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続きです。よろしくお願いします。


 結局お風呂に入ってから、上がって髪を乾かし、肌のお手入れが終わるまで2時間近くかってしまった。時刻は9時を過ぎていた。


 お風呂上がりの私たちは部屋着を着ている。私はTシャツに短パン、響子さんは楽なワンピースというお互いに夏のいつもの格好だ。今の私はいろんな意味で艶々していると思う。実際に私の横にいる響子さんは艶々なのだから。


「さすがにお腹すいた」


「そうね。早く食べよ」


 買ってきた食べ物を全てローテーブルの上にに並べて、まずはビールで乾杯をした。

 これが美味しい、これはいまいちだね、などと言いながらお互いの仕事の事や会っていなかったひと月程の出来事の話をした。響子さんは今更ながらホットヨガに通い出したと言った。思った以上に効果があるのと凄く嬉しそうにしている。お風呂で響子さんの身体を隅々まで見たけれど効果のほどはよく分からなかった。だいたい響子さんは何もしなくても凄く素敵な身体なのにと思う。でもそれを口にすると嫌味だなんだと薮蛇になりそうだから言わないことにした。

 私の方は最近百合本を衝動買いしたことを言ったら、懐かしい、今度読ませてねと言った。


「きょうちゃん。あのね、最近のはね、なんか凄いのよ。凄いの」


「そっか。読むのが楽しみだわ。あ、これ美味しいよ」


「……」


「何?」


「何でもない」


「麻衣子。拗ねてるの?」


「拗ねてない」


「そっか」


「ふん」


「何よ?」


「拗ねてない」


「1つ早いよ」


「ふふふふふふふ」


「さっきは何で2回言ったの?」


「え?」


「大事なことだからでしょう?」


「むぅ」


「うふふ」

 

 

 あらかた食べ終えてお腹も膨れたので、私たちはふたり並んで食器を洗って、残ったものは冷蔵庫へと片付けた。


「もう遅いからケーキは明日にしようか」


「そうしよう。冷蔵庫で1日寝かせたケーキって美味しいもんね」


「麻衣子の味覚ってよく分からないときがあるわよね」


「凍らせても美味しいのよ」


 不思議なものを見るように私を見ていた響子さんは顔を顰めた。やはりみんなそんな顔をする。

 



 私たちはお酒を強めの物に切り替えた。摘みのナッツをぽりぽりと齧りつつその一杯目を飲み終える頃、私が日頃ストレスに感じていることを聞いて欲しくなった。


「最近親からのプレッシャーが凄くてさ」


「ご両親は相変わらず?」


「うん。気持ちはわかるから聞き流してるけれど、連絡して来るたびに言われるからいい加減うんざりしてるの。嫌なら伝えればいいのかもしれないけれど」


「麻衣子は伝える気は無いのよね」


「うん。伝えないよ。でもね、イラついちゃって女性同士は結婚できないのよって言いたくなるときもある」


 私の両親は月に一度は連絡をしてくる。昔は仕事はどうとかご飯をちゃんと食べているかとか、そういう話だった。でも私が歳を重ねるにつれて、おのずと彼氏は出来たかとか結婚はまだかとか、そういう話になっている。


 私には兄と妹がいる。兄は結婚して今度子供が生まれるし、妹は彼氏がいる。年齢的にもそのうち結婚すると思う。兄妹二人が順調だから私ぐらいはどうでもいいんじゃないかと思うけれど、それは子供の言い分であって、親としてはそういう訳にもいかないらしい。それも理解できるからしつこく言われても大人しくして聞き流している。それでも知らないこととは言え、親が私のセクシャルな部分に絡むとイライラするというのも正直なところだ。だって私が親の期待に応えることなんて出来ないのだから。


