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33/40

extra 5

続きです。

響子さん視点になっています。

よろしくお願いします。

 

 お盆休み3日目の午後、麻衣子と一緒にマシュマロではなくチョコの入った細長い棒のヤツを食べながら、借りてきた赤毛のアンを見ていた。

 買い物に行った時、マシュマロを手にした私を見て、要らないから要らないからと全力で否定していた麻衣子は可愛くもあり可笑しくもあったわねと、隣で私の腕を抱えて画面に集中している麻衣子をちらりと見て、くすりと笑ったりしているうちに映画は終わった。


 私は少々余韻に浸り、麻衣子はすかさずDVDを片付けながら目に涙を浮かべていた。

 何度見たってマシューの人柄の良さとアンとの交流が積み重なってのあのシーンはぐっと込み上げて来るモノがある。だから麻衣子が涙を浮かべているのは当然のことだ。

 私としては基本順番に訪れるものとは言え、もう少しあのふたりが同じ時間の中に居て欲しかったと、とても切なく思ってる。


「マシュー…」


 麻衣子が悲しげにそう呟いているのを見て、私はおいでおいでと手招きをして麻衣子を呼んだ。

 麻衣子がそれに気付いて傍に寄って来たところを、ぽんぽんとソファを叩いて私の方を向くように隣に座らせた。それから麻衣子を腕ごと抱えるように抱いてそのままソファに背中から倒れ込んだ。

 私が寝転がって麻衣子の顔が私の胸に埋まるようにして抱いてみると、麻衣子は悲しそうではあるけれど、私に抱かれて嬉しそうにもしている。そして私は麻衣子の寂しそうな声に耳を傾ける。


「きょうちゃん。マシューが、マシューが…」


「そうね。でもね、麻衣子。マシューはアンが来てからずっと幸せだったのよ」


「うん…」


「それにふたりはとても楽しそうだったでしょ?」


「うん…そうね。そうよね」


「そうよ。今の私たちに負けないくらいにね」


「そんなに?ならマシューは超幸せだったのね。よし。私なんだか元気出たよ、きょうちゃんありがと」


「よかった」


「えへへ」


 私がよしよしと頭を撫でると麻衣子は胸に埋もれている顔を上げて照れてはにかんだ。

 私が掛ける言葉や慰め方は毎回違うけど、こうして麻衣子を慰めるまでがこの映画を見る時のお約束になっている。それがまたこの映画の素晴らしい所でもあり、私の好きな理由でもある。勿論、赤毛のアンは元から大好きだけど。

 麻衣子は私の理由を分かっているのかしらと、私は麻衣子を胸に抱きながらふとそんなことを思った。


 この映画だけでなく、名作達はこうした麻衣子の可愛らしい一面を私に与えてくれる。だからこその名作なのかも知れないわね、なんてかなりバカップルめいた考えが浮かんで来る。

 そう思ってうふふとにやけていると、麻衣子も似たようなことを思っていたらしく、私の温もりとか優しさがとか言っている。

 けど私は麻衣子が何を言っているのかよく分からないと言っておいた。凄く嬉しいけどとても照れくさいし、私は麻衣子の前では出来るだけ凛としたお姉さんでいたいと思っているから、今は軽く微笑みを湛えるだけにしておく。

 それでも麻衣子の言葉を聞いて、やはり私たちはバカップルだったかと、私はより一層笑みを深めていた。




「そうそう。麻衣子にあげるものがあったのよ」


「ほんとっ。何くれるの?」


「ちょっと待ってて」


 私は抱いている麻衣子を離し、頬にキスをしてからリビングに置いてある小ぶりなチェストの所へ行って、一番上の小さく区切られている引き出しからあるモノを取り出した。

 麻衣子は絶対に喜んでくれる。そう思って嬉しそうに微笑む麻衣子を想像すると、私も嬉しくなって顔が綻んでしまう。

 にやにやしながら傍に戻って行く私の握っている手を、麻衣子が期待に満ちた目でじっと見つめている。その可愛い顔を見ながら、私は麻衣子にぴたりとくっつくように腰を下ろした。


