幼馴染みの車で練炭自殺をしようとしたけれど、用意した練炭で焼肉して煙たいから窓を開けてついでにお酒も飲んでストレスフリー。
自殺サイトで知り合った数人で、山の中へドライブへ向かった。勿論目的は自殺だ。
最後のドライブ。俺は幼馴染みの高級車を何とか借りて運転をしている。
「良い車ですね」
前髪で顔が見えない女性が、とても小さな声でそう言った。
彼女の声が鮮明に聞こえるほどに、車内は静かだった。そして車も静かだった。ハイブリッド車が似つかわしくない山道をのぼってゆく。
「借りたんです。最後ですから」
誰も居ない山の中腹に車を止めると、段取りも無しにそれぞれが死ぬ準備へと移りだす。
練炭を出す女性。遺書を握り締める老人。ハゲ散らかったオッサン。そして俺。
パワハラと過重労働で死にそうな俺は、会社に殺される前に、自ら死を選んだ。
遺書には会社に対する恨みをこれでもかと綴った。
死んでこれが世間に公表されるかと思うと、少しだけ自分の死に意味がある気がした。
「……いきますね」
女性が練炭に火を付けた。車内で。
直ぐに煙が車内に立ち込めた。
──ぐぅ……。
誰かの腹の虫が鳴った。……すまん俺だ。
練炭を見たら焼肉をしたくなった。最後の晩餐が焼肉ってのも中々に良いと思う。
「……焼肉」
「?」
煙たい車内で女性が息苦しそうに顔をしかめた。
「焼肉食べたい人ー!!」
突然の事に皆が驚いた。
が、後ろの二人が口を押さえながらそっと手を挙げた。
「……」
遅れて女性が手を挙げた。
「満場一致ですね」
「猟銃持ってきてるから、ちっとイノシシでも獲ってくるわ」
老人が、猟銃を片手にドアを開けた。
焼肉に使えそうな物が無いかと自分も車を降りてトランクを調べた。これ幸いとバーベキューセットが入っていた。
──ッターン!!
銃声がした。自殺じゃなければいいが……。
「ほれ、獲れたてのイノシシだべ」
バーベキューセットを広げたあたりで老人が帰ってきた。勿論バーベキューは車内でやっている。当初の目的を忘れてはいけない。
「ビールもありますよ」
後部座席のクーラーボックスから、冷えたビールを取り出した。睡眠薬代わりのアルコールだ。
「いいねぇ!」
オッサンが我先にとビールをあおった。
「いただきます!」
イノシシの肉を頬張りながら、ビールで喉を潤す。贅沢な死に方だ。
「そういえばどうして猟銃を?」
「ああ……猟師だったんだ」
「だった?」
「間違えて人を撃っちまって……」
皆が黙り込んでしまった。
「山さ埋めたけど、罪の意識に耐えきれなくて自殺を……」
そう言えば皆、今日は自殺をしに来ていたのを忘れていた…………。
「で? どうして私の車の中は焼肉臭くて、ボンネットにイノシシの抜け殻があるのかしら?」
焼肉に満足した一同は、死ぬことも無く帰宅した。
が、別の問題を抱えた俺は、機嫌良く帰宅したことを後悔した。
「いや、その……」
「大丈夫、アンタの滅茶苦茶には慣れてるから、大抵の事では怒らないわ」
幼馴染みの美澄が腰に手を当て俺に迫ってきた。イノシシを乗っけてきたのは失敗だったか。
「山でイノシシの肉で焼肉して、イノシシの皮を貰った……それだけ」
「どうしてそれで車内がこんなにも臭いのよ……」
思わず目を逸らしたが、グイッと顎を押さえられた。
「しゃ、車内で……焼肉を……しました」
「は?」
美澄が俺の顎を掴んだまま、車を見た。
「アホなの? ボケなの? ウジ虫なの?」
「うじ虫──ウッ……!」
パワハラ上司から言われ続けた『ウジ虫』が心を酷く削り取っていった。
「あ、ゴメン! えーっと、その……ウ、ウジ虫ちゃん? なのかしら?」
「そ、そうだね……ハハ」
車の中からバーベキューセットっと練炭と、ついでにオッサンが忘れていった遺書が出てきた。
「なによこれ」
「見ちゃダメだ!」
慌てて掴もうとするが、美澄の手は俺よりも早かった。
「なになに……巨額の負債で会社アボーンです。ごめんなさい、死にまーす…………なにこれ、遺書?」
「……ハハ」
色んな意味で笑うしかなかった。
「なによこれは!? どういうことなのか説明をしっかりなさい!!」
顎を掴まれ逃げること叶わぬ身となった俺は、観念して全てを白状した。
会社から酷い扱いを受けたこと。自殺サイトで志願者を募った事。練炭を見たら焼肉がしたくなったこと。猟師がイノシシを捕った事。ビール飲んでスッキリしたら自殺がどうでも良くなった事。全てを順序良く話した。
あ、山に死体があることだけは話していない。
全てを話終えた時、美澄の眉毛は六時二十五分の角度にへし曲がっていた。
「……アンタは相変わらず訳が分からないわね!!」
「ごめん」
「いーや! それよりも私に内緒で自殺するなんてどうかしてるわ!! 昔のアンタだったらパワハラだろうがセクハラだろうが立ち向かってたじゃないの! 私を助けた時の事忘れたの!?」
「…………俺はそんなに強くないよ」
──パァン!
