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陽だまりの中で

作者: 栗夢十和

こらのほうでははじめまして^^

自サイトで公開していた作品ですが、パソコンの不調でサイトが半休止状態になってしまったので、急遽こちらのほうに活動を移させてもらいました!


今回はお試しって意味も含めて、サイトで公開したお話でも好評だったこのお話を上げさせてもらいます!



(あ〜あ、かったるい、めんどうくさいなぁ)

私はそう呟きながら家へと続く、やたらと急な坂道を歩く、

数冊の教科書と筆箱しか入っていないカバンがやけに重く感じる。

でも、私が今、ここまでブルーになっているのは、なにもこの坂道が原因なのではない。

いや、少し、ほんの少しだけならあるかもしれない、なにせ家に帰るにはこのやたらと急な坂道を一〇分掛けて上りきらなければならないのだから、陸上選手でもこの坂を見れば不機嫌になろう。だけど、今日、私の機嫌が悪い理由は他にある。

私のポケットに入っている落選と書かれた、たった一枚の紙切れ・・・

私の血のにじむような努力の結果が誰にも認められなかった。

沢山の資料を読み漁り、何度も何度も下書きを書き直して、何色もの色を掛け合わせて、何日も掛けて仕上げた絵、私の最高傑作といってもいい、それは結局誰の目に止まらず、日の目を見ることは無かった。

まるで、大きな壁に閉じ込められたような、無力感と孤独感に心が閉ざされているような感じで自分が嫌になる。

(あぁぁぁ、もう、本当に嫌になる)

 思い出しただけで気が重くなる。

 後悔、落胆、挫折、色々なネガティブな感情が胸の内で渦巻いている。

 目に付く世界の全てが灰色に見える。

 不意に、風が吹き抜ける。

 それは、今の私には相応しく無い、新緑の若葉のような活気に満ちた青い風だった。

私はまるでその風に誘われたかのように、振り返る。

 そこには、一軒の店が在った。

 しっかりとしたつくりの温か味のある赤レンガに、少し色褪せたチョコレート色の看板がかかっている。入り口の周りには様様な色の花が咲いていて、何かの蔓がレンガに根を張っている。

 私には灰色に染まった世界の中で、そこだけが色に溢れてみえた。

 私は、花の香りに誘われた蜂のように、自然とその戸に手を掛ける。

 乾いたドアベルの音を合図に、私は店の中に足を踏み入れる。


 店の中に入って最初に目に入ったのは、唄にでも出てきそうな大きな振り子の古時計、丁度入ってすぐの所に置いてあって、私は物珍しさから少しの間、時計に目を奪われていた、時計には、長い間愛用されていた内に付いたのだろう、小さな傷がいくつもある。

 ふと私はポケットから携帯電話を取り出して時計を見ると、あることに気が付いた。

時間がずれている、いや、動いていない?

 古時計は振り子を揺らし、秒針を走らせながらも、時を刻んでいない・・・

 長針と短針は背中合わせのまま、十二の数字を指したまま、一歩たりとも進んではいない。

まあ、古い時計だから、どこか故障しているのかな、と私は納得して店の奥の方に目を移す。

次に目に入ったのは、カウンターに、テーブル、椅子、これだけ見ると喫茶店のような雰囲気を醸し出しているが、カウンターの上にはビスクドールやテディベア、宝石細工が施されたオルゴール、アイボリーのチェス、果てには一抱えはある砂時計までが節操なく無造作に置かれており、まるでアンティーク雑貨店のような雰囲気を醸し出している。

(なんの店なんだろう?)

