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10話 同級生たち

同期生、リュイ・マルクウェルの見解





 幼年学校入学の日。あのツェペルン家の令嬢シャルロッテ・ツェペルンと同期生になるのだと知り、私は驚愕を隠せなかった。


「ねぇリュイ、なあにそのツェペルン家って」


そう声を発したのは、同期生のアーデルハイト・オブライエン。ハイジの愛称で呼ばれている。


「え、ハイジ知らないのか?」


「えっ本当に!?一般常識だよ!?」


「ツェペルン家を知らない人間がこの国にいたとは…」


「ハイジって結構天然……?」


ハイジの言葉に、続々と驚きの声が上がる。


「えっ…!?うそ、ツェペルン家ってそんなに知ってて当たり前のことなの!?」


 この国でツェペルン家を知らない者はいない、とはいえ、どうやらごく稀に教養のない同期生が知らないという事はあるらしい。


 貴族だろうが庶民だろうが、出自に関係なくツェペルンの名前は誰しもが普通知っている。少なくとも、聞いたことがある。

 ツェペルン家はこれまで何世代にも渡り我が帝国を支えてきた名家なのだから。


 ここは、ヴァルニッヒ幼年学校の女子寮。


 入学式の後、校内や施設の案内を受け、規則や生活全般の説明を一通り受けた。それら全てが終わった班から順に、割り当てられた寮の部屋へと向かい、指導生からの指示や説明、荷物の確認。

 現在は、同部屋の同期生たちと交流を深めている真っ最中である。


 本来であれば10人の同期生と1人の指導生で使うこの部屋だが、どうやら同期生が1人足りない。指導生が機嫌を悪くしながら、先程最後の1人を探しに向かったところだ。

 恐らく私と同じ班の子だと思う。諸々の説明を受けていた際、一緒にいた金髪碧眼の女の子。名前は知らないが、随分と綺麗な子だと印象に残っていた。

 道に迷ったか、はたまたトラブルにでも合ったか。どちらにせよ、軍には規律が不可欠であるというのに、ここへ来てやや自覚が足りないのではないかと反感を覚える。


 さて、話を戻そう。今この部屋は同期生シャルロッテ・ツェペルンの話題で持ちきりだった。

 

「ツェペルン家は先祖代々参謀を排出している公爵貴族だよ。この国のいわば大黒柱みたいな存在」


 そう説明するのは私、リュイ・マルクウェル。庶民階級だが魔力値が高かったことで、この学校に入学することが叶った。


「シャルロッテ・ツェペルンは帝国陸軍上級大将ツェペルン閣下のご令嬢で、しかも皇太子殿下の許嫁なのよ!」


 そう畳み掛けるのは、ここに来る前からの私の親友であり同じ班所属の、アンナ・ラジーヴナ・エルツカヤ。美しいまっすぐな緑髪を持つ、金瞳の少女だ。


「めちゃめちゃ凄い人じゃない…」


 そして先程から感嘆の声を上げているハイジは、ウェーブかかった明るいブルネットを持つ、グレーの瞳の少女である。

 中流階級の出身らしい。貧困層であるほど政治に関心があるとはよく言ったもので、庶民出身の私や一般常識として政治を頭に入れている上流階級とは違い、どこか抜けている印象がある。


