03話 最後の面会
急遽私が幼年学校へ行くことになったという知らせはまたたく間に、もちろん許婚である皇太子殿下にもしっかり伝えられることとなった。
レオハルト・フォン・グランツェリア。
ゲーム初登場時は15歳、終盤においては17歳という年齢だが、今はまだ私と同じ11歳の少年だ。
きらめくスカイブルーの髪、深い翡翠色の瞳の、美しい少年。
前世の記憶を思い出す前の私は、随分とこの人物に熱を上げていた。
どうやらシャルロッテにとって、レオハルトは初恋の君らしい。幼馴染で、許婚。なんとも運命的に感じられる設定だが、悲しいことに、二人の運命のその先は婚約破棄である。
ゲームでのレオハルトを見る限りでは、彼女に対し恋愛感情は一切持っていなかったように思う。幼い頃からの許婚であり、幼馴染。大切な友達のように思ってはいるが、恋愛ではない。
特に正義感の強いレオハルトは、庶民出身のヒロインをいじめるシャルロッテを許せなかったのだろう。まして、ヒロインに惚れ込んでいたなら尚更。ただの幼馴染でしかない、それもたまにしか会ってこなかったシャルロッテは、簡単に切り捨てられてしまった。
こうなると、なんというか、我ながらシャルロッテが不憫に感じてならない。
両親に幼年学校への入学を説得してから約一週間後の今日。父と私は宮殿にお呼ばれしていた。
本来であれば、同じ学園でこれからよろしくねの面会となるはずだったのだが、私が幼年学校へ行くと決まり、入学前最後の面会ということになってしまった。
私が軍人を目指すことに関して、皇帝陛下は快く賛成してくださったようである。むしろ私が幼年学校へ行くと聞いて、レオハルトも一緒に連れて行ってくれればいいのに、などと茶化していたそうだ。冗談とはいえ、さすがにそれは本気でご遠慮願いたい。
「お久しぶりです、レオハルト皇太子殿下」
片足を斜め後ろの内側に引き、もう片足の膝を軽く曲げる。両手でスカートの裾をそっと持ち上げ、淑女らしく挨拶をする。
「久しぶり、シャーリー」
レオハルトがふわりと笑う。まだ11歳の少年ながら、あまりの眩しい笑顔に思わず心がときめいてしまう。
前世を思い出したのはつい一週間前のことであるし、それまでゲームのことすら忘れていたわけだが、改めてこうして彼を目の前にすると、なんだか辛い気持ちに襲われる。幼年学校への入学を決めて正解だったと、改めて実感した。
「元気にしていた?もうすぐ一緒の学園に入学できると思っていたのに、幼年学校へ入学すると聞いて驚いたよ」
「ごめんなさい。なんの相談もなしに…」
「いいんだ。君のお父上から聞いたよ。皇太子妃にふさわしい女性になりたいからって。それを聞いて僕、すごく嬉しかったんだ」
ふふ、と本当に嬉しそうに彼は笑う。父の前で適当に取り繕った理由をこんなふうに言われては、ちょっと罪悪感が…
「そうだ、シャーリー。この前君が好きだと言っていたお菓子があるんだ。一緒に食べよう」
そう言ってレオハルトは優しく私の手を引いた。
…こうして見ると、ただの仲の良い幼馴染なのよね。
我儘なシャルロッテも、レオハルトの前では比較的可愛らしく取り繕っていた。それも必死に。レオハルトに好きになってもらいたかったから。シャルロッテと呼ぶレオハルトに、シャーリーと呼んでほしいとお願いしたり、髪が綺麗だと褒められて舞い上がって、必死に伸ばし続けたり。
自分で言うのも何だが、なんていじらしくて可愛いのだろう。
前世でこのゲームをプレイしていた時はシャルロッテのことなんて考えたこともなかったし、ヒロインの邪魔をする悪役程度にしか捉えていなかった。今こうして現実となってはじめて、それまでの彼女を知り、そのあまりの健気な様子に愛らしさを感じてならない。
ヒロインをいじめたのは100%良くないし許されることではないけれど、よくよく考えたらレオハルトも酷いじゃない。許婚がいながらヒロインによそ見をして、私を不安にさせていたんだもの。
…って、前世ではヒロイン側としてゲームをプレイしていた私が、そんなこと言えた義理じゃないわね
「…シャーリー?どうしたの、考え事?」
好物のお菓子を目の前にあまり手が進まない私を見て、レオハルトは心配そうにそっとこちらを覗く。
「あっ、ごめんなさい、なんでもないの!」
