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続きです。よろしくお願いします。

 

「OKね」


「OKですね」


 金曜日のお昼時、私と藤宮さんは私達のオフィスの隣のビルにあるカフェにいる。お昼を食べたその足でお茶を飲みにやって来たのだ。

 私達は飲み物を買い席に着いてから互いにスマホを取り出して連絡先を交換した。彼女はそのままスマホをいじっていて、私はそんな彼女をアイスコーヒーを飲みながらただ眺めていた。



 早めの昼休みに藤宮さんと落ち合った私は、暑いのでさっぱりした物が食べたいですと言った彼女の意見を考慮して蕎麦屋を選択した。私は梅おろしそばを食べ、彼女はカレー丼と蕎麦のセットをもりもりと食べていた。少食なんですね、食べないと痩せちゃいますよと言った彼女に、いや普通だからねと返したものの、さっぱりはどこ行ったとか食べ過ぎでしょとは言わなかった。カレーの香りは食欲をそそるから食べたくなるのも分かる。それに彼女はゆるふわなだけであってぽっちゃりの要素などひとつもない。きっとたくさん食べても栄養は胸に集中してしまって他は太らないということなんだろう。食べても太らないのは私も同じなんだけれど。



 藤宮さんを眺めてそんな事を考えているとスマホにメッセージが来た。誰かと思ったら目の前にいる彼女からだった。彼女は楽しそうに私を見ていた。


「ハート?」


「えへへ」


 それならばと私も返信してニヤリと笑ってみせた。メッセージを見た藤宮さんの頬が膨らんだ。


「酷いです。ハートがブロークンしてるじゃないですかこれ」


「今のあなたにぴったりだからね」


「うっ。キツイですね。当たっていますけど」


 それから藤宮さんはクソ野郎と別れた経緯を私に説明した。

 私と話した翌日にはお別れメッセージを送って、それから3日くらいはしつこくメッセージが来たし、何かしら理由をつけて総務部にも顔を見せていたけれど、それ以降は音沙汰も無くなって会社でも接触して来ることもないので彼女の中ではもう終わったと思っていて、そのことを私に報告しようと思ったけれど月末はお互いに忙しいから月が変わってからにしようと思って一昨日になったのだと言った。


「随分早かったわね。さよならを言うのにひと月ぐらいはかかると思っていたんだけれどね」


「羽田課長に言われて遊ばれていたのが分かりましたし、やっぱりバカらしくなって、もういいやと思えたんです。それに恋愛するなら笑顔でいたいとも思いました。あとは立ち直るまで泣いて過ごすだけです」


「あなた、あまり悲しそうにも見えないわよ」


「実はそうなんです。羽田課長と話した夜が一番辛くて、けど別れを伝えてからは妙にスッキリしちゃったんです。だからもう大丈夫かなって思ってます」


 思っていたよりも簡単だったと藤宮さんは笑った。確かに藤宮さんの表情はあの夜に比べればかなり明るい感じになっているし、屈託のない笑顔も見せている。本当に嬉しいことだと思う。相手があのクソ野郎だから奴の本心を知って別れてしまえはそうなるのも当たり前だろう。辛いのはさよならよりも自分のプライドが傷ついたことだ。だから彼女があのクソ野郎を自分から振ったことで少しは溜飲を下げているのなら、その傷は早めに癒されてさほど時間は掛からずに立ち直るだろう。

 それにあのクソ野郎は既に内野部長から異動の話をされている筈だからさぞかし慌てているに違いない。そう思うと目の前に居る彼女の明るい様子と相まって、気分爽快、自然と笑みが溢れてくる。


「暗さが無くなって可愛い顔に戻ったみたいでほんと良かったわ。早く立ち直って焦らず次にいきなさい」


「はい。そうします。ありがとうございました」


 藤宮さんは微笑んだ。ここが創作物の世界であれば、今の彼女を見た男達は皆んな胸を押さえてどさどさと倒れていたことだろう。それくらい魅力的な微笑みだった。


「早く自分を知りなさいね。そうすればあのクソ野郎なんてゴミみたいな物だったと思えるくらいの男性が向こうから寄ってくるわよ」


「はあ」


「あとね、これだけは言っておくけれど、私の同期は勘弁してね。面倒くさいから」


「えっと。それは何かの冗談ですか?」


「本気」


「なんか怖いです」


 少し怖がった藤宮さんがちらっと時計を見て、どこか言いにくそうにして私を見た。彼女は早めに戻らないといけないのかもしれない。時計を見ると私達の昼休みが終わる時間まで後15分くらいだった。


「早めに戻る?」


「あ、いえ。大丈夫です」


「そう。ならいいけれど」


「あのぉ。ひとつお願いがあるんです」


「何?」


「羽田課長を、その、麻衣子さんと呼んでもいいでしょうか?」


 藤宮さんがもじもじしながらそんなことを言ってきた。そう呼ばれることは別に構わないんだけれど、見ているこっちが少し気恥ずかしくなるくらいもじもじしているのはどういうことだろう。私は少し不思議に思いつつ、もし男性がゆるふわガールにこれをされてしまっては一溜りも無いだろうなと、あのクソ野郎が手を出した気持ちをほんの少しだけ理解してしまった。それくらいの破壊力がある可愛さだった。私はもう全然平気だけれど。