「あ、お客さんですか、いらっしゃいませー! 」

不意に、店の奥の方から声を掛けられ、思わずビクっとする。

聞こえてきた声は、男にしては高すぎて女にしては少々低く、子供にしてはどこか大人びていて、大人にしては無邪気な、そんな不思議な声だった。

「今、行きますね」

奥の方からドタバタと擬音でも付いてきそうなほど慌てて現れたのは、子供のようだった。

背なんかは、クラスでも背が低い順で数えた方が早い私よりも低い。

どこか猫を思わせる明るい茶色のくせ毛に、陶磁器のような白い肌、子供特有の中性的な顔立ちをしていて男の子なのか女の子なのか判別がつかない。サイズが合っていないのだろう、着ている黒い作業衣のような服(制服?)に白と黒のチェック柄のエプロンを羽織っているが、だぶだぶで、それを引きずるような形で歩いているのが、どこか愛嬌がある。

だけど一番印象に残ったのはこの子の瞳だった。鳶色の瞳は優しく、深い夜闇のような静寂を湛えていて、それが、容姿不相応な大人びた雰囲気を醸し出している。

「ようこそ、『陽だまり亭』へ」


それから、私はこの子に奥の席に案内された。

案内の最中に聞いたのだが、この子の名前はスピカと言うらしく、一人で店番をしているらしい。

店の名前通り日当たりのいい席で、思わずうたた寝をしてしまいそうになる。

テーブルの上には、チーズケーキと湯気を漂わせている珈琲が、まるで手をつけてもらうのを待つかのように、香りを放って鎮座している。

「あの、これは? 」

「あ、これはですね、特製のベイクドチーズケーキですよ、隠し味にレモンを一個入れるのがポイントです、珈琲の方は特製のブレンドをエスプレッソで入れたものです。そのまま飲むとちょっと苦いですからミルクでも入れてましょうか? 」

「いや、そうではなくて」

「?ブラックの方がいいですか? 」

ごくごく普通にやってくるので言いそびれたが、ここはキチンと言っておかなければ、新手の押し付け商法かもしれない。

「あの、私は別に何も頼んでいませんが、勝手にこんなの出されても困るんですが」

私は、ちょっと声に険を含ませて言うが、スピカには全く応えていないみたいだ。

「甘いもの苦手でした 」

「いえ、好きですけど・・・・・・」

「なら、問題ありません。お客さんはちゃんともてなさないといけませんからね」

「でも、私、別に何か買うのを決めたわけでもありませんし、冷やかしかもしれませんよ」

「ここに訪れる人は皆ここに必要なものがあるのですよ」

 スピカの断言するような口調に、私は少し気圧された。

「でも、私がこの店に入ったのは偶然です、何か目的があってこの店に来たわけじゃないです。そもそもここが何のお店なのかも知りませんし・・・・・・」

 そう、私はこの店に何か目的があって入った訳ではない、むしろ気まぐれや通りすがりといってもいいくらいだ、だけど、この子は、どこか愉快そうに、唇に笑みを浮かべて歌うように語りだす。

「此処は、過去という名の蜃気楼、時間からも忘れ去られた忘却の吹き溜まりです。

人や世界、命が未来に向かって変わっていく中で、失くしてしまったり、落としてしまったり、そうやって本来の居場所を無くしてしまった、落としものたちを掻き集めてできた秘密の場所です。

ここにあるもの達は、みんなここで待っているのですよ。

自分を拾ってくれる人を、自分を必要としてくれる人を・・・

だからこそ、ここに来ることのできるのは、何かを探していたり、何かを失ってしまった、何かが足りない人だけです。

あなたがここに来たのは偶然や気まぐれじゃありません。

あなたは、欠けてしまった自分を探していたのではありませんか?」

胸のあたりが、ズキリと痛むような感じを受けて、思わず私は胸に手をやる。

「それをお手伝いするのが僕のお仕事です」

不思議と、不思議とその言葉は胸の中にすぅっと入っていく。

私は世界を拒絶していた。もう傷つきたくないから、もう疲れちゃったから、だからもう頑張りたくなかった。頑張っても報われないなら、何もしない方がマシ、歩くことをやめれば少なくても転ぶことはないのだから、

だけど、だけど私はその一方で、そんな生き方に、そんな世界に退屈していた。

何もしない、何も変わらない、何も得られない、灰色の世界。

そんなの面白くもなんともない、だけど、分かっていても変えられないという自分自身への腹立たしさ、迷って、悩んで、それでも答えを見つけられない事に対する焦りと苛立ち。

