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09話 学校生活開始

 あれからあっという間に、きらびやかな入学式も終わり。次の日から始まる授業や訓練に向け、早々に眠りについた入学の日。



 そして迎えた一日目。そんなわけで私たちは現在、この学び舎で訓練を受けている真っ最中である。


「子供相手なのに容赦なさすぎよ…」


 ここは、ヴァルニッヒ幼年学校。


 入学して早々私たちを待っていたのは、指導教官による罵倒と脅しの数々。


 もちろん覚悟していたわ。していたけれども…


 ツェペルン家の人間という理由からか、指導教官には早々に目をつけられ、こっぴどく絞られたのだ。


 午前中は一般科目を、午後はひたすら軍事教練。

 やっと今日一日分の課程が終わって、今は疲れ切った体をぐったりとさせながら談話室でくつろいでいるところである。


 先程食べた夕食はとっくにゲロった。散々走り回され、魔法を使わされ、そんな状態で胃袋にものを入れてしまったものだから一気に出た。


 入学前に付け焼き刃で行ったあの必死のトレーニングは、体力も筋力もそれなりについて比較的良好な結果に終わったはずだった。

 それも、ツェペルン家の名に恥じないレベルに持っていけたのではないかと、ちょっと喜んだ程だった。

 入学を目前に、若干余裕ぶっこけるくらいには問題なかった、はずだった。


 まさか、ここまで目をつけられてしまうとは想像できていなかっただけで。

 教官のくそやろう。


 あと残り40時間後にはまた招集がかけられている。もちろん遅刻は厳禁。再び過酷な訓練が待っている。


「ここ、思ったより地獄だったわ…」


「よしよし」


 うずくまる私の背中を優しく擦っているのはリトだ。

 幸い、リトとは同じ班になることができた。わかりやすく言えば、同じクラス同じ班の同級生と言ったところだろうか。


「シューゲン教官はサディストだとうちの指導生もおっしゃっていましたよ。どうやら毎年被害者が出ているようですね。先程上級生たちにも同情されてしまいました。きっと今年は、シャルロッテをいじめて楽しむつもりなんでしょう」


