04話 使用人リト
「…………」
「あ、あの…シャルロッテお嬢様…?」
「……………」
昼下りの午後。シャルロッテは、大きな問題に直面していた。
今私の目の前にいるこの少年の名は、リト・リヴァルツ。
元孤児で、3年前父が我が家に連れてきた使用人。
苗字は父がつけた。リヴァルツ川という川の近くで彼を拾ったため、その名前を取ってリヴァルツ。道徳心に溢れる私の父は、一人飢える彼を哀れに思い、使用人として雇うことにしたのだという。主に皿洗いやら厨房周りの仕事、その他雑用を多々任されているようだ。
私と同い年、11歳の男の子。美しい黒髪に、バイオレットの瞳。泣きぼくろがあり、ただでさえおどおどとしている彼は余計に弱々しく見える。
さて、彼の何が問題なのか。今私が一体どんな問題に直面しているのかを簡潔にご説明しよう。
なんと、我儘だったかつてのシャルロッテは、使用人である彼にこっぴどく意地悪をしていたのである。仕事の邪魔をする、足を引っ掛けるのは日常茶飯事。屋敷で彼を見かけては、ストレス発散のように彼をいじめていた。
前世の記憶を思い出してから一週間も経っていたものの、それまで彼と対面する機会がなかったためにすっかり意識から抜けてしまっていたのだ。
たった今偶然、雑用仕事中の彼と鉢合わせ、──そもそも雑用中に令嬢と鉢合わせるなど使用人としてあってはならないのだが、孤児出身の彼は未だ仕事に慣れていないようだ──これまでの悪行の数々を自覚し自己嫌悪に陥っているところである。
シャルロッテ…なんて最低なの…
過去の自分を思いながら、つい頭を抱える。
レオハルト殿下とヒロインに関しては、そんなにやるかという程の報復を受けた上、まだ同情の余地があった。しかしどうやらやはり、シャルロッテは根っからのいじめっ子体質だったようである。それも、自分より下の者に強気に出るタイプの、最悪なヤツ。
幸いと言ってはなんだが、この世界・大人気乙女ゲーム『ドキッ!イケメン帝国とプリンセスの魔法』に、彼は登場しない。攻略対象ではないとわかっているため、彼に対し命の危険を感じたりはしていないし、焦ることもしていない。が。
しかしこればかりは、しっかり落とし前をつけなければならないと思う。
前世の記憶を思い出したとはいえ、私は私。彼をいじめたのも私なのだ。とても謝って済む問題ではないけれど、けれどもあと3週間、入学までに誠心誠意、精一杯償いたい。いや、その償いたいという気持ちすら、加害者のエゴだろうか。
なんと切り出して良いやら、じっとリトを見つめながら、私は最初の一言を考えあぐねていた。
「…………」
「あ、あの…!お嬢様、本当に申し訳ありません…!僕、また何か失敗してしまったんですよね……?」
私の無言の視線に耐えかねた彼が先に声を上げる。まさか彼に謝らせてしまうとは、なんたる失態。本当に謝るべきは私だというのに。
こちらも意を決して、何かしら言わねばならない。しかし、どう切り出すべきか…
「………リト、あなたミルフィーユはお好きかしら?」
「はっ……?ミルフィーユですか……?」
リトが素っ頓狂な声を上げる。いや、そりゃそうだ。今まで自分をいじめてきた奴が突然菓子の好みを聞いてきたのである。もし私が彼だったら、今の彼と同じような反応をしただろう。
「ごっごめんなさい……その、僕ミルフィーユなんて美味しいもの、これまで食べたことなくて…その、ごめんなさい…」
「あ、あやまらないでちょうだい!……あっ、そうだわ!ちょっと待ってて!そこで待っててね!私が戻るまでそこにいて!ソフィア、リトを見張っててちょうだいね!」
「はあ。承知しました」
そばに控えていた私の乳母・ソフィアにリトを任せる。ソフィア──普段はバンデルシュ夫人と呼ばれている彼女は、私が赤ん坊の頃から身の回りの世話を全て任されている使用人。私にとっては第二の母親のようなもので、ちょっと親バカで私に甘々な部分も両親とそっくりだ。
本当なら私は学園への入学を期に待女を持つはずだったのだが、幼年学校へ行くと決まってからその話はすっかりなくなってしまった。
…と、今はこんな話をしている場合ではない。
「…えぇっ!?ちょっ…あの、お嬢様…!」
リトの返事を聞く間もなく、ダッシュで廊下を走る。突き当りの階段を駆け下り、また走って、使用人用の通路へと入った。私の姿に驚き声をかける使用人たちを軽く流して、私が向かったのは厨房である。
「たのもーう!ミルフィーユをつくってちょうだい!」
「おっ、お嬢様!?」
シェフ、そして料理人たちは驚きの目でこちらを見つめる。
「無理を言ってごめんなさい!できれば今すぐに作ってほしいの!ミルフィーユ!」
「直接来られずとも、使用人にお申し付けくださればお部屋へお持ち致しましたのに…バンデルシュ夫人はどうしたんです」
「実は彼女は今見張り中なの!あの、とにかくお願い!ミルフィーユ!」
「は、承知致しました。」
