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メンチとハンバーグ

作者: 須賀 玲衣

 母の作るメンチがずっと一番の好物だった。

「晩御飯は何がいい?」と訊かれたら、間髪入れずに「メンチ!」と答え、「また?」と苦笑される位に。

 だって本当に美味しいのだ。いや、メンチに限らず母の手料理は何でも美味しかったが。


 父が極端な外食嫌いのためデリバリーすらしたことがなく、毎日一家揃って母の料理を食べていた。冷食や出来合いのお惣菜なども使わないという徹底ぶりだった。

 さらに、父の教育方針で小中学校は私立に通ったので給食がなく、昼は母の特製弁当。もちろん、寄り道や買い食いも禁止。マンガやテレビなどの娯楽も父により厳しく制限されており、受験に向けてひたすら勉強する日々。母の手料理だけが楽しみだった。


 そんな訳で、我が家の食生活はすっかりガラパゴス化していた。でも、他を知らないから疑問に思ったことはなかったのだ。


 そのことに気付いたのは高校入学直後の昼休み、クラスメイトから唐突にこう訊かれたのがきっかけだった。


「あー、腹減った。弁当弁当ーっと♪なあ、肉料理ではどれが一番好きだ?」


 何故肉縛り?と思ったら、彼は肉屋の息子だそうだ。なるほど。


「メンチが好きだよ」


「おー、仲間ー。オレもメンチが一番だな。ふっくらジューシーな挽肉とサクサク衣のハーモニーが最高だよなー」


「えっ⁉︎メンチに衣?サクサク?なんで?」


 自分の知る『メンチ』とは、俵形にまとめた挽肉の表面をこんがり焼いて、トロミのある醤油ベースのタレで煮込んだふっくらジュワッとした逸品なのだが。


「ちょっと待て。どうやら認識に齟齬があるようだ」


 周囲も巻き込んで情報を整理すると、世間では『メンチ』といえば『メンチカツ』を指すのが一般的らしい。そして、自分の好物はというと……「それって和風煮込みハンバーグじゃね?」……そうらしい。では、今後は『好物は和風煮込みハンバーグです』というべきなのか。



*****



 そんなこともあったな、と懐かしく思い出したのは、自分が歳を取ったからか。

 市外に就職したのを機に、一人暮らしを始めてから何年経っただろう。料理は、調理実習に毛の生えた程度しか出来ないため、もっぱら外食やスーパーなどの惣菜頼みだ。母の手料理と違う味に初めは違和感もあったが、色んな味を知ることは楽しくもあって、じきに慣れた。


 だけど、『メンチ』だけはいまだにしっくりこない。いや、メンチカツはメンチカツで美味しいし、和風ハンバーグだって煮込みハンバーグだってそれなりにイケる。イケるのだが、自分の中では、好物のメンチとはやっぱり別物のままなのだ。色んな店のメンチやハンバーグを食べ歩いてはみたのだけれども。あの味はもう二度と味わえないのだろうか。


……ああ、母さんに作り方を教えてもらっておけば良かった。たとえ自分の腕前では再現出来なかったとしても。


 今となっては出来ないことを、今になって悔やむ。せめてもっと母に感謝を伝えていれば良かったな……。



*****



 ここはとある小さな港町の定食屋。オープンキッチンでカウンター席のみの小さな店だ。野暮用で出掛けたついでに立ち寄った。メニューは結構豊富でガッツリ目のものが多く、全てに刺身が付くらしい。流石港町。


 注文して、店主が手際良く調理するのをぼんやり眺める。いい匂いだ。焦がし醤油の香ばしい匂い。それで色々思い出したのかもしれない。


「はい、ハンバーグ定食」


 とん、とカウンターに置かれたお盆に目を見張った。に、煮ている、じゃなかった、似ている……。

 見た目と匂いは母のメンチに似ていた。味はどうだろう?

 箸を入れて一口含むと、求めていた味が広がった。トロミはないが、それ以外は母の味にかなり近い。やっとみつけた……!


 感動のあまり涙を流しながら完食すると、店主が黙っておしぼりをくれた。愛想はないけど、良い人だな。胃袋も掴まれたし、もう惚れそう、なんちゃって。


 以来、週末毎に通い詰め、たまには別のメニューにしようかなと迷いつつも、結局ハンバーグを注文し続け、「またかい、本当に好きなんだねぇ」と店主に苦笑されることになるのだった。



御高覧ありがとうございました。

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