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本日最後になります。
よろしくお願いします。
「ねぇ、もしかして麻衣子ちゃん寂しいの?」
物思いに耽っていた私に飲み物を置きながら美樹さんが少し心配そうに声をかけてくれた。亜里沙ちゃんも私をじっと見ていた。
「いや、あ、ええ。まあそうですね。私も来年30だし、そろそろずっと一緒に居られるパートナーが欲しいなと思って」
「麻衣子ちゃんには響子ちゃんがいるでしょ?」
「そうですよね」
美樹さんは不思議そうに聞いてくる。亜里沙ちゃんはうんうんと頷いている。私は響子さんが好き。それは間違いない。
「んー。あの人を本気で愛した時期もありましたけど、今の私達は親愛の情があるセフレという感じかなぁ。きっとあの人は元々そうで、私がそこに落ち着いたんだと思います。あの人のことは大好きだけれど今はそれでいいかなって。だからパートナーと言うわけではないんですよね」
あの人に抱かれるのは嬉しくて凄く好きだしあの人も嬉しそうに抱いてくれる。だからセフレとカテゴライズしているけれど、所詮はそう納得させているだけで私はあの人が大好きだし大切な存在なのはずっと変わっていない。結局のところ私はあの人を愛しているのだと思う。
「そっかぁ。お似合いだと思っていたけど違ったんだね」
「あの人は博愛主義だから。私は一途な人がいいんですよ」
「じゃあ私がなりますよ。いえ、なりたいです」
亜里沙ちゃんが私の腕を抱えて身を寄せて来た。私の腕に胸が当たっているような気がしないでもない。彼女の胸はAカップなのでよく分からないのだ。私としては亜里沙ちゃんの体型に合っていると思っている。今睨んでいる本人には絶対に言わないけれど。
「別に当ててませんけど?」
「何にも言ってないでしょ?それより亜里沙ちゃん、人の話聞いてた?私は一途な人がいいの。亜里沙ちゃんは恋人一杯いるじゃない。だから駄目よ」
「ですよねー。じゃあ今夜私と試してみませんか。したかったんですよね?私、麻衣子さんを抱きたいです」
亜里沙ちゃんは私が一人でいるとその度に冗談なのか本気なのかこうやって誘ってくる。私がその気になることは絶対に無い、とは言えないけれど、いくら寂しいからと言ってそれだけで亜里沙ちゃんに抱かれることは万が一にも避けなければならない。
「嫌よ。だって亜里沙ちゃん、ドSじゃない。私は優しく抱いてもらいたいの。甘えたいの。辛くて苦しいのは嫌なのよ」
「大丈夫です。私、麻衣子さんにはMの素質があると踏んでます。気の強い麻衣子さんをじわじわぁと私の思う通りにしていくんなんて、ああ、興奮します。麻衣子さん、今夜はよろしくお願いします」
「だから嫌だってば」
亜里沙ちゃんはなんだかトリップし始めてしまった。あんなこととかこんなこととか言っていて目がいっちゃってる。私のお断りは聞こえてなかったみたいだ。怖いから視線を美樹さんに向けると肩を震わせて俯いていた。
「亜里沙ちゃんも大概業が深いね。私この歳で新しい扉を開きたくないから遠慮しておく。もう亜里沙ちゃん、がっつかないで。ヨダレ出てるよ」
もちろん冗談なのだけれど、私はハンドタオルを取り出して口元のヨダレを拭く真似をする。亜里沙ちゃんも大人しく拭かれている。
「それくらい麻衣子さんとしてみたいんです。察してください」
「いや。察しないわよ。そんな獲物を見る目つきで言わないでね。私はね、次の恋を最後の恋をしたいのよ。一途に愛し愛され生きていきたいの。その相手を見つける最後のミッションを自分に課すことにしたの」
亜里沙ちゃんといちゃつきながら私はグラスを空にしてお代わりを頼んだ。スコッチオンザロック。銘柄はラフロイグ。父がよく飲んでいるお酒だ。飲んでみたら私に合っていたので私も好んで飲んでいる。
「そんなこと言って。麻衣子ちゃんゆるふわちゃんのこと好きになりそうとか言ってたよね」
美樹さんが新しいグラスを置いて藤宮さんの話を振ってきた。美樹さんは私を心配してくれている。
置かれたグラスから一口飲むと香りとともに喉から食道へと熱いものが通り過ぎていった。その味わいに満足してまたタバコに火をつけた。