そういえば、記憶を思い出す前はしょっちゅう無理を言ってミルフィーユを作ってもらっていた気がする。改めて考えてみれば、いくらこの家のお嬢様とは言えもう少し使用人に対する気遣いはなかったのかと猛省する。ちょっと横暴とも言える自分の態度に嫌悪しつつ、これからはもう少しちゃんとしなくちゃと心に決めた。
「僭越ながら、お急ぎのご様子とお見受けします。簡易的なものでしたら15分で出来上がりますが、如何でしょう。もちろん普段より味が劣ることはありませんのでご安心下さい」
「むむ…そうね、あんまりリトを待たせたくないし…それでお願いするわ!出来上がるまでここで待っていても構わない?」
「もちろんです」
シェフの子慣れた手付きを眺めながら、待たせてしまっているリトとソフィアに、心の中でそっと謝った。
「あの…お嬢様、これは……」
「これが、ミルフィーユよ!」
15分後、無事完成したミルフィーユを持って、私はダッシュでリトの元へと向かった。
リトとソフィアに待たせたお詫びを入れつつ、手に持ったそのミルフィーユを今まさに彼へ差し出しているところである。
「あのね、これをぜひ、リトに食べてみてほしいの…」
「えっ、あのそれは、僕に…ですか?」
「あっ、ごめんなさい、嫌だったかしら…そうよね、今まで私あなたに酷いことしてたのに、こんな急に…私の好きなものをあなたにもって…ああ、それよりまず先に謝らなきゃいけないのに、私ってば…えと、えと…」
「あっあの、嫌じゃないです!嫌じゃないんです!…ただその、なぜお嬢様が僕にこれを…?」
リトは不思議そうに、純粋な瞳でこちらを見据えた。ミルフィーユを前にして、彼の表情はどこかキラキラとしている。
ううっ、心が痛い…。こんなあどけない子をいじめていただなんて、過去の私は本当に馬鹿だわ!
「あの…私いままであなたに酷いことをしてきたでしょう?だから私謝りたくて…ほんとうにごめんなさい!!」
深々と頭下げ彼に謝罪する。私のその姿に目を丸くするリトとソフィア。
「あなたへの償いとして何が最善か考えたけれど、私の頭じゃとても思いつけなかった。このミルフィーユは、私の気持ち。けれど、もしそれが迷惑だったなら、改めて謝る。あなたが望むなら一生かけてだって償う。あなたが嫌だと言うなら、もう私は二度とあなたに関わらないよう努める」
父は道徳心から彼を我が家へ迎え入れた。それは軍人としてあるべき姿。
そして娘の私は、そんな彼に酷い行いをした。道徳から外れた酷い行いをした。恥ずべき行いだった。
私がツェペルン家の娘である以上、その償いはしなくてはならない。
「……お嬢様、お顔を上げてください」
そっと優しく、リトが私に語りかける。
「お嬢様もご存知の通り、僕は元々孤児です。飢えに耐えながら、ずっと一人で生きてきました。そして、そんな僕を救ってくださったのは、紛れもない、あなたのお父様、ご当主様です。」
リトはふわりと笑う。ミルフィーユを持ってない方の手で、私の手をきゅっと握った。バイオレットの瞳がこちらをじっと見据えている。なんて美しい目なのだろう。
「僕はこの家が大好きです。最初は、嫌われてるのかなとか、なんで意地悪するのかなって思ってたけど、やっぱり僕この家が好きです。お嬢様が僕なんかにミルフィーユをくれて、頭を下げて謝ってくれた。これ以上何を求めろと言うんでしょう。十分です」
私がしてしまったことは、酷いことだ。こんなことで償えるものだとはとても思っていない。もちろんこれからも彼への償いの気持ちは持ち続けるつもりだが、彼からの赦しはあまりにも優しかった。
しかし、もう十分だと被害者の彼が言っているのに、これ以上謝るわけにもいかない。
私は彼の手をぎゅっと握り返す。
「ねぇリト…もしあなたがよければ、私とお友達になってくれないかしら?」
「えっ?」
私の言葉に、リトは目をまん丸くしている。
「あっ、ごめんなさい…図々しいわよね…」
「いえ…いえ…!とんでもありません、ぜひ!ぜひお友達になりたい…です!」
リトは目を輝かせながら、ぎゅっと握っていた手の力を強くした。
「でも、本当に?本当にいいのですか…?僕は孤児で、ただの使用人で…」
「そんなの関係ないわ!!」
リトの言葉を遮るようにして、大きく声を上げた。
「ねぇ、これからはリトと私、対等よ。あくまで使用人には変わりないけれど、家族みたいなものよ、ソフィアみたいに。もし私があなたに嫌なことをしたならどんどん文句を言ってもいいし、拒否したっていいの。ね、私と、お友達になってくれませんか」
「……!はい」
彼の瞳から一粒の涙が流れる。泣かせてしまったと、慌ててハンカチを取り出せば、ふふふと嬉しそうにリトが笑った。
仲直り、なんて図々しい言葉を使うつもりはないけれど、ほんの少し、彼と近づけたような気がする。
そんな私たちをそっと見守っていたソフィアが、安心したようにそっと微笑む姿がチラリと見えて、私たちはどこか穏やかな気持ちになったのだった。




