第5話 試験
「これからみなさんには、この訓練に参加するか否かを、この場で決めて貰います」
基地には行かず、ここで参加するかを決めるのか?
(……この森のど真ん中でか?)
いつもこんな感じなのか、私は隣に座っている細身の女性に声を掛けようとしたが、みな、話に耳をそばだてており、そんな雰囲気ではなかった。
添乗員が話し続ける。
「これから訓練の概要を説明します。 それで参加を辞退するのであれば、座席に座ったままでいて下さい。 バスはこのまま来た道を引き返して、駅に戻ります。 では、概要の説明に入ります」
「……」
ゴクリ、と生唾を飲み込む。
添乗員は、全く思いがけないセリフを口にし始めた。
「近年、東京直下型地震が起こる、というのは聞いたことがあるかも知れません。 そして、5年以内に巨大地震が発生する確率は、55パーセント。 10年以内に起こる確率は、99パーセント、という数値が研究者の間で算出されました。 東京で直下型地震が起これば、死者の数は何人に上ると思いますか?」
「……ちょっと、待てよ! アンタ、急に何言ってんだ」
流石に唐突過ぎたか、一人の中年男性が叫ぶ。
地震の死者数の前に、何故そんな説明を始めたのか、分かるように教えて貰うのが先だ。
「うるせぇよ、黙って聞きやがれ!」
キーン、というノイズがマイクから響く。
みな、凍り付いた。
添乗員は笑顔こそ絶やしていない。
だが、それが逆に恐ろしい。
「はい、静かになったので話を続けますね~。 これはただの訓練ではありません。 これから確実に起きるであろう緊急事態に備えるための、「予備自衛隊」の選抜試験です。 年齢の制限は55才までですが、ここにいる人たちで引っかかってる人はいませんね? はい、では皆さん、スマホを預からせて頂きます」
(そういうことか)
優しく教えて貰うことは出来なかったが、事情は推察できた。
これは予備自衛隊、つまり、有事の際に人手が足らなくなった場合、自衛隊の代わりとして行動する普段は一般人の自衛隊、それの選抜試験というわけだ。
国は研究者が導き出した東京直下型地震に備え、急遽予備自衛隊の増員を検討したのだろう。
添乗員がカゴを手に持ち、参加者のスマホを回収する。
「ふざけてるのか! スマホをどうするつもりだっ!」
さっきの叫んでいた男が、再び声を張り上げる。
添乗員は微笑を浮かべたまま、こう言った。
「巨大地震が発生した場合、スマホが使えなくなることが想定されます。 この試験では、そういったシチュエーションに対処できるか、それを判断します」
「試験なんてそもそも聞いてねぇ! 下ろせっ、やってられるか」
「では、このままこちらで待機していて下さい」
(……リタイヤする人間はこのままバスで駅まで送り返される。 私はどうするべきか……)