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extra 9

続きです。

麻衣子と愉快な仲間たち 2 です。

よろしくお願いします。

 

「みんな早くない?」


「いえ。五分前集合は社会のルールの基本ですから」


「何言ってるのよ。ここでお昼を食べたんでしょ。バレてるわよ」


「えっと。はいそうです」


「そこまでしなくてもいいんじゃないの?」


「駄目ですね。もし何かあって逃すようなことになったら、目も当てられませんから」


「そう?まぁいいけれど。それにしてもこんな時にあの中村が当番なのは、悪いけれどちょっと笑えるわね」


「あはは。確かにそうですね」


 私の言葉にここに居る全員があははうふふと声を上げて笑っている。

 優しい私はごめんなさいね中村、きっとあなたが一番ここに居たかった筈なのにねと少しだけ残念に思ってあげることにした。



 時刻は12時35分。手早く昼食を済ませてから私がこの部屋に入っていくと、当番の中村を除く全員がここでお昼を食べてそのまま私を待ち構えていた。

 私はこの状況に少し引きながら空いている席に着く。すると彼女達は私を囲むように席を移動し始めた。

 何が彼女達を駆り立てるのか私には理解出来ないけれど、そんなに指輪について知りたいのかと思うとやはり怖く感じる。なのでさっさと始めてとっとと終わることにした。


「じゃあ始めるよ。何を聞きたいの?」


「では課長。その指輪は、つまりはそういうことでいいんでしょうか?」


 みんなを代表して市川が話を進めるようだった。他の連中は黙ってぎらぎらした目で私の薬指を見ていたりするので、私は怖いなと思いながらもみんなが見やすいように机の上に手を置いてあげた。

 なんの特徴も無いプラチナの指輪だけれど、内側に私たちのイニシャルを入れてある私たちにとって世界に二つしかない大切な宝物。

 彼女達は身を乗り出して食い入るようにそれを見ているんだけれど、その様子に凄く怖くなってしまったのでやっぱりやめようと思って、私は置いた手を引いて腕を組んでおくことにした。私の腕に指輪が隠れた事でようやくみんなは諦めて席に座ってくれた。


「そういうことなのよ。でもね、その先のことはまだ未定なの。かなり先のことになると思うから、きっとあなた達の方が早いと思うわよ。そういうことだから。じゃあもう終わりでいいのよね?」


