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『先生と生徒の、私と僕の』シリーズ

突拍子のない、私と僕の交差点。

作者: 水本 しおん

「人は、何のために生きているのでしょうか?」


 齢十七の問いに、私は耳を疑った。この子は何故そのような疑問を抱いたのだろうか。


 私は、答えを考える前に訊き返す。


「どうしたんだ、急に」


 すると、彼はペンを置いて、ちらと一瞬こちらを見て、再び机上に広げられた原稿に目を落とした。


「人生を考えたくなったんです。どうして僕は生きているのか、どうして僕は生かされているのか、そして……何のために、僕は生きているのか。それがわからないんですよ」


 普段の明るい彼からは、想像もできないような台詞だった。彼の瞳は、悲しそうでも、苦しそうでも、辛そうでも、悔しそうでもなかった。例えるなら、色の無い眼。既視感のある、色の無い眼。


 なおも私は自分自身について考えることを保留して、俯いたままの彼に言った。


「趣味はないのか?」


 彼は、かぶりを振った。


「好きな食べ物は?」


 彼は、かぶりを振った。


「好きな子はいるか?」


 彼は、かぶりを振った。


「じゃあ、過去に好きだった――」


「僕は。先生のことを訊いているんです」


 彼は、私を睨んだ。立場上、生徒の非礼な態度を注意するべきだったが、彼に対しては、それがどうにもできそうになかった。


 誠実でありたかった。どうしてだか、彼とは真摯に向き合いたかった。


 だから、必死になって思考した。私は、来月四十歳になる。世間的に言えば、私はおじさんになるのだ。身も心も成熟しきって、さあ老後はどうしようか、という年齢だ。


 だから、容易に答えられると思い込んでいた。けれど。


「……わからない」


 ため息混じりで、何とか絞り出した返答が、たった五文字のそれだった。


 じーっと観察するように、こちらを見つめていた彼の顔に、ぽつぽつと靄がかかり始めた。次第にそれは全身を覆って……彼は姿を消した。


 彼の残した原稿を手に取った。それは、私が十七歳になった時に、人生を考えたくなって書いたものだった。


 西日に照らされた教室でひとり、私はペンを撫でて呟いた。


「人は、何のために生きているのか」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  (ネタバレあります)  少し寂しい感じの読後感が心地よかったです。  過去の自分が「お前、それでいいのかよ?」と問い掛けてくる物語は初めてではありませんでしたが、途中でオチが読めてしまう…
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