「しかも相当な魔力の持ち主らしいって!さすがだわ〜〜」


「そうよ!それにね、噂によればめちゃめちゃ美人だっていうのよ!」


「あ〜〜ひと目でいいからお目にかかりたい〜〜」


「かかれるのよ!これから毎日ね!」


「同期生になれるなんて本当に凄いことよ!」


「今からもう既に楽しみすぎるんですけど!」


 他のルームメイトたちが喜々として盛り上がっている中。

 恐らくこの空間において、シャルロッテ・ツェペルンという人物に対し苦手意識を抱いているのは私だけだろう。


「けど、凄いのはあくまで血筋だろ?試験だって、きちんと受けずにコネで入学したとかって聞いたぜ。七光りって奴じゃないのか」


「何言ってんのよリュイ!試験を受けなかったってことは、試験を受ける必要がないほど優秀ってことかもしれないじゃない」


 私の言葉にアンナはムッとした表情でそう反論する。


「まあ、そりゃな。けど優秀な奴だっていう可能性と同時に、コネだけの優秀じゃない奴っていう可能性もあるわけだろ。私の予想が後者ってだけさ」


「は〜!もう!ひねくれちゃってこの子は〜!」


 アンナはあからさまにため息をつきながら、両手で私の頬をグリグリとつまんだ。


「ちょ、痛いって!」


 アンナや他のルームメイトたちが盛り上がる気持ちもわかる。しかしどうしても、気になるものは気になるのだ。


「隣の部屋の奴がさ、わがままな性格らしいって噂してたんだよ。貴族同士のやっかみかもしれないが、火のないところにはって言うだろ。信じるわけじゃないが、どうしても警戒しちまう」


「警戒するのもわかるけど、でもあくまで噂よ。信じすぎるのは良くないわ」


 アンナが厳しい表情でそっと私を咎める。その言葉に、11歳にもなって子供っぽい言い分だったかもなと少し自省する。


「…悪かったよ。水を指すつもりはなかったんだ。ただどうしても気になって」


 親友のアンナは、トレニベア王国をルーツに持つ、トレニベア系グランツェリア人である。

 100年前の戦争によって、かつて多くの人間がこの帝国へと亡命した。アンナの祖母も、家族と共にグランツェリアへと亡命した者の一人。同じ街で幼い時から共に育ってきた、大切な幼馴染であり家族も同然だ。


 だから2年前、年に一度の健康診断で二人して魔力値の結果が出た時、これは奇跡だと思った。

 グランツェリア帝国陸軍幼年学校は、魔力値が高ければよほど成績が悪くない限り合格可能であると聞いたことがあったのだ。

 出自は問わず、貧困家庭であれば必要な手続きを踏むことによって学費も支給される上、成績優秀者であれば免除だってされる。

 幼年学校卒業生はもれなく政治家や弁護士、士官など、将来この国を担うことになる者ばかりだ。進路は安泰。まさに能力主義の結晶と言えよう。

 街で見かける美しい葡萄色の軍服をまとった子女たち。彼らが街を歩く度、誰もが尊敬の眼差しを向ける。幼年学校生はこの国の多くの人間にとって憧れだった。人生逆転のチャンスがそこにあったのだ。