ビンタが飛んできた。目に。モロに。
「ゴメン、ずれた」
「うん、いいよ」
「ありがと」
そっと手を離す美澄。
「私が中学の時、くそ野郎共が私の胸を触ってきた事あったじゃない?」
「くそ野郎──ウッ……!」
パワハラ上司から言われ続けた『くそ野郎』が心を酷く削り取っていった。
「ごめん、くそ野郎さん?達が私のオムネーをお触りなさったじゃない? あの時アンタ、凄い顔で怒ってさ、アイツ等のたまり場に火炎瓶を投げたの覚えてる?」
「ああ」
昔の話だ。俺もまだ若かった。
「家は燃えて、アイツらは命辛々生き延びたけれど、アンタは何故か怒られなかった。今でも不思議に思ってるわ」
「…………」
「どうしてなの?」
「アイツら、あの時酒盛りしてたんだ。後タバコ」
「最低。今更だけど」
「で、俺は火の付いた火炎瓶を投げたんだ」
「やっぱりアンタが放火したんでしょ?」
「いや、俺が投げこんだのは、隣の部屋だったんだ」
「で? 中学生で火炎瓶なんてよく作れたわね」
「映画でお酒を瓶に詰めて作ってるのを見たんだ」
「ウォッカとかスピリタスとかね。よく家にあったわね」
「無かったからビールを詰めたんだ」
「……アホね」
「勿論瓶が割れても火は大きくならないし、ビールで濡れて火炎瓶はおしまいさ」
美澄が首をひねった。
「じゃあ、なんで燃えたの?」
「奴等の寝タバコ」
「……アンタ悪くないじゃない」
「だから怒られなかった」
「訳が分からないわ」
美澄がやれやれと両手をあげた。
そして俺を見て微笑んだ。
「アンタならやれるわよ。今回も何とかなるわ」
「何とか……って?」
「いっそのこと、会社でも立ち上げれば?」
「…………会社、か」
ふと、オッサンの顔が頭を過った。
オッサンに連絡を取り、潰れた会社を買い取った。
従業員は既に誰も居ないが、当てはある。
自殺サイトで知り合ったメンバーに声を掛け、山の中へ会社を移した。誰にもとやかく言われず、好きなことを仕事にする会社を作るつもりだ。
元社長のオッサンと、女性が楽しそうに仕事をしている。
「ふぅん、なんだかコテージみたいな会社ね」
美澄が遊びに来てくれた。嬉しそうに微笑んでいる。
とても少し前まで自殺を考えていた人達には思えないほど生き生きとしている。
「ほれ、掘り炬燵作ったで」
元猟師の老人が、掘り炬燵を作ってくれた。
「わあ、暖かい! 皆でこうやって足並べるのもいいわね!」
前髪をバッサリと切った女性は、驚くほど美人になっていた。
「さ、焼肉パーティしよう!」
各々が用意した食材を持ち寄り、ビールで乾杯をする。
パーティは夜遅くまで行われ、気が付けばソファや机に突っ伏していつの間にか皆眠ってしまっていた。
「……うう、山は冷えるなぁ」
女性に暖かい布を被せ、オッサンにはビニール袋を被せておく。老人は途中で熊肉を獲りに行くと出てったきり、帰ってこない。
「掘り炬燵が暖かい」
掘り炬燵の中は暖かく、中へ潜り込んだ俺はあっという間に眠ってしまった。
掘り炬燵で寝てはいけない。
俺はそれをあの世で知った。