表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/40

24

続きです。

昔語りが続きます。

よろしくお願いします。


「凄いねきょうちゃんは。私は何も出来なかったよ」


「逃げ道があったからね。それに私は嫉妬深いと言ったでしょ」


「あー、うん。そうだったね」


「麻衣子。浮気なんかしたら絶対に駄目だからね」


「きょうちゃん、私は大丈夫よ」



 車はゆっくり路肩に停車した。奈緒さんは私をじっと見た。それから本気なのと聞いてきた。私はうんと言ったあと、これ以上奈緒さんの顔を見ることが出来ずに自分の膝に置いた手をじっと見ながらこれはやってしまったかなと思っていた。奈緒さんは私の方を向いたままでいた。私をじっと見ているような視線を感じて、私はどうせならあまり酷いことを言わないで上手く断ってくれないかなと思いながら、かちかちとハザードランプの音だけがする沈黙の中で奈緒さんの言葉を待っていた。大きく息を吐く音が聞こえて思わず目を向けると、奈緒さんは少しだけ微笑んでいて、それから静かに話し出した。


 響子ちゃんの気持ちは分かっていたよ。私は女性も好きだからね。バイセクシャルって知ってるでしょ?私はそれなの。だから響子ちゃんの気持ちを受け入れることはできるのよ。私も響子ちゃんのこと大好きなの。でもね、私は子供が欲しいの。それは私にとって凄く大事なことなの。だからいずれは結婚するつもりなの。家族皆んなもそれを望んでいるからね。だから私と付き合ったとしてもずっと一緒にはいられないよ。私と付き合うということはそれに期限が付くということなの。いつまでとは言えないけど、私はもう26だからそんなに長くは付き合えない。でももしも、それでもいいと響子ちゃんが思ってくれるなら、私は響子ちゃんと付き合いたい。


 そう言って奈緒さんは私の頬に触れた。私はそれでもいいと言おうとした。そうしたら私の目から涙が溢れてしまった。止めようとしたけど全然止まらなくてどうしようもなくて、そのうち嗚咽を漏らしてえんえんと泣いてしまった。その間奈緒さんは何も言わずにただ私の背中を摩ってくれていた。私が泣いてしまったのは、私がおかしいとか気持ち悪いとか私自身を否定されずに付き合いたいとまで言われて凄く嬉しかったからだけではなくて、期限付きなどと随分と割り切った考えを持っていた奈緒さんの言い分がとても辛かったからでもあった。けど、奈緒さんの言葉を聞いて、奈緒さんと付き合えるのならそれでもいいと思った私は、それでもいいから付き合ってくださいと嗚咽混じりの聞き辛い声で奈緒さんに伝えた。それをどうにか聞き取った奈緒さんは私の頭をぽんぽんとして、これからよろしくね、響子と言った。

 


「何で涙目なのよ?」


「きょうちゃんが可哀想だから」


「そんなことないのよ。私は十分嬉しかったわ」


「そうかなぁ」


「そうよ。それに今の私には麻衣子が居るから」


「そうよね。私はずっと傍にいるからね」


「ふふ。ありがとう。凄く嬉しい」


 

 泣きに泣いた翌日に、私は奈緒さんから言われたことを思い返していた。何度も何度も思い返して、そこに私のこれからのことを加味した結果、私は期限についてひとつの答えにたどり着いた。昨日流した涙には喜びの涙と共に悲しみの涙も多分に含まれていて、結局のところどっちの涙だったのか私はもうよく分からなくなっていたけど、思い切り泣けたことで悲しみを前払いしたのだと思って、あとは恋人でいる時間を幸せに過ごすだけだと、やけに清々しい気分になっていた。


 そのまた翌日に私は奈緒さんに会いたいとメールを送った。次のバイトまで待てなかったから。送って行くからお店においでと連絡が来たので、私は放課後に図書館で勉強に勤しんでから奈緒さんに会いに行った。


 私が顔を出すと奈緒さんの態度は2日前までとは違っていた。私の顔を見るなり顔を綻ばせて私に駆け寄って来て、優しく私の腕を取って部屋までエスコートしてくれた。何度か入ったことはあったけど、ここが恋人の部屋なんだと思ったら凄く特別なことのように思えて、私は嬉しくてにやにやしてしまった。私の様子に気付いた奈緒さんが、お茶を私の方に差し出しながらにやにやしちゃってどうしたのよと聞いてきた。だって恋人の部屋だから嬉しくてと言ったら、かわいいねと微笑んで私を抱きしめてくれた。私達はそのまま少しいちゃいちゃして恋人気分を味わっていた。


 そのいちゃいちゃが落ち着いたところで、私は期限についての話をすることにした。私が伝えた期限を巡って議論は紛糾したけど、最終的には私の意見がそのまま通った。私はこれでいいと思ったけど、奈緒さんはとても寂しそうにしていた。その姿を見ることが出来ただけでも、奈緒さんと恋人でいられて幸せだったと思えるだろうと私は思った。



