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続きです。よろしくお願いします。
「ということがあったんです」
藤宮さんと食事をした3日後の土曜日の夜、私はとあるBARにいる。
土日とも予定が入っていなかったのでお昼近くまで寝ていた私は、部屋の掃除や溜まった洗濯をせっせっとこなし、同じく溜まっていた録画した番組もさくさくこなして軽く食事を済ませてからお酒を飲みにこのBARに来た。
ここは店員も客も私のような女性しかいない。私のように1人で来る客もいれば友人やカップルもいる。ここはレズビアン限定の会員制のBAR。男性をお断りするために会員制になっているだけでレズビアンであること以外に特に縛りはない。そんなものなのかとオーナーの美樹さんに聞いてみたら、会員制って響きがなんかカッコイイよねと笑っていた。
普段隠しているセクシャルな面を誰に気兼ねすることなく出せるこのBARは、私にとって生きていく上でとても貴重な場所になっている。カウンターとテーブル席があって、店の奥の一画には出会いを求める女性の為のテーブル席も用意されている。そこに座れば出会いを求めていると誰もがわかるようになっていて、そちらを見れば今も何人かがお喋りをしているのが見える。もちろんその席以外では駄目だということでも無くて、隣同士で意気投合することも普通にある。
私はそんなBARのカウンターに座って美樹さんに藤宮さんとのことを掻い摘んで話をしたのだ。
「麻衣子ちゃんてぽっちゃりした女性が好みだったの?」
美樹さんが私が頼んだチンザノドライのロックを私の前に置き、自分の前にいも焼酎のロックを置いてそう聞いてきた。
美樹さんは45歳。中肉中背。ウェーブのかかった茶髪で優しい顔立ち。世話好きで姉のように慕っている客も多く、3歳年下の由美さんというパートナーがいる。私がこの店に通うようになって4年、以来美樹さんにはとても良くしてもらっている。
「え。別に好きでも嫌いでもないけど。何でそんな話になるんですか?」
私は置かれたグラスを取って一口飲んだ。その独特な香りに満足しながらそう答えた。
「だってさ、ゆるふわガール?マシュマロボディ?えっと、何だっけ?」
美樹さんはいも焼酎のロックをひと舐めしてから聞いてきた。
「癒し系ゆるふわボディマシュマロ愛されガールですよ。可愛い愛称だと思いません?」
「それだ。その感じでしょ?その女性、ぽっちゃり系なのよね?」
「違いますよ。彼女は普通の体型です。あ、でも胸は凄く大きいですよ」
「んー。そのフレーズはぽっちゃり系を想像させるけど。と言うか私にはそれしか浮かんでこないよ」
美樹さんは顎を指でつまみ上の方へ視線を向けて考えている。んーと言っている姿は40歳を半分超えていても良く似合う。可愛い。私はそんな仕草をしている美樹さんを見ながらなぜ藤宮さんがゆるふわな理由を説明しなければと思いつつタバコに火をつけた。
「あのですね、ゆるふわとマシュマロは彼女の髪と顔の造りと彼女の全身から滲み出る、こう、ふわふわして柔らかそうな感じ?に掛かっていて、そんな愛らしい女の子という意味です。マシュマロは大きな胸にも掛かっていて、あの胸が彼女の身体を象徴しているからこそマシュマロボディと呼ぶにふさわしいんです。だから私のイメージするゆるふわにぽっちゃりの要素なんて一つもないんです」
「私、それ伝わってないと思うな」
「えー。そんなことないでしょ」
「じゃあさ、そのボディはどうなの?ゆるふわボディとかマシュマロボディって単なる悪口だよね。私、ビ○ンダム君を思い浮かべてるのよ?」
美樹さんは両手を脇に出してモコモコしている動きを見せた。
「悪口なんてそんなことはないですよ。だって彼女は嫌そうにな…ん?あれ?」
ビバン○ム君は知らないけれど、確かにこのフレーズを言うと藤宮さんは微妙な顔をしていた気がする。
「麻衣子さん。いらっしゃいませ」
私がやらかしたかもしれないと頭を抱えて考えているところに声がかかった。
「こんばんわ亜里沙ちゃん。今出勤?」
亜里沙ちゃんは23歳。複数のパートナーがいる。背が高くて細身。綺麗な顔をしていて切れ長の目が冷たい印象を与えているが、話すと気さくで楽しい女性だ。とある嗜好からとある嗜好の女性にはとても人気がある。見た目は私と同じ系統だと思う。
「いえ。広子さん達とおしゃべりしていました。隣いいですか?」
「もちろんどうぞ」
テーブル席の方へ顔を向けると、その広子さんが手を振ってきたのでこちらも振り返した。広子さんは私の知らない女性と一緒だった。殆どの常連さんはお互いに顔見知りになっているから、あの女性は最近この店に通い出した人なのだろう。
「何か飲む?いつものでいい?」
「頂きます。いつも気を使ってもらってありがとうございます」
「気にしないで。美樹さん、亜里沙ちゃんにお願いします」