「これよ。麻衣子にあげる」


 私の開いた手には鍵が乗っている。私は麻衣子の手を取って、それをどうぞとその手に置いた。

 一瞬鍵とはどういう事かみたいな顔をした麻衣子が、それの意味するところが分かった途端に思いきり笑顔になっていた。

 やはり麻衣子は喜んでくれた。そのとても嬉しそうな笑顔を見て私の微笑みも自然と大きくなっていく。


「きょうちゃん、いいの?」


「ここは麻衣子の家でもあるのよ」


「そっか。ありがときょうちゃんっ。やったっ。凄く嬉しいよっ」


 もの凄い笑顔になった麻衣子が抱きついて来て、その勢いが凄くて支えきれずにふたりでソファに倒れてしまったけど私は気にしない。麻衣子はそれほどに嬉しかったのだから。

 それに麻衣子にとって合鍵を渡されること自体が初めてのことだし、それは私の信頼の証の一端でもあるのだから。それは麻衣子にもちゃんと伝わっている。

 結婚を、生涯を共にと誓い合った間柄であれば、合鍵のひとつやふたつどうってことは無いのかも知れないけど、麻衣子にとってその鍵が、私の贈る大切な宝物のひとつになってくれたらいいなと思う。


「それに私たちは婚約者なのよ。だから当然でしょ?」


「っ…婚約者っ」


「そうでしょ?違うの?」


「そ、そうよねっ。うふふ。私たち婚約者だもんねっ」


 周りがどう在ろうが私たちは婚約している。生涯を共にと誓い合って、その事に嘘偽りはひとつもなく私たちは婚約者。

 それをこうして言葉にしてみたら、私はなんとも言えない幸せな気持ちになった。それは婚約者と言われた麻衣子も同じ筈だ。


 合鍵を貰って、婚約者という言葉を聞いた興奮冷めやらぬ私の婚約者が抱いている私の額や頬、鼻先、それから当然唇にもキスの雨を降らせてくれた。

 キスは大雨だったけど、私はその全部を喜んで受け止めた。麻衣子のキスは私にはとても嬉しいものだから、それがゴリラライウ?ゲオウ?まぁ、なんでもいいんだけど、キスが台風並であったとしても私は一向に構わないし、なんだったら私の身体中にしてくれてもいいのよとさえ思っている。

 そして麻衣子は私にキスの雨を降らせている間、鍵を握っている手をずっと握ったままで一度も離さなかった。きっと、もう私のだから返せないのよ?なんて思っているに違いない。

 あぁもう、本当に可愛くてたまらない。私ははしゃぐ麻衣子を受け止めながら、絶対に麻衣子を離さないとそう思った。




「そろそろ落ち着いた?」


「はぁはぁ。うん。あー疲れた」


 はぁはぁと呼吸をして床に大の字になっていた麻衣子はそう言った。それから麻衣子はよいしょと起き上がって私の隣にくっつくように腰を下ろし腕を絡めてくれた。

 キスの大雨の後も、喜びを表現するためだと思うけど、麻衣子は床に転がって手足をばたばたさせていたり、くぅぅぅとか唸って両手を握って体を丸めていたり、きゃっほうきゃっほうと口にしながら暫くの間小躍りしていた。

 それは別にいいんだけど、きゃっほうってどういう意味かしらとか、これで本題を切り出したらこの子は一体どうなってしまうのかしらなんて思っていたら、麻衣子が息を切らして疲れた顔をしていたから私は思ったことを素直に口にした。


「はしゃぎ過ぎ。バカね」


「む。喜んだら自然とこうなったの。凄く嬉しいんだからバカでもいいよーだ」


「バカ」


「そんなこと言って。バカな私を大好きなくせに。ねーきょうちゃんっ」


「そうよ。大好き」


「ほらね」


 麻衣子は私にしな垂れ掛かって唇を寄せてくる。可愛らしい唇が私のそれに触れる。そこから訪ねてきた麻衣子の温もりを、私は嬉々として迎え入れた。優しかったり激しかったりしているうちに、このまま抱いてしまいたくなって麻衣子の胸に手を伸ばそうとしたら、私のキャミが捲られて、優しく直に撫でられる心地よさが私を襲ってきた。私から離れていった唇が私の首すじから鎖骨、さらにキャミから出ている膨らみへと優しく触れていった。その切ない感覚に私はぎゅっと麻衣子にしがみついてしまった。


 最近の麻衣子は、と言ってもここ二日ばかりの事だけど、私に喜んでもらおうと色々としてくれている。

 私はその涙ぐましい努力を嬉しく思っているし、実際に何度か我を忘れて本気で喜んでしまってもいる。

 麻衣子の学習能力の高さは流石だわと認めざるを得なかったけど、まだまだ私には敵わないことを夜な夜なしっかりとその身体に教え込んであげてもいる。その度に麻衣子は凄く喜んでくれているし、私も凄く嬉しっ、かったから、今夜もまたっ、たっぷりと教えっ、てあげようっ、と思っていっ、る。


