12話 リトのモテ期
お昼時の食堂は、多くの学生で溢れかえっていた。そしてその一角に、ちょっとした人だかりがひとつ。
「リトくん!一緒に食べない?」
「リトくん!私も一緒に!」
「授業のことで聞きたいことがあるの、よかったら食べながらでも!」
女の子たちの中には同期生だけでなく、上級生の姿もちらほら見受けられる。
幼年学校では恋愛が禁止なはずなのだが、禁止だからこそ誰のものにもならないという安心感が生まれるようで、結果リトは大変おモテになっていた。
当のリトは少し困ったように笑いながらも、一人ひとり丁寧に対応しているようだった。
「すごいわねぇ…」
そしてその一角からやや離れた場所。女の子に囲まれるリトを見ながら、私の隣に座るアンナがぼんやりと呟いた。
入学式の時点で既に周りと打ち解けていたようだし、その上このモテ具合。リトのコミュ力にはとても頭が上がらないなと、私もつい羨望の眼差しで見つめてしまう。
「かっこいい顔してるもんなぁアイツ。私は興味ねぇけど。」
食事のトレーを持ったリュイが、私達のいる正面の席にどっと腰掛ける。
あれから、アンナとリュイとは良い関係を築けている。初回の訓練が終わった後、リュイに突然謝罪をされた時はとても驚いたが。彼女曰く、誠意というやつらしい。
特段彼女から悪いことをされた記憶もないのだが、それで彼女が納得するならと謝罪を受け入れた。
そうして今は3人で仲良く食事中である。この後またあの地獄の訓練が待っていると思うと気分は重いが。
「カッコいい…?」
リトがカッコいいかと言われると、いまいちピンとこない。ふわふわしてるし、穏やかだし、不器用でおどおどすることはあるけど頼りになるし、11歳の少年らしい可愛さに溢れていると思うのだけれど。
女の子たちに囲まれるリトを眺めながら首を傾けた。
「体つきも程よくしっかりしてるし、顔もハンサムだろ。性格も良いし。ああいうのが女子は好きなんじゃねぇの。」
リュイはパンとスープを乱雑に掻き込みながら、ぶっきらぼうに言う。
なるほど、体つき。確かにリトは使用人として力仕事もこなしていただけあり、それなりに体もしっかりしている。同い年の少女たちからしたら大層魅力的な男性に写るのだろう。新たな知見を得た。
「あら、まるでリュイは女の子じゃないみたいな言い方ね。ああもう、ちゃんと噛んで食べなさいよみっともない。」
アンナの小言を無視しながら、リュイはごくりと大きく飲み込んだ。
「私は女の子ってガラじゃねぇだろ…」
「そう?街にいた時ならともかく、せっかく帝都にいるんだから女の子らしくいるのもありじゃない?せっかく可愛い顔してるんだから。」
「あー無理無理、そういうのはゴメンだね」
確かこの二人は同じ街の出身なんだっけ。
アンナと違い、リュイは貴族や階級というものに強い抵抗があるらしかった。いかにも自分は労働者だという態度をあからさまに取っており、時々それはわざとらしい程だった。
自身の出自に誇りを持っているのか、それともこの学校の人間に対する皮肉なのか、その真意はわからない。
しかし、だからといって無闇矢鱈に他人に攻撃をすることはなかった。むしろ貴族の私に対して「誤解をしていた」と──悪さをしたわけでなく、ただ私に対して先入観を持っていたというだけで──わざわざ謝罪をするくらい、彼女は真っ直ぐで柔軟で、誠実な人間だった。
今世ではもちろん、平凡だった前世でもこんなに素敵な友人に恵まれたことはないわ…
まだ出会って少ししか経っていないというのに、私はすっかりこの2人を好きになっていた。
ここが乙女ゲームの世界だと気づいたときは不安でいっぱいだったが、この調子で本編と関わることなく生活が送れれば、と今の幸せを噛みしめる。
「そういやあいつ、シャーリーの家で使用人やってたんだろ?」
あいつ、というのは恐らくリトのことだろう。私はリュイの問いに頷いた。
私達はすっかり仲良くなり、リュイやアンナは私をシャーリーと呼び慕ってくれている。それを実感し、また嬉しくなった。
「そうよ、リトに聞いたの?」
「おう、あいつ自分のこと何でも話してるぜ。孤児だったこととかも。すげぇよなぁ、私だったら言えねぇもん」
