毒対抗薬を売ろう
ログインして起きて朝食を済ませたら早々に宿を出る。今日はまずログアウト中に決めていた通り一般の部の参加ではなく、一旦南端の街の家に帰る。理由は簡単、昨日散財しすぎてせっかく蜘蛛達が稼いでくれた分をほとんど僕が使い果たしてしまったからだ。
大会に関しては向こうでの用事が早めに終わったらでいいかな。一回参加できたしある程度満足はしてる。課題はやっぱり戦闘が長くなった時の魔素切れだな。気軽に飲める魔素補填ポーションじゃ、どっちにしろ200程度の回復量しかないからな。魔素切れで動けないなんてのが起こらないようにする保険程度にしか使ってない。
昨日、王都の商業ギルドでポーションとかを見るだけ見たけど、デリケスさんが案内してくれた回復量1000を超える上位の魔素補填ポーション系はなかなかのお値段だった。先に料理素材を見てたせいで金欠だったので、少ししか買えなかった。
昨日の夕飯は豪華だったな。ついに乳製品系を確保することができたからってことで、バターをたっぷり使ったホワイトシチュー作っちゃったもんな。でも、バターを使った野菜炒めはレイトに、肉はベードにも好評だったようだ。一番安いやつを大量買いしたけど、それでもバターはやっぱりおいしいもんな。冷たい牛乳をモイザが、ホットミルクをフレウドが飲んでたのもちょっとびっくりしたよ・・・
そんなみんなと一緒に歩いて王都の神殿まで行き、転移術式らしき模様の描かれた一角から自分の簡易神殿にと転移してきた。ふと思えば、ダンジョンに行く前に帰ってきたきりだったかな?家の中が変わってるとかそういうことはないみたいだ。
そういえば、帰って来て早々、モイザが急に外に出ていってたな。僕も兎面かぶって自分の店に行くかな。外に出ると、モイザがほかの蜘蛛達を連れて来ていた。きれいに並んでいる蜘蛛達を見ると、獣魔が増えてなくて安心した。むしろ、3匹ぐらい少ないな。
僕が帰ってきたから、挨拶させに来たらしい。そんなことしないで、ゆっくりすればいいのに。ここに来てない3匹は今、店番をしているそうだ。
一応、みんなには敷地内でなら自由にしてていいって言ってはみた。だけど、モイザは蜘蛛達と何かするようで忙しそうにしているし、フレウドは家に戻りたそうにしてたので、部屋にまで入れてあげる。レイトとベードは僕についてくるようだ。それじゃあ、お店に行くとしますかね。
裏口から店に入ると、10人程のお客さんが店内にいた。今は光と樹の刻ごろだけど、丁度買いに来てたのかな?背負ってる鞄を見ると、5人は旅商鞄を持っているから、銀商以上の商人だろう。
僕がカウンターに来たのが分かったのか、数人のお客さんがこっちを見てるけど、僕のほうに彼らの内の一人が近寄ってくる。あれ?この人どこかで見たことがあったかな?それに、3匹の蜘蛛達もちょっと見た目が変わっている。
「どうも、はじめまして。私はここ数日この店での店番依頼を受けていますキャロライン・クリスチーヌと申します。裏口から入ってきたということはこちらの店主さんのスクーリ様ですね?」
「ん?はじめましてではなく、お久しぶりです。キャロラインさん、僕がここの店主ってことになりますかね。ほとんど蜘蛛達に任せてますけど。」
どこかで見たことあると思ったら、キャロラインさんだったのか!僕の商業ギルド登録試験してくれた人だ。金のブロンドから落ち着いた茶色に髪色が変わってたから、ちょっと気づくのが遅れちゃったな。
「お久しぶり、ですか?申し訳ありません。兎面をかぶられていないときにどこかでお会いしましたかね?」
「あ・・・そうですね。すみません。では改めて、スクーリと申します。本日は一品のみですが、商品追加に戻ってきました。素材さえ確保できれば、しばらくは安定して補給できる商品となる予定です。」
そうか、トレビス商長は僕のことを商業ギルドの人達全員に教えてるわけじゃないのか。それじゃあ初めましてということにしておこう。