 麻衣子の優しい唇と指が与えてくれるとても甘い刺激が私の思考は乱してくる。すると私を呼ぶ少し上ずっている麻衣子の声がした


「きょうちゃん」


「麻衣子」


 蕩けた私が甘えたように麻衣子を見ると、私のふたつの先端を優しく指で触れてくれている、すっかり上気した麻衣子の瞳がうるうると私を見つめていた。


「してくれるの?」


「そうよきょうちゃん。私がいっぱい愛しちゃうからね。私を侮っては今度こそ後悔するわよ」


 麻衣子は私の耳元で妖しくそう囁いた。私はこくりと頷いた。私はもう考えることはやめていた。そして麻衣子の胸に顔を預けると、麻衣子は私を少しだけ離し、私の顎に指を添えて、そっと上を向かせて唇を寄せて来てくれた。私からその唇にキスをして目を閉じた。


 私はこのまま身を任せ、愛しい麻衣子がこれからいっぱい与えてくれる愛情に暫く溺れてしまうことにした。私には麻衣子に愛されることを我慢する必要なんて全くないんだから。




 お互いに荒く息をして抱き合ってソファに横たわっている。麻衣子は私よりももっと苦しそうだ。それはそうだ。私は最後にちょっとだけ本気を出したんだから。

 麻衣子が最後は一緒にねと囁いて私と自分を合わせてくれた後、麻衣子は学習の成果を遺憾無く発揮していた。そのせいで危なく私が先に辿り着きそうになったけど、そこは私の腕の見せ所、麻衣子の弱点を重点的に攻め立てて、まんまと先に辿り着かせてあげた。それにより私は矜持を保つことが出来た。

 まあ、その後すぐに私も同じく辿り着いちゃったんだけど。これはまだ内緒にしておこうと思っている。それで変な自信をつけられて学習をサボられたら、それはそれでなんか嫌だから。麻衣子にはまだまだ成長してもらわないと。


 落ち着いた麻衣子は私の胸に顔を埋めて少しだけ震えていた。麻衣子は学習の成果を思うように発揮できなかったと落ち込んでいるのかも知れない。全然そんな事はないんだけど、そうだろうなと思って声を掛けてみる。


「麻衣子大丈夫?泣いてるの?」


「なっ。何んのこと?な、泣ぐわげないじゃん」


「そっか」


「そうよ。わだじ、泣いてなんがいないんだからねっ」


「そっか。よしよし」


「うぐっ」


 私は麻衣子の髪を撫でたり額にキスをしたりしながら、麻衣子が泣き止むまでこのままでいることにして、ね、私の婚約者は本当に可愛いでしょうと、誰にともなく自慢していることにした。




 シャワーで諸々を流してさっぱりした私たちは艶々としている。その私たちは再び腕を絡めてくっついて座っている。私は麻衣子の肩に頭を預けながら本題を話すことにした。


「ねぇ麻衣子」


「なにきょうちゃん?」


「今年中にはここで一緒に暮らそうね」


「なっうぇ?」


 変な声を出して私の顔を覗き込んだ麻衣子の顔は、かなり間抜けな表情を浮かべていた。


「ふふっ。ちょっと麻衣子、顔、顔」


「……えっ?あ、うん」


「どう?」


「どうもこうも、いいに決まってるじゃないっ」


「そう。良かった」


 私は麻衣子に手を伸ばし、麻衣子はぶつけるように私に身体を預けてきた。そして私たちは抱き締め合って甘いキスをしてから、また腕を絡めてくっついて座った。横にいる麻衣子はもの凄くご機嫌で、ふんっふんっむーと鼻歌を奏でている。

 私はそんな麻衣子に真剣な口調で語り掛ける。


「あのね」


 この部屋が私の持ち家であること。勿論ローンを払っているから正確には銀行のものだけど、まずは家を探す苦労が無くなること。ここが都心にほど近い古いマンションでファミリー層がいないこと。賃貸にしている部屋も多く、全体的にお互いが殆ど我関せずなこと。麻衣子の通勤時間があまり変わらないこと。それに私の住むこの自治体がパートナーシップ制度を導入していること。


「なるほど」


 私は考えていたことを麻衣子に説明した。私の口調にふむふむと真面目な顔をして聞いている風の麻衣子は上手く興奮を隠しているように見えるけど、実は嬉しさのあまりちゃんと耳に入ってはいないようだった。

