モイザの製薬
今日の朝にみた直轄店と渡り廊下でつながる商業者ギルドの建物についた。道中僕もベードも少し周りへの意識強めに歩いてたけど、人にぶつかるという事故は起きなかった。
むしろぶつかった人のように、他人のすぐ後ろをあんな走り抜けるように横通りするような人は見かけなかったので、ほんとうにわざとぶつかられたのかもと不安になる。そうじゃなきゃいいんだけど。
気を取り直してバンダー商長についていき、商業者ギルドへと入る。南端の街と建物の形は違うけど、中の感じは同じで、受付と受付奥の扉というシンプル設計。
そして受付の人に軽く会釈して、そのまま奥の扉にと入ると、一番に理科室の机みたいな机が目に入る。
その上には何個もある試験管、フラスコ、ふた用だろうコルク栓、そして製薬用だろう器具には、すり鉢、ビーカー、魔道水石とビーカー用の小さな魔道コンロが設置された生産セットのある部屋だった。
「この机が基本的な製薬、合成に使う錬金セットですね。セットですよ。ガラス製でできてるこれらは、火を知る街からの輸入品ですね。輸入品ですよ。わたしの専門分野に必須なものなので、かなりの数を輸入しているんですね。いるんですよ。」
「なるほど、ここからはモイザに教えていただけるんですかね、高さが足りないけど、脚立は持ってきてなかったな・・・」
「大丈夫ですね。大丈夫ですよ。ドワーフのわたしは常に踏み台、脚立を持ち歩いていますからね、いるんですよ。」
そういって自分用の踏み台と、モイザ用に脚立を用意してくれた。なるほどドワーフ用か、南端の街で売ってた脚立や踏み台も、結構細かく高さが分かれてると思ったけど、そういうことだったのか。
「ではさっそく始めますかね。始めますよ。」
「あ、ちょっと待ってください、その前にお昼はどうするんですか?従魔たちにはこちらで用意するのですが。」
「おっと、わたしとしたことが、焦ってしまいましたね。焦ってしまいましたよ。わたしは手持ちに軽食があるのでそちらで済ませますね。済ませますよ。リュクス様はどうしますか?おっと他の方はいませんがスクーリ様と呼んだほうがよかったですか?よかったですよね。」
「いえ、ここから他の人に聞かれるということもないはずなので、大丈夫です。偽名を使うべきタイミングがまだつかみきれてないんですよね。」
「そうですね、まずリュクス様や、リュクス様の従魔の生産物を販売、または譲渡する場合には、商売者名のほうを使うといいですね。いいですよ。あとはパーティーを組む場合も使われる方がいますが、リュクス様の場合、従魔がいらっしゃいますので、パーティを組むのは難しいですね。難しいですよ。」
あ、そうか、従魔もパーティー人数にカウントされるんだっけ?あれ、でも21匹連れ歩けたんだよな。うーん、なにか僕のスキルの影響があるのかな。まぁ下手にいざこざ起こしたくないし、パーティー組むことはあんまりないだろうなぁ。
「ありがとうございます。そんな感じで使ってみますね。食事は、ちょっと野菜類を使って何か作りたかったんですけど、こっちも用意してるので済ませちゃいます。」
来るまでは自分の料理セットを広げられるか聞こうと思ったけど、やっぱり夜に宿で落ち着いてやろう。とりあえずレイトにノビル、ベードに生の豚肉、モイザにはリンゴを上げる。そして僕はモイザの焼いた豚肉サンドをいただく。
「おや、リュクス様もサンドイッチですか。やはり持ち歩きには便利ですね。便利ですよ。わたしのは商業者ギルドの役員の製作物ですが、そちらはリュクス様が作ったものですかね?モイザ様のですかね?」
「これはモイザの作ったものですね。」
「ほうほう、なるほど、ぜひ詳しく聞きたいところですね。聞きたいですよ。例えば製作前に足を水で洗うのかなども聞きたいですね。聞きたいですよ。」
「わ、わかりました。一応僕の見た範囲ですけど、きちんと料理前には水石で料理に使用する前足の4本を洗っていましたよ。包丁やフライパンを使う際は糸で足と固定して、器用に使っていました。糸は使用後には口で裂いた後、糸玉にまとめていましたね。」
「おぉ、そうですかそうですか!なるほど、それならば製薬や合成も問題なさそうですね。なさそうですよ。」