私は美樹さんに注文を入れて亜里沙ちゃんと向き合って、少し気になったことを聞いた。
「広子さん、美冬さんと一緒じゃないのね」
「美咲さんから、あ、彼女美咲さんて言うんですけど、最近打ち明けられたらしくて色々と世話をしているみたいですよ。オーナーにも紹介していましたし、私も仲良くしてやってと言われましたから」
「へえ、そうなの。広子さんらしいわね」
広子さんは気さくで優しくて世話好きだし、それに顔も広いからきっと美咲さんの為になるだろうなと思う。けれど恋人の美冬さんは焼きもち妬きだから、彼女に構い過ぎると後で揉めたりしないのかなと私は少し心配になった。
「ところでオーナーと何の話をしてたんです?麻衣子さん頭抱えてましたね」
「あのね亜里沙。麻衣子ちゃんがあなたのことをゆるふわボディマシュマロガールもしくは愛されマシュマロボディだって言っていたのよ」
そこへ美樹さんが亜里沙ちゃんの前にスプリッツァーを置きながら何か誤解を生みそうなことを言った。
「美樹さん、なんか色々おかしくなってますよ。ちょっと亜里沙ちゃん、その顔怖いわよ」
亜里沙ちゃんが置かれたグラスに伸ばす手を止めて凄く怖い顔して私を睨んでいる。そして低い声でキレ気味に言われた。
「私が太っていて締まりのない身体だと言うんですか?」
「ほらね。亜里沙の反応が普通なのよ。はいこれ、ビバンダ○君よ」
私の隣で怒りを発している亜里沙ちゃんをよそに、美樹さんはクスクス笑いながらいつの間にか画像検索したビバン○ム君を見せてくれた。
「ぶっ」
「あはははは。私はこれを想像したのよ。きっとその彼女も同じようなものだと思うよ。きっとマシュ○ロマンとかスノー○ンとかね。これはやっちゃったね〜。麻衣子ちゃん」
「言わないで。自分でも酷いと思うから」
隣から画像を覗き込んだ亜里沙ちゃんが私に人を刺す様な視線を向けてくる。そっちを見てはいないけどそう感じる。美樹さんは笑っていないで亜里沙ちゃんに説明してはくれないだろうか。
私は画像を見て美樹さんが悪口だと言ったことに納得した。寧ろ悪口でしかないし、女性に対してこれは無いだろうと思う。それでも万が一ということもあると期待して、私は念のためにその姿がうろ覚えになっている○シュマロマンとスノ○マンを検索して見ることにした。
「………」
「あはははははははは」
「麻衣子さん?」
駄目だった。
「なるほど。そういう事でしたか。私、喧嘩売られているのかと思いました」
「そんな訳ないでしょう。亜里沙ちゃんがぽっちゃりなんてあり得ないよ」
画像の衝撃から立ち直った私は、亜里沙ちゃんに話の経緯を説明して事なきを得た。美樹さんはツボにハマった様子でずっとクスクスと笑っていた。
「あー面白かったね」
「美樹さん酷い。私も酷いですけど。あ、お代わりください。同じので。良ければふたりもどうぞ」
「ありがと。貰うわね」
「大丈夫です。ありがとうございます」
美樹さんが飲み物を作り出すと亜里沙ちゃんが周りを見渡しながら聞いてきた。
「そう言えば響子さんは一緒では無いんですか?」
「んー?居ないよ。今週末は会えない。出張なんだって。あーあ。してほしかったのになぁ。会いたかったなぁ」
私はそう言って、今ここに居ない響子さんの姿を思い浮かべた。
私が響子さんと会ったのは学生の頃。レズビアンであることに悩んでいた私をあの人が見つけてくれた。私もあなたと同じなの。そう言って私を迎え入れてくれた。初めてはあの人だった。幸せだった。でもあの人は私を救ってくれた後も、私と同じように悩んでいる他の女性にも手を差し伸べていた。一度私だけを見てほしいと、愛してほしいと言ったことがあった。その時、麻衣子にも気付かないフリをすればよかったの?と悲しい顔で言われてしまって私は何も言えなくなった。それ以来私は他の女性のことを二度と口にしない事にした。あの人の居ない人生など、その時は考えられなかったから。私はあの人を深く愛したけれど、あの人は妹を優しく見守る姉のような気持ちだったのかもしれない。愛はあるけれど種類が違う。だけれども会えば当然のように身体を重ねる。私がそれを望んでいるから受け入れてくれているだけなのかもしれないけれど、私が甘えてあの人が甘やかしてくれる。それは今も変わらない。そんな関係。あの人と離れて恋もしたし、お付き合いした女性もいたけれど結局は上手くいかなかった。私が悲しみにくれていると、あの人はずっと隣で寄り添っていたかように私を癒してくれた。
私が身も心も許せる唯一の女性。私の帰る場所。それでも唯一のパートナーにはなれない女性。それが響子さんだ。
私は響子さんに優しく抱いて欲しかった。付いた跡を響子さんの優しい手や口で上書きして貰おうと思ったから。
来週は忙しいけれど無理して会いに行こうと思っている。跡を消すのはなるべく早い方がいいと思うから。
あと1話上げます。
読んでくれてありがとございます。