狼大討伐の終わり
豚肉サンドを200を超えるほど作り終えるころには、日が傾き、あたりが赤く染まって、街灯の光が付き始めていた。
モイザは僕の豚肉を焼くのにはあまり興味が無いようで、木の実を茹でることに注力していた。
ただ、ノビルやレモングラスを見て、少し反応していたので、多分だけど、植物系の食材を使う料理をしたいんだと思う。
運び役として動いていたレササには袋型ポーチの小が付いている。器用に入れていくので、もう使いこなせるようだ。
食べるものを蜘蛛足でつかませていいのかだって?木の実は皮を持ってるからいいんだよ。
え、ついでにとサンドも一度持たせていただろって?それはポーチを直接触れさせれば展示ケースに入るからな。袋に入れるのは僕がやったんだぞ。問題はない!はず、多分、説明したもんね。
というかね、僕が一度入れに行ったんだよ。その時に偶然にも露店に人がいてね。フードをかぶってたから、ちゃんとわかったわけじゃないんだけど、じっとこっちを見てる感じで、すごく居心地が悪かった。
サンドを追加したら、それを1つ買ってどっかに行ったけど。まさかステータスを見られてた、とか?だったら嫌だなぁ。とりあえず他の人が露店にいるときはあんま近寄らないようにしたい。
その人以外にも結構東門を通る人が多くなってたからね。レササに任せてしまったというわけさ、僕ちょっと臆病。
有名になるのは別にいいんだけどね、悪くはないと思う。ただ、生産で有名になると生産目的で寄ってくる人もいる。
僕はまだまだ色々するつもりだ、この街にだっていつまでいるか。おそらくそんなに長くはないと思う。
北はレイト、東はベード、西はモイザ達、テイマーとしてはコンプだよね。まぁもうちょっといるつもりだけどね。
とくにモイザ達だ、全員を連れて行くわけには、さすがにいかないだろう。ある意味土地を買っておいてよかったな、あそこなら暮らせるはずだ。せめて木々が成長し、蜘蛛たちだけで暮らせるくらいにはしよう。
野生に返すという選択肢はあるのかもしれない。でもそれはつまり、一度仲を持った彼女たちが殺されてしまう、そんな可能性を生むわけだ。それはできないし、したくない、彼女たちが望まないのであれば特に。
望まれたのであれば、それも選択だ、僕は受け入れよう。ただ、今の蜘蛛達を見ると、非常に楽しそうに見えるんだ。初めは義務感で蔕取りだの巣作りだのしてると思っていたけどね。
そんなことを思いながら、南東の扉から帰ってきたベードを迎えていた。そう、ベードが帰ってきたのだ、もちろん上にはレイトが乗っている。ただレイトはすぐに僕の上に移動、しゃがまなくても頭の上に乗れるじゃないか。ただ、ちゃんと見ていてくれたようなので、一応レイトをなでておく。
『ん。』
「ん?」
レイトのほうから声が聞こえた気がした。なんだろう、鳴き声だったのかな。よくわからなかったけど、今はベードだ。少し体格が大きくなっただろうか、毛並みもなんだか黒さが増してる気がする。
ただ、目立った怪我はないようで安心した。こういうのだと目に怪我とかそういうのがありそうでね。
「強くなったんだよな、ステータスみてもいいか?」
「ばう!」
よしよし、じゃあ撫でてやりながらステータスを見てみるか。
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<キャラクター>
名:べード・アルイン
性:雄
種:ナイトバイトウルフ
<ステータス>
種:Lv9
命:8000/10200
魔:40/130
力:109
技:101
速:1205
知:22
秘:16
<スキル>
『牙Lv45』『爪Lv31』『聖族言語Lv3』『潜伏LV44』
『影術Lv4』
<スペシャリティ>
『夜隠』『夜影術』
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おぅ、スペシャリティまで覚えちゃってどうした。というかやっぱり種族変わってるな、ナイトバイトウルフか。これは僕の読んだ資料にはなかった種族だな。
僕が選択しないで勝手に進化したんだな、別にいいんだけど。選択式でも無駄に悩んじゃうだけだっただろうし。