「あなたは忘れてしまったのですね」

「忘れた・・・・・・? 」

「出発点、あなたが始めて持った想い」

「どういうこと? 」

「ちょっと待っていてもらえますか? 」

 そう言うと、スピカは、ささっと店の奥に戻っていった。

 その後、ドタ、バタ、ドカンと店の奥の方が騒々しくなったと思ったら、ガッシャァァァンという盛大に何かが倒れる音とテーブルが倒れかねないほどの地響きがした。

・・・・・・沈黙。

「・・・・・・だ、大丈夫かな? 」

流石に心配になってきたので、様子を見に行こうと思い、席を立とうとしていると・・・

「や、やっと見つけました」

スピカは何故か全身擦り傷だらけで、ボロボロになりながらも這いずりながら戻ってきた。

右手には、画用紙を丸めたものを持っており、私の方に差し出してくる。

「はい、どうぞ」

私はそれを受け取り、開いて見てみる、

「これ・・・・・・は・・・・・・」

 自分でも声が震えているのを感じる。

そこには、絵が描いてあった。

クレヨンで何か犬か猫かよく分からない動物と誰かも判別がつかない子供が遊んでいるのが描かれている。

私は、この絵に見覚えがあった。

当然だ、これは昔、私が描いた絵なのだから。

物心がついた頃、技術も何も無く、ただ描きたいものをムリヤリ押し込めただけの絵。

描くのがただ楽しかったころの絵。

誰かが初めて褒めてくれた絵。

忘れ去って、失ってしまったはずの絵。

いつからだろう、絵を描くのを楽しむではなく、ただ上手く描くことだけを目指し出したのは。

いつからだろう、絵を描くのをただ人に認めてもらうための手段として使うようになったのは。

いつからだろう、絵を描くとき、楽しいと思えなくなったのは。

「これが、あなたの出発点」

「・・・・・・」

忘れてた。

そうだったんだ、絵を描くって楽しいことだったんだ。

今の私から見れば、笑っちゃうくらいお粗末な絵かもしれない、でも今の私にはないものがこの絵にはある。

この絵は、伝えてくれた。

(絵を描くのって楽しいね)

過去が今と交差した。

ちょっと切なくて、懐かしくて温かい不思議な想いが胸に溢れてくる。

私にはこの感情をなんて言うのかは分からない。

気が付けば、頬を熱いものがつたっている。

涙。

でも、この涙は全然イヤじゃない。

辛いとか苦しいとか、そんな重くてイヤな気持ちではなく、むしろ心をどんどん軽くしてくれるような気がする。

「一番大切なものほど当たり前になりやすくて、忘れやすいものです。

 だけど、大切な想いは忘れてしまっても、消えてなくなってしまうわけではありません。あなたの心の中にず〜っと残っているものです。

だから、あなたは思い出すことができたんです。

今のあなたなら、前よりも、もっとその想いを大切にできるはずです」

スピカの言葉は、ホットミルクのように優しく、冷え切った心を温めてくれる。

今なら分かる、当たり前の中に埋もれてしまったものの大切さを。

でも、その一方で少し不安になる。

今の私に、このときのように楽しく絵を描くことができるのだろうか?

「あなたは、もう大丈夫ですよ」

いつの間にか目の前に居たスピカは、私の頭に手をなでるようにのせてくる。

「絵は楽しく描くもの、ただそれだけの簡単なことなんですから」

簡単なことか・・・

確かにそうかもしれない、とりあえずうじうじ悩んで立ち止まるのはもうやめよう。

とりあえず今は、目の前のことからがんばっていこう。


最後に、出された珈琲は、温かくて、ちょっぴりしょっぱくて苦かった。



絵を描こう。

自分の持てる全てを吐き出して。

温かくて、優しい絵を・・・・・・描こう。

題名も、もう決まっている。

ふさわしい名前は、あれしかない。

『陽だまりの中で・・・・・・』





_______

こちらでは、初めての投稿になります^^

はじめまして♪


自サイトがパソコンの調子が悪くて更新できないので、こちらのほうで自作品を投稿させていただきました。

拙い作品ですが、ここまで読んでいただけた方には感謝感謝です♪


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