うんこ
毎朝出勤前にコンビニに寄る。
トイレに行きたければ行き、その後決まってサンドイッチとコーヒーを買うのだ。
今日は大のほうをしたい気分だったので、入店後すぐにトイレに向かった。
ここのトイレは男女共用が2つなのだが、両方とも入っていたので外で待つことにした。
⋯⋯長い。2人とも大だろうか。朝の忙しい時に全く⋯⋯
ガチャ
希望の音が聞こえた。
手前の個室からサラリーマン風の男が出てきた。俺よりは若そうだ。
個室に入り、鍵をかける。
スラックスとブリーフをずり下げ、腰を下ろす。温かい便座が心地よい。
実に無遠慮な量の便を捻り出し、念入りに拭いて個室を出た。
俺が出たのとすれ違いざまに、待機していた女子高生が入って行った。
なんというか、自分のあとに女子高生に入られると恥ずかしいな⋯⋯ババアならなんともないのに⋯⋯
「えっ⋯⋯」
女子高生の個室から声が聞こえた。
「チッ」
ジャー
舌打ちと、流す音が聞こえた。
もしかして、流してなかったか?
いやでも、音を聞かれたくないからって流しながらする人もいるって聞くし⋯⋯
でもどうだ? 今の子はそういうタイプだったか? どっちかというとギャル系で、ガサツな感じじゃなかったか? いやさすがに根拠が薄すぎるか⋯⋯一瞬見ただけでトイレを流しながらする派かなんて分かりっこないよな⋯⋯
んー、どうだ。
でもでも、今まで流し忘れたことなんて⋯⋯いや、どうだ? 流したか? 尻拭いてその後⋯⋯あれ? その後どういう動作で個室を出た? 思い出せ⋯⋯思い出せ俺!
ダメだ思い出せない。
もういいや、サンドイッチとコーヒーを買って帰ろう。
いつも俺が選ぶのはこの蓋のついた無糖の缶コーヒー。そしてこのハム、たまご、ツナのミックスサンドだ。
ガタン
トイレのドアの音だ! ヤツが来る! こっちに来ることなくそのまま出ていってくれ〜!
棚の角から目だけ出して様子を伺っていると、足が見えた。微妙にこちらを向いているような気がする。ということは曲がってこっちに来る可能性が高い! 隠れねば!
と思った頃にはもうこちらを向いていた。
知らない女性だった。
そうか、もう1つの個室に入ってた人か⋯⋯助かった⋯⋯
危機を乗り越えた俺はいつものようにレジ袋なしで商品を購入し、出口へ向かった。
が、やっと出られるというところで、さっきの女子高生と鉢合わせてしまった。
お互い一瞬立ち止まり、固まった。
その刹那、女子高生が俺の顔を見たような気がした。
「すいません」
「すいません」
互いに出口を譲り合った末、彼女が先に出た。何だったんださっきの間は⋯⋯
結局、真相は闇の中である。
なので俺は駐車場で彼女を攫った。
簡単な汚れを取るために車に置いていたガムテープで両手両足、口を塞ぎ、すぐに首を絞めた。
涙を浮かべ、恐怖に歪む彼女の顔に罪悪感を覚えた。
「ごめんね、ごめんね⋯⋯」
俺は涙を流しながら重ねた親指を押し込んだ。
みるみるうちに真っ赤になっていく彼女の顔。尋常でないほど食いしばった歯からは血が滲み出ている。
やがて「ベコッ」という管が潰れる感覚が親指に伝わり、彼女は数分悶えたあと息絶えた。
家に帰った俺は彼女の頭部をホルマリン漬けにし、勉強に励んだ。
勉強というのは面白い。
自分の成長が目に見えて分かるからだ。
それからも彼女に見守られながら、日夜脳波の勉強・研究に勤しんだ。
2年後、俺の研究は完成し、俺はウルトラ超すごいすごいアルティメットメモリーバイツハイパーコンピューター人間となっていた。
人の脳を咀嚼すると、その人の記憶を映像として見ることが出来るのだ。
2年振りに彼女を取り出し、脳を傷つけないように頭蓋骨を切っていく。
細心の注意を払って保存していたこともあり、これまで研究材料にしてきた人間たちの脳と遜色ないほどの新鮮さだった。
「ついにこの時が⋯⋯いただきます!」
俺は2年分の勉強の日々を思い出しながら、全てが始まったあの日のことを思い出しながら、無我夢中で脳を喰らった。
この生理的に受け付けない、吐き気のする味は何度食べても慣れないものだ。
だが、今日全てが終わるもぐもぐもぐ⋯⋯
来る⋯⋯来る⋯⋯来てる⋯⋯見える⋯⋯
よし! 見え⋯⋯
俺と入れ違いで個室に入った映像が流れた瞬間、頭に鈍痛が走った。
頭を押えながら振り向くと、知らない男が「犬」と書かれたツボを持って立っていた。ツボには血がついていた。
「やっと⋯⋯やっとだ⋯⋯! やっと娘の仇を⋯⋯!」
なんということだ。この男は今食べている子の父親なのか。
「フー⋯⋯フー⋯⋯!」
男の目は正気ではなかった。
あと一歩のところまで来ていたというのに、なんという不運だ。神はいないのか⋯⋯!
「最期に言い残すことはあるか!」
男はツボを振りかぶって叫んだ。
言い残すこと。恐らく彼女に対しての謝罪の言葉を求めているのだろう。
だが俺は今この瞬間、別のことが気になっていた。
ツボに書かれている「犬」だ。
なんで犬なんだ。センスどうなってんだ。
気になりだしたらとことん気になる性格なので、真っ先に口に出していた。
「これは先月友達から45万円で買った幸運のツボだ。よく考えてみたらダサいし、使い道がないんで凶器として使うことにしたんだ」
「なるほど」
騙されてるじゃないか。
「それだけか?」
「はい」
「⋯⋯はぁ」
男はツボを下ろし、大きなため息を吐いた。
「なぁ⋯⋯なんで俺の娘殺したんだよ」
聞かない方がいいと思うけどなぁ。
「教えてくれよ。俺の娘がお前に何かしたっていうのか? なぁ」
「実は、かくかくしかじかで⋯⋯」
どうせ死ぬので、コンビニでのことを洗いざらい全て話した。
「はぁ? そんなことで娘を殺したのか!? 直接聞けば良かっただろ! 頭おかしいんじゃないかお前!」
「38歳のおっさんがいきなり女子高生に『僕のうんこ残ってましたか』なんて聞けると思います?」
「⋯⋯思わねぇな」
あ、そうだ。
「あの⋯⋯」
ダメ元でお願いしてみよう。
「今娘さんの脳みそを食べてるんですけど、もう少し静かにしてもらえたら結果が出ますので、もう少しだけ⋯⋯」
「⋯⋯は? はぁ!? 娘の脳を!? はぁ!?!?!? なんだお前⋯⋯なんなんだお前ぇーーーーーーー!!!!!!」
結局、ツボでボコボコにされて俺は死んだ。
今は地獄で元気に暮らしてるよ。
うん、ちょっと漬物みたいな臭いがするだけで、ほかは普通に快適。うん。
え? なんで俺が責められるの? みんなが地獄に堕ちろって願ったから今ここにいるんだけど?