26
続きです。
この話は響子さん視点になっています。
よろしくお願いします。
朝目覚めると、奈緒さんは既に起きていた。隣のベッドに腰掛けてじっと私を見つめていた。私が目覚めたのを見て、にっこりと微笑んでおはよう響子、涎凄いねと言ってからあははと笑い出した。私が涎まみれの枕を奈緒さんに投げつけると、ぽすっと当たって奈緒さんは仰向けでベッドに倒れていった。私は倒れた奈緒さんをそのままにして、立ち上がって浴室に入っていった。用を終わらせてベッド方に戻って行くと、私の姿を見た奈緒さんは倒れたまま両手を広げて私を呼んだ。私は上に乗っかって奈緒さんにキスをしてからきつく抱き締めた。奈緒さんもキスを返してくれて私を抱き締めてくれた。それから朝食の時間までベッドの上でいちゃいちゃしていた。もうすぐ私達はお別れだけど、お互いに口には出さなかった。
チェックアウトを終えて帰路に着く前に、私は浜辺に寄ってもらった。波打ち際まで歩いて行って、そこに奈緒さんの名前を書いた。奈緒さんは私のすることをただ見ていたけど、私のしたいことが分かったようで側に寄って来ると、私が書いた奈緒さんの名前の隣に私の名前を書いた。少し離れてふたり並んでそれを見ていると、少しして波がふたりの名前を攫っていった。消えちゃったと私が呟くと、そうだね、消えちゃったねと奈緒さんが言った。それから奈緒さんが自分の着けているネックレスを外して私を見た。私もそれに倣って自分のネックレスを外した。奈緒さんが、さようなら、大好きよと言って奈緒さんが着けていたネックレスを私に着けてくれた。私も声を震わせながら、さようなら、愛していますとなんとか声を絞り出して私の着けていたネックレスを奈緒さんに着けた。これで私達はお別れなのだと、そう思うと物凄く悲しくなった。私はこの旅行の間は泣かないと決めていたからなんとか泣くのを我慢して、どうにか微笑んでみせた。けど、私が微笑みを向けた奈緒さんは静かに涙を溢していた。
帰りの車中はさすがに行きのようにはいかなかった。それでもふたりで精一杯明るく振舞っていた。見覚えのある風景が私達を出迎えて、車はもうすぐ家の近くに着く。私は奈緒さんに何か言い忘れたことはないかと考えていたけど、何も思い付か無いうちに車は私を降ろす場所に着いてしまった。奈緒さんは何も言わずに悲しそうな微笑みで私を見ている。そうして結局私が言葉にしたことは、幸せになってねという言葉だけだった。奈緒さんは微笑んでくれて響子も幸せになってねと言ってくれた。私は最後に手を伸ばして奈緒さんの手に触れてから車を降りて、後部座席に置いてあった私の荷物を取った。それから奈緒さんが下ろしてくれていた助手席の窓からバイバイと言って手を振った。奈緒さんは手を振り返してくれて、私と同じようにバイバイと言ってから車をゆっくりと出して、車の流れの中を走り去って行った。
私は家にいた母親にお土産を渡し、疲れたからと言って自分の部屋に入った。それからタンスを開けて水色のカーディガンを取り出した。何時ぞや男の子に連れていかれそうになった時に奈緒さんが掛けてくれたものだ。私はそれを返せなかったのだ。私はそのカーディガンを丸めて胸に抱いてそのままベッドに転がった。それから私は我慢をしていた悲しみの涙をぼろぼろと溢して声を上げて泣いた。
「ん?」
麻衣子の膝に頭を乗せている私の顔に、麻衣子の涙が落ちてきた。その涙を顔で受けて私は思う。この子は本当に人が良い。私の昔の恋人の話を聞いてくれて、尚且つこうやって泣いてもくれる。普段は強気で素っ気なくて、興味のない人には冷たいけど、自分が大切だと思うと人には甘くて優しくて、感情移入の激しいお人好しな子だ。麻衣子は私にとって本当に可愛くて仕方ない大切な愛する女性だ。私はそんな事を思いながら私は起き上がって涙を零してくれた麻衣子を横からそっと抱いた。
「泣いてくれてありがとう。でももう泣かないで。昔の話だし、お互いに納得して決めたことだったんだから」
「うん、わかった」
暫く背中をさすっていると泣き止んで、えへへと照れ笑いを浮かべた顔を向けてきたと思ったら、麻衣子は立ち上がって顔を洗ってくるねと言って洗面所に行ってしまった。きっと鼻水を綺麗にしてくるのだろうと思って待っていると、思った通り綺麗な顔をして戻ってきた。
「ねぇ何で今の話を?」
「さぁ?何となく麻衣子に知って欲しくなったからかな」
そう言って誤魔化したけど、私は奈緒さんとのふたりだけの思い出を、今までずっと心の奥に封印して来た大切な思い出を話すことで、麻衣子を信頼していると、愛しているとそう伝えたつもりだった。麻衣子は頭がいいからきっと伝わっている筈だ。だって私の言葉を聞いた麻衣子はとても嬉しそうに微笑んでくれたから。
「そっか。話してくれてありがと。聞けて嬉しいよきょうちゃん」
「私こそ、聞いてくれてありがとう」
