05話 入学前の一時
兵士とは命令を聞く側、士官とは命令を下す側である。
募集の張り紙を見て自ら志願した命知らずな兵士、新兵用のブートキャンプで生産された青臭い兵士などなど、多種多様な量産型兵士が混ざり合う中で、それらをまとめ指揮するのが士官である。
人材を厳選し、頭脳に加え、リーダーシップ、体力、精神力、魔力、忠誠心、道徳、愛国心などなど、指揮官として必要な要素を嫌というほど叩き込まれ、養成する場所。それが士官学校。
シャルロッテ・ツェペルン、11歳の春。士官学校を目指し、この度めでたく帝都ヴァルニッヒの陸軍幼年学校へと入学することとなった者の一人。
なのだが、シャルロッテの中で、またひとつ大きな問題が立ちはだかっていた。
「魔力値は全く申し分ないくらい高かったはずよ。勉強面だって超優秀のはず。…でも精神力、体力、道徳や愛国心だって中々怪しいもんだわ。運動は苦手だし、これまでだってわざわざ避けてきた程だもの…」
幼年学校への入学を決めてからというもの、この2週間毎日欠かさずトレーニングしてきた。
のだが、これまで運動を避けてきた私が、たったこれだけのトレーニングで周りに溶け込めるかと言われれば、それはちょっと怪しい。
元々運動が人並みに出来るというなら全く問題はなかったのだが、実のところ私の運動能力は人並み以下なのである。
一応は、さすがツェペルン家の血と言うべきか、この2週間のトレーニングでそれなりに筋力や体力はついた。
しかしそれでも、軍人を目指す子どもたちの中にポンと入れられて溶け込めるかと言われれば、まだまだ足りないレベルだ。
そうだ、私はあのツェペルン家の人間なのだ。家名に恥じぬ姿でなければならない。
「あと残り2週間、こうしちゃいられない!」
トレーニングの量を増やすのはもちろん、この世界のあらゆる歴史書を読み漁り、あらゆる戦法・戦略・戦術を頭に叩き込む。
士官を目指す者として、広い視野と思考力を鍛えることも肝心だ。
「前世じゃ、戦国モノの乙女ゲームはたくさんやったのよ!戦術学を勉強するのだって楽しくできるはず!」
ぱちん、と両頬を叩き、気合を入れる。
もちろん、筋トレも欠かしてはいけない。魔力である程度なんとかなるとはいえ、せめて50キロ…いや、60キロの重荷を持ちながらでも長距離移動できるくらいになってやる!
そうと決まれば、ノートを開き訓練メニューを書き出した。
「えっ?あなたも幼年学校に?」
「はい、そうなんです」
気持ちの良い午後である。いつものようにトレーニングしつつ、ほんの休憩のつもりで庭に寝転がっていたところにリトと会った。
あれから1週間、リトとは良い関係を築けている、と思う。
会うたびに軽く声をかけたり労ったりしているうち、いつのまにか彼も緊張を解いてくれていたようだった。
それに、同い年という点も大きかった。特にリトはこれまで、近い年齢の友人などいたことがなかったそうである。
最近ではなんとなく嬉しそうに会話してくれるリトに、こちらも思わず嬉しくなってしまう。
屋敷で見かける度に私とこうして駄弁っているが、裏ではソフィアに「仕事をサボるな」と、くどくど言われているらしい。そんなことを笑いながら話してくれた。
いじめっ子といじめられっ子から、友達として、少しずつ近付けているような気がする。
「リトは軍人になりたいの?」
「いえ、軍人になりたいというのは、少し違うかもしれません」
そう言って、うーんと唸るリト。
「幼年学校に入って、もし僕が軍人になることが出来れば、ご当主様に恩返しができると思ったんです」
「…なるほど。お父様、きっとものすごく喜んだでしょう」
私の父はグランツェリア帝国陸軍の大将。軍人としてこの帝国に尽くすことは、父の力になることと同義でもある。
「ええ、すごく喜んでくださいました」
そう、嬉しそうに話すリト。ふにゃりと笑うその笑顔は、以前では想像できなかった表情だ。
「てことは、リトは試験を受けてちゃんと合格したってことよね?」
「ええ。お嬢様は確か、試験をパスされたとか。さすがです」
「そうなのよね…」
