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07話 叔父の訪問

「おや、シャーリー?」


 父の声だ。驚いてぱっと後ろを振り向く。


 やってしまった、ついリトと扉の前で話し込んでしまった。きっと私たちの話し声もガッツリ聞こえていたに違いない。


「お父様…!ごめんなさい、お話の邪魔をしてしまって…」


「いやいや、いいんだよ。ほら、今お前の叔父さんが来ているんだ」


 そう言って父が部屋の奥を指し示す。その先に目を向けてみれば、父の弟、私の叔父がニコニコと穏やかな笑みを浮かべながらそこに座っていた。


「ひさしぶりシャーリー」


「オスカー叔父様!」


 オスカー・フォン・ツェペルン。グランツェリア帝国海軍の中将であり軍令部総長。

 父とは歳が5つ程しか違わないはずなのだが、父とは違い爽やかで若々しい。なかなかのイケオジである。


 叔父はこちらまで歩いてくると、ぎゅっと優しく私を抱きしめた。


「元気にしてたかい。おや、そちらの子は?」


 そう言いながら、叔父は私の後ろに目線を向けた。

 まさか自分に言葉を向けられるとは思っていなかったのだろう、リトはしばらく目をぱちくりさせて、ハッとしたように口を開いた。


「あっ、お初にお目にかかります。使用人のリト・リヴァルツと申します」


 手に持っていた鉢植えを端に置くと、深々と頭を下げる。


「ああ、君が。シャーリーと幼年学校へ通うんだって?大変だと思うけれど、二人とも頑張ってね」


 叔父は私たち2人の頭をくしゃくしゃと乱雑に撫で回す。


「はい」


 リトはなんだか照れくさそうに、なんだか嬉しそうに返事をした。


「ねぇ、今日は叔父様はなぜこちらに?」


「ああ、ちょっと近くまで来たから、ついでに仕事の話をしにね」


 叔父の横から、父がひょいと強引に顔を出した。


「そうだよ。だから悪いけれど、2人は外に出ていてね」


 そう言って、父はリトと私を部屋の外へと促す。が、そこで私の足はピタリと止まる。


 私は軍人を、それも士官を目指している身だ。今目の前にいる父や叔父は、まさに私が目指している姿のはず。

 身内に陸軍上級大将・参謀総長、海軍中将・軍令部総長がいるなんて、こんな恵まれた環境は他にない。ツェペルン家だからこその特権とも言える。


 もしやこれは、勉強のチャンスなのではなだろうか。


「お父様、もし良ければ、私も同席させてくれないかしら?」


「なんだって?」


 父は目を見開いて、驚いたように私に聞き返した。


「私、将来は士官になりたいと思っているのよ。勉強のためにも、ぜひお話を聞きたいわ。絶対に邪魔はしないから、お願い」


 参謀本部や軍令部ではなく我が家で、しかも書斎でなく客室で話しているくらいなのだ。

 大事な話ではあるのだろうが、ある程度聞かれても問題ない程度の会談なのだろうと予測する。


 父も叔父も私に甘い。もしかしたら、ワンチャンあるかもしれない。この好機を逃すわけにはいかないだろう。


「…いや、うーむ…しかしなぁ…」


 そう唸る父。さすがにやはり、ダメなのだろうか。


「…あのっ!僕も同席させていただきたいです…!」


「リト…!」


「!」


 予想外の応援に思わず目を見開く。


 そうだ、リトだって軍人を目指しているのだ。

 父に恩返しがしたいというのが彼の目標なら、ここでの会談を聞くことは軍人を目指す彼にとっても大きな学びとなるだろう。

 主人に追い出されようとしている中、使用人が会話を聞きたいと言い出すのは中々の不敬なのだが、今の私にとっては嬉しい仲間だった。


「いいじゃないか兄さん。」


 そう言って、叔父が父の肩をポンと叩いた。


「………まぁ、そうだな。ただし、ここで私たちが話していたことは他言無用だよ。いいね」


「もちろんよ!ありがとうお父様、叔父様」


「あっ、ありがとうございます…!」


 遠慮がちにしているリトの手をそっと引いて部屋に入る。窓際奥にある長椅子に2人並んで座った。


 父が「2人ともいつのまにそんな仲良しになったんだい?」と茶化すように言ったが、「いろいろあったのよ」と流して、リトと目を合わせて笑う。





「どうやら対立はどんどん悪化しているらしい。ヴィステニアでは反政府派が大騒ぎしてる。トレニベア王国が武器を売ったのは間違いないな」


 そう話を切り出したのは叔父だ。

 邪魔をしないように、そっと2人の会話に耳を傾ける。


「会談したところで、だな。恐らく話は進まないだろうよ。100年前の二の舞になるか」


「うちには練習艦しかない、何かあればまずお隣に頼るしかないんだ。あそこは今のところ中立の立場だが、先のことはわからない。やはり今のうちに艦を増やすべきだよ」


「陛下は何と?」


「決断しかねている。まぁ、まだ何が起きたわけでもないからな。こちらに影響が出るとも決まったわけじゃない。性急だろうと言われた」


「海はお隣の得意分野だからな。同盟がある以上は何かあってからでも問題ないとお考えなのだろう。本当にケチなお方だよ」


「しかしそうも言ってられない。ケルニク共和国連邦には世界一の艦隊があるんだぞ。海軍(うち)は、いずれ争いが起こるだろうと見てる」


陸軍(うち)もだ。もし事が起これば中立を目指すのが最善なんだろうが、正直お隣次第だな。今の状態を見るに、大陸の方々は講和を呼びかけたところで簡単に収まるとも思えん。長丁場になるだろう」