「私、煩わしいってだけでカミングアウトなんてしない」


「知ってるよ」


「それに、私の事を知ってほしいとも思ってないの」


「それも知ってるよ」


「私、親に感じる申し訳なさとか後ろめたさが凄く嫌なの。何でこんな気持ちを抱えていないといけないの?私、悪いことしてないよ?」


「そうだよね」


「でもこれって消えないよね。言っても言わなくても同じ。きっと私、ずっと抱えていかなきゃ駄目なのよ。凄く嫌」


 俯いていた私の手からグラスが消えた。顔を上げると響子さんが私のグラスをローテーブルの上に置いていた。それから響子さんは私を胸に抱き寄せてくれた。包まれた暖かさに涙が出てきて私は泣いた。その間響子さんは私の背中をぽんぽんと優しく叩いてくれていた。


「罪悪感を抱くのはね、麻衣子がご両親を大切だと思っているからよ」


「そんなこと…」


「悪いことをした訳でも酷いことをした訳でもない。ただ麻衣子が麻衣子でいるだけなのよ。それならそんな気持ち、他の人には感じないでしょう?大切だから傷つけたくないし悲しませたくないと思うのよ。麻衣子はいい子だから」


「私、いい子じゃないよ」


「いい子なの。私知ってるもの」


 響子さんが私を知っている。その言葉にどれだけの意味が込められているだろう。10年。それだけの年月を私たちは過ごしてきた。その間響子さんは私に寄り添い続けてくれている。だからこそ私を知っていると言えるのだ。

 そのことが有り難くてまた涙が出てきた。静かに嗚咽を漏らしはじめた私を響子さんはさっきと同じように背中をぽんぽんしながら優しく抱いていてくれた。今日の麻衣子はよく泣くのねなんて優しく言っているけれど今は響子さんが泣かせたくせにとそう思った。


 泣き止んだ私は響子さんの胸に抱かれたままだ。いつも感じることだけれど、こうして優しく包んでくれることで私を守ってくれている気がして、私はもう少し話を聞いて貰いたいと思った。


「ねえ、きょうちゃん。何も知らないままで娘の心配をする人生と、知ってしまって娘の心配をする人生と、親としてはどっちがいいのかな?」


 響子さんの優しい手は変わらず私をぽんぽんと叩いている。

 暫しの沈黙のあと、響子さんは口を開いた。


「そうね。私は親じゃないからわからないけど、それでよければ私の考えを聞く?」


「うん」


「麻衣子が幸せならご両親もきっと幸せなのよ」


「それは…」


「私はそう思う。だから麻衣子が幸せになればそれでいいのよ。そうしたら私は幸せだよって伝えればいいの。どっちの人生だって麻衣子が幸せならご両親にとってはどうでもいいことじゃないかしら」


 響子さんの静かな優しい声が続いていく。私はそれを聞き漏らすまいと耳を傾けている。


「それにね。いくつになっても親は子供を心配するものよ。自ずと心配するんだから気に病む必要はないと私は思う」


 何ということか。答えの出なかった私の中に響子さんの言葉が落ちてきて絡んだ糸をほぐしていくような感覚。私の抱えている罪悪感は影を潜めて、なんだか気持ちは楽になった。私の幸せは親の幸せ。それなら先ずは私が幸せになろう。そしていつかきっと私は幸せだと伝えようとそう強く思った。


 でも、私はこうして響子さんと過ごしていることで既に幸せなんだけれど。私がそれを言ったら響子さんはどんな顔をするのかしら。



「そっか」


「そう思うよ」


「きょうちゃん」


「何?」


「いつもありがと」


「ふふ。どういたしまして」


 また響子さんが私の頭を撫でくれる。優しい手だ。それだけで凄く安心する。


「あとね」


「何?」


「ワンピに鼻水が付いたみたい。ごめんね」


 私の頭を撫でていた優しい手が止まった。


「なぜそれを許すと思うの?」


「え?」


 響子さんは意味がわからないみたいに言っているけれど私も意味がわからない。

 私の汗は平気なのに鼻水はそんなに駄目なのかしら。私はそんな思いを頭から追い出して素早く思考を巡らせて回避行動を優先した。私は響子さんに腕を回して逃げられないように力を入れた。それから顔を拭くようして動かした。