幼年学校へ入学するには、試験を突破する必要がある。学力テストと、魔力テスト、そしてちょっとした面接。
例え魔力値や学力の成績が悪くても、面接の成績によっては免除されることも多く、また逆もしかり。
特に魔力テストの成績は優先度が高いようで、魔力テストで好成績であればほぼ合格確定という偏り具合。
とはいえ学歴も出身も問わないため、かなり柔軟な試験体制と言える。その分競争率は非常に高いが。
そして私はというと、学力や魔力、面接に関しては問題ないだろうということで──まぁお父様のツテということになるが──見事試験をパスしてしまったわけだ。完全に七光である。
そして、これが目下私を悩ませている問題の原因だ。
「実は僕、2年程前から受験に向けて空き時間にずっと勉強をしていたんです。バンデルシュ夫人や、ハウス・スチュワードのハンスさん、他にも色んな方が勉強を見てくださって。おかげで今は勉強がすごく得意になりました」
「!それはすごいじゃない…!!」
高等な教育を受けてきた貴族出身の者ならばほとんど問題ないレベルの試験なのだろうが、孤児出身のリトが合格するとなるとその努力は計り知れない。本当に凄いことである。
それも、幼年学校に入れば士官学校への入学はほぼ確約状態。将校への道は約束されたも同然なのだ。だからこそ、幼年学校出身者はエリートとして扱われる。
我が家の使用人の中でも、ソフィアのように子育てを任される者、家や領地の管理を任される者、家計や商人との交渉を任される者、使用人の雇用・解雇の管理を任される者などなど、それら上級使用人たちはどれも中流階級出身の者たちばかりだ。
計算や字が読めるのはもちろんのこと、恐らく幼年学校の入試レベルであればなんなく教えることが出来るだろう。
しかし、リトが仕事の合間を縫いながら勉強に励んだというのも驚いたが、リトよりも忙しいはずの彼らが合間を縫って教えていたというのも中々驚きである。
階級社会でありながらも能力主義である帝国は、階級の違いによる差別意識が他国と比べても極端に少ない。
とはいえ、庶民どころか孤児であったリトに、使用人たち総出で甲斐甲斐しく世話を焼き続けていたことは、中々珍しい事例だと言える。
どうやらうちの使用人たちは、家主に似て心優しい者たちばかりらしい。
リトが、この家が好きだと言う理由を、改めて理解できたような気がする。
お父様は私のこととなると過保護で、もし私に何かあれば使用人を解雇することも時に厭わなくなる。過去の私が行ったリトへのいじめも、知りながら止めることはしなかった。
それはソフィアも同様で、どうにも我が家の者達は家主をはじめ皆私に甘い。
しかし、私さえ事に関わらなければ本当に心優しい人たちなのだ。
私にいじめられていたリトに対しても、裏では最大限のフォローしていたのだから。
私への甘い態度だけがこの家の唯一最大の欠点であり、私こそがこの家の欠点だった。
前世の記憶を思い出したとはいえ、私もきちんと変わらなくてはならない。改めてそう心に思う。
「本当に、すごい努力だわ。私もリトを見習わなくちゃね」
「そんな…」
照れたようにリトが笑う。
「じゃあこれから私たちずっと一緒なのね。私、一人で幼年学校に通うものだと思っていたから、リトとならすごく心強いわ」
「僕もです。これからよろしくお願いします、お嬢様」
2人、芝生に寝転びながら笑い合う、穏やかな午後。
つい1週間前まで、リトとはほとんど関わりがなかったどころか、いじめっ子といじめられっ子の関係だった。
彼が幼年学校に入ることも、受験のために勉強していることも、お父様がそれを許可していたことも当然ながら知らなかった。
けれども今は、こうして仲良く一緒に笑うことができる。そのことが、どうしようもなく嬉しい。
「あっそろそろトレーニングに戻らないと!うっかり休憩しすぎてしまったわ」
「ああ、そうですね。僕もそろそろ仕事に戻らないと。また夫人にどやされてしまいます」
起き上がり、お互いの背中についた芝を払う。
それじゃあ、と軽く別れを告げて、それぞれ反対の方向へと向かっていった。