それにしてもこの短期間で結構強くなったんじゃないか?確か昨日の朝に別れたんだよな、どうやったらここまで育つんだか。もしかしてレイト先生が何かしたのかね。
「まぁなんにせよだ、よく頑張ったな、満足したか?」
「バウ!」
「そうか、満足はできたか。」
群れを見返せたんだろうな、よかったよかった。これで一つ心残りは消えたな。
ベードに豚肉を取り出して食べさせてやる。あと体力も減っているようなので、ヒーリングハンドで撫でる。魔素は僕にはどうにもできないからな、食って回復してくれ。
「グルル。」
気持ちよさそうに声を上げつつも、肉をほおばるのをやめない。ははは、かわいい奴だ。だけどな、蜘蛛達が見てるぞ。そうだね、紹介しないとだよね。
「えっと、モイザ達の先輩?従魔たちだ。頭の上のがレイト、狼はベードだ、一応先輩だから気を遣うように。」
まぁ上下関係はしっかりしておくに越したことはないだろう。ステ的にはベードに負けなさそうなモイザだけど、速さにかく乱されたら技術だけでは負ける気もする。
レイトは例外なので気にしないことにする、こいつが一番だろう。何か気に食わないことがあったら力を見せて従わせる未来が見えます。
「この蜘蛛達は二人と別れた後に従魔にしたんだ。マザーがモイザだ、あとその子供たちって言っちゃっていいか?」
「――――。」
モイザがうなずいてくれる、そして蜘蛛たちが一匹一匹手を上げていく。それにベードもレイトもちゃんとうなずいていたので、大丈夫だろう。
「挨拶も済んだところで、僕は宿に帰るぞ。レイトはついてくるとして、ベードはどうする?」
「バゥ!」
付いてきたいようだな、なら一緒に帰ろう。モイザたちは残って巣作りするようだ。ついてきても部屋が埋まってしまうのでありがたい。
明日はまず商業者ギルドでモイザたちのために屋根を買うか。あと東門が騒がしくなるそうだから、遠巻きに様子を見に行くつもりだ。
翌日、手癖でサンドを追加製作していた。昨日結構焼いたのに、また120枚も焼いてしまった。でも自分でつまむのに最適なんだよね。
同じので飽きないのかって?なんでか飽きないんだよね。まぁそろそろ違うのに切り替えてもいいかな。
でも食べ歩きにはサンドがいいから、またサンド系だな。こんなんだから鍋使わないんだろうな。そうだ、茹で緑甘樹の実を挟んでみるか。甘いサンドもおやつによさそうだな。
買い求める予定の屋根と一緒に、他にも一緒に挟めるものを探すか。そんなことを考えつつ、商業者ギルド横の店に到着。
店頭には出ていないけど、きっと店員に言えば雨をしのぐ屋根くらいあるはず。他の農地でそんな感じのを使ってるのが、少しだけあったのを覚えてるからな。
店員さんに声をかけたら、待つように言われたので、食材を見つつ待機する。まぁトレビスさんの言うように甘味になるものが一切売ってないんだよな。フルーツサンドって生クリームとかほしいよなぁ。乳製品を見てないけど、魔牛って牛がいるし、いけそうな気もする。
とりあえずでリンゴ酢とリンゴオイルを買ってみておく。店員がいなくても無人露店と同じように水晶で支払い可能なのはいいね。それからすこし農具を見ていると店員さんに声をかけられる。
トレビス商長が後ろでにこやかに微笑んでいる。なるほど。店員はお辞儀すると店奥に下がっていった。
「リュクス様、お待たせして申し訳ありませんでした。本日はどのようなご用件でしょうか。」
「別にほかの方に聞かせてもいい内容だと思ったんですが、まぁいいですよ。実は屋根がほしいんです、できるだけ大きいもの、なければ複数ですね。蜘蛛達が土地に巣を作ったので、雨をしのげるようにしたいんです。」
「なるほど、そのようなご用件でしたか。でしたら、この時期はもうしばらく雨は降りませんのでご安心ください。例年通りでしたら、早くてもあと7日間は降りませんね。20日晴天という時期で、100日ごとに発生する気候です。100日ごとに気温が急に変化するのですが、その変化してからの20日間は晴天が続くのです。」
ほう、それは知らなったな、僕が始めてから確か13日目だっけ。それならあと7日間は晴天なんだろうな。
もしかして、僕たちが始めた時ようにゲーム設定でそうなっているのかな?ありえそうだな、始めた途端雨だったらテンション下がるもん。