少なくともここには貴族の人間もいるし、また全員が全員立派な人間と言うわけではない。リトにとっては隠しておくほうが何かと得だろうに、どうやらオープンにしているらしい。
しかしそれが好感に繋がったらしく、その結果彼は今モテ期の真っ只中だ。
乙女ゲームの物語から逃げるために幼年学校へ入ったこともそうだが、私はどうしても自身の沽券を守ろうとする癖がある。
リトのように素直で裏表がない態度は、私も見習わなくてはならない。
あまり美味しいとは言えないスープを飲みながら、午後の訓練に憂鬱な気持ちを抱いていると、ふっと目の前に影が落ちた。
「やあ、シャルロッテさん」
声をかけられた方向に目を向ければ、そこにはプラチナブロンドの少年が立っていた。
「久しぶり、僕はヴィリス・メルニッヒ。覚えてるかな?ずっと話したかったんだけど、機会がなかなかなくて。食事中にごめん。」
彼──ヴィリスは目を伏せたままこちらに優しく微笑んでいる。
はて、誰だったかなと思案していると、私の様子を見て彼はふふっと柔らかく笑った。
「昔、うちに視察に来ただろう。君のお父様と一緒に。隠れんぼしたの覚えてない?」
「え?…あ、ああ…!!」
思い出した。前世の記憶を取り戻すずっと前、幼い頃に何度か彼と会ったことがある。
ヴィリス・メルニッヒ──南方軍総司令官のご子息だ。
「失礼しました。お久しぶりです、思い出したわ。隠れんぼがやたら強くて、私を泣かせた人でしょう。」
「ははは、あれは君が隠れるのが下手すぎたんだよ」
そう、あれは6歳の時だ。グランツェリア領の植民地視察に行く父に同伴したことがある。彼の父親がいた司令部は暖かい南国の地に置かれていて、そこで過ごす彼も明るく天真爛漫な性格だった。
大人たちが難しい話をしている間、一緒に隠れんぼしたり遊んだりしていたっけ。
乙女ゲームの世界だと気づいてから、すっかり物語とは関係のない人物や相関図は意識から飛んでいた。
「そうだわ、紹介します。こちらお友達のアンナとリュイ。アンナ、リュイ、こちら南方軍総司令官ご子息のヴィリスよ。」
アンナとリュイにヴィリスを紹介すると、二人はキョトンとした顔で彼をじっと見つめていた。
「よろしく、これでもしっかり視えてるから安心してね。仲良くしてくれたら嬉しいな。」
そう言いながら、ヴィリスは自身の瞑った目を指差す。
盲目なのに視えてるって、なんだか不思議よね…
彼は幼い頃に失明して以来、常に目を閉じた状態で生活していた。
しかし彼には透視魔法の才能があり、ほとんど魔力を消費することなく周りが視えるというのだから驚きである。
そのため日常生活もなんら問題なく過ごせており、幼年学校に入ることも可能なほどだった。
「お、おう…よろしくな」
「よろしくね」
少し驚いた表情になりながらも、ヴィリスの人当たりの良さに2人も笑顔を浮かべていた。
「それにしても、シャルロッテさんは雰囲気が随分変わったよね。前はもうちょっとツンツンしてたのに」
ヴィリスの言葉に思わずぎくりと肩が跳ねる。そう、前世を思い出す前の私は我儘も我儘。
彼と隠れんぼをして泣いたという件についても、プライドの高い私が負けを認められず大騒ぎしたというオチである。
「へぇ、想像できないわ。そんなにツンツンしてたの?」
ヴィリスの言葉にアンナが食いついた。
「それはもう。でもそんなところも可愛らしかったなぁ。たかが隠れんぼで勝てない!って駄々こねてるんだもん。すごい悪口言ってくるんだけど、その悪口がまた幼稚で幼稚で…」
「ぶはっ!」
その様子を想像したのか、こちらを見ながらリュイが思い切り吹き出す。当時の私が幼稚だったのは重々承知しているので、言い返す手立てはない。
「愛称で呼ぼうと思ったんだけど、“シャーリーって呼んでいいのはお父様とお母様と皇太子殿下だけ!”って怒られてね。からかって呼び続けたらまた泣き出しちゃって。」
「も、もうやめて…!恥ずかしすぎるわ…!」
