リターンロケーション
作業員にふるまった料理はかなり好評だったようだ。さりげなくトレビス商長も食べてたけど、座って食べてもよかったのに、なぜか立って食べていた。
作業のほうは下準備が完全に済んだので、ここからは結構ペースアップするらしい。とりあえず明後日の光の満つ刻まではかかるだろうとのことだ。
僕は一旦土地から離れて冒険者ギルドへと向かった。ずっと見てるのもあれかと思って、依頼でもこなして過ごすつもりだった。しかしドーンにつかまってギルド長室へ、なぜだ!
「なぜ呼ばれたのかわかっておらぬ顔じゃのう。」
「いえ、おそらく土地のことなんじゃないかと思いますけど、それについて何の話があるのかと身構えただけです。」
「ふむ、そうかの、ならばまずは礼を言うかの。ベード殿とおぬしのおかげでかなり楽に狼討伐が終了したからの。」
「僕とベードのおかげですか?」
「そうだ、俺のとこのパーティーの一人もその狼に助けられたそうだ。ちょうど違うのに俺が気を取られてるときに、3匹くらいに後ろから襲われそうになったらしくて、そのとき横から助けてくれたんだと。
俺が気づいて戻った時には、もう姿が見えなかったけど、他に人助けする狼もいないだろうからな。」
「そうなのか、人助けまでするなんて結構頑張ってたんだな。」
したり顔のベードをわしゃわしゃと撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。
「うぅむ、あのインヴェードウルフが従魔となるとここまでおとなしくなるとはの。ベード殿を見ておると討伐隊を組まなくてはならぬほどだったのかと少し思ってしまうわい。もっともリュクス殿とベード殿の出会いのようなものがなければ、そうはならなないじゃろうがの。」
「そりゃそうだ、こんな従順なのばっかりだったら俺たちは苦労してねぇよ。」
「あ、そういえばベードなんですけど、インヴェードウルフではなくて進化してナイトバイトウルフになってるんですよ。」
「ぬ、しっかりと見ておらぬかったから気が付かなかったわい。討伐の際に進化を果たしたのかの、ならば十分な戦果じゃったのだろう。」
「おま、ナイトバイトって・・・まぁいいか、お前がしっかり見てくれてるならな。」
見張るって感じで言ってるんじゃないと思うけど、僕だって見捨てることはしないよ。もう大事な仲間だと思ってるし。付き合いは短いけど、なんだかんだいなくなったらさみしく感じると思う。ただ、もしもベードが離れることを望む時が来たら、僕も考えないといけない。
「とりあえずもう一点、そなたの露店がかなりの速さで知れたようでの、馬車で来れる南の肉の街より旅商や冒険者が来ておったので、冒険者は討伐隊に数人参加してくれた。おかげでかなり討伐に役立ってくれたのじゃ。
旅商の者もこの街の物よりも効能の高い治癒薬や、より飛びやすく、獲物を貫きやすい矢などをかなり安値で売ってくれたので、これだけ早い討伐となったのじゃ。」
「あの街も結構新しい物好きがおおいからなぁ、商長がなんか情報流したんだろ。」
なるほど、トレビス商長が情報流したからすぐに集まったってことか。あれ、それって僕だけのおかげってわけではないよな?まぁいいか。
「とりあえず礼をいっておくの、感謝する。では別の話をするのでおぬしは先に戻ってよいぞ。」
「なんだよ、俺無しの話かよ。まぁいいけどよ。リュクス、俺が直接助けられたわけじゃねぇが、一応俺も言っておく、ありがとな。」
うぅん、ちょっとむず痒い気分、まぁ悪い気分じゃないけどさ。ドーンがギルド長室から立ち去ると、さっそくギルド長が話し始めた。
「そなた、空間術は練習しておるかの?どのくらいになったのか見せてくれぬかの?」
「ちゃんと夜に少しづつですが練習してましたよ、ではちょっとやってみますね。」
すぐに両手で集中し、バスケットボールほどのスペースボールを作り出して、片手で持ち上げるように浮かばせておく。このスペースボールも空間をはじく力じゃなくて、中に別の空間、アイテムポーチ内の空間を作るイメージで作ってる。
前はポーチの製作者以外は中に手を入れられない空間というイメージが強かったようで、はじく空間ができてしまっていたようだ。
「すさまじい安定性じゃの、それに性能も変わっておるようじゃな。どのくらいできるようになったのじゃ?」
「一応この状態で1刻以上継続できるところまで行きましたよ。」
「それだけ維持できるのであれば、次のステップに進んでも問題ないじゃろう。異空間倉庫を作るにはもっと安定性が必要じゃ。そのためには異空間を知るまえに、まずこの世界でつながりやすい場所、神殿や教会の空間につなげる帰還の技を見出すべきなのじゃが、覚えてみるかの?」
「おぉ、ぜひやってみたいです!それが使えれば帰還石などは必要なくなるのですよね?」
「うぅむ、そなた一人ならば問題はないじゃろうな。もし従魔もともに移動したいのであればより強い帰還の術法が必要になるからの、それだけは覚えておいてくれ。」
うぅん、残念、すぐにみんなで帰還というわけにはいかないか。まぁそれはしょうがない、地道に練習して空間術を上げていこう。時術も上げたいけど、そっちにまで手が回らない現状は空間術を上げて、時空術として一気に上がることに期待だな。