「もっとも、晴天が終わった後は大雨が数日続くことが多いので、冒険者の皆様にとっては晴天の間が稼ぎ時なんですよ。雨になるとこのあたりの魔物は姿を見せなくなるので。この時期に狼大討伐が行われたのは幸いでしたね。冒険者の皆様にも資金に余裕ができたはずです。雨の間も稼げそうでありがたいです。」
ほんとなんでも商業に結び付けるんだな、仕事熱心でいいことだけど。
「その大雨が来る前にはしっかり屋根を張りたいですね。モイザ・・・蜘蛛達にとって雨で過ごす初めての町中になるので。」
「そうですね、街中にも雨は吹き込みます。壁際とはいえ風もきついでしょう。いえ、壁際ではなくなるんでしたね。」
「ん、壁際ではなくなるんですか?」
なんのはなしだろう、聞いてないんだけど。
「そういえばリュクス様はこちらに来られて間もない方でしたね。ではまず、狼の群れが増え、縄張りを増やしたからといって、なぜここまで大規模に討伐隊を組むのかご存知ですか?」
「えっと、危険だからというだけではないってことですか。」
てっきり道中の危険が増えるとか、そういう話だと思ってたんだけど。
「もちろん危険性の上昇も原因の一つですが、何より一番は聖域の拡張を行えることなのです。」
「聖域の拡張、ですか。」
そういえばイギルガブラグが言っていたな。聖族も領地を拡大しようとしてるとか何とか。
「そうです、私たちのこの街が広がるのですよ。昨日のうちにインヴェードマスターウルフの討伐が報告され、確認したところ一気に森が後退していました。森の支配力を持つ魔物が討たれると、邪神の域である森が後退するのです。今回討伐されたのがリーダーではなくマスターという種族であったこともあり、かなりの森の後退が発生したようですね。
また森が浸蝕を始める前に新たに石壁が作られます。すでに王都から高等転移術式により、選りすぐりの術士が転移してきております。彼らの手によって、本日の光と土の刻より作業が始まり、光と深の刻にはすべての作業が終了するでしょう。私もこれから作業風景を見に行く予定です、ご一緒にどうですか?」
なるほど、そんなすごい人が東で作業してるなら、そりゃ東門が騒がしくもなるわな。
「遠巻きに見るくらいなら見てみたいですかね。」
「なるほど、では途中までご一緒しましょう。雰囲気が苦手だと思いましたらお声がけください。その際は別れて、一度リュクス様の土地の南端で会いましょう。」
「わかりました、お気遣いありがとうございます。」
やっぱりこんな時でも東南の扉は人気ないようで安心したよ。だからこそ、僕が雰囲気駄目だった時の合流地点にしてくれたはず。
とりあえずは誘われたことだし、トレビス商長と一緒に行くことにしよう。どのくらいのお祭り的雰囲気なのかな・・・
東門付近は想像以上の人の多さだった。多分、採石場より人が多いな、人酔いしそう・・・そのせいで見たいものに目がいかないよ。
東門付近からはすぐに離れたくてちょっと北側に移動。トレビス商長は人だかりで何かやるようなのでもう別行動。ちらほらとサンドイッチをほおばってる人を発見。つまみながら歩くにはあの形はちょうどいいからな。
兎の看板の店のウサギサンドかな、それともどこかの豚肉サンドかな?・・・まぁみんなが見に来るのもわかる。
見て回ったけど、真っ白なローブを纏った15人が、手を前にかかげている。その先でゆっくりとだけど地面から石壁がせりあがっている。大体今の石壁から家3件分くらい離れた位置か。せりあがってきているのはわかるけど、今はまだ膝下ほどしか上がってない。
うーん、結構かかりそうだな、まぁ長丁場になるみたいだししょうがない。でも、あたりの空気が濃く感じる、ここだと魔素の気配というんだろうか?多分あの石壁を作るのにかなりの魔素を使ってるせいだな。
東門のあたりは人が多いけど、今いる南側はほとんど人がいない。多分少し見て帰るからなんだろうな、こっちにも扉あるけど、こっち畑ばっかだしな。北のほうはそこそこ人がいたけど、あっちは大通りから向うには家だからな。
そういえば、僕の土地の東門大通りの向かい側は何の施設なんだろうか。時折人の出入りがあるんだけど、かなり大きい建物なんだよねあそこ。後でトレビス商長に聞いてみようかな、さっき見かけたときは売り子してたな。