「ねぇきょうちゃん。あのケーキ、奈緒さんが作ってくれたんでしょ?よく作れたよね」
「そうよ。まぁ、話の流れから分かるわよね。レシピはお爺さんのだそうよ」
「そっか。それで奈緒さん、私に宜しくって言ってたのね?」
戻って来るなり嬉しそうに身体を密着させるように座ったかと思えば、こうやって言いたいことを察してくる。麻衣子は頭の回転も早い。私を見てにこにこと笑っている。こんな顔されると愛しさが溢れて抱き締めたくなってくる。
「そうよ。私、麻衣子のことを奈緒さんに話したの。私は今、凄く幸せだって。そうしたら奈緒さんが素敵な女性で良かったねって言ってくれて、麻衣子に宜しくって言ってたの」
「そうなんだ。凄く嬉しい。ケーキを手に入れるためだけに会いに行った訳じゃなかったのね。あ、わかった。私のことを自慢しに行ったのね?」
「そうね。結局はそうなるかも知れないわね」
「ふふん」
麻衣子は鼻唄でも歌うのかと思うくらいにご機嫌になって、私に腕を絡めて肩に頭を預けてきた。こうやって私に惜しげもなく愛情を示してくるのに、何でさっきは尻込みしたのかと思ってしまう。けど今はまだ奈緒さんのことだと思ってその事は一先ず置いておく。
「奈緒さんね、結婚して子供が二人いるのよ。だから奈緒さんも今凄く幸せなのよ」
「そっか。きょうちゃんと泣く泣く別れたのに幸せになっていなかったら二人とも辛いもんね。ほんと良かったね」
「麻衣子がそう思ってくれて私凄く嬉しい」
「当然よ。きょうちゃん幸せだったって言ったじゃない。きょうちゃんがそう思うなら奈緒さんはきっといい人だと思うの。嫉妬はしたけど、幸せでなによりだと本気で思ってるよ」
「そう。ありがとう麻衣子」
「どういたしまして」
「それでね」
「なに?」
私が奈緒さんに会いに行ったのは麻衣子の喜ぶ顔が見たかったのは勿論そうだけど、もう心配要らないと奈緒さんに伝えるためだ。私達は別れた日から昨日までまったく会っていなかった。とは言えメールや電話でやり取りをしてはいた。だから私は奈緒さんが結婚したことも子供がいることも当然知っていた。逆に奈緒さんは私が複数の女性と付き合っていることを知っていた。それを奈緒さんは自分のせいかも知れないと気に病んでいたようだったけどそれは全然違う。私はただ私と同じように悩んでいる子が少しでも幸せを感じられるようにと思っていただけだ。私が奈緒さんと幸せな時間を過ごしたように、悩んでいるだけでなく幸せになれるんだと思って欲しかっただけだ。けど私は庇護欲に掻き立てられるようになって、いつの間にか自分のことを忘れていた。それを気づかせてくれたのは麻衣子だった。私も幸せになるべきだとそう思わせてくれたのだ。だから私は奈緒さんにもう大丈夫だと伝えに会いに行った。それに私は、心の何処かで燻っていた筈の奈緒さんへの想いが綺麗さっぱり無くなっていることも確かめに行ったのだ。私にはそのことに自信があった。麻衣子が私の中に居ると気付いてからは私の心は麻衣子で満たされているからだ。 私は麻衣子を愛している。それを奈緒さんに伝えると、私の話を黙って聞いていた奈緒さんが、よかった、響子ちゃんもちゃんと幸せになるんだねと言ってくれた。それは車から降りる時に、そうなって欲しいとお互いに掛けた言葉だった。奈緒さんもずっと覚えていてくれた。そのことが凄く嬉しかった。
それから私達は、私が最後に訪れた日から何も変わっていなかった小洒落たケーキ屋のカフェの隅で、会っていなかった時間を埋めるように長々と話をしていた。
話終えて、私は麻衣子の絡めた腕を引き寄せた。嬉しそうに身体を寄せてくる麻衣子は、このまま抱いてしまおうかしらと思うくらい可愛かった。これを可愛いと思わずに何が可愛いと言うのか。そう思った私は気付いてしまった。麻衣子を愛していると自覚してからというもの、どうやら麻衣子に対してチョロくなっていることは間違いない。こんな事は奈緒さん以来なかった事だ。別に幸せだからそれでも全然構わないんだけど。
「きょうちゃん。もう一回言ってくれる?」
「何を?」
「わかってる癖に」
「まだ言わないわよ?麻衣子が私を麻衣子のものにしてくれるんでしょ?私はそれを待ってるんだから」
「もう。きょうちゃんの意地悪」
「私は待ってるのよ。麻衣子」
「わかった。じゃ、じゃあ、えっとね………」
「うん」
「あの……………もう少し、あ、あとでにする」
「へたれ」
麻衣子は私の両肩に手を置いて、顔を赤くしながらじっと私を見つめようとしていたけど、その泳いでいる瞳ではまだ言って貰えないなと思っていたら、やっぱり言ってくれなかった。でもそんな麻衣子の様子がとても可愛かったから、私はまた暫く愛の言葉を待っていることにした。
何事もなければ予定通り明日上げる二話で終わります。
ここまで読んでくれた方、評価ポイントを入れてくれた方、ブックマークをしてくれた方、ありがとうございます。




