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extra 6

続きです。

麻衣子と愉快な仲間たち、です。


よろしくお願いします。

 

 忙しい月末を終えて通常の業務に戻った9月最初の金曜日、もうすぐ仕事が終わる時間が近づいていた。


「課長。今日はお時間ありますか?」


 私の斜め左の席からそう聞いて来たのはひと月ほど前に面談で私に散々説教を食らって痛い目にあった中村だ。

 彼女の態度が普通であれば別に良かったんだけれど、目を泳がせていて若干挙動不審な点が見受けられる。その怪しさに私は警戒心を露わに彼女を見つめた。無謀なチャレンジャーに賞賛を与えるつもりなど私には無い。


「中村。引き返すなら今のうちよ。それ以上何か言われたら私は自分を抑える自信が無いわ」


 私は満面の笑みを浮かべて中村を見ると、彼女の顔が思い切り引きつってしまった。何かトラウマでも抱えているのかと心配になってしまう。


「課長。違います、私達は。ただその、仕事も落ち着いたのでこの間のお礼を兼ねてお酒でもと思いまして」


「そ、そうですよ」


「お礼ねぇ」


 横から市川が慌ててフォローを入れて来たけれど、私達はって何。やはりこの二人には前科があるので一概には信用できない。私はちょいちょいと指を動かしてふたりを私の近くに来いと呼んだ。

 市川と中村は互に目を合わせたあと、肩を落として私の側にやって来た。私は背後に立ったふたりに椅子を回して振り返った。


「あなた達、今度はなに企んでるのよ。どっちでもいいからちゃちゃっと話しなさいよ」


 私はふたりを交互に見る。ふたりとも凄く言いにくそうにしているので私は中村に視線を固定する。すると中村は市川の背後に隠れてしまった。

 ならばと私は市川を見て、顎でクイっとして話すことを促した。そんな私を見て市川は観念した。


「実はですね、私の同期がですね、いやあの女性です女性。その怖い顔やめて下さい課長」


 私は市川に冷めた目を向けると市川が怯み、釣られて中村もびくっとした。そんなふたりを見ながら私は呆れて溜息をついた。

 このふたりはやはり私を舐めているのではないだろうか。そんな疑問が頭に浮かぶ。しっかりと釘を刺した筈なのにもう抜けているなんて。あの面談では全然足りなかったのかと私はもうひとつ大きく溜息をついた。


「あなた達は仕事が出来て賢いのに、何で私を巻き込むことについては学習しないのよ。何なの?出来ないの?する気がないの?どっちなの?」


「いえ。そういう訳では、いえ。すいません」


「私、言ったわよね。今後一切止めるようにって。忘れたの?」


「すいません」


「ごめんなさい」


 オフィスの少し騒ついた雰囲気に気付き、周りに目を向けると、私がふたりに文句を言っている間に就業時間は過ぎていて、課の他の子達がとばっちりは勘弁してよねとばかりに小声でお疲れ様ですと言いながらそそくさと退散しようとしている。私は彼女達の遠慮がちな挨拶に笑顔でお疲れ様と言って手を振った。


「さてと。じゃあ私も部長に挨拶して帰るから。お疲れ様」


 私はもう行っていいわよと側に立っている市川と中村に向けて手をひらひらさせて部長のブースに向かって歩き出した。



 挨拶と雑談を終えて戻って来ても、市川と中村はまだ帰らずに自分達の席に座っていた。私は席に戻りふたりを無視してPCをログアウトしてデスク周りを片付け始めた。

 ふたりは帰る気配を見せず、ただ私をちらちらと見ている。その様子に呆れつつ、バッグを取って靴を履き替えながらふたりの顔を見ずに言った。


「話は終わっているのよ。あなた達も仕事が無いならもう帰りなさい」


 私がそう言い放ってもいやとかそのとか言って動く気配のないふたりを置いて私は席を立った。そのままふたりにもう一度お疲れと言ってすたすたとオフィスの扉へと歩いて行った。

 よし。このまま何事も無く帰れるわねと思いながら私が扉を押し開けるために手を伸ばしたその時、扉が勢いよく向こう側に開いたせいで私は扉を押し損ねてしまった。確かに扉の分厚い磨りガラスの向こうに人のシルエットを見た気がしないでもないなと思ったけれど、とにかくそのせいで前のめりになっていた体を支えるものを失った私は、バランスを崩して扉を開いてオフィスに入って来ようとした人物に倒れるようにしてぶつかった。その相手が女性だと気付き、私は咄嗟に庇おうとして女性に手を回しそのまま一緒に倒れてしまった。


