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続きです。よろしくお願いします。

 

「え?あの、わ、わわわ」


 私はその可愛らしいリアクションに、さすがは癒やし系だなと思わず笑みを浮かべた。不快だった気分は綺麗さっぱり消えてしまいそうだ。


 私は藤宮さんを連れて店を出た。彼女は大人しく手を引かれている。店から少し離れたところまで連れて歩いてから手を離して彼女の方を向いた。

 藤宮さんとこれだけ近くで顔を合わせるのは初めてだった。私の目線の少し下に彼女の頭頂部がある。背は160センチはあるようだ。ミディアムボブのゆるふわな薄い茶色の髪にほんの少し下ぶくれな輪郭。タレ目でスッと通っている小さめの鼻が愛らしい。顔の全てのパーツの配置が神がかっていて、これ以外ある筈がない絶妙なバランスだと思う。太くも細くもない体型にあって胸だけが物凄い主張をしている。癒し系ゆるふわマシュマロボディ愛されガール。それが私の受けた印象だった。そうカテゴライズしておくことにした。


「こうやって面と向かって話すのは初めてよね。管理部ニ課の羽田麻衣子よ」


「そう言えばそうですね。総務部の藤宮千夏(ふじみやちか)です」


「ごめんね。私ああいうのは好きじゃないのよ。自分勝手なノリで相手を巻き込む感じがね」


「確かにそんな感じでしたね」


「相手にするのも面倒くさくて。まぁ同意なしであなたを連れ出した私が言うことでもないわね」


 不機嫌に任せて店を出たけれど、今思えば私は市川が女の顔をして富岡君に媚びるのも見たくなかったし市川も見られたくなかったと思う。私はよく知っている子がそうしているのを側で見る気にはならない。その点私には結果オーライだった。


「いえ。別に大丈夫です。席も在りませんでしたし。それにあの中にいるのはちょっと…その、上手くまとめてくれて良かったと思います」


 勝手に連れ出して彼女に悪い事をしてしまったかもしれないと思ったけれど藤宮さんは苦笑しながらも私の行為を肯定してくれた。


「そっか。なら良かった。それで、藤宮さんはどうしてあの店に来たの?」


「えっと。もうひとりの子が私の同期で、富田さんと加藤さんの同じ課でお二人の後輩なんです。彼女とご飯を食べて帰ろうって話していたら、たまたまエレベーターホールで富田さんたちに会って、そうしたら富田さんに誘われました」


 なるほど。市川の同期にとっては思わぬ誤算だったようだ。まぁどうあっても結果は変わらない。私はああいう人間は本当に嫌いだから。


「なるほど納得した。それでね、藤宮さん」


「はい。なんでしょうか?」


「よかったらこれから一緒にご飯を食べない?私が連れ出しちゃったし、藤宮さんとも話してみたいし。もちろん断ってくれても構わないわよ」


「いえ。ご一緒させていただきます。どうせあそこで食べるつもりだったので。それに私も羽田課長とお話ししてみたかったから」


 私達はメールや電話でしか話したことが無い。だから私は藤宮さんには居心地悪いかもしれないと思ってそう言った。けれど藤宮さんはニコッと笑って私の誘いを受け入れてくれた。その笑顔に私の心臓が高鳴ってしまうのを感じて、私は動揺してしまった。しっかり気を引き締めないと面倒くさいことになりそうな気がしたからだ。


 そう警戒したにもかかわらず私が藤宮さんの笑顔に癒されていると、藤宮さんのスマホにメッセージが来た。ちょっと失礼しますと画面をチラ見していたが、しかめっ面をしてそのままカバンに入れてしまった。アプリは開かなかった。返信はしないようだ。


「何か予定が入ったならそっちに行っていいのよ。私の方はまたそのうちにってことでいいから」


「そんなんじゃないです。気にしないで下さい」


 藤宮さんは眉間に皺を寄せている。けれど、彼女が気にしないでというのならそれでいいかと思って、私達は相談していく店を決めた。彼女は好き嫌いは特に無くお酒も普通に飲める、通勤にはJRを使っているということだったので、私はオフィスのあるビルを出てJRの駅の向かいのビルにあるメキシコ料理のお店を選んだ。



「失礼ですけど羽田課長は今お幾つなんですか?」


「29よ。何で?」


 お店に入った私達はお酒を飲んで料理を摘みながら会話をしている。そして私は藤宮さんの食べ方や飲み方、話す姿に癒されている。この子は何をするのもいちいち可愛い。社内で人気があるのも頷けると思った。


「と言うことは、課長になったのは27か8の時ですよね。やっぱり優秀なんですね」


 藤宮さんは本当に凄いと思ってくれているらしい。その眩しい眼差しを受けながら私は手を振った。


「違うのよ。藤宮さん。まぁ私が優秀なのは否定しないわ。でもね、私は部長の平野さんとその上の中井取締役と今をときめく支倉(はせくら)常務のラインに乗っているだけよ」


「はあ」


 入社してまだ3年目の藤宮さんにはピンとこないのだろう、よく分かりませんという感じで首を傾げている。本当にいちいち可愛らしいくて私は割と本気で困っている。食事の間ずっとこんな感じだと危ないかもしれないなと思って、私は再び気を引き締め直した。