 だからこそ今、実際にこうして幼年学校生になった時、庶民の、それも貧困出身の私は貴族に対する警戒がなかなか解けずにいる。

 幸いここのルームメイト達は中流階級、また貴族であっても下位の者たちばかりらしい。少なくとも、今のところはあまり緊張することなく過ごせている、と思う。


「でも、その噂は私も聞いたことあるわ。ツェペルン家のご令嬢はわがまま娘だって」


 ルームメイトの一人がそう、ぽつりと呟いた。


「…私はノーコメント。これでも一応男爵家だから。下手に発言できませーん…」


「それ肯定してるのと一緒じゃない?」


「私もノーコメントで!」


「でも実際に会ってみなきゃわからないのよね。噂を完全に無視するのも危険だけど、噂を踏まえた上で、私達の目で確かめなくちゃ」


 盛り上がるルームメイトたちにアンナがそう締めくくったところで、ドアの開閉音が耳に入った。

 音の方向に目を向けてみれば、どうやら指導生が部屋に戻ってきたらしい。いなくなっていたルームメイトの最後の一人が、やっと見つかったのだろう。


「皆揃っているな。ほら君、挨拶をしたまえ」


 指導生が後ろを見やると、金髪蒼眼の少女がちらりと姿を見せた。やはりここに来る前、共に説明を受けていた同じ班の子で間違いない。

 まだ私は彼女の名前すら知らないが、初っ端から団体行動を乱すなど、第一印象はあまり良いとは言えなかった。

 彼女は申し訳無さそうにしながら、小さくカーテシーの仕草をする。やけに上品な振る舞いをする奴だなとぼんやり眺めていた。


「はじめまして、シャルロッテ・ツェペルンです」


 彼女の口からその名前が出たとき、私は自分の耳を疑った。


 聞き間違いではないかと思いアンナの方へ振り向いたが、彼女も私同様に心底驚いた様子である。周りのルームメイトたちも目を見開いて彼女を凝視していた。


 そんな私達の様子に気づくこともなく、シャルロッテ・ツェペルンと名乗るその少女はゆっくりと言葉を続ける。


「入学早々、皆さんにご迷惑をおかけしてしまいましたこと、お詫びします。すみませんでした。こんな初対面となってしまいましたが、同じ部屋の仲間として仲良くしてくださると嬉しいです。これから長い間、どうぞよろしくお願いします」


 なんと返事をすればよいのやら、私達はすっかり黙りこくってしまった。しんと静まるこの異様な空間に、困惑の表情を浮かべる彼女だけがぽつりと浮かんでいた。


 助けを求めるように指導生へ視線を向けたが、当の指導生はというと、面倒くさいと言わんばかりの表情でどこか遠くを見ている。

 指導生の仕事はその名の通り下級生への指導である。下級生同士の間を取り持つのも指導生の役目なのだが、さっそく団体行動を乱した人間がシャルロッテ・ツェペルンだというのだから、面倒くさいと感じるのは至極当然だ。

 下級生を指導する立場を与えられているため、本来は彼女に指導をしても何の問題ないのだが、いかんせん上級大将の娘と言うのだからやりにくいのだろう。


「あんた…」


 意外にもこの沈黙を破ったのは、意図せず私の口から溢れた呟きであった。

 彼女に対する反感や苦手意識がぐちゃぐちゃと渋滞し、ついうっかりと出てしまったのがこの代名詞ひとつ。


「…ああ、えっと、同じ班の!よろしくお願いします!」


 うっかり口にした私の声に気づいて、にこやかに手を差し出されてしまえば、それに応じるほかはない。

 混乱する気持ちを抑えながら、そっと彼女の手を握る。


「リュイ・マルクウェルだ、よろしく」


 彼女の手は真っ白だった。細く、女性らしい華奢な手。それに比べ私の手は、日に焼けたまさに労働者と言わんばかりの荒れた浅黒い手である。

 そんな私の手が彼女の手に重ねられて、なんだか(いびつ)だなとぼんやり思った。


「…なあ、なんであんた一人だけ遅れたんだ?何かあったの?」


「あ、えっと、それが…」


 彼女はチラリと指導生に目線を向ける。指導生は彼女の方を見て黙ったまま、こくりと頷いた。それを確認して、彼女は言葉を続ける。


「教官方に呼ばれていたんです。その、私の家の関係で、ご挨拶しなくてはならなくなって…」


 彼女の言葉になるほどな、と納得して、やはり自分たちとは明らかに立場が違う人間なのだと実感する。同じ屋根の下で切磋琢磨する同期生のはずだが、確実に違うのだ。本人もそれをわかっているのか、非常に言いづらいといった表情でこちらの様子を窺うように話している。

 彼女はこの陸軍の上級大将であるツェペルン閣下の娘だ。入学したとなれば挨拶の機会を求められるのも頷ける。噂ではコネで入学したんじゃないかなんてことも言われていたし、もしそれが本当なら、それこそ挨拶しなければ面子が立たないだろう。

 しかしだからといって、この時間まで行方不明とはこれいかに。教官たちもきちんと説明してくれればいいものを、これでは指導生が無駄に駆け回ったことになる。明らかにこれは教官たちの過失なのだが、初っ端から彼女への印象が悪かったこともあって、どうしても苦手意識がぬぐえなかった。