「わっ」


「きゃっ」


 この出来事に一瞬、もしかしてあの方が見ているのではと思ったけれど、私は直ぐに気を取り直して立ち上がり、まだ尻餅をついている若い女性を起こそうと手を出した。


「ごめんなさい。あなた大丈夫?」


 倒れていた女性は私の手を取って立ち上がりがばっと頭を下げた。


「私、慌てていて。どうもすいませんでしたっ」


「こっちこそごめんね。どこか痛いところある?」


 私は服に付いた埃を払うように軽く叩き、彼女は自分の体をぺたぺたと触り出し、直ぐにその仕草を終えて私の方を向いた。


「大丈夫です。羽田課長は大丈夫でしたか?」


「私は大丈夫よ」


 彼女は私を見て驚いた顔をしてそう聞いてきたので私は大丈夫と答えたけれど、私の知らない彼女は私を知っていた。

 そこへ市川と中村が急いで側にやって来た。そちらを向くとオフィスにいる何人かがこちらを見ていて、部長も自分のブースから顔を覗かせていた。どうやら皆んな何事かと心配してくれたようだった。

 私は部長に向けて腕で大きく丸を作って大事がないことを知らせた。部長はそれを見て私達に向かって笑って手を振ってブースに戻り、他の人達の視線もそれで無くなった。


「ふたりとも大丈夫ですか?」


「課長もさおりんも大丈夫?」


「ええ」


「うん」


 私はこの女性が誰なのか知らないけれど、市川と中村は私とぶつかったこの可愛らしい背の低い華奢な女性と知り合いのようだった。


「あなた達、知り合いなの?」


「はい。私達の同期です」


「さおりんですよ」


「そうなのね。えっと、さおりんだっけ?本当に大丈夫なのね?」


「はい。経理部の水元沙織と言います。私は大丈夫です。羽田課長が咄嗟に庇ってくれましたから。ありがとうございます」


「ただ抱きついただけよ。じゃあ私は帰るからね。皆んなお疲れ様」


「あ。ちょっと待ってくださいっ」


「何?」


 水元さんは帰ろうとする私を慌てて呼び止めてから、市川と中村に私のことを確認をしていた。


「ねぇ。ふたりとも、なんで羽田課長が帰ろうとしているの?なかなか連絡が来ないから私、どうなったのか確認しに急いで来たんだけど」


「誘いはしたよ」


「そうそう。課長は全然聞いてくれなかったけどねー」


「そうなの?」


 話は直ぐに終わって彼女達は私に顔を向けた。私に何か言いたそうにしているけれど、彼女達の話を聞いていて市川と中村が私を誘った原因がこのぶっつかった彼女なのだと分かった。私はもう面倒な予感しかしなかったので何も言わずに彼女達に背を向けて歩き出した。


「あっ。羽田課長、待ってください」


 水元さんとやらが大きな声で私を呼び止めた。さすがに聞こえないふりができる距離では無いので、思い切り嫌な顔をして振り返る。


「何?」


 私の冷めた声や態度にたじろいだものの、水元さんとやらとその不愉快な仲間達は話を進すめるつもりのようだ。私は腕を組み、仁王立ちしてそれを迎え撃つことにした。





「またそんな話?もういい加減うんざりだわ」


 もはや恒例となりつつある女子会のようなものが今、地下の飲食店街の一角で行われている。私の隣には市川がいて向かいには水元さんと中村がいる。今日は新鮮な魚介類が美味しいと評判な店だった。それは凄く楽しみではあるけれど、彼女達の話を聞いたところ要するに水元さんの恋路を手伝って欲しいということだった。

 そういうことだったのだけれど…。




「うん、美味しかった。さてと、私はもう帰るからあなた達は適当にね」


「…はい」


「…はい」


「主任だけは勘弁してくださいよぉ…」


 美味しい光り物を堪能してかなり満足した私はそう声を掛けた。

 水元さんだけ返事がおかしかったけれど、私は伝票を持って立ち上がる。それぞれ落ち込んでいる彼女達の姿を見ていたら私の気分は大分マシになっていた。




 水元さんの話は案の定、私の同期に恋をした彼女に愛の手をというなんとも図々しい話だった。市川と中村が富岡君や高梨君と仲良くなれたことを同期会でぺらぺらと喋ったらしく、自分もそれにあやかろうとしたのだ。市川と中村の口の軽さも不快だし、最初から自分で何とかしようともしない人間にこうも利用されることが続くと、いくら温厚な私でも我慢する気も失くなってしまうというのが人情というものだ。だから私はイラつく気持ちを隠すことなく彼女達の相手をしてあげた。


