01話 前世の記憶
前世の私は、日本生まれ日本育ちのごくごく平凡な会社員だった。趣味は乙女ゲーム。毎日仕事で疲れて帰っては、乙女ゲームをプレイするのが唯一の癒やしだった。
そんなある日、いつもより多めの残業でフラフラと帰宅に向かっていた道中、横断歩道で一台のトラックがこちらに突っ込んで来たのだ。
残念ながら、私の記憶はここで途切れている。恐らく、私はそこで死んだのだろう。
「……なんてことなの…」
突如として前世を思い出した私はあまりにも混乱していて、思わずそんな言葉がポロリと溢れ出ていた。
「どうしたのシャーリー、美味しくなかった?」
「あっ、いいえお母様、すごく美味しいわ」
「本当かい?何か変なものでも入っていたなら言いなさい。シェフを呼ぶから」
「違うわお父様。本当に何でもないのよ。」
現世での私の父、エリック・フォン・ツェペルンは、ツェペルン家第11代目当主であり、このグランツェリア帝国の陸軍上級大将である。
前世なんて非現実的なものをと思われるだろうが、その記憶はあまりに鮮明で、なぜ今の今まで忘れていたのだろうと自分を叱責したくなるほどだった。小学校と中学校、高校、大学、そして社会人として生きた平凡で平穏な生活が、まるで昨日のことのように頭の中を駆け巡る。あまりの情報量に一杯一杯になるが、その記憶の懐かしさに思わず涙ぐんでしまった。
そんな私の落ち着かない行動に、今世の両親は心配そうな面持ちでこちらを覗いている。突然目の前で自分の娘が狼狽し涙を浮かべたのだから、困惑するのも無視はないだろう。私は心を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をした。
前世の記憶を思い出したからこそ、客観的に見ることができる。今までは何も気にしたことはなかったが、この両親はやや過保護とも言えるほど心配性だ。いくら一人娘だからって、そこまで世話を焼くことないのに。
たっぷり甘やかされて育った私・シャルロッテは、とてもじゃないが良い性格をしているとは言えない。プライドが高く、否定されることが嫌いで、我ながら酷い我儘っぷりだったなとこれまでを振り返る。
ん?待て、確か私の名前は……
「シャルロッテ・マルクル・ツェペルン………」
「どうしたんだいシャーリー、自分のフルネームなんか呟いて……」
「やっぱり何か変なものでも入ってたのかしら…」
「あっいや、本当に違うのよ!気にしないでちょうだい!」
やたらと心配性な両親のことだ。早まってシェフを解雇なんてことも起こり得るだろう。違うのだと必死に否定しながらも、私は考えに浸る。
シャルロッテ・マルクル・ツェペルン…………
「はっ………『ドキッ!イケメン帝国とプリンセスの魔法』の悪役令嬢だわ!!!!」
つい勢いで机から身を乗り出してしまった。ガシャン!と大きな音が部屋中に響き、両親は目を丸くする。が、そんなこと今はとてもじゃないが構っていられなかった。
そうだ、この世界は私が前世でプレイしていた乙女ゲームと全く同じ世界。
私は、シャルロッテ・マルクル・ツェペルン。ややウェーブがかった黄金色の長髪に、ターコイズブルーの瞳。ツリ目で、キリッとした眉、引き締まった表情、典型的な悪女顔。
大人気乙女ゲーム『ドキッ!イケメン帝国とプリンセスの魔法』に登場するライバルキャラ兼悪役と、名前から見た目まで何もかも全く同じなのである!