「陛下のことだ、いざその時が来れば喜んで参戦しかねない。成功経験があるからな。政治家連中も皆乗り気になるだろうさ」


「何も起こらないことを祈るしかないな。となると、やはり艦は置いておきたい。私からも進言してみよう」


「助かる。これのせいで最近、軍令部(うちの奴ら)は機嫌が悪くて仕方なかったんだ。海軍はどうも肩身が狭い」




 それからも会話は進み、気づけば30分程が経過していた。


 ようやく話が終結したようである。叔父と父が席を立った。


「それじゃあ兄さん、よろしく頼む。私はまたこれから北方に向かわなきゃいけないからな」


「ああ、気をつけて」


 そう言って、2人は固く握手をする。そして叔父はニヤリと笑いながらこちらへ振り向いた。


「シャーリー、リト、よく眠らずに聞いていたね。オジサンたちの話はつまらなかっただろう?」


「あら、そんなことないわ。とっても勉強になったもの」


「ええ、僕もです。この度は貴重な体験、本当にありがとうございました」


「本当に?ちゃんと理解できてたかい?」


 笑いながら、私とリトの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。

 乱雑だが、叔父のこの撫で方は可愛がられている感じがして好きだ。


「もう。ちゃんとわかったわよ」


 ふん、と頬をふくらませる。これでもちゃんと今まで勉強してきたのだ。

 コホンと咳払いして、口を開いた。


「ケルニク共和国連邦で内戦が起きようとしてるんじゃないかって話でしょう?連邦加盟国のヴィステニアでは現在反政府派による暴動が起きている。しかもそこにトレニベア王国が介入しているらしいだなんて言うじゃない。両間は緊張状態、最悪の事態を想定するなら、王国はその内戦を狙って共和国連邦へ侵攻する可能性も考えられる。逆に、共和国連邦が資源を求めて他国に侵攻するかも。あらゆる場合が考えられるけれど、そうなれば開戦は避けられないでしょうね。100年前の戦争で王国はお金も資源も領土も、条約締結国に散々毟り取られてるわ。そしてその締結国の中にグランツェリア帝国も含まれている」


 こちとら散々父の書斎に入り浸っていたんだもの。以前までの私とは違うのよと、盛大にドヤ顔をしてみせる。

 リトをチラとみれば、彼もふふんと笑いながら叔父と父を見据えている。


「100年前の二の舞を危惧しているんですよね。両国とは海を挟んでいるから、何か起きるとすれば海の守りを固める必要がある。けれどこれまで海戦は同盟国であり隣国のグレニア=ロズヴァリー帝国頼りでグランツェリア帝国には練習艦しかない。そんな状態では中立も敵対もお隣次第。特に共和国連邦の艦隊は世界最強とも謳われている、もし共和国連邦と敵対することになるなら、今の戦力じゃとても対抗できない。そのために艦の建造を提言しているけれど、最終的な決定権を持つ皇帝陛下がそれを受け入れてくれない。そういうことですよね」


 素晴らしい援護射撃だ。やはりリトもこれまで相当勉強してきたらしい。


「艦船はお高いものね。頼れるお隣がいる上に、まだ何も起きていない状態で建造に踏み切ることはしたくない。まだ共和国連邦と敵対すると決まったわけでもない。やっぱり陛下は随分と保守的だわ。けれど、艦は軍事力の象徴よ。それを渋るなんて本当にケチだわ。その割に陸軍ばかり贔屓してるんだもの」


 叔父と父はすっかり目を見開いていた。


「…はは、こりゃ参ったな」


「随分しっかり勉強したんだね、すごいな…。シャーリーも、リトも」


 感心したように2人が言う。


「その辺の貴族出身の議員より理解してる。将来は安心だな、楽しみだ」


 そう笑いながら、叔父はまた私たちの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「もう、髪がくずれちゃうわ」


「ははは、すまないな」


「いや本当に、大人顔負けだよ。きっと将来は立派な将校になれるね」


 ようやっと叔父が手を離したあと、父がそっと優しく私たちの頭を撫でた。





 どこか子供らしい達成感と優越感を覚えながら、部屋を出た。


 それにしても、やはりリトは孤児出身と思えぬほど知識に溢れている。

 よほど勉強したのだなと、改めて感心させられる。私が父の書斎に入り浸ってやっと得た頭を既に持っているのだ。

 その努力もさることながら、きっと地頭も良いのだろうと思う。


 リトを見習って、私ももっともっと頑張らなくてはという気持ちにさせられた。


「リト、あなたって本当に凄いわ。なんだかんだ私、いつもあなたに感心させられているのよ。見習わなきゃって」


 廊下を2人並んで歩きながら、私はトレーニングのため庭へ、リトは使用人通路出入口へ向かっている道中である。


「そんな…お嬢様こそさすがですよ。僕はいつも、あなたを見習わなきゃと思うんです」


「まあ、そう思ってもらえるなんて光栄だわ。お互いがお互いを見ているなんて、なんだか私たちライバルみたいね」


「ライバル…確かに、ライバルかもしれませんね」


 へへ、とリトが笑う。本当に、なんて愛らしい笑い方をするんだこの子は。

 守りたい…この笑顔…


「でしょう?私きっと大きくなったら、リトを守れるくらい立派な軍人になってみせるわ」


「なら、僕も負けませんよ。将来はきっとお嬢様を守れるくらい強い軍人になります」


 そうこうしている内に、階段を降りて、1階の廊下へ出た。

 使用人通路手前の曲がり角で、リトと別れる。


「ようし、それじゃあさっそくトレーニング頑張らなくちゃ!」


 早々に庭へと飛び出し、身体を軽く伸ばしてから、勢いよく走り出す。




「──あっ、そういえばリトに魔力値聞くの忘れてた!」


結局リトの魔力値を知るのは、幼年学校へ入学した後のこととなった。

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