「えっと・・・はい。わかりました。どのような商品ですか?」
「これになります。この商品の売価と陳列場所に悩んでるので、アドバイスをお願いします。」
キャロラインさんに渡したのは、質4Cの製作毒対抗薬液だ。王都の直轄店にも今の対抗薬液に使ってる素材が結構安く売ってたから、王都にいる間は補充が楽にできるだろう。必要な素材が変わってしまう可能性があるけど、それはその時考えようかな。
「こ、これは・・・陳列場所の相談は構いません。ですが、価格等の相談はどうか商長に一度通して貰えませんか?」
「なるほど、わかりました。えっと、商業者ギルドに行けばいいでしょうか?」
「いえ、少々お待ちください。」
キャロラインさんが通信の魔道具を取り出した。トレビス商長に通信をかけてくれるようだ。僕からかけるべきだったかな?いや、これも仕事のうちか。
「商長、つながってよかったです。スクーリ様が商品追加でいらっしゃったのですが、私ではその商品の値段設定が難しいです。申し訳ありません。・・・えっと、毒対抗薬の一種ですね。はい、わかりました。裏手でお待ちいただくようにお伝えいたします。
スクーリ様、商長がこちらにお越しになるそうですので、裏手でお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「わかりました。一旦外でお待ちしますね。」
どうやら話の流れでトレビス商長がこっちに来ることになったようだ。僕は待ってるだけだから楽でいいけど、本当に大丈夫なんだろうか?
レイトとベードを愛でながらゆったり待っていると、トレビス商長がここにやって来た。なんか息が切れてないか?走ってきたんだろうか?そんな急がなくてもいいのに。
「お待たせしました。お久しぶりです、スクーリ様。さっそく新しい商品候補を見せていただけますか!?」
「あ、はい。これになります。」
「・・・なるほど。一本使用しても構いませんか?」
「あ、大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。では、すぐに確認しますね。」
トレビス商長がつんのめりそうな勢いで迫って来たので、僕は思わず対抗薬液を渡していた。試験管の中の液体をじっと見つめているなと思ったら、何かの確認作業をしているようだ。使う分には別にいいけど、一体何するんだろう?
対抗薬液の蓋を開けると、その中にポーチから取り出したスポイトから毒毒しい紫色の液体を一滴入れた。理科実験みたいに見えるな。
またしばらく試験管の中を凝視しているなと思ったら、グイッと中身を飲み干した!?
「え、ちょ! だ、大丈夫ですか!?」
「・・・えぇ、大丈夫です。なるほど、想像以上の対抗性能を持っているようですね。これならば西の奥のポイズンスパイダーたちの領域にまでもっと気楽に進めそうですね。」
「えっと、それって今までの毒対抗薬では難しかったことですか?」
「そんなことはないですよ。ただ、ポイズンスパイダーの領域に行く冒険者の方はあまり多くはないのです。奥に行かなくても十分な糸玉を確保できていましたし、今は、その糸玉よりもこちらで買うほうが高品質ですからね。」
それはそうだよね。無理やりはぎ取った小さい糸玉じゃなくって、蜘蛛達が頑張って作り出した大きな糸玉だし。
「ここの店は糸玉だけでもかなり有名になりましたよ。緑甘樹の実を茹でたものもわざわざこちらに買いにくるお客様がいますし、こちらで毒対抗薬を売っていただければ、ポイズンスパイダーの領域まで向かう冒険者が増えるかと思います。」
「そういうもんなのですかね? 売れるのであれば全く問題はないです。売価はどうしましょうか?」
「そうですね・・・本来ならば1000リラと言いたいのですが、気軽に買う方が少なくなりそうですね。800か、いや700か・・・」
「そんなに高くですか? それなら、600リラでお願いします。素材分としては、2本で150リラしかかかってないので。」