「シャーリー!どうしたんだい急に大きな声を出して…はしたないよ」
「やっぱり何か変なものが入っていたのよ。あなた、今すぐシェフを…」
「あー!あー!あー!だっ、大丈夫!!違うのよ!ほら私、もうすぐ学園へ入学するでしょう?その、準備で忘れてたことがあって…!ちょっとごめんなさい、行ってくるわ!」
やや投げやりになってしまったものの、なりふり構っていられる余裕はなかった。私は急いで席を立つと、そのままダッシュで部屋を出る。
「こら、シャーリー!まだ食事中だぞ!」
「どうしたのかしら突然…今まであんな真似したことなかったのに…」
両親は咎めながらも、私を追いかけて叱ることはない。彼らはやはり私にちょっと甘いような気もするが、それが今はありがたかった。
部屋に戻った私は必死で頭を整理する。ノートを取り出し、覚えている事柄をできる限り書き留めた。
────大人気乙女ゲーム『ドキッ!イケメン帝国とプリンセスの魔法』…
攻略対象は12人。もちろん全員イケメンだ。その出自は様々で、皇太子様やら貴族様やら教師やらとバリエーションに富んでいる。
またこの乙女ゲームは魔法というものが普通に存在している世界であり、中でも「聖女の魔法」なる特別な魔法がある。治癒の魔法だが、ありとあらゆる傷や病を癒やす、強力な魔法。万能の魔法とも言われる、そんな魔法だ。その「聖女の魔法」を持つ者は、この国・グランツェリア帝国の救世主として崇敬され、皇帝・皇太子の妻として迎えられることもあるという。
この物語は、庶民出身のヒロインが「聖女の魔法」を持つ者として帝国屈指の学園に突如転入してくるところから始まる。学園生活を送りながら、攻略対象たちと共に恋愛していくというものだ。
今世でも「聖女の魔法」については何度か教わる機会があった。この国の住人にとっては誰もが知る常識であり、フィクションではない。歴史的事実として、時には歴史創作の題材としても取り上げられる希少な魔法である。
そして私、シャルロッテ・ツェペルン。ミドルネームはマルクル、祖父の名だ。このゲームにおいて、ヒロインの邪魔をするライバルキャラ。所謂、悪役令嬢という奴である。
なぜシャルロッテがヒロインの邪魔をするのかというと、シャルロッテの許婚がこのゲームにおける攻略対象だから。許婚の名前は、レオハルト・フォン・グランツェリア。なんとこの帝国の皇太子殿下なのだ。
このゲームではヒロインの名前変更が可能なのだが、確か初期設定でのヒロインの名前はリリー・リヒトホーフェンと言ったっけ。庶民出身のヒロインは気が強くなんでもハッキリとモノを言う性格で、攻略対象たちはその姿が新鮮に写り、徐々に惹かれていく。
嫉妬に駆られたシャルロッテは、ゲームを通し、ヒロインに対してしつこい程の嫌がらせを繰り返す。が、ゲーム終盤の卒業パーティにてそれまでの悪行を大勢の前で公開され、断罪されることとなる。
その後シャルロッテは婚約破棄され国外追放。帝国から遠く離れた北方の植民地へと送られるが、苦しみに耐えきれなかったシャルロッテはまもなくして死んでしまう。その他攻略キャラのどのENDにおいても、シャルロッテは婚約破棄・国外追放された後苦しんで死ぬ運命だ。
ちなみにこのゲームには逆ハーレムENDなるものが存在しており、そのENDにおけるシャルロッテは、なんと国外追放どころか暗殺されてしまうのだ。
どちらに転んでも、シャルロッテの命はない。
自分の名前、皇太子、魔法の存在…その他あらゆる固有名詞や世界観、関係性が、今私のいるこの世界と一致している。間違いない、ここは確かに前世でプレイした乙女ゲームの世界と同じなのだ。
まさか自分が前世で見た創作物の登場人物、ましてその悪役キャラなど、誰が想像しただろうか。この世界でこれまで生きてきた私にとって、ここが乙女ゲームの中というにはあまりにリアリティがありすぎる。だからといって前世の記憶を私の妄想と片づけるには、あまりに記憶が鮮明すぎた。
