗い顔をしていたのは、話しかけるのが舞踏会前日になってしまい、もう手遅れだと思い込んでいたからだった。


 エドワードが舞踏会の前日にジュライを誘ったのは、成り行きだったが、思いがけず最高のタイミングになっていた。

 前日なので誰もジュライの参加を知るものもいないし、当日知ったところで、いじめっ子たちがもう妨害するにも間に合わないようになっていたのだ。


 まさか自分が舞踏会に参加するなんて。ジュライは考えてもいなかったことだったので、嬉しいとかそういう感情は湧いてこず、現実の出来事であるという実感もあまりなかった。起こっている事態に気持ちが取り残されているようだった。

 彼女はエドワードのパートナーとしてふさわしく振る舞わなければいけない。とにかくそれだけがジュライの頭を占めていた。でもかえってそれがよかったのかもしれない。彼女は余計なことを考えずに済んでいたから。

 当日エドワードの横に自分がいることによって、みなを驚かせたり怒りを買ったりするかもしれない、そんな考えは浮かぶ暇もなく、翌日の準備を大急ぎで彼女はするのだった。

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