「そう?何かあったら言ってね」
ううっ、笑顔が眩しい。
「ふふ、ありがとう。そうね…ちょっと心配になってしまったの」
「心配?」
「…私が軍人を目指している間に、私よりも素敵な女性があなたの目の前に現れてしまったらって…」
私の言葉に、きょとんとするレオハルト。
これまでシャルロッテはレオハルトに嫌われないよう、好いてもらえるよう、執着のような感情は絶対に見せないと密かに誓っていた。だから、今のような言葉は普段のシャルロッテであれば絶対に口にしない類のものである。
前世の記憶を思い出した今のシャルロッテを除けば。
もし、自分より素敵な淑女が現れたら、他の皇太子妃候補が現れたら、レオハルトが別の人を好きになったら…
まだまだ幼い年齢であったが、禍々しい嫉妬のような不安を、シャルロッテは常に心の中に住まわせていた。
ヒロインが庶民出身でなければ、地位の高い人間であれば、もしかしたらシャルロッテは受け入れることができたのかもしれない。だがしかし現実は、ポット出の、しかも庶民の小娘だった。自身の家柄に誇りを持っていたからこそ、そうでない彼女に奪われることが何よりの恐怖だったのだ。
そんなわけで、シャルロッテの中にある嫉妬という大きな感情を閉じ込めていた健気な誓いは、いとも簡単に蹴破られてしまったというわけである。
これは、そんなシャルロッテの気持ちを知らないレオハルトに対する、ちょっとした反抗心だった。皇太子の許嫁とあろう者が浮気の心配など大変不敬極まりないが、どうせもうすぐ離れ離れになるのだからという半ばやけくそのように放った言葉だった。
そのまましばらくの間があり、レオハルトがやっと口を開く。
「シャーリーがそんな心配をするなんて」
「あら、おかしかったかしら?」
「えっ?あ、いや、ごめんそうじゃないんだ。ただ珍しいなって。シャーリーはあまりそういうことを言わないだろう。なんだか嬉しくって。やきもち妬いてくれてる、って思っていいのかな?」
想像していたよりも遥かに意外な反応で、少し驚いてしまった。
「ええ、そうね、やきもちかもしれないわ」
「ふふ、そんな心配いらないのに。シャーリーは世界で一番素敵な女性だもの」
レオハルトはサラッと恥ずかしいセリフを言ってのけた。美少年が言うと本当に画になるな…とどこかでぼんやり思う。
そういえば、と前世を思い出す。確かゲーム内では、自分の気持ちをはっきり伝えるような選択肢を選ぶとレオハルトの好感度が上がりやすかった。
恐らくレオハルトは、自分の気持ちや意見をしっかり表に出すような女性が好みなのだろうと思う。
そりゃ、ヒロインが現れるまでレオハルトの前では気持ちを表に出さないよう、常に努めていたシャルロッテは好感度が低いに決まっているわね…
その上ヒロインを陰湿にも影でいじめていたとなれば、彼の中でシャルロッテの印象は最悪ってとこかしら。
ヒロインは「聖女の魔法」を持っているわけだし、百歩譲って私との婚約破棄は受け止めよう。
「聖女の魔法」持つ女性をいじめたとして、それに相応しい重い罰も受け止めよう。
けれど、それにしたって国外追放はやりすぎではないか。しかも追放先は帝国から遠く離れた植民地。
ゲームのご都合設定とはいえ、この世界が現実に存在しているとなれば見方は変わってくる。
正義感のお強い皇太子殿下は、その正義感の一欠片でさえシャルロッテに向けることはなかったのかと。
つくづく可哀想なシャルロッテである。あまりにもから回っている。今では自分のことなのだが、ついつい同情してしまう。
「もう、レオハルト殿下ったら」
照れた風に言いながらも、どこか冷めている自分がいた。
前世の記憶を思い出す前は、あれだけ熱を上げていた相手だというのに。
幼年学校に入学することで、ある程度可能性は低くはなったものの、この先何があるかわからない。無事に全ての課程を修了できるとも限らないのだ。
婚約破棄・国外追放・命を落とすというリスクは未だ残ったままである。
ならば、皇太子などいなくても立ち続けられるシャルロッテになろう。ただひたすら、軍人として努めるまで。
なんだか吹っ切れた気分だわ…
これで、なんの未練もなく離れることができる。
シャルロッテはどこか清々しい気持ちで、一人そう思った。