食べながらの説明だったけど、まぁ今のでよかったようで安心。あとはちゃんとモイザがスキルが生まれるまでできるのかってところかな?もしスキルが付いたら錬金セットも買ってあげようかな。
「さて、皆さん食べ終わったようですし、モイザ様、さっそく始めていきますね。いきますよ。リュクス様はどういたしますか?」
「せっかくなので僕は見てることにします。じゃまではないですよね?」
「そんなそんなとんでもない。もしよければリュクス様も製薬を体験してみますか?」
うーん、僕もやるとなると、あの錬金セット一つだと狭そうな気がするな、今回は見ておくだけにするか。
「いえ、今回はモイザがスキルを覚えるのかを見ていたいと思います。」
「そうですか、わかりました。わかりましたよ。ではモイザ様こちらへ。」
誘われるままにモイザが脚立にのぼると、バンダー商長も踏み台にのぼり、錬金セットの机にポーチから2種類の草を取り出す。
「どちらも南端の街で取れるものなので、一度見たことがあるかもしれませんが、どちらも薬草となる素材ですね。素材ですよ。まずこちらが毒消し草で、体内に入ってしまった毒の中和を促しますね。促進しますよ。強すぎる毒には効きづらいですが、製薬素材として扱いやすいために重宝されてるのですね。重宝されてるのですよ。
もう一つのこちらは痛軽の薬草ですね。薬草ですよ。こちらも即座にどんな痛みでも引くような効力はありませんが、小さな切り傷や擦り傷には効きますし、何より扱いやすさが違いますからね。違うのですよ。」
あぁ、南端の街の冒険者ギルドにもかなりの数の毒消し草と痛軽の薬草の納品依頼あったもんな。モイザが痛軽の薬草をそっとつついてる、そういえばその薬草はあの蜘蛛の森に生えてるんだったっけな。離れてそんな経ってはいないけど、懐かしいのかな?
「おぉ、そういえばこちらの薬草はモイザ様は近くで見ていたものになるわけですね。なるわけですよ。ではこちらの薬草からまずは丸薬、続いて水薬となるポーションを作っていきましょうか。いきましょうね。
初めに作る丸薬は熱を使わないすり鉢作業のみで作れる薬ですね。薬ですよ。まずは手本をお見せしますね。しますよ。まず痛軽の薬草ほどの大きさであれば二本をすり鉢に入れます。このままだと擂りづらいので、少量ですが水をくわえるといいでしょう。この辺りはお好みで大丈夫ですが、水を加えすぎると質が落ちてしまうのでお気を付けくださいね。気を付けてくださいよ。水を入れないからといって質が高くなりやすいということもなく、むしろ擂る時間が短いほどいいものができやすいですね。できやすいですよ。」
バンダー商長が説明しながら作業する工程を、モイザはうなずきながら見つめる。そして擂り作業がおわるとすり鉢から緑の丸い粒を取り出した。
「こちらが丸薬になります。丸めるように擂るというだけできますので、まずはモイザ様が行ってみてください。」
「――――。」
目の前にと動かされたすり鉢にモイザは痛軽の薬草を2本入れて、水石で少しだけ水を入れてからすりこぎ棒と足を糸で固定する。というか今尻のとこから糸を出してなかったよな。なんというか、足の先から出してた?
「ほぉ、足からも糸が出せるのですか。初めて見ましたね、でもこちらの糸は体内の糸とは少し違うようです。珍しい力ですね。力ですよ。」
いや、僕も不思議だよ。製薬のスキルとかついたのかの確認の時に他にスキルがあるのか確認するか。
ただ、擂る作業のほうがちょっとモイザには難しいように見える。なんというか力がうまく入っていないという感じ。
「ちょっと失礼しますね。失礼しますよ。こんな風にすると力は必要ないのですね。ないのですよ。」
バンダー商長が水の量を増やし、さらにモイザの足をもって擂り方を教えてくれているようだ。手を離されてもそのままの擦り方で続けていく。
そうして半刻ほどは擂り続けただろうか、ようやく一つ出来たようで、モイザが一本足で器用にすり鉢から丸薬を取り出した。
「どれどれ見せてもらいますね。質は2Hですか、これだけの時間かかってしまったのでしょうがないですね。もう少し作ってみましょうか。」
横によけてあるけど、バンダー商長が作った丸薬とモイザの作った丸薬、見た目自体には差はあんまりないけど、質は結構違うのかな?