「え?ゆるふわちゃんてノーマルですよね?麻衣子さん、それだとミッションがインポッシブルになるのでは?」
上手いこと言った風な亜里沙ちゃんが眉を顰めた。少し私を咎めるよう私を見ている。美樹さんと同じで心配してくれている。
「いや、違いますよ。好きになる可能性を捨てきれないと言ったんです。亜里沙ちゃんも、違うからね」
「ノーマルな子に恋したら大変だもんね」
美樹さんがしみじみそう言えば亜里沙ちゃんが頷いている。もちろん私もそう思っている。
「そうですね。万が一にもそうなったら片想いで終らせますけど」
「そうよね。付き合えたところで彼女達はいずれ私達を置いて行ってしまうからね」
「ですよね。付き合うまでだって凄く大変だし、別れを気にしながら付き合うなんてもうごめんですから。それなら片想いの方が全然マシ」
そう言ってグラスに口をつけると、今度はその熱さと香りだけでなく、味わったことのある甘さや苦さ、最後に痛みを思い出して顔を顰めてしまった。
「本当に難儀な生き物よね。私達は」
美樹さんの言葉に3人で頷き合う。私達はノーマルな女性に決して想いを告げることのない恋心を抱いたり、終わりが来ることを分かっていながらお付き合いをした経験がある。本当に難儀な話だと思う。だからこそ私は共に生きていけるパートナーが欲しいと切に願っているのだ。
「私、前にお別れを言われた時に感じたことがあるの」
いい感じに酔いが回って私の敬語が取れてしまった。いつものことだから誰も気にしてない。
「なぁに?」
「何ですか?」
「私の人生にあなたは要らないのって、そう言われた気がしたのよ」
「うわぁ」
「それは…」
ふたりが嫌そうな顔をした。私だって嫌だけれどそう感じてしまったのだ。
「だって、子供が欲しいとかやっぱり男性がいいとか将来が不安だからなんて言われちゃったらさ、そんなの私にはどうにも出来ないことだから。そんなこと言われて自分からその人と関わろうなんて思える訳ないしね。そしたらその人の人生から退場したようなものじゃない。それはその人も分かってることだもの。別にその人を責めたり恨んだりしないし、恋人になってくれて嬉しかったと心から思うよ。でも、ただ思ったのよ。ああ、この人はもう私を要らないんだなって。これからは友達としてなんて話もあるけれど、そんなのは私には無理だから」
「麻衣子ちゃんがそんなことを言うのって珍しいね」
「ですね。この弱った感じが新鮮です。もしかしたらお持ち帰りできるかもしれませんね」
少し酔いが回って心情をぶちまけた私に、美樹さんは手を伸ばして私の頭を優しく撫でてくれた。亜里沙ちゃんは軽口をききながらも私の腕をぎゅっと抱えてくれた。
「亜里沙ちゃん、そうやって優しく抱いてくれるなら私を持ち帰ってもいいわよ。あー。パートナー欲しいなー」
暗い感じを振り払うよにそう言ってお酒を飲み干し、同じものを美樹さんにお願いした。
「麻衣子ちゃん。ペース上がってるけどいいの?」
「んー大丈夫かな。後はちびちびやることにするから。あ、2人も何か飲んでね」
そう言うと、美樹さんは仕方ないねと言いって作ってくれた。それから頂くね、ありがと言って自分と亜里沙ちゃんの分を用意していた。私は新しく来たグラスを取ってお酒をひと舐めしてグラスを置いた。
「ねえ麻衣子さん。パートナー欲しいとか言いますけど、今当てなんて無いんですよね?」
頂きますとスプリッツァーを一口飲んで満足げな亜里沙ちゃんがからかい口調で聞いてくる。美樹さんはそれを聞いて悪い微笑みを浮かべている。私は置いたグラスを弄んでいる。
「亜里沙。あるわけないでしょう?あったらここに座って欲しい欲しいって騒いでないわよ。ね、麻衣子ちゃん?」
「ふふふ。持てるふたりが持たざる私を挑発するのね?ほんといい度胸だわ。でもね、私を侮ってもらっては困るのよ」
「あら。誰かいるの?」
「おお。意外です」
美樹さんも亜里沙ちゃんも私の次の言葉を期待して私の方へ身を乗り出して来た。よく聞きなさいと思いながら言ってやる。
「今は全くいないけれど、すぐに見つけて見せるわっ。無敵な私にかかれば簡単なことよ。ふふふふふ」
自信たっぷりに言い放った私を尻目に二人はため息をついた。ダメだこりゃってなっているみたいだけれど気にしない。今の私は無敵な気分なのよ。主にお酒のせいでね。