「私達はこれから一緒に生活していくんだ。どんな理由があろうと、まずはきちんと周りへの伝達をしてもらいたい」


「すみません……」


 私の言葉を真摯に受け止めた様子で、シャルロッテ・ツェペルンは申し訳無さそうな表情で俯く。


「ちょっとリュイ!」


 そのやり取りを見てだろうか、つい先程までどう対応すべきかと黙り込んでいたアンナが、叱るように私の名前を呼んだ。

 押すように私を後ろに下がらせると、そっと彼女の目の前に立つ。


「ごめんなさい。悪い子ではないんだけど…どうか気にしないで。あなたは何も悪くないし、謝らないでちょうだい。家のことだものしょうがないわ。むしろ非があるのは教官たちの方よ。──私はアンナ・ラジーヴナ・エルツカヤ。気軽にアンナと呼んで」


 そう自己紹介すると、アンナは穏やかな笑顔で彼女に手を差し伸べた。


「ありがとう、よろしくねアンナ」


 シャルロッテ・ツェペルンはどこかほっとしたようにそう返事をして、アンナの握手に答えた。アンナの態度に安心したのだろう、申し訳無さそうにしながらも、やや表情が明るくなったように見えた。

 アンナのおかげでやや張りつめていた空気も緩んで、ほかのルームメイトたちも安心した表情になる。チラと横目に指導生の方を見れば、彼女もほっとしている様子である。


「よかったあ、すごく良い子そうだよ」


そううっかり口にしたのは、やはりどこか抜けているハイジだった。


「え?」


 何のことやらわからない様子のシャルロッテ・ツェペルンは、頭に疑問符を浮かべたようにきょとんとしている。


「こらハイジ!」


「失礼でしょ!?もー!」


「誰かこの子の口に布突っ込んで!」


 ハイジの失言にルームメイトたちが抗議の声をあげ、これ以上の失言を恐れてか、あれよという間にバタバタと部屋の隅へ連行されていく。

 そんな賑やかな状況がつかめずに、シャルロッテ・ツェペルンは困惑の表情を浮かべたままだ。


「えっと…」


「気にするな。うっかり者なんだあの子」


 部屋の隅に隔離されるハイジの様子を親指で示しながら、説明にならない説明を述べる。


「そうなんだ…」


 彼女は困ったように笑うと、どこか寂しそうにその様子を眺めていた。自分がいない間にルームメイトたちがこれだけ仲良くなっていたのだ。疎外感を感じているのかもしれない。


「あんたが来るまでにしばらく時間があったからな。お互いに自己紹介やら済ませちまったんだ。…さっきはすまなかった。もうすぐ食事の時間だから、食べながらでも話そう」


 そう告げると、わかりやすく表情がパッと明るくなった。


「…!うん、ありがとう」


 わがままな性格らしいなんて噂が嘘のような、綺麗な笑顔でそう返事をされる。所詮は噂だったなという気持ちと、まだわからないだろうという警戒の気持ちが混ざって、なんだか複雑だ。

 今のところは様子見だろうか。早速明日から授業と訓練が始まる。はじめはカリキュラムの説明や自己紹介などで、本格的に始まるのはもうしばらく先になるだろうが、人となりを知るには十分な時間だろう。

 訓練となれば、時には辛い状況も多くなる。そして同じ班である彼女とは、その辛い状況を共にすることになるのだ。それに彼女はツェペルン家の人間とはいえ、お貴族のお嬢様である。辛い状況に耐えられるかもわからない。仲間としてどう付き合っていくか、きちんと様子を見ていく必要がありそうだ。





この時はまだ、初日から辛い訓練が待ち受けているとは、思いもしなかったのである。


多くの同期生が動けなくなる中、教官に目をつけられていたシャルロッテが訓練を続ける姿に、リュイ・マルクウェルは即考えを改めることになったのだった。

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