00.【成功】
どうも、23歳で高学歴な俺です。
学歴良し(偏差値45中退の雑魚)、顔良し(自称)、身長良し(事実)で恵まれていると思われるが、実はものすごく本番に弱い。
『気にしすぎているからだ』、『努力して改善をしろ』、なんて理不尽極まりない暴論をぶつけてくる人間はいくらでもいた。人間の性格は、直そうとしてもそう簡単には直らない、と言うのが俺の感想だ。
俺自身、それは仕方がないことと逃げていた節もあるだろうが、他人からそれに対して責められると、どうしてもやる気が出なくなってしまう。
結果無職よな。
そしてとうとう、俺は逃げ出した。今まで逃げての人生だったが、これは本気の逃げだ。
決心した時には冷たい雨が降り続ける夏の夜に、服を汚しながら俺は裸足で歩いていた。
アスファルトのデコボコした道が、足裏の神経を刺激する。痛い。こんな理不尽な世界があっても良いのだろうか。やりたくて就活しているわけでもないのに、頭を下げて入社させてくださいの日々。それも空しく、ご縁がなかったと白紙上にポツンと一言。耐え難い悲しみに襲われる時を俺は何度味わっただろうか。
そこから行動に移すのは簡単ではなかった。しかし時が経つにつれて、それは重りへと変わる。やがて心を殺した。
気が付けば、普段から人足が少ない駅に足を踏み入れていた。客どころか駅員も見当たらない田舎の駅。こんなずぼらな格好していても、俺を見る変な目は無い。
田舎の駅ながらに、十分おきに電車が来るその駅で、最後の余生をベンチに座り過ごした。
雨の音が屋根を打ち、それが耳を刺激し、それ以外の雑音は入ってこない自分だけの世界になった。
「あぁ、俺の人生ってこんなにも無駄なのか」
最後に言葉を発すると共に、もうそこまで来ている電車が走る線路上に飛び降りようとした。
キイィィィイ―――――
プシューッ、と音を立て開いたドアの前に俺は座り込んでいた。電車内には誰もいない。
―――――誰もいなくて助かった。
そんな安堵とは別に、また別の感情も湧いてきた。自分に対する軽蔑。また逃げた。途中で。どうして。俺にもう希望なんてないのに。
ドアが閉まる電車。そのまま轟音と引き連れて走り去っていった。音が遠ざかるが、今もなお座り込んでいた俺。
すると、後方の改札口から足音が聞こえてきた。咄嗟に身を隠そうとするが、そんな場所はなかった。
改札口から出てきたのは女の子だった。スーツを着ているが、就活生か?と考えていると、俺に気付いたようで、頭を下げてきた。
条件反射で頭を下げ返す。すると、こんな汚れている服を着た俺に話しかけてきた。
「就活のコツを教えて頂けませんか」
こんな格好をしている俺なんかに、就活のコツを聞くか。正直笑ってしまった。大笑いした。
爆笑している俺を見て、女の子は戸惑っているようだった。
それはそうだろう。真面目な話をしているのにいきなり笑われたんだ。俺ならその相手をぶん殴っている。
俺とその女の子はベンチに座り、少しだけ話をした。
女の子の名前は瑠璃と言うらしい。瑠璃はやはり就活中らしく、なかなか上手くいっていないらしい。もう十件近く落ちてしまっているようだ。
「それで就活のコツか」
「はい」
うつむきながらに瑠璃は答える。かなり参ってしまっているようだ。
「何でそこまで就活頑張れるんだよ」
その俺の問いかけに、瑠璃は当たり前だと言うかのように驚いた顔で言った。
「だってお金は必要だし、学生が終わって職がないなら無職ですよ。頑張らないと」
―――――グフッ。
その言葉が俺のズタボロの心をさらに細切れにした。強烈な言葉が、年下の子から言われるという羞恥と相まって、もう生きてけない。
しかし、こんなにも人間って頑張れる生き物なんだ。
自分自身が情けなく感じる。自分も何度だって頑張った。何十件落ちても、罵倒されても。それでも、いつか受かれば皆喜ぶから。
でも、とある企業の社長が言った言葉が、俺を立ち上がれなくさせた。
* * * * *
もう何件落ちてるの?こんな時期だからかなり落ちてるんじゃないの?
親御さんが可哀想だな。悲しんでるんじゃないの?俺が君の親なら絶縁してるよ。君の未来に今まで投資してきたのに、何もかもが意味を無くすんだから―――――。
* * * * *
俺の親はそんな酷い親じゃない。だが、悲しんでいるのは事実だと思う。
今までの俺は怠慢そのものだった。目の前のやらなければいけないことから逃げて逃げた結果、ただのニート。職無しの親不孝者。
―――――死ぬなんてこの上ない悲しいこと、しちゃいけない。それこそ最低な親不孝者になってしまう。
「あー、お前の瑠璃って名前で、瑠璃唐草って花思い出した。たしか花言葉は成功だったかな。俺みたいになるなよ」
年下なのに俺より頑張っている姿を見て、自分が恥ずかしくなった。この子にはかなり勇気を付けてもらった。
―――――さて、これからハロワにでも行ってみるかな。
ベンチから立ちそんな決意をしたところで、目の端で動く何かが見えた。
それは線路上で動いていた。犬だ。線路に足を引っ掻けたのか、動こうとしない。遂には諦めて座ってしまった。
何をしているんだ。と呆れていたところ、辺りの空気を震わせながら猛進する電車が、姿を見せてきた。
「ヤバイッ」
そう思った時にはもうそこまで来ていた。
そんなのは目に入っておらず、俺は犬のもとへ駆け寄る。
「おじさん!」
後ろから瑠璃の声がする。そこでハッと電車の方を見ると、俺は死んでいた。
―――――いや、まだ生きてるのか?
電車で切断されてしまった傷口が熱い。痛覚は最早無くなっており、時間が経つと共に熱かった部位が冷たくなる。
今度こそもう死んでしまう。そこで、まるで動画をスキップしたかのように、見ていた景色が急に変わった―――――。
『召喚に成功しました』