 シューゲン教官は、私たちの班で訓練指導を担当している教官だ。階級は中佐。

 今私たちを苦しめている最大の悩み。とんでもないクソ教官である。


 ちなみに、幼年学校入学にあたってリトには「お嬢様」ではなく「シャルロッテ」と呼ぶようにお願いした。

 家ではあくまで使用人の立場だったが、ここではそれも関係ない。これからは同じ試練を乗り越える仲間なのだ。

 それに、リトがきっとこの先軍人になったならば、もう彼はうちで使用人として働く必要もなくなるだろう。

 ちょっと寂しいけれど、こうして仲良くするのも、今の間だけになるのかもしれないのだ。


「教官ガチャハズレ引いちゃったってこと………?」


「ガチャ…?…他の班の同期生たちの顔をご覧になったでしょう?明らかに僕たちの班とは表情が違います。生き生きしていて羨ましい限りです」


「くそったれ…!」


「こら」


 汚い言葉を吐く私の口を、リトは乱暴に手で塞いだ。もごもごと声が籠もる。


「…いやだわ、教官の罵詈雑言のせいで悪口のレパートリーがどんどん増えてく…!」


「あれは僕たちの精神力を鍛えるためだそうなので、仕方ないでしょう…まあ、あの方の場合ただ言いたいことを言ってるだけのように思いますが」


「あ〜!くやしい!あんのクソサディス…」


「こら。そういった言葉は、お嬢様は絶対に使ってはいけません。本当にお下品ですから。聞くに耐えません」


 またもや勢いよく手で口を塞がれる。ジトリと抗議の目線を送るが、リトは知らん顔をしている。


「…またお嬢様って言ってる」


「あ、すみません、つい……シャルロッテ」


「うん」


 シャルロッテと呼ぶようにとは言ったものの、リトは未だ慣れていないようである。

 しかし、さすがにここで「お嬢様」と呼ばれるのはちょっと問題があるので、こちらも指摘せざるを得ない。

 のだが、リトは私の名前を呼ぶ度に照れくさそうに恥ずかしそうに言うので、なんだか申し訳なくなってくるのだ。


 一応敬語もやめて欲しいとお願いしたのだが、丁重に断られてしまった。どうしてもそれだけは無理らしい。

 どうやら他の同期生にも敬語で話しているので、もう癖になってしまっているのかもしれない。

 孤児だったリトは、うちの使用人たちに言葉遣いを強制的に仕込まれている。きっと今更戻すのも大変なのだろうと納得した。


「他の班の教官をちらっとみたけど、ここまで悪口は言ってなかったし、ここまで酷使してなかったわよ。あいつおかしいわ!」


「僕たちはその辺の新兵とは違いますから、普通はそうでしょう。というか、ありえません。その代わり指導生や上級生たちは同情してくれますし、そちらからは絞られずに済んでいますが」


 そう、どうやら他の班の様子を見るに、一期上の上級生は今年入ってきた私たち下級生をパシリにしたり、ちょっと調子に乗った行為に及んでいるようなのである。

 最上級生からは特に何かされるわけでもなさそうなので、これは一個違いだからこその険悪さというのだろうか。


 しかし何故か私たちの班だけは、生暖かい目で優しくされている。

 厳しすぎる教官のせいなのだろうとは思うが、何だか複雑な気分だ。


 指導生というのは、最上級生たちの中から選ばれた模範的な生徒のこと。

 下級生への指導・面倒を見るという役割で、男子寮・女子寮それぞれ一部屋10人の下級生につき1人の指導生が起居を共にする。


 心身の疲れから私の目はすっかり元気を失って、死んでいた。

 心なしかリトの目も死んでいるような気がする。喋り方もどこか荒んでいるし。


「入学前に一生懸命トレーニングしたけど、やっぱり足りなかったんだわ…」


「いえ、足りないなんてことはないと思いますよ」


 そう言ってリトは私の両手を取り、きゅっと握った。


「僕を含め班の皆さん、歩くのも出来ない程ぐったりしているんです。それなのに目をつけられていた、一番疲れているはずのシャルロッテがまだ歩けている。これは凄いことです。入学前のトレーニングの成果ですね」


「…ふふ、ありがとう、リト」


 慰められてしまった。リトの優しく柔かな笑顔が眩しい。思わずきゅっと手を握り返す。

 心身すっかり疲れていたが、少し元気が出た気がした。さすがリト。リトパワー恐るべし。


「リトだって、一番あの教官の指導についていけてたじゃない。びっくりしちゃったわ。あなたって本当にすごいんだから」


「ありがとうございます。これまで力仕事はたくさんやってきましたから、自然と体力もついていたんだと思います」


 そう言って照れくさそうに笑うリト。

 リトが勉強だけでなく運動もできるなんて、私はここで初めて知った。

 うちで働いてたいたとはいえ、ここまで体力も筋力もついていたとは。

 こんな可愛らしい身体のどこに一体そんなもの隠していたんだ。


「私ここに来るまで、軍人は皆もっと立派な人ばかりだと思っていたの。お父様のような、素晴らしい人間ばかりかと」


「ご当主さ…上級大将閣下のような方は珍しいと思います。中には極稀に戦争を好んで行うような人間もいるようですから」


「ええ、こうして外に出たことで学んだわ。お父様の価値観が稀だったのよね」


 そうなのだ。前世の記憶を思い出したことで、すっかり意識から抜けていた。


 2度の大戦を経験した前世の世界と、大戦を経験していない今私のいる世界では、戦争や軍事に対する意識をはじめ人権や道徳など、あらゆる価値観が全くと言っていいほど違う。


 そもそも前世の世界でも、国家を上げた総力戦というのは歴史上あの第一次世界大戦が初とされる。

 ナポレオン以前の戦争では基本的に、犠牲となるのは兵士や騎士たち。民衆は戦争から距離を置くことができた。もちろん例外もあるが。


 時には食糧や資源が足りなくなって、時には信仰の違いで、時には抵抗のために、時には家督争いで、そうしてしかたなく、当たり前のように戦争が起きようとする。政治の延長であり、政治の一手段。


