08話 感傷と入学
「あの子、この1ヶ月で随分と変わったわ」
そう溢すのは、フリーダ・フォン・ツェペルン。私の妻だ。
娘のシャーリーが突然、士官を目指し幼年学校へ入りたいと言い出したのは、約1ヶ月前のこと。
とうとう明日、これまでずっとそばにいた娘が離れる。入学式を控え、妻と2人寄り添いながら、酒を片手に感傷に浸っているところだった。
「あんなに可愛らしかったあの子が、すっかり成長してしまったわ。毎日トレーニングに勉強。リトともすっかり仲直りして。もう心は立派な軍人ね」
「そうだね。突然幼年学校へ入りたいと言うものだから、どうなるかと心配していたが杞憂だった。もしこの先あの子が辛い思いをしたら、その瞬間すぐに連れ戻すくらいの気持ちはあったんだがね。あの子の様子を見るに、余計すぎるお節介になってしまうだろうな」
「すっかり軍人の顔をしているんだものね。心配な気持ちは今も変わらず大きいけれど、何よりあの子の意思を尊重したいもの」
手に持ったグラスを傾け、コクリと飲みこむ。
「でも、この先もしまた戦争が起きたらと思うと心配よ。あの子を前線には出したくないけれど、もしあの子が行きたいといったら、やっぱり行かせるべきなのかしら」
目を伏せ、妻が心配そうにそう呟く。
現在の情勢を考えると、いつかまた戦争が起きることは間違いないだろう。
世界各国で産業が著しく成長しているこの波から察するに、次起こる戦争の規模は100年前以上のものになるのは想像に難くない。
「私たちとしては絶対に行かせたくないところだが、しかし軍人とはそういうものだよ。軍の中にいる限り、私が娘を贔屓することはできない。示しがつかないからね」
「でも、あの子が行きたくないと言ったら、あなたは後方へ下げるでしょう?」
「…いや、はは。きっとそうしてしまうかもしれないな。本当は良くないんだが。とはいえ、あの子は皇太子殿下の許嫁だからね。私がどうこうしなくても、前線に行くことはないだろう」
「…そうだといいわ」
妻がそっと、私の肩に頭を寄せる。
「私が怖いのは、あの子が現実と向き合った時。あの子はこの家を通してしか軍人を知らないわ。いつか暗く汚い部分を目の当たりにした時、どうなってしまうかが心配で仕方ないのよ」
「……そうだね。現実は理想とはかけ離れていて、むしろその反対ばかり。本の中で文字を追うのと、実際に目の当たりにするのとでは違うだろう。それこそまた戦争が起こるなら、あの子にとって辛く重いものが待っている」
「…あの子は知っているの?リトのこと」
「…いや、私からは話していないよ。恐らくは知らないだろうね」
「…そう」
リト・リヴァルツ。100年前の戦争と、我が先代が生んだ悲劇。その置土産。
ふと、妻がいたずらっぽく、クスリと微笑んだ。
「戦争が起こることを心配して、娘の心配をして。周りが聞いたら愛国心がないだとか言われるかしら」
「はは、どうだろうね」
椅子から立ち上がり、そっと妻に手を差し伸べる。彼女はそれに応え立ち上がると、こちらに寄り添うように向かい合った。
「だとしても関係ないさ。私にとって一番大切なのは、お前たちなのだから」
そっと身体を寄せ合いながら、ゆるりと回る。微酔を帯びながら、穏やかなワルツを二人踊った。
シャルロッテ・ツェペルン 11歳
ヴァルニッヒ幼年学校、第44期生入学式にて。
美しく、そしてやや大きめの軍服に身を包む。上級生に手を引かれ、規律正しく整列する。
形式だけは、前世での入学式と何ら変わらない。小学校や中学校の頃を思い出し、どこか懐かしささえ感じる。
これから待っている新しい生活に胸を高鳴らせながら、同時に襲う不安。
大勢に見守られ、きらびやかな入学式は無事迎えられた。
「なあ、あれ」
「あの子が?」
周りからなにやらヒソヒソと聞こえる話し声。厳粛な入学式の場であるというのに。私語は慎みなさいよと心の中で思う。
しかし、まだ11歳なのだ。仕方ないといえば仕方ないか。いや、それにしてもやけに私語が多い。
隣に並んでいたリトがそっとこちらに顔を寄せる。何か話したいことでもあるのだろうかと思い、そっと私も顔を寄せた。
「…お嬢様、すごい有名人ですね」
「…私?」
何を言われるのかと思えば、そっと小声でそんなことを囁かれた。
「あのツェペルン家の子が新入生にいるって。すごく噂になってましたよ。さっき式が始まる前に、他の人とちょっと話したんです」
なんと。しかしそう言われれば確かに、先程からヒソヒソと、こちらを見られているような感覚がしていた。なるほどそういう事だったのかと納得する。
いや、ちょっとまってそれより、リトはもう他の新入生と打ち解けたの…!?
「リトってすごいわね…私人見知りだから羨ましいわ…」
「えっ、いや、そんなことないですよ。声をかけてくれた優しい方がいて。僕は受け答えをしただけですから…」
へへへ、と頬を紅くしながらリトが照れたように笑う。
リトのことを凄いと思っているのは本心だが、彼のこの愛らしい笑顔が見たくてついいつも褒めちぎってしまう。
「それだって凄いことよ。私だったら焦っちゃって、うまく返答できるかわからないもの。そうだわ、リトと一緒に行動していれば私にもお友達できるかしら?」
「どうでしょう。でも僕、お嬢様と一緒に授業を受けたり、訓練したり、ご飯食べたり出来るのが凄く楽しみです」
リトの笑顔が眩しい。眩しすぎるわ。この子はもう、本当になんていい子なのかしら。
彼をいじめていた過去の自分を殴り飛ばしたい。彼へのこの懺悔はこの先も一生硬く持ち続けると、改めて誓う。
「私もよ。これから一緒に頑張りましょうね」
これから、私の学校生活が始まる。




