2、パーティへの招待
ジュライはある日、公爵邸で開かれるパーティに招待された。
貴族の家で開かれるパーティに招かれることは時々あったが、公爵家でのパーティに招待されるのはジュライにとっては初めてのことだった。
公爵家のパーティに呼ばれるというのは名誉あることで、ジュライはしっかり時間をかけ準備をして向かったのだった。
ジュライが公爵家に着くと、公爵家の執事に玄関で待つように言われた。
そこでジュライはおかしいと思った。パーティの参加者だとわかったら、そのまますぐに通されるはずだ。
ああ、そういうことか。
その時、ジュライは察したのだった。
そもそも公爵邸でのパーティなんて存在しないんだ。
招待状は私を騙すための偽物で、私を用件もないのに公爵邸に押し掛けた令嬢に仕立て、恥をかかせようとしているのだ。
そう考えるとジュライは怒りが込み上げ、手に持った招待状をぎゅっと握りしめた。
でも、執事はなんで私の用件をきかなかったのだろう。私は公爵の令息と知り合いでもないし、普通は聞かれると思うのだが。
この時、その執事は、ジュライを公爵令息の異性の友人だと勝手に思い込んで、用件を尋ねるのは野暮だと考え聞かなかったのだった。
この時から、ジュライの身に思いがけない奇跡が起こりはじめていた。ジュライ自身は全く気づいていなかったが。
しばらくすると、そんな事情を知らない公爵の令息がジュライの前に姿を現したのだった。
「どうしたんですか?」
「突然すみません。あの今日、こちらでパーティが開かれるということはないですよね?」
「パーティ? なんのことだろう」
公爵令息は何の話かわからないというように不思議な顔をしている。
やっぱりだ。
そして、ますますジュライの中で怒りが強く湧き上がった。
私に対する嫌がらせはもう慣れてきたけれど、こうやって関係のない他人を巻き込むのは本当にやめてほしい。
そのような考えとともに、一瞬ジュライの顔にうんざりとした表情が浮かんだが、それを公爵令息に見せるのは失礼だと思い、すぐに笑顔で取り繕った。
そしてこんな無駄なことに時間をとらせるのは心苦しいので、一刻も早く立ち去ることにした。
「すみません、私の勘違いでした。失礼しました」
そう言って、ジュライは踵を返し、そこを後にしようとしたのだった。
ジュライに嫌がらせをしかけた令嬢たちの計算はここまでは完璧だった。
しかし、彼女たちが思い寄らなかったのは、公爵令息が繊細で感じやすい性格の人物だったことだ。彼女たちは、公爵家の人間がジュライなんてまともに相手にするわけがないと高を括っていた。だから、その後の彼の行動なんて一つも予想できなかった。
公爵令息は、ジュライが見えないようにその手に隠していた招待状がちらと見えたのを見逃さなかった。
さらに、一瞬だけジュライの顔によぎったうんざりとした表情、普通の人なら間違いなく見逃すわずかな表情の変化に気づいたのだった。
そして、公爵令息はだいたいの事情を把握したのだった。
「ちょっと待って」
公爵邸から立ち去ろうと歩きはじめていたジュライは、その声に立ち止まり、振り向いたのだった。
「なんでしょう?」
急に声をかけられて戸惑ったような表情をしたジュライを目にした瞬間、公爵令息はその姿に見とれたのだった。
でもその時のジュライの装いはとても地味で冴えない外見だったので、公爵令息は、自分がジュライのどこに魅力を感じているのかわからず、考え込んでしまった。
「どうかしましたか?」
公爵令息が話しかけてきたにも関わらず黙っていたので、不思議に思ったジュライがそう問いかけたのだった。
「これは失礼。パーティでしたね。お待ちしていましたよ。ええと」
帰ろうとしていたジュライにとって予想もしていない言葉に困惑したが、とりあえず、
「ジュライです」と答えた。
「ジュライさん、中へどうぞ」
公爵令息は、歓迎するような微笑みを浮かべながらジュライを公爵邸へと招き入れたのだった。
招待状が偽物であった今では、ジュライが公爵邸を訪れる用件なんてないはずだった。それなのになぜ入ることになったのだろう?
ジュライは少し考えて、次のような結論に至った。要するに、公爵令息は私の身に降りかかった事情を察知して、恥をかかせないためにとりあえず家に入れることにしたのだ。
ならば多分、簡単に挨拶して終わりだろう、ジュライはそう思った。それだけでも十分ありがたいことだ。