前世でプレイした乙女ゲームとこの現実との関係はわからないが、少なくとも今後の私の人生に関わるものであることは間違いない。
「確か11歳で全寮制の教育機関に入学するのよね…良いお家柄の子供ばかりの学園で、攻略対象のキャラたちも入学するはず…そして、15歳5年生の春、このゲームのヒロインが転入してくる……」
そしてなんと、その学園の入学日は1ヶ月後に控えている。そして今から4年後の春、ヒロインが転入してくるのだ。
「それまでに何とか良い方法を考えないと…まって、そもそもシャルロッテがヒロインに嫌がらせをしなければいいんじゃ…いやそもそも嫌がらせで国外追放てやりすぎよ…ましてや暗殺なんて…よくよく考えたらとんでもない設定じゃない…現実にこれが起こるっていうの…?」
ノートに向かいながら一人ぶつぶつとつぶやく。端から見たらとんでもない絵面だ。
「そうだわ、そもそも関わらなければいいのよ。関わらないのが一番安全だわ。攻略対象はもちろん、ヒロインとも一切関わらない!それが一番よ!……いやでも、どうやって……」
同じ学園内にいながら、許婚であるレオハルト皇太子を避けることはまず難しい。それに攻略対象の中には教師もいるし、なにより良い家柄の者ばかりなのだ。
シャルロッテの父はこの帝国における大黒柱。その娘であるシャルロッテが、攻略対象の誰とも関わらないなど世間体が悪すぎる。父の評判まで落としてしまうだろう。それくらい、攻略対象たちは地位のある者ばかりなのだ。
乙女ゲームの世界とはいえ、私はここで生きている。これからも生きていたい。社交界の縮図ともされるこの学園で、シャルロッテ程の地位を持つ者が攻略対象たちと関わらないとなると、それはそれで別のリスクが生まれてしまう。
とてもじゃないが完全に関わらないというのは困難なのだ。
「……嫌がらせをしなければいい、とはいえ、ただでさえ乙女ゲームの世界とかいう不可思議な状況なのよ…なにがきっかけになるかわからない…そんな恐怖に苛まれながらの学園生活だなんて、とても耐えられないわ……」
登校拒否になってしまいそう。そんな勇気ないけれど。学園には行かなくてはならない。でも、行きたくない。
何か…この状況を打破できる方法…何か方法は……
「!そうだわ!!別の学校に入ればいいのよ!!!」
入学1ヶ月前に突然入学する学校を変えるとなると、そうそう受け入れてくれる学校はないだろう。
しかし唯一、受け入れてくれそうな学校、世間体も悪くならないであろう素敵な学校があった。
「士官学校よ!!お父様のツテがあれば、今からでも幼年学校へ入れてもらえるはずだわ!なにしろ私はあのお父様の娘だもの。急遽幼年学校に入ることになったって誰も咎めたりしないわ!!!」
グランツェリア帝国は基本的に能力主義に傾いている。
階級社会は存在しているが、庶民出身であっても15歳未満であれば幼年学校に受験・入学することができるし、卒業すればそのまま士官候補生として士官学校への受験が可能となる。
たとえ士官学校を経ていなくとも、兵士として志願し功績をあげることが出来れば、それ相応の位を授かることは可能だ。それがたとえ女であっても。
そして私が本来入学するはずだった学校は、まさに階級社会。帝国の中でも高い地位を持つ者たちだけが通う場所。皇族をはじめ、政治家や貴族の子どもたちが通う教育機関だ。
学費は高く、どれだけ勉学に優秀で魔法が達者であったとしても、庶民は通うことができない。「聖女の魔法」を持つヒロインを除いては、だが。
その分、私は帝国陸軍上級大将の一人娘。先祖代々軍人としてこの帝国に命を捧げてきた軍事貴族、ツェペルン家。前線で功績を出さずとも、試験を突破せずとも、幼年学校への入学は可能だろう。
「この国の幼年学校は11歳から入学可能だったはず。素晴らしいわ、あのお父様の娘よ、それに婚約破棄されるまでは皇太子の許嫁だもの。やたら前線に出されるなんてことは絶対ないでしょうし、キャリア組だわ!安全に軍人になれるはず!早速お父様に打診しなくちゃ!」