「そうですか? わかりました。では、その値段で行きましょう。この効能で600リラは随分と安いですが、大量に作っていただければいいでしょう。」
うーん、あんまり売れ過ぎても、モイザに頑張ってもらわないといけないからな。一応、昨日の散財があったので、かなりの数を売るからと言ったら対抗薬液作りを頑張ってくれたし、今後も作ってくれるようだったけど。
「そこは、モイザの頑張り次第になりますね。他の商品と同じ様に商品説明とかもお願いして平気なんでしょうか?」
「生産量についてはこちらでうまく案内できるようにもしておきますし、商品の説明も私達が作っておきますよ。」
「ありがとうございます。ところで、ポイズンスパイダーの領域ってここから結構遠いとこなんですよね?」
「そうですね、蜘蛛森の奥にあたる所になります。さらに奥に行くと、ポイズンスパイダーよりも上位の個体もいるそうなのですが、南端の街側ではまだ確認できていないようですね。そこをさらに超えて北西側に進むことができれば、糸と傀儡の街というところにつくはずです。そちらは、糸を使った操り人形の生産が盛んな所なんですよ。」
「そこまでの街道はつながってないんですね。」
「蜘蛛の森の複雑性を考えるとどうしても難しいんですよ。街道で糸と傀儡の街に行くには、海と技のドワーフの街まで行く必要がありますね。」
うーん、ということはそっちからのほうが近いのか、もしくは草原のような街道の敷きやすい土地だったのだろうな。今は王都付近で活動する予定だからまだ行くつもりはないけど。
「まだ行くつもりじゃないんですけど、わざわざ教えてもらってすいません。」
「いえいえ、いいんですよ。」
今のうちに商品追加をしてもらいたいけど、そのまえに確認しなきゃいけないことがあるんだよな。
「話は変わるんですけど、あの店内の蜘蛛達はいったい・・・」
「種族をまだ確認してなかったのですか? 彼らはレッサーマーチャントスパイダーにと進化した子達です。ずっとここで店番とお客様の対応をしていたようで進化したのですよ! しゃべることはできないのですが、相手の言葉に対して頷くのと首を振るのとでの対応ができるので、意外と蜘蛛目当てで来ているお客様もいるかもしれませんね。」
「そんなまさか、蜘蛛なら西の蜘蛛森にいるじゃないですか。」
「あれらは敵対的ですが、彼らは明らかに友好的ですからね。そのうち、私たちと同じようにしゃべれるようになるかもしれませんよ!?」
「そ、そんなまさか。」
・・・さすがに今喋れてもいない蜘蛛たちが僕達と同じ言語をしゃべれようになるとは思わないけど、聖族言語のスキル自体はあるから否定出来ないな。
「いろいろと教えて頂きありがとうございます。僕はもう少し街の様子を見たら王都に戻ろうと思っているので、対抗薬液の商品追加をお願いします。」
「わかりました。スクーリ様さえよければ、今度は王都での購入品を転売していただきたいですが・・・」
「それは気がむいたらということでお願いします。」
トレビス商長からの要望を貰ったけど、一旦保留することにした。商品追加をするのか、トレビス商長が僕の店の内へと入っていくので、僕は仮面をとってゆったりと自分の土地内を見て回る。敷地は特に変化はないようだな、リンゴも緑甘樹の実もよく育ってるようだ。少し木の数は増えてきた気もする。
色々している内に丁度昼頃になったので、料理しようと家の近くに戻った。モイザがサンドイッチを作ってくれていたので、お昼はそれを貰う。最近はサンドイッチばかりだから、何か違うのがほしいな。
そういえば、米とかも買ってたな。米を炊く魔道具ももちろん購入済みだ。見た目はまんま炊飯器だけど・・・どちらかというと僕はパン派だから米が嬉しい! とまではいかなかったけど、せっかく一式買ったんだから今日の夕飯分と明日の昼におにぎりにする分を炊いておくか。