 これが聞きたかったんでしょと、私は要件は終わったとばかりにちゃちゃっと締めて終わりにしようとしたけれど、残念ながらそう上手くいはいかなかった。



「彼氏さんはどんな人なんですか?」


「彼氏さんといつ知り合ったんですか?」


「いつから付き合っていたんですか?」


「彼氏さんは何をしてる人ですか?」


「かなり先って事はさ、彼氏さんとは遠距離なのかな?海外とか?」


「もしかして不倫なのかも。離婚が成立したらとかさ」


「それやばくない?」


「おお。略奪愛じゃん」


「いえ。課長はそんなこと絶対にしないと思います」


「うん。そういうのくだらないって思ってそうだし」


「まあそうだよねー」


「私、そもそも課長は結婚しないと思っていました」


「私も」


「そうそう。まず課長に彼氏がいるなんて思わなかったよね」


「それね」


「課長はいっつも男をばざばさ薙ぎ払ってたからね」


「それにしても羨ましい」


「なんかズルいよね」


「ね。私は男なんていらない、仕事が恋人よみたいな感じだったのにさ」


「でもいいなぁ。私もそろそろ指輪欲しいなぁ」


「彼氏にねだればいいじゃない。私は彼氏が欲しいわよ」


「頑張れー」


「うっさいわっ」


「でもなんかさぁ。私、課長に裏切られた気分なんだよね」


「あ、それ分かる」


「私もそう」


「私もです」


「私も。うまく言えないけど、なんか違うんだよね」


「そうでしょ?なんかしっくり来ないって言うかさ」


「でもさでもさ、やっぱり課長も彼氏さんのために料理とか掃除とかしちゃうのかな?」


「まさか。課長ですよ課長。それはないでしょう」


「しないで欲しいよね」


「想像出来ませんね」


「だよね」


「それよりもさぁ、課長が男に甘える姿なんて全然想像出来ないよね」


「「「「あーそれねっ」」」」


「して欲しくないなぁ」


「それは嫌ですね」


「ていうか課長はそういうことしちゃダメでしょ」


「課長が男に甘えるなんてあり得ないから」


「やっぱりさ、課長が男のモノになること自体が間違ってるんだよ」


「「「「うんうん」」」」


「寧ろ女性を甘やかしている方が似合いますね」


「あー、それが一番しっくりくるね」


「ほんと、全然想像出来ちゃう。こんな感じで、こうやって抱かれてさ。よしよしみたいな」


「「「「あーわかる」」」」


「私達にも優しいもんね」


「何だかんだ言っても甘いとこあるし」


「ね、ねえ、今自分で想像してみたらなんかドキドキした」


「嘘……本当だ。やだ何この気持ち」


「またまた……っ、やばいですねこれは」


「……うわぁ、本当にどきどきするよ」


「……ああ課長」



 全然終わらなかった。それどころか暴走していた。私を放ったらかして私について話す彼女達を、本人を目の前にして随分と好き勝手言ってくれるわねと呆れつつ、面白いなとも思った私は、わいわいと盛り上がる彼女達の様子を笑みを浮かべて眺めていた。

 けれどそろそろ時間が怪しくなってきたので、私は少し惜しいなと思いながらも彼女達を止めることにした。


「私で遊んでいるようだけれど、みんな随分と楽しそうね」


「「「「「やばっ」」」」」


「お望みならどうぞ、甘えてみる?」


「「「「い、いえ」」」」


「まったくあなた達は。いい加減にしておきなさいよ」


「「「「す、すいません」」」」


「はい、もう時間が無いからね。お終いにするよ」


 これでこの話はお終いよと、私が今度こそ締めようと席を立とうとしたところに、思わぬ展開が待っていた。


「あ、あの課長。私、甘えてもいいですか?」


 もじもじしながらそう言って来たのは新田七海(にったななみ)27歳。くりっとした目が印象的なロングの明るい茶髪、背は高い方でおっとりお姉さんな性格をしている。先程彼氏のために料理とか掃除がどうとか、ああ課長と呟いていた女性だ。みんながごめんなさいだのすいませんだのと謝っている時に、彼女だけは何か考えるように黙って私を見ていたのだ。

 私は多少驚きはしたけれど、他のみんなは唖然として私に甘えたいと言った彼女を見ていた。それでも彼女はそんな視線は御構い無しに私をきらきらとした瞳で見つめている。

 私は市川に向けて彼女に何かあったのかと、視線と顔の表情を使ってそう尋ねてみたけれど市川は分からないと首を振った。


「新田は私に甘えたいの?」


「はい。課長に甘えてみたいです」


 周りのみんなは固まっていて、これからどうなるのかとじっと私たちを見ている。

 馬鹿なこと言ってないで終わりよ終わりとか言ってもよかったけれど、私は新田がして欲しいというならしてあげることにした。


「なら、あなた達が想像したようにハグしてあげる」


 そう言って新田の側に寄っていく。背が高い方だと言っても私の方が背が高いので腕を広げて彼女を包むようにして抱き締めてあげると、彼女は私の胸の辺りに両手を添えるようにして少し体を預けてきた。周りのみんなが息を呑むような音がしたけれど、やってしまったものはやってしまったんだから放っておくことにして、そのまま彼女を抱き締めて髪を撫でながら、頑張ってるの見てるからね、心配いらないよとそっと耳元で言ってあげた。

 この場合、甘えさせるとはこういうことだろうと思ったし、実際彼女は頑張っているのでそう言ったんだけれど、見当違いだったら後でごめんなさいをすることにした。

 私の言葉を聞いた彼女は体をはっとさせた後、有難うございますと呟いて、もう少し私に体を預けてきた。時間にすれば10秒程のハグをして私は体を離して、最後に彼女の髪をそっと撫でた。

 彼女の顔を見るとやけに赤かくなっていて瞳がうるうるに変わっていた。やり過ぎちゃったのかと思って市川に確認しようとそっちを見ると彼女もまた顔を赤くしてもじもじしていた。視界に入った周りのみんなも同じだった。

 課長柔らかくていい匂い、ヤバいかもと呟いている彼女の声が聞こえてたので、どうやらやり過ぎでしまったようだった。

 まぁこのくらい別にいいんだけれど。


「あ、あの課長。そのぉ、またお願いしてもいいですか?」


「いいわよ。またそのうち新田がなにか辛くなったらね」


「やった。ありがとうございます」

 

 顔を赤くして喜んで次を期待するような新田の表情と口調は可愛かったけれど、私としても特に疚しい気持ちがある訳でもないし部下を甘やかすためにしただけなので、もし誰かに何か言われてもそれで通すことにした。寧ろ先ほど彼女達が言っていたように私のイメージがこんな感じであるのなら、それに乗っておけばいい。これは私の経験則だ。この程度、別にどうという事はないのだ。