「で、いつまで?」


「高校卒業までよ。それで終わり」


「うそ。半年も無いじゃない」


「ちょうどよかったのよ。私にも奈緒さんにも」



 それは短すぎると奈緒さんは言ったけど、私が大学生になったらこの街を出て行くことや、奈緒さんが誰かと出逢い、結婚や出産までのことを考えるとこれがベストだと思うと説明した。たった半年だとしても私は凄く嬉しいんだからどうかそれでお願いしますと頭を下げたりもした。ただひとつだけ、どうしても叶えて欲しいお願いをそこに添えておいた。そのせいでまた揉めてしまったけど最終的に奈緒さんは折れてくれた。折れてくれた瞬間に奈緒さんは好きよと言って私を抱き締めてそっとキスをしてくれた。奈緒さんは私の初めてキスをとても優しいキスで体験させてくれた。半年で一生分、とはいかないけどそのくらいの恋をしようと奈緒さんは言った。私はその言葉が嬉しくてまた泣いてしまった。泣き虫だねとからかう奈緒さんに、私はありがとうと伝えて不器用なキスをした。奈緒さんはしょっぱいねと言って微笑んで、私を力強く抱き締めてくれた。私はこの温もりを永遠に私のものにしようとして、奈緒さんにぎゅっとしがみ付いた。終わりはすぐそこで待っていたけど、私達はちゃんと恋人同士だった。



「よがっだね、ぎょうぢゃん」


「ちょっと麻衣子、泣いちゃったの?」


「よがっだね」


「うん。ありがとう。よしよし」


「ぎょうぢゃぁぁん」



 冬が来ると受験の追い込みで会う機会が減ってしまった。それでもたまに会えば恋人としていちゃいちゃできたし毎日メールをやり取りしていたから私は満足していた。私と奈緒さんはしっかりと繋がっていると思えていたからそれで良かったのだ。クリスマスはケーキ屋の掻き入れ時だから会えなかったけど、年明けにふたりで初詣に行くことができた。奈緒さんが学業成就の御守りを買ってくれて、受かって欲しいけど受かって欲しくない気もすると言った。私はありがとう、凄く嬉しいけど頑張るよと答えた。すると奈緒さんは、響子の方が大人だよねと苦笑しながらぎゅっと私の手を握った。人混みの中ではぐれないようにねと割と大きな声で言ってそのまま握ってくれていた。少し態とらしくも思えたけど私は嬉しかったのでそのまま繋いでおくことにした。


 その日帰り、私達は一旦奈緒さんのお店に戻った。正月早々お邪魔するのは失礼だと思って挨拶だけをして、そのまま奈緒さんに車で送ってもらう事にした。


 その帰り道、私は少し寄り道をしてもらった。とは言ってもなにも特別な場所ではなくて、帰り道にある大きな公園の駐車場だったけど。私はそこでクリスマスに渡せなかったプレゼントを渡した。それは勉強の合間に私がちまちま編んだマフラーだった。奈緒さんは凄く喜んでくれて、私は初めての恋人に初めてのクリスマスのプレゼントを渡せて凄く満足していた。日にちがズレていても私にとってはどうでもいいことだった。私にとって大事なことは想いを込めて編んだマフラーを巻く奈緒さんの喜んでいる姿を見ることが全てだったのだから。だから私は喜んでいる奈緒さんの姿もしっかりと私の中に焼き付けておいた。


 奈緒さんはマフラーを巻いてくれた姿のまま、ありがとうと私にキスをしてくれた。それから先を越されちゃったと言って長細い箱を私の手のひらに置いた。開けてみてと言われて開けてみると、それは小さなダイヤが幾つも付いているハート型のヘッドの付いたネックレスだった。私がわぁと小さく声に出してそれを手に取ると、ちょっと貸して、私が着けてあげると言って止め具を器用に外してから向かい合う私に私の首に手を回し、顔を寄せてそっと耳元で囁いてネックレスを着けてくれた。そのあとすぐに少し離れた奈緒さんが、ほらね、私とお揃いなのよとマフラーと服をずらして首元を開けると、そこには確かに私にくれた物と同じネックレスがあった。私はとても嬉しくなって奈緒さんに抱き付くと、奈緒さんも私を抱きしめてくれた。私達はそのまま長くて深いキスをした。それは誰に見られるともなく決して知られることもない、私達だけのとても甘く切ないキスだった。そのキスのあと私は奈緒さんと手を繋いでその肩にもたれ掛かっていた。今の私は確かに幸せだなとそう思いながら、別れる時に交換しようねと奈緒さんがそう囁いて着けてくれた首元のネックレスを指でそっと触れていた。


「何よその顔は?」


「凄く複雑な気分。幸せだったのなら良かったと思うけれど、なんか凄く悔しいの」


「麻衣子がそばに居てくれて今の私は幸せなんだから、それじゃ駄目なの?」


「駄目じゃないよ。でも悔しいものは悔しいのよ」


「じゃあ私をちゃんと麻衣子のものにしてくれればいいんじゃない?」


「えっ。いいの?私、するよ?」


「いいよ。私、麻衣子のものになりたいもの」


「なりたっ…………よ、よしっ。き、きょうちゃん」


「うん」


「わ、私は、その……………や、やっぱりあとでにする。ぜっ、絶対だからね」


「ねぇ。何でそこで逃げちゃうの?」


「…あとでちゃんとする」


「麻衣子は意外と意気地なしなのよね」


「…ごめん」


「ふふふ。待ってるからね」


「う、うん、頑張る」



 光陰矢の如しという言葉は本当だった。私は無事に希望の大学に合格することが出来て、明日にはこの街を離れて一人暮らしを始めることになっていた。奈緒さんとのお別れは1週間前に済ませていてそれ以来会っていない。これから先、メールで連絡を取ることはあっても直接会うことはないだろうと、私はそう思っていた。私達はもう綺麗さっぱり終わっていた。




読んでくれてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