「わかりました、とりあえずそれでも覚えたいです。」
「よろしい、では一度教会に向かうとするかの。それと、帰還の術法が安定したならば、そのうち転移の術法も使えるようになるぞ。」
「な、なるほど、転移まで使えるようになったら、他の街からこの街に戻ってこれますね。」
多分、それが狙いでがっつり教えることにしたんだと思う。まぁここに蜘蛛達を置いていくことになると思うから、それはありがたく覚えさせてもらうよ。
「では移動するかの。」
「はい。」
ギルド長を追うように冒険者ギルド向かい側の教会に移動。教会では僕がこのDWDで一番初めに出会った人物、アールさんがむかえてくれた。結構あってなかったけど、名前は憶えてたよ。
「アーバーギルド長様、それとリュクス様、でしたか?すぐにわからずに申し訳ありません。どちらともお久しぶりです。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「うむ、今日はリターンロケーションの術法を何度か起こすと思うのでの、リュクス殿がなんどかこの神殿に現れると思うのじゃが、あまり気にせんでおくれ。」
「何度か使わせていただきます、よろしくお願いします。」
「なるほど、了解いたしました。しかしリュクス様、なんですよね?こんなことを聞いて申し訳ありません、しかし、前に会った時とは印象が違って感じるのですが、気のせいでしょうか。」
んん?僕の印象が違う?うーん、10日以上会ってないからそう感じるだけだと思うんだけどな。
「よくわからないですね、この数日に自分のことを周りが見た印象が変わっているという可能性は否定できませんが、僕自身では確認できないことなので。」
「それもそうですね、変なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした。他の方もご利用する可能性がありますが、その際はアーバーギルド長と同じように、帰還石の再確認作業中とお伝えいたしますので、ご安心ください。」
「いつもすまぬの、ではリュクス殿、そなたは教会の外からこの教会の中に移動することを思い浮かべ、目を閉じてリターンロケーションと唱えてみるのじゃ。とは言うてもすぐ外は人が多いのでの、儂が作った門を通り儂の部屋から唱えるとよい。」
ギルド長が手で空間を切り裂いて見せると、その空間が歪み、口を開く。その先にはさっきまでいたギルド長室が見える。
「ちなみに、この空間門はどんなものでも通すことができるというものじゃが、空間術の中でもかなり強力なものじゃからの。そなたでもすぐには使えぬとは思うぞ。まずはリターンロケーションからやってくるがよい。」
「わかりました、行ってきますね。ベードは一旦ここで待っておくように。」
軽くうなずいたベードを横目に、歪んだ空間の先のギルド長室にと入っていく。ギルド長室に入って振り向くと、後ろにはまだ空間がつながってるのが見える。これで一応行き来はできるけど、ちゃんと練習しないとね。
あっちにここから歩かずに移動するイメージか、あれだ、DWDに来た時の真っ白な視界になるやつをイメージしよう。
「リターンロケーション。」
閉じて真っ暗だったはずの視界が、真っ白に染まる。そして数刻ですぐに真っ黒な視界に戻る。成功したのかと目を開くと、歩いてもいないのに教会の中にいることはわかった。
「おぉ、これも一発で成功した様じゃの、まったく帰還でこの調子では、空間門まですぐに到達しそうじゃわい。」
「おぉ、リュクス様の空間術の発現の為と先ほど聞きましたが、本当にイリハアーナ様の祝福で空間術を授かっているのですね。素晴らしいお力です。」
「そうですね、この力はかなり便利な力です。しっかりとものにしたいので、もう何度かやってきますね。」
「そうするとよい、ベード殿は儂がしっかり見ておくからの。ところでレイト殿はどうなったのじゃ?」
「え、あれ、そういえば・・・」
頭上に完全にレイトの気配がない、この教会の中にもいないようだ、もしかしてと思うとギルド長の椅子に鎮座して寝息を立てていた。そこに勝手にいていいのだろうか・・・まぁ特訓中くらいは大丈夫かな?
とにかく何度かリターンロケーションだ、今度は声に出さずにやってみよう。
そんな感じで日の赤くなる頃まで続けさせてもらい、一人で使う分には問題ないとお墨付きをもらえた。
あと、家ができることを伝えて、アールさんに家に簡易神殿を作れないかを相談すると、アールさんが3日後の午後なら製作に行けるといってくれたので、今日は無理だけどトレビス商長に伝えに行くとしよう。
まだ僕の土地では作業がされているのだろうか、それとも一旦解散したのだろうか。わからないけど、今日はこの帰還の練習で疲れたので宿でゆっくり休みたい。ちょっとサンド作りも休憩かな、明日の朝の気分次第だけど。
明日はなにをするかな、一度作業風景を見に土地に行っておこうか。それとも今日はできなかった冒険者依頼でも受けてみようか。悩みどころだな。
そういえば自分で作った種だ、兎炭の納品依頼がどんな感じになってるのか明日は確認してみよう。
そんなことを思いながら、宿に足を進めていた。