南端に配置された人の頑張りを見てたけど、動きがないからさすがに飽きてくる。見るところは石壁がせりあがる所と、この魔素を感じるくらいだな。そう思っていたら石壁が膝元を超えたあたりでかざしていた手を下ろした。せりあがり続ける石壁を見つつ、ポーチから丸椅子を取り出して座り込んだ。
休憩、というよりはここからは後は見守るだけという感じなのだろうか。近場で見ていた数人も東門のほうにと戻っていく。座り込んだ人はポーチからバーガーのようなのを取り出して食べている。
なんだあれ、ハンバーガーなんだよな、この街ではあんなのないぞ。そうか、転移で来たんだったな、持ち込み済みか。ちょっと聞いてみたい気もしたけど、誰も声をかけてないからダメなんだろうな。というか、まだ日は一番高くはなってないけどお昼時だな。
ポーチからサンドをほおばりつつ僕は南東の扉から街中にと帰還する。僕の土地はこっちのほうが近いからね。
扉をくぐると、蜘蛛の一匹が見張りをしていたようで、こちらに気が付いた。従魔証を見てみると、レサンのようだ。こっちに気が付くと、土地の奥の蜘蛛の巣のほうにと走っていった。
そして戻ってくると、ベードとモイザとレササも一緒についてきてた。ベードは東門手前から別行動でここで待ってもらっていたからな。
そしてモイザとレササが来た理由は何だろうかと、レササに目が行く。あぁ、そう言えばレササの背には昨日渡した小ポーチが付いたままだ。なんというか、移動を楽にするために渡した手前、回収しづらくて・・・気に入ってもいるようだし、この際だそれはレササに上げよう。そう思っていたのだけど、袋を僕のほうにと見せてくる。
「なんだ、中身を見てほしいのか?」
「――――。」
モイザがうなずくので、一度受け取って中身を確認。・・・蔕の取れた緑甘樹の実100個?あぁ、そうか、そうですか、触れたくなかったけど、やっぱ駄目ですか。後でトレビス商長にもいろいろ聞かれるんだろうな、あれ。
土地の中央ほどに埋めた10個の緑甘樹は、昨日の姿ではもうなかった。10メートルほどの立派な木に成長している、夜に何があった何が。
門のほうを通る時はちゃんと見てなかったから気が付かなかったけど、さすがに今は気が付いたぞ、育つの早すぎる。
まぁ、こうして木の実が取れたならいい、樹液ももう平気なんだろうか?西の森と同じほどの高さに育ってるから、多分平気だろうな。10本の木には、実はもうなっていない、とりつくして100か。いや、モイザ達が食べた可能性があるな、まぁいい。
「それで、これをどうしたいんだ?まさか、また鍋を出すべきなのか?」
「――――!」
モイザがうなずく、それに合わせレササも何度もうなずく。そうか、なるほどそうか・・・おとなしく料理セットを準備、箱から展開したところでモイザも動き始める。鍋を自分で持ちあげてしまった、自分でやりたいということか?脚立を立てると鍋を持ったまま上って、しっかりコンロに設置。
水石を渡してみれば、足に持って、それから水が出ることを確認すると、糸で手に固定して鍋にと水を張ってしまった。
火の調節をするためのつまみを器用に回して点火。鍋が沸騰したらちゃんと弱火にと変えている。
魔素を持つものならだれでも使えるとはいえ、ここまで使いこなすか。そこで僕のほうをモイザが見てくる、あぁポーチね、はいはい。もうそのままポーチを渡すと、中から木の実を取り出して茹で始めた。うーん、これはもう一個料理セット買ったほうがいいな。屋根さえ張れば置きっぱなしでも平気だろう、多分。
レササは巣に戻らず、湯で作業をするモイザをじっと見つめている。モイザが2セットほど茹でたのを袋に入れた後に、レササにと振り向く。レササも脚立にと昇り始めた、おいおい、さすがに狭くないか?
レササはモイザの上に陣取る、なるほど。おたまがレササにと受け渡されたようだ、彼女にもやらせるんだな。
「驚きました、まさかレッサースパイダーが料理しているなんて。」
「うん、僕も初めは・・・ってトレビス商長!」
「おや、こちらで合流するとお話ししていたはずですよ、お疲れ様です。」
あぁ、そう言えばそんな話してたね、うん。目をキラキラと輝かせてい彼女には、かなーり拘束される予感。まぁいい、ここはがっつりお話してやろうじゃないか。