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≪識別結果
痛軽の丸薬 質:2H
傷跡にすりつぶして使う丸薬、軽度の擦り傷の痛みを軽減するだろう≫
≪識別結果
痛軽の丸薬 質:3G
傷跡にすりつぶして使う丸薬、大きくない切り傷や擦り傷の痛みを軽減するだろう≫
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うわっ、結構違うじゃないか、モイザのは切り傷への効果は期待できないってことか?そうだとしたらちょっと残念な感じだな。まぁここから練習か。しばらく作るのを見て居よう。
5つほど作ったところで一旦中断、5つ目は製作時間も半分ほどでできたんじゃないか?質も2Eにまで上がってるし、軽度の切り傷と擦り傷に効くようになってるみたい。
「だいぶいい調子ですね、ここまで来れば水薬の製作も行えるでしょう。ですが一息いれますかね。いれますよ。」
「――――。」
モイザもうなずいて脚立から降りてこちらに近寄ってくる。その顔にほんのり疲れが見えた気がする。
バンダー商長も踏み台に腰を下ろして、ポーチから出したお茶を飲み始めた。
「おつかれさん、もうちょっと続くだろうけどな。今の状態のステータスみてもいいか?」
「――――。」
うん、大丈夫のようだな。じゃあ失礼して確認させてもらおう。
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<キャラクター>
名:モイザ・アルイン
性:雌
種:クラフタースパイダー
<ステータス>
種:Lv32
命:7300/7300
魔:400/400
力:64
技:2048
速:137
知:126
秘:41
<スキル>
【操糸Lv74】【牙Lv30】【毒生成Lv30】【統制指示LV60】
【分担指示Lv20】【聖族言語Lv3】【料理Lv6】【裁縫Lv3】
【糸術Lv4】【製薬Lv1】
<スペシャリティ>
【生産技術】【契約借技】
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おぉ、製薬スキルもうできたのか、生産技術の影響かな?あと手から糸を出してたのは糸術っていうスキルかな。
契約借技はよくわからないけど、昨日のうちに質問した感じだと、僕からだけスキルを借りれるのが継続してるらしい。そのうち時空術とか覚えないだろうな?そうしたら僕の役割全部モイザに奪われちゃう?まぁ魔のステータスや秘のステータスがそんなに高くないからさすがにすぐには難しいか。実際使おうとしてないみたいだし。
逆に生産技術は覚えたくてしょうがないみたいだな。疲れのある顔と思ったけど、どちらかといえば楽しそうだ。種族の影響もうけてるのかな?