前世を思い出した今、このエピソードはとんだ黒歴史である。3人は幼かった6歳の時の出来事として聞いているかもしれないが、前世を思い出すつい1か月前まで、私はその6歳当時の性格と何ら変わりない我儘令嬢だったのだ。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。
なんとか平静を保ちたくて、美味しくもないスープを必死に掻き込む。
「やぁだかわいい〜!」
「かわいいなぁシャーリー?」
アンナとリュイはニヤニヤしながらこちらを覗いている。
「ぁぁぁ!やめてー!別に今は愛称なんてそんなこだわってないんだから…!」
これ以上からかわれたら堪らない。こちらをニヤニヤと見てくる3人に抵抗するように「あー!あー!」と耳を塞ぐ。
「あれ、そうなの?…じゃあ僕もシャーリーって呼んでもいいのかな」
「えー?なに?聞こえな…」
ガシャン、と突然に大きな音が響いた。
耳を塞いでいた私でも聞こえたのだから、よっぽど大きな音だったのだろう。誰かが食器でも落としたのだろうか。他の3人も驚いた様子で音の方向を見ていた。
皆の目線の先を見てみると、そこには何やら慌てた様子のリトがいた。
「すみません、食器を落としてしまって。」
リトがそう申し訳無さそうに謝罪する。彼の周りにいた女の子たちも「大丈夫?」と声をかけており、そのうち女の子たちの気遣い合戦が始まった。
あんなにモテていても相変わらずおっちょこちょいなんだなぁと、可愛らしくて思わず笑ってしまう。
「びっくりしたぁ、なんの音かと思っちゃった」
「あいつ、意外とおっちょこちょいなとこあるんだなぁ」
アンナとリュイがそう呟く。
一度シーンとなった食堂も、次第にざわざわと騒がしさを取り戻し始めた。
「あの子は確か、君たちの班の…」
「うん、そうよ。リトっていうの。ここに来る前はシャーリーの家で使用人をやってたんだって。」
ヴィリスの言葉にアンナが答える。
「そうなの。すごく頭が良くって、私も尊敬してるのよ。」
そういえば、ヴィリスに会ったのはリトが家に来る前のことだったな、と思い出す。
「ふーん」
リトの方をぼんやりと眺めながら―—と言っても目は瞑っているが―—ヴィリスは呟いた。
「あぁそうだ。それで、君の愛称なんだけど、」
「愛称?ああ、またからかう気ね」
ヴィリスの言葉を聞いて反射的に耳を塞いだ。
「ははは、違うよ。僕もシャーリーって呼ぼうかなって…」
「────失礼」
ふと、ヴィリスの言葉を遮るように声が重なった。
声の方を見てみれば、そこには先程まで女の子たちに囲まれていたリトが、私達の机の側に立っていた。
彼が居た場所を見てみれば、女の子たちが名残惜しそうにこちらを見ている。
「…シャルロッテ、そろそろ訓練の時間です。準備しないと。」
「え?ああ…!そうね。やだ、もうこんな時間だわ。」
食堂の時計を見てみれば、午後の訓練の時間が近づいていた。
リュイやアンナもそれに気がついたようで、あっ!と声を上げて机を片付け始める。
「ごめんなさいヴィリス、私達の教官すごく厳しい人なの。遅刻したら大変だからそろそろ失礼しなきゃ。」
「そうなんだ、名残惜しいけど仕方ないね。訓練が終わったらまた話せる?」
「どうかしら、ヘトヘトになってて余裕ないかも。もし良かったらまた明日お昼ご一緒にしない?」
「もちろん喜んで。訓練頑張ってね、リュイさん、アンナさん、…リトくんも。」
ヴィリスはちら、とリトの方を見る。
「…ああ、ありがとうございます。」
面識のない人間に突然声をかけられ驚いたのか、リトは珍しく無愛想に返事をした。
そんなリトをヴィリスは含んだようにニヤニヤした顔でじっと見ている。また何か、私をからかう材料を思い出したのかもしれない。食事を誘った直後で何だが、既に億劫になってきた。
食器を下げ、急いで食堂を出る。
時間ギリギリまで食べていたので、突然の運動に消化不良を起こさないかだけが不安だ。
「ほら、シャルロッテ、置いていきますよ。」
そう言って、リトたちがどんどん先を歩いていく。これで私達だけ遅刻なんてなったら堪らない。3人を追いかけるようについて行った。
昨日までお嬢様、なんてうっかり言ってしまうくらいだったのに、リトはすっかりシャルロッテという呼び方が馴染んでいたようだった。