「きょうちゃん怒っちゃだめ」


「嫌っ。ちょっと何してるのっ。ぐりぐり擦り付けないでよっ」


「ゆるしてくれる?」


 顔を埋めて拭くようにしていて、しかも鼻声だから私の声が変になっている。とにかく許すと言うまでやめるつもりはない。響子さんは私から離れようと必死だけれどそうはさせない。私も必死だ。響子さんは怒ると説教が長いから。


「こらっ。麻衣子。鼻を拭くな。やめなさいってば」


「ゆるしてくれる?」


「あ〜もう。わかったわよ。許す。許します」


「本当?」


「本当よ」


 響子さんは抵抗を止めて私の頭を撫でてくれた。許したという合図なのだろう。もう大丈夫だと思って顔を上げると響子さんはいきなり私の顔を貶しだした。


「うわ。なにその酷い顔。あはは」


「ちょっと。顔が酷いとか言うな」


「麻衣子の顔汚すぎよ」


「酷いよ。汚いとか言って。うっ、でもなんか酷そうだよね」


 顔に張り付いた髪を払いながら確認してみる。鼻と口の辺りがヌルヌルするし目もしょぼしょぼする。鼻が若干ヒリヒリする。


「きょうちゃんで拭いたからマシなのか。それともそれで酷いのか」


「永遠のテーマみたいなこと言ってないで顔を洗ってきて」


「そうする」


 私は立ち上がり洗面所へと向かう。その途中でくるっと振り返る。


「きょうちゃん知ってる?私はね、きょうちゃんがいるからきっと幸せなんだと思う。私を見つけてくれてありがとね。愛してる」


 言いたいことを言ってやった。

 それを聞いていた響子さんはきょとんとしていた。それから私の言ったことを理解して顔を綻ばせた。それは満開の桃色の花のようだった。


「その顔で言われてもね。さ、早く顔洗ってきて」


 響子さんは直ぐにぷいっと横を向いてしまった。かけてきた言葉は素っ気ないものだったし、シッシッと追い払う手振りも付いていた。だから私はさっさとリビングを後にした。


 私はわかっていた。あの顔は響子さんが嬉しくてたまらないときにする顔だ。





 私が洗面所で顔のお手入れをしていたら響子さんが鏡に映った。来るとは思っていなかったのでちょっとびっくりした。手には私と響子さんの寝間着にしているキャミソールを持っている。鏡に映る私の視線に気づくと響子さんは鏡の私に向かって笑みを浮かべた。

 響子さんはキャミを脇に置き、おもむろにワンピースを脱いだ。それから私の横に立ってタオルを濡らし胸を拭き始めた。


 私は鏡を通して響子さんの一連の行動を目で追っていた。そして今はその放り出された胸にくぎ付けになっている。


「ここは暑いね」


「…え。あ、うん」


 横を向けば直に見ることができるのになぜか視線は鏡に映るふたつの胸から離れない。カップはDで形が良くてツンと上を向いた先端。ほんの少しだけ右胸の方が大きい。私にも同じものが付いているけれど、とても綺麗だなと思う。響子さんはそんな私に構うことなくタオルをたたみ直してついでとばかりに首や腕、脇を拭いている。それが終わるとタオルとワンピースを洗濯機に入れてから持ってきたキャミを着た。


「麻衣子、手が止まってるよ」


「あ、うん」


「これ麻衣子のよ。ここに置いておくからね」


「うん。ありがと」


「じゃ、先に戻ってるからね」


 響子さんは再びお手入れをはじめた私の髪にキスをしてから洗面所を出て行った。なんだか呆気に取られた気分になって私の手が再び止まってしまった。

 

 キャミを置いていったということは着替えろということなのだろう。お手入れを終えた私はキャミに視線を向けた。少し考えてから、Tシャツを脱ぎタオルを取って響子さんと同じように胸と首と腕、そして脇を拭いた。私の胸に鼻水は付いていないけれど何となくそれが正解かなと思ってしまったのだ。


 拭き終えた私はタオルとTシャツを洗濯機に入れてからキャミを着て洗面所を出て響子さんの元へ向かった。





読んでくれてありがとうございます。

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