 そうは言っても、なんだかんだと市川と中村に甘い私は、ふたりの必死の口利きもあって水元さんの恋路を仕方なく手伝ってあげた。手伝ってはあげたけれど、私を利用したのだから水元さんには当然それなりの代償を支払って貰わねばならない。そうでなければ私の気が収まらない。


 そう考えた私の脳裏には、優しそうな柔和な顔立ちに反してやけにきつめな性格をしていて、たとえ自分より上の立場の人間であっても容赦なく毒を吐き、とても数字にうるさいいつもきちっとした格好をしている背の高い女性の姿がもう既に浮かんでいた。その優しい顔立ちにまんまと騙さ…惹かれて玉砕した男性社員は数知れず。

 経理部主任奥寺雅美(おくでらまさみ)。シュワッチと光線でも出すのかしらと思わせる、右肘に左手の甲を当てた格好で眼鏡の端を右手の中指でクイクイッと持ち上げる仕草をよく見せている彼女もまた、私と同じ支倉常務のラインに乗っている私の二つ上の華のある、見た目はとても可愛い女性だ。雅美さんは年が近くて同じラインの後輩である私にとても良くしてくれている。互いの性格は正反対ではあるけれど、私達はなぜか凄く気の合う間柄なのだ。


 私はその雅美さんと共に水元さんと一席設けてあげることにした。幸いにも彼女は水元さんの直の上司だそうだから、きっと喜んで私の頼みを聞いてくれるだろう。少しSぽい所があるし、いつでも毒を吐きたくてうずうずしているのだから。

 それを伝えてあげると、水元さんの取り乱し様は中々のもので、嫌だ嫌だを連発して泣きそうになっていた。その様子に私は少しだけ彼女を心配になってしまったけれど、私はそれ以上に満足してもいた。だって雅美さんに任せておけば、彼女は二度と私を利用しようなどとは思わないだろうから。下手に口を出して毒を吐かれでもしたら怖いから、私は口を出さずに側で静かに見守っていてあげるのだ。


 そして水元さんは勿論のこと、またしても私を巻き込んだ市川と中村については面談をしても無駄だということがよく分かった。それは私の甘さに起因している。だから私は甘さを捨てることにして、二度とするなとあの手とこの手で五寸の釘をふたりに刺すことにした。


 まずは二ヶ月後の管理部のシステム変更に伴う一切の責任と雑務をこなして貰うことにした。システム自体については、此方がやることは切り替わる前日にちゃんと使えることを確認する以外には特に無いけれど、それは休日出勤だし、これからITとの打ち合わせが増えてくるし、事業部との兼ね合いがあってその都度調整やら確認やらと何気に時間を取られてしまう嫌な業務なのだ。これから二ヶ月間、ふたりにはそれを頑張ってこなして貰って、ふたりのこれからのキャリアに是非とも役立てて欲しいと思う。それに加えて、もうすぐ事業部での内部監査の予備調査が始まるので、それに伴う雑務も全て任せることにした。これまた事業部の話とは言え仕事上関係のあるウチの課も地味に時間を取られてしまうかったるい雑務なのだ。これも本調査が終わるまで是非ともふたりに頑張って貰いたいと思う。

 他にも紙台帳のデータ化とか、その際廃棄する書類をすべてシュレッダーにかけるとか、地味で単純作業ゆえに酷く退屈で面倒くさいこともやって貰うことにした。誰に振ろうかなと考えていた雑務なのだけれど、優秀なふたりが喜んで引き受けてくれたのでとても有り難いなと思っている。優秀なふたりであれば通常業務と並行して、己の愚かさを反省しつつきっちりとやり遂げてくれるだろう。本当に優秀な部下を持った上司冥利につきるというものだ。

 ただ、ここで勘違いをして欲しく無いのは、市川と中村に業務や雑務をお願いしたことは、いずれも全て私の単なる意地悪ではなくて、彼女達がより成長することを期待した私の愛のある差配なのだから、決してパワハラなどでは無いことをここに宣言しておく。勿論、当の本人達もそれを全力で肯定してくれるだろう。




 と言うことで、私の報復の結果が前述した彼女達の状態であり、それを見ながら美味しい光り物も食べることも出来て、私はとても満足したというわけ。私は光り物がとても大好きだから。


「お疲れ様。また月曜日」


 その彼女達を置いて私は浮ついた気分で店を後にする。私はこれから響子さんの部屋に帰るのだ。

 今から帰るよ待っててきょうちゃんと、逸る気持ちを隠すことなく全開にして、私は足早に駅へと向かった。




あの方=マリア様ですね。

後ほどもう1話上げます。


読んでくれてありがとうございます。

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