レイトとベードには少し申訳ないけど、モイザは結構待機も多かったからな。今はモイザのしたいことを見届けてやりたい。
「さて、モイザ様が大丈夫でしたら続きを始めましょう。水薬は丸薬よりもひと手間かかるので難しいですね。難しいですよ。火を使用するのですが、大きさは違いますが、料理と同じ魔道コンロですね。魔道コンロですよ。」
「魔道コンロはよく使ってるし、大丈夫だよな?」
「――――!」
任せろと言わんばかりにうなずいたあと足の一本を上げた。そして脚立の上へと移動。
「はい、では先ほどのようにまずわたしが作らせていただきますね。作りますよ。
水薬を作る際はこちらのビーカーを使います。これは火の熱で中にはしっかり伝わりますが、ガラスが割れたり溶けたりしないので水薬を使う際に重宝します。鉄鍋だと中の色の変色など見れませんからね。見れないですよね。慣れてきて量を作りたい場合は大鍋を使うこともありますけどね。あるんですよ。
とりあえずはビーカーに水をこの一番上の線まで入れます。基本はこの水量で2本分の水薬になりますね。なりますよ。このまま魔道コンロの強火にかけてしまいますね。かけてしまいますよ。あとは沸騰を待ちますね。待ちますよ。」
おうふ、豪快にコンロの上に乗せちゃったよ、なんかビーカーとめる器具とかないのか。火にそのままかかる瓶、シュールでちょっと危なく見えちゃうけど、まぁ大丈夫なんだろう。
「沸騰しましたら、弱火に変えて、水薬2本分なので痛軽の薬草を4本入れますね。入れましたらゆっくりとこちらのガラス棒で混ぜてください。薬草が完全に溶けて、全体が緑色の液体になったら終了です。ポーション管のこの線まで注いでください。ちょうど2本分になりましたね。なりましたよ。」
かき混ぜてる時間すごく短かかったけど、こんなあっという間にできちゃうのは、スキルレベルが高い影響なのかな。まぁそれよりちょっと気になることがあるから聞いてみるか。
「そのポーション管の線のところまで注がないと効果を期待できないという感じですか?」
「そうですね、そうですよ。とても古い記述に一滴で欠損傷まで治して薬液があったという記述もありましたが、通常この量を内服するか、傷口にかけるという使用方法になりますね。使用法ですよ。こちらの痛軽の水薬でしたら傷口にかけるという使用法が一番効き目がいいですね。効くんですよ。飲むことでも一応の痛覚軽減を得ることはできますけれどね。得られるんですよ。」
「なるほど、でしたらそちらのフラスコは何に使うんですか?」
「フラスコのほうはより量が必要な水薬のために使用しますね、使用しますよ。魔力補填ポーションや、生命活性の水薬といったできるだけ強い効能がほしい水薬、もしくは毒水薬や痺れ水薬のような、攻撃性水薬の容器に使用して、投げつける使用法もありますね。ありますよ。」
おぉう、まさかの投てき武器扱いもするんだね。そういえば魔力補填ポーションと生命活性の水薬はフラスコ型だったの思い出したよ。まぁこれで使い分けには完璧に納得。
「モイザに教えてもらってるところ横からすいませんでした。教えていただきありがとうございます。」
「いえいえ、そういう探求は大切ですね。大切ですよ。モイザ様にもお教えする必要のあることでしたからね。フラスコはポーション管2本分と同じ量必要なので、覚えておいてくださいね。覚えてくださいよ。ではモイザ様、とりあえず2本分作ってみましょうか。」
「――――。」
モイザもさっそくビーカーの中を一度洗い、再度水を沸騰させる。沸騰したビーカーに4本の痛軽の薬草を入れて、ガラス棒でかき混ぜる。
「かき混ぜている際、中に塊が残るといけませんので、そこに注意してくださいね。注意ですよ。」
モイザは真剣な雰囲気のままかき混ぜながらうなずく。カツンカツンと時折ガラスの当たる音が聞こえてくる。満足いくほどにかき混ぜられたのか、火を止めてガラス棒を取り出し、今度はビーカーと試験管にしっかりと糸を巻き付かせて注いでいく。
試験管をまっすぐに持たなきゃいけないのがちょっと難しそうか?でもうまくこなすモイザはさすがというべきか。線まで入れたらコルク栓をする。もう一本分同じことを繰り返した。
ちなみに外した糸は料理セットのような廃棄口がこの錬金セットにもあるようなので、そちらに捨てていた。
「こちらも十分使用できるほどの質ですね。質ですよ。このまま続ければより高品質に作れますね。作れますよ。このあと合成もお教えしたかったのですが、本日は製薬の練習でとどめますかね。とどめますよ。素材は存分にお使いください。こちらからの提案でしたからね。」
「ありがとうございます。モイザ、少し練習させてもらおう。」
「――――。」
その日は結構遅い時間までモイザの製薬を練習をさせてもらった。帰る際に錬金セットも買っておいたので、宿でもモイザは練習できるだろう。
とりあえず明日はモイザに合成を教えたいということなので、それを了承して、一度宿に帰ることになった。
主人公が試験管をポーション管といっているのは、先にバンダー商長がポーション管といったためです。
愛でる手の一件から、言語違いがあまり起きないように、相手の使う言葉に合わせようと、無意識に使用しているという感じですね。