「ふふふふふ」
「亜里沙。無敵な麻衣子ちゃんを奥のテーブルにご案内して」
「はい。さあ、無敵な麻衣子さんいきましょう」
「えー。なんでそんな話になるの?私はいかないわよ。別にここで出会わなくてもいいんだから」
亜里沙ちゃんが美樹さんの指示で私の腕を取り奥へと連れて行こうとするけれど、私はカウンターにしがみついて抵抗した。
「麻衣子ちゃん。私達には出会いがどこにでも転がっているわけじゃないよね。真剣にパートナーが欲しいと思うなら出会う機会を少しでも増やした方がいいと思うよ」
「それはわかるけれど、なんかインスタントな感じがしていまいち気が乗らないのよ」
「麻衣子ちゃんは私と由美をお手軽だって言うの?」
「私達を馬鹿にしましたね」
二人が少し怒った。当然のことだ。美樹さんも亜里沙ちゃんもパートナーはこのBARで出会った女性だった。由美さんも素敵な女性だし亜里沙ちゃんの恋人達も皆いい子だった。これは失言だった。
「ごめんなさい。決して手軽とか、馬鹿にしたとかじゃないんです。全ては無敵な私のちっぽけなプライドのせいです。すいませんでした」
私が素直に謝罪をすると美樹さんと亜里沙ちゃんはクスクス笑って許してくれた。ただし条件付きで。
「じゃあ奥にいってきて。さっきから香奈美と優子が相手をしている子たちが麻衣子ちゃんにきて欲しそうにしているの。だから、ね。亜里沙、よろしく」
「本当ですかそれ。まあ、いかせていただきますけども」
こうなったら仕方ない。私の最後のミッションはここから始めることにする。そう思ってまずは美樹さんの言う通り出会う機会を増やすことにした。
「はい。ではいきましょう。麻衣子さん、こちらにどうぞ」
美樹さんに手を振られ亜里沙ちゃんに腕を組まれて、私は席を立って奥のテーブル席へ行こうと席を立った。
「どちらにいきますか?」
香奈美ちゃんと優子ちゃんがそれぞれ別テーブルで女性と話している背中が見える。別と言っても隣だけれど。
私たちが近づいて行くと二人の女性が私の方に視線を向けた。仕事帰りなのかキチッとした服装をした黒髪のワンレンボブで、キリッとした眉とは対象的に目尻が下がっていて優しそうに見える私と同じか年上な感じのする女性と、茶髪ウェーブロングの活発そうでイケイケな感じがする若い女性だった。私を見た二人の顔が綻んだ気がする。遅れて香奈美ちゃんと優子ちゃんが振り向いた。香奈美ちゃんはフワフワして可愛らしく優子ちゃんはキリッとしたボーイッシュなカッコいい女性だ。その四人を目にした私は随分と華のある一画だなと思いながら四人に手を振って亜里沙ちゃんに言った。
「選べないわよ。2人ともっていうのはいいの?」
「構いません。同じテーブルにまとめますね」
「あら。亜里沙ちゃん、できる女って感じがするわよ」
「ふふ。何ですかそれ。ではいきましょう」
私がどうせなら二人と話したいと思っていることを亜里沙ちゃんが伝えた。すると別に構わないということになったので私たちと亜里沙ちゃんで席に着いた。私から名乗ろうかなと思っていたらそこに新たな声が掛かった。
「出遅れちゃった。私達もご一緒したいんだけど、構わないかな?彼女が麻衣子さんと話したいって言うんだけど」
「あれ?広子さん」
やって来たのは広子さんとその連れの、確か美咲さんだった。私は彼女を見て、ゆるふわちゃんだ可愛いなと思ったけれど口にはしなかった。彼女もぽっちゃりしていない。無敵な私はちゃんと学習しているのだ。
広子さんの言葉を受けて何故か先のふたりも亜里沙ちゃんも私を見ている。私に決めろということなのだろう。
「私は構わないけれど、何か決まりごととかあるの?亜里沙ちゃん」
「いえ。すべては望まれた麻衣子さん次第ですね」
私が望まれたなんて言われても特に実感が湧かない。いや、もしかしてこれはアレか?少し酔ってクダを巻いたら私のモテ期が来たということなのだろうか?
「望まれたはともかくとして、どうせなら皆んなで過ごしましょうか。大勢もきっと楽しいでしょ?」
グダグタな気もするけれど、変に気負うよりもよっぽどいいと思うことにした。私の最後のミッションはまずは互いの自己紹介からスタートしたのだった。
読んでくれてありがとうございます。