 その嬉しそうな麻衣子の顔を見ていたら、結局のところ私たちがしっかりと手を握り合っていれば、何か問題が起こったとしてもその都度ふたりで乗り越えていけばいいことなのよと言われているような気がして、私はこの件について肩の力を抜くことにした。

 けど、もうひとつ言っておかないといけない事がある。寧ろこちらの方が本題と言っていいかも知れない。私は次の話題へと移ることにした。


「それと、一緒に住むのならお互いの両親に伝えて、顔を合わせておいた方が良いと思うの」


「なっうぇっ?」


 私の言葉に麻衣子はまた変な声を出して、そのまま固まっていた。





「あのね」


 私たちがこの先ずっと一緒に暮らすのであれば、何かあった時の為にもお互いの身内、特に両親とは顔を合わせておいた方がいい。それを許されようがそうで無かろうが必要な事だと思う。知っているといないとではやはり違うから。

 別に麻衣子がご両親にカミングアウトしなくてもいい。ただ一緒に住むのよと、シェアハウスみたいなものだからと説明しても構わない。


 とにかく互いの人柄を知っておくことはいずれ役に立つ筈だから、カミングアウトのことは麻衣子に任せるけど、私としてはこれを機に伝えてしまってもいいのではと思っている。どんな事になっても私は麻衣子の傍にいて必ず麻衣子を守るから。

 けど、心配しなくてもいいかも知れない。だって麻衣子のご両親だから。

 その事を焦らずに考えてみて欲しい。


「なるほど」


 麻衣子は初めは動揺していたけど、話が進むにつれて落ち着きを見せて、今はもう完全に落ち着いたようだった。特にカミングアウトの話については、麻衣子はもっと焦ったり悩んだりするものだと思っていた。


「ねぇ。思ったより平気そうよね?」


「うん。私も考えていたことだから」


「カミングアウトを?」


「うん。今私は凄く幸せだからね、それも含めて私のことを親に伝えてもいいのかなと思って」


「そう」


「うん。私、きょうちゃんと一緒なら大丈夫。だから何があっても受け止めるつもりなの」


 そう言った麻衣子の顔は特に思いつめている感じもなく、かと言って浮ついているようでも無かった。

 麻衣子は麻衣子でこれからの事をしっかりと考えていて、私と一緒に前に進もうとしている。それはとても嬉しい事だった。けど、それならどうしてあんな変な声を出したのか。私はそれが気になった。


「どうして固まっちゃったの?」


「だってきょうちゃん、お互いの両親に会うなんて、それってなんか両家にご挨拶に伺いますみたいな感じでしょ。もう、なんかやだぁ、照れちゃうよねぇ」


「なっ……ふふっ」


 急に浮つき出した私の婚約者が、頬に手を当てて上気した顔をこっちに向けてきらきらした瞳で私を見ている。

 麻衣子はきっと面倒な現実だけでなく、そうやって楽しい事も見るようにしているのだろう。

 あれこれ悩んでいても結局私たちは同じ所に辿り着く。そうであるなら普段は楽しく過ごしていればいい。

 私たちが一緒に居ることでお互いに悩んでばかりいては、いずれ疲れてしまって大切な人を傷つけてしまうかも知れない。この関係が壊れてしまうかも知れない。それこそ本末転倒、一緒に居る意味が無くなってしまう。大切なものは何か。それが分かっていればきっとそれでいい。


 私はもう悩む事をやめた。麻衣子を見ているとそれでいいのだと思わされる。

 そうは言っても、壁にぶつかる事は必ずある。けど、その時は私が麻衣子を支えていけばいい。逆に私が躓いてしまったら麻衣子に支えて貰えばいい。私たちは私たちの人生をそうやって進めていけばいいんだと、くねくねうふふとやっている麻衣子を見てそう思った。


「ねぇきょうちゃん」


「なに?」


「大好きよ」


「私も大好きよ」



 そう言ってお互いに手を伸ばし、私たちは抱き締めあって暫くお互いの温もりを感じていた。

 私の身体に回された麻衣子の手には、いつの間にかこの部屋の鍵がまた握られている。これは私の物なのよと、手に入れた幸せを絶対に離さないと誓っているかのように。

 それに気付いた私はじわりと込み上げるものを目に溜めながら、より強く麻衣子を抱き締めた。




 ね。私の婚約者は本当に可愛いでしょう?




読んでくれてありがとうございます。

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