 この世界でも100年前の戦争によって平和主義が大きく叫ばれるようになったものの、やはりその意識はあまり高いとは言えない。

 いや、前世の世界ですら正戦論ばかりであまり高いとは言えなかったけれど。


 そして、この世界で私の父が持っている価値観は、そんな私の基準と近いものだったのだ。

 宗教性を持たない良心と道徳、人権という感覚がある。侵略や目先の国益、正義でなく、消耗の少ない平和的なやり方を。長期的に先を見越して情勢を見ている。

 そのせいか、この世界の人はみなそういう価値観なのだと勘違いさせられていたのだった。


 特に前世において、平和主義な戦後日本に生まれ育った私の基準では、ここは随分と勝手が違う。


 特にこの場所では、その違いが明確に現れる。親や親族が軍人であるという生徒にはあまりその傾向はないのだが、親が政治家や貴族であったり、庶民出身の生徒たちは、しばしばそういった価値観の違いを感じさせられることがあった。


「午前の授業はまあまあ好きなのよ。けどその後の訓練が嫌で嫌で…」


「…わかります。でもこれさえ乗り切れば、恐らく他のどの班の同期生よりも、大きく実力の差をつける事ができるのは間違いないです。どうやらシューゲン教官の担当した生徒は、その厳しさに耐えた故か優秀で、もれなく皆指導生に、中には飛び級で士官学校へ入学した方もいるとか」


「えっ、なにそれすごいじゃない」


 本来断罪イベントが起こるのは17歳の卒業シーズン。幼年学校への入学が成功したとはいえ、この先何があるかわからない。


 幼年学校を卒業し無事に士官学校へ入学できれば、士官候補生として隊附勤務の後、軍曹の階級が与えられる。

 普通の進級スピードならそこが限界だと思う。いや、そこまでいくかもわからない。

 軍曹では、もし国外追放されるとすればやや心もとない。まして暗殺ルートなど。

 帝国陸軍上級大将ツェペルンの一人娘という肩書を持ってしても、婚約破棄国外追放落命は不可避だったのだ。


 しかしもし飛び級が出来れば、そこから見習士官として曹長の階級で原隊へ、それら全てのカリキュラムを経て、少尉になることもギリギリいけるかもしれない。いや、少尉でもまだ心もとないだろうけれど。


 このゲーム内では戦争のせの字も出てくることはなく、匂わせる描写もなかった。

 そのため少なくとも、もし戦争が起きるとするなら恐らくゲーム終盤の17歳以降だろう。

 しかし、もし私が断罪を回避できたとしたら。

 その後の命の安全のためには、その時までに後方で働けるほどの階級と優秀さを持っていなければなるまい。


 どちらにせよ、私はなるべく早く士官に、できれば将校にならなくてはならないのだ。

 回避要素となるものを、命の保証となるものを出来る限り増やさねばならない。


「シューゲン教官のくせに……すごく理不尽な教官だと思ってたのに……ハズレじゃなかったなんて……飛び級って……」


「まあ、だからこそあんな指導方法でも教官から外されないんでしょうけどね。でも僕はシャルロッテには負けたくないので、頑張ります」


 リトはわざとらしく、不敵に笑った。それを見て思わずこちらも笑みが吹き出す。


「私も頑張るわ!ふふ、絶対負けないわよ」


 そうだ、私たちはライバルなのだ。負けてはいられない。


 リトのこの可愛らしく愛らしい笑顔を守れるような、そんな立派な軍人になるのだ!



 この世界でも既に産業革命のようなものを経て、大量生産の時代へと突入している。

 戦争の質が大きく変わった、18世紀半ば以降さながら。人同士の喧嘩に巨大な金棒が加わり、規模がおかしなことになってきた頃。


 そして今、19世紀そっくりのこの世界観。乙女ゲームのくせに、魔法やら聖女やら何やらあるくせに、ジェンダー観も貴族の暮らし方も学校も文化も明らかに違うくせに、この世界は妙に現実じみていた。

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