「私が昇進した時期は女性の管理職を増やそうとかもっと活躍の場をって社長が言い出した頃でね。その流れにも乗って引っ張り上げて貰ったに過ぎないのよ」


「それでも凄いと思います。そもそも優秀じゃなかったら候補にも上がらないですよね。私なんか考えられないですし」


 藤宮さんは私の事に目をキラキラさせているけれど、私は彼女自身を落としていることが気に入らない。


「ねえ藤宮さん。私なんかって言うのはやめておきなさい。自分を卑下し続けているとね、自分は駄目だと思い込んでしまうから。そんなの無駄な自己暗示だからね」


「でも、私は本当に取り柄がなくて。今の仕事もなんとかこなしているんです」


 藤宮さんの表情が暗くなってしまって、私はそんな顔するなと言いたくなった。彼女は自分の笑顔がとても素敵だということを知るべきだと思った。


「何言ってるの。あなたが仕事を出来るか出来ないかは知らないけれど、それ以上に素晴らしいものを持ってるでしょうに」


「えーと?私に何かありますかね?」


「あるでしょ?その癒し系ゆるふわボディマシュマロ愛されガール的な感じが」


「はあ」


 藤宮さんは自分をわかってないようだ。私は呆れて首を振った。だから私は彼女から受けた印象を、それが如何に素晴らしいモノであるかという気持ちを込めてそのまま彼女に伝えた。それなのになぜか凄く微妙な顔をした彼女からなんとも気の抜けた返事が来た。彼女は本当にわかっていないのだ。あまりの嘆かわしさに私は再び首を振った。


「あのね藤宮さん。癒しは大事なのよ。あなたがそこに居るだけで癒されている人間もいるの。それは素晴らしい才能でしょ?私はそう思うわよ」


「はあ。ありがとうございます?」


「本当にわかってないのね。藤宮さんはまず己を知るべきよ。その癒し系ゆるふわマシュマロ愛されボディなガールの魅力をね」


「すいません。そのフレーズはちょっと…」


「え。可愛いでしょ?私が貴女から受けた印象なんだけれど。ダメなの?」


「えっと、ならそれでいいです」


 藤宮さんはなんか納得出来ないみたいな顔をしているけれど、私はそのことに納得がいかない。持って生まれたその魅力を自分でわかっていないなんて嘆かわしいことだ。もし彼女がそれをきちんと把握すれば彼女自身がもっと魅力的になれるというのに。


「それでも仕事が出来るようなりたいなら頑張るしかないわね。もし私が偉くなって藤宮さんが仕事が出来るようになっていたら、私が市川と一緒に藤宮さんも引っ張り上げてあげるから」


「ふふふ。それは嬉しいです。そうなるように頑張りますね」


「そうそう。なりたい自分になる。その為に努力をする。それはとても大事なことだと私は思う」


「はい」


「それにね。そうやって笑顔でいた方がいいよ、藤宮さんは。とても素敵だもの」


「本当ですか?羽田課長にそう言って貰えて凄く嬉しいです」


 藤宮さんの嬉しそうな笑顔はとても素敵だった。私はまさしく癒し系ゆるふわマシュマロボディ愛されガールだと思った。ただ、まずいことにまた私の胸が高鳴ってしまった。


「そう?良かった。それじゃあ、私も聞くけど藤宮さんは幾つなの?」


「25です。先週誕生日でした」


 明るかった表情が寂しそうな顔になって藤宮さんは目を伏せた。可愛い藤宮さんをそうさせる理由は気にはなるけれど私は分かりきっていることを言った。


「7月生まれだから千夏(ちか)さんて言う名前なのね」


「由来は単純なんですけど。嫌いではないです。自分の名前」


「私も良いと思うよ。千夏。いい名前だと思う」


「ありがとうございます」


 藤宮さんが誕生日だったということで私は少し仕込ませてもらうことにした。彼女に何があったかは知らないけれど少しは元気になればいいと思ったからだ。そうは言ってもやるのはお店の人で私は頼むだけなんだけれど。


「ちょっとお花摘んでくるから。席外すわね」


「はい」


 店員さんに話をして、無事にケーキとアミーゴスの歌を頼む事が出来た。この店にこうしたサービスがある事は知っていたけれど、急なお願いにもかかわらず受けてくれてありがたい。では合図をしたら宜しくと伝えてミッション達成の満足感と共に席に戻る途中、スマホを片手に暗い顔をした藤宮さんの姿が見えた。まるで枯れた花のように見える。ああして落ち込んでいる彼女を見ていると、彼女の中へ踏み込みたい気持ちが湧いてくる。けれど踏み込んではいけない気持ちもまた強く湧いている。と言うか絶対ダメだ。もしも彼女に入れ込むようなことになったら面倒なことになることが私にはもう分かっているのだから。


「お待たせ」


 藤宮さんは俯いたままで返事すら帰ってこない。そんな姿を見ていると彼女のために何かしたいと思ってしまう。その気持ちを抑え込むように嫌な兆候だからやめておけと自分を戒めるように首を振った。


「あなた、大丈夫?まるで枯れた花のように見えるわよ」

 

 そう思ったのにもかかわらず、私は我慢できずについ言ってしまった。たった今関わってはいけないと自分を戒めた筈なのに。自分の愚かさに呆れてしまうけれど、もう言葉は口から出て行ってしまった。


 藤宮さんの反応はない。俯いたままだ。


「原因はソレよね」


 私は藤宮さんの持つスマホを指す。愚かなことをしたついでにもう一歩踏み込んでみたけれど反応はない。それならもう放って置くことにした。踏み込んだことを空かされてしまったのは残念ではあるけれど回れ右して元いた場所に戻ることが出来てよかったとも思う。


「まぁいいよ。ね、藤宮さん。スマホ置いてこっち見て。今から5分くらいだけ楽しんで欲しいことがあるの」






切りが悪くなりましたが長くなったので次に続けます。

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