「はいお終い。みんな仕事する時間よ。中村も待っているだろうしね」


 手をぱんぱんと叩き、みんなを促して私は先に部屋を出た。後ろを歩く彼女達がどうだったとかどうしてあんなことをとか新田に聞いていて、課長に甘えてみたくなったからとかみんなもして貰えばわかるよとか絶対またして貰おうとか答えていたのが聞こえてきて、私はそれを聞いて少し笑ってしまった。



 指輪の件で少し面倒くさかった昼休みと午後になって鬱陶しい出来事があったものの、仕事については問題なく終わった。

 彼女達も昼休みに好き勝手に話したことで満足したらしく、それ以上は騒ぐこともなく普段のように落ち着いて仕事をしていた。

 私と新田の件で騒いでいたのもあの時だけで、今はもう誰も気にしていないようだった。私としては、寧ろ新田が普段よりも元気に仕事をしている様子を見て、そんなに良い影響があるのなら頼まれればまたハグくらいならしてもいいかなと思った。勿論、それは私の部下限定の話だけれど。

 そんな中、中村だけは参加出来なかった事に若干不満そうではあったものの、周りから話を聞いてそれなりに納得はしたようだった。


 ただ、私の指輪に気付いた人がこのフロアにも何人かいたらしく、午後になると業務にかこつけては私の課までやって来て彼女達と仕事の話をした後に、わざわざ私の方を回ってチラ見をしてから自分の席へと戻っていくのにはほとほと閉口してしまった。お陰で帰る頃には私の話がこのフロア中に知れ渡っていて、気が付くと用もないのに私の席を回ってから帰って行くという変なツアーが行われていた事には物凄くイラついた。

 部長に帰りの挨拶をしに行った時にそのことを愚痴ると、あなたは人気があるから仕方がないのよ。明日からは他のフロアの人達がやって来るかもねと、そう部長にからかわれてしまった。明日もこんな感じになるのは本当に勘弁してほしい。



「あー、疲れた」


「今日は落ち着いていましたし、それ程の量でも無かったですよ?」


 帰り支度を終えて、私は変な疲労感からデスクに伏せてそう呟いた。その呟きを律儀に拾って答える市川の声に顔を上げると、いつもは直ぐに帰るはずの課の連中が終業時間が過ぎているのに楽しそうな顔をして残っていた。とても嫌な予感がするので私はデスクの片付けをしながら先手を打つ事にした。


「あなた達のせいでもあるのよ。私は疲れたからもう帰る。お疲れ」


「何を言ってるんです課長。お祝いするから飲みに行きましょう。私も課長から話を聞きたいので」


「月曜から飲むなんて嫌。それにお祝いとかそういうの要らないから。お疲れ」


「えー」


 私が中村の誘いを断ると彼女達からぶうぶうと文句が出たけれど私は気にしない。私はバッグを持ってさっさと席を後にして、すたすたと歩いて行こうとして、彼女達の横で立ち止まった。私はこれ以上誘われないために思わせ振りなことを言うことにした。


「私、今日は買い物してご飯作らないといけないの。だから無理なのよ。じゃ、お疲れ様」


 私は幸せいっぱいオーラを全開にしてわざと指輪がよく見えるようにひらひらと手を振った。それから再びすたすたと歩き出すと、私の背後できゃーとか嘘っ、料理できるんですかとかズルいとか爆発しちゃえという声が聞こえてきた。

 その声聞きながら誰もお疲れ様を言わないのかと思って苦笑を浮かべて歩いていると、お疲れ様ですと声が聞こえてきた。声の主は新田だった。私は振り返って彼女に微笑んで手を振った。それからまたすたすたと歩き出し、扉を押し開けてオフィスの外へと足を踏み出した。


 私の言葉を勝手に誤解をして騒いでる連中を置いて、私は見事、彼女達から逃れることに成功したのだった。





「なにこの解放感。すっごく楽になった気がするわぁ」


 オフィスを出てすぐに、私はついそんなことを口にしていたけれど、その開放感はあっという間に消え去って、僅か十数メートル先のエレベーターホールに着く頃には気持ちはすっかり萎えてしまっていた。



「……はぁ、疲れたなぁ」


 萎えた私は今、エレベーターホールの壁に手をついて愛しのあの人を思い浮かべている。


「きょうちゃん、私、頑張ったよ」




読んでくれてありがとうございます。

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