「構わないけれど、どうしたの?」


「それはですね。もっと、ま、麻衣子さんと仲良くなれるかなと思いまして」


「そう。なら私も千夏さんって呼ぶ?」


 私が悪戯っぽく微笑むと、藤宮さんは顔を赤くして俯きながら、はいと呟くように返事をした。

 何だこれとは思ったけれど、私は藤宮さんがそれでいいならそれでいいことにした。彼女はそれで満足したらしく、少しして落ち着きを取り戻した。


「あの。ちょっと聞きたいことというか相談というか、ひとつお聞きしたいんですけど」


 落ち着いた藤宮さんは真面目な顔でそう言うと椅子を手前に寄せて座り直した。それから内緒話でもするかのようにテーブル越しに前のめりになって顔を私の方に近づけてきた。釣られて私も顔を寄せて小声で答えた。


「何かしら」


「麻衣子さんは女の人が女の人を好きになったらどう思いますか?」


「どういうこと?」


 いきなりの言葉に私は焦ってしまった。藤宮さんはもしかして私のことを知っているのかと不安になった。それに私は彼女が次に何を言い出すのかと思って酷く警戒してしまった。そのせいで顔が険しくなって酷く冷たい声が口から出ていった。これでは余計に怪しいと思われるかもしれない。


「いやあの、実は私、じゃなくって私の友達の話なんですけど、その子、女の子なんですけど気になる女性ができてしまって、その人を好きになりそうでどうしたらいいのか分からないって悩んでいるんです」


 私の顔の険しさと冷めた声に慌てた藤宮さんが言ったことは、女性を好きになってしまったことを悩んでる友人のことだった。どうやら私のことを知っているわけではなさそうだ。そう言えば彼女のガードはゆるふわだった。それならきっと他もゆるふわな筈だ。

 些か彼女に失礼な見立てではあるけれど、彼女が気付くとは思えない。だいたいこうして彼女と話すのもまだ2回目なのだから、たとえどんなに勘が鋭かったとしてもノーマルな女性である彼女にはたかだか二回話をしたぐらいで私のことなど分かる筈もない。そう考えると杞憂な気がして私の焦りは消えていった。私は取り敢えず警戒を解いて顔の険しさを緩めた


「そうなの」


「はい。それで、麻衣子さんはどう思われますか?」


 けれど、こうして冷静さを取り戻してみると今度は友人の話というのが別の方向で怪しくなってきた。藤宮さんは、私、の所で言い淀んだあと直ぐに友人の話だと言ったけれど、この前の夜のように誤魔化すこともゆるふわな彼女なら実は本人の話だったなんてことも十分にあり得る。

 いやいやまさかそんなはずはないと思う反面、仮にもしも本当にそうだとしたら藤宮さんはなぜわざわざこうも大変な方へ行こうとするのだろう。彼女ならもっと楽しくて素敵な恋ができるのに。私はこの恋愛に不憫な娘ことが本当に大丈夫なのかしらと心配になってきた。


「あなたのお友達?」


「えっ。あ、はい」


「そのお友達は元々そういう人なの?」


「違います。だから悩んでいるんです」


「あなたはそのお友達をどう思うの?」


「私は…好きになってしまったものは仕方ないと思います」


 なるほど。これがゆるふわガールの本質ということだ。藤宮さん自身も言っていたように彼女は極度の恋愛脳なのだ。


  好きになってしまったら仕方ない。


 藤宮さんはそれで全てが許されると思っている。だから不倫などという恋愛をしてしまうのだ。確かにその考え方は誰でも一度はかかりそうな病気みたいなものだけれど、その考え方が許されるのは恋愛が全てと思い込むことができる青春真っ只中の十代までだと私は思う。一度かかれば大抵の人間は免疫が出来るのに、彼女にはそれが出来ていないのだ。それなら彼女が恋愛に不憫なのも納得出来てしまう。私はそんな藤宮さんの未来に幸多かれと本気で願っておくことにした。


「そう」


「はい。それで麻衣子さんはどうでしょうか?」


「どう思うかって、それ皆んなに聞いているの?」


「いえ。あの、まずは参考までに麻衣子さんがどう思うのか聞きたいなって思ったんです」


 そう言った藤宮さんの様子から期待と不安が入り混じっているように感じた。それを聞きたいような聞きたくないようなそんな感じだった。私は彼女を可愛いくていい子だと思うけれど、彼女はノーマルな女性だ。私と違う人間に私の本音を聞かせるつもりはこれっぽっちもない。


「そういう女性がいることは当然知っているし否定するつもりもないけれど、どう思うかと聞かれれば、よくわからないと思うわね」


「えと、それは気にならないってことですか?」


「私には理解できないということよ」


「…そうですか」


「そうよ。参考になった?」


「…はい」


 私はこれ以上、藤宮さんに踏み込まない。彼女を好きになる可能性はもう無いけれど、この事にわざわざ首を突っ込んで理解者になるつもりはない。万が一にも勘付かれるようなことは絶対にしない。私は常に学習している。同じ轍は踏まない。それに私は何より自分を守ることを優先する。私のことを知っていいのは私と同じ女性たちだけだから。


「さてと。そろそろ戻らないとね。行くわよ」


「あ、はい」


 私の答えに肩を落とした藤宮さんを促してオフィスに戻ることにした。

 私は彼女の隣を歩きながら、不倫の次は同性を好きになっていたとしたら彼女も中々に苦労するなと思った。仮にそうだとしたら、私の答えを聞いてそれが普通の反応なのだと彼女が諦めるのならそれが一番いいとも思った。彼女はノーマルな女性なのだから、わざわざ此方に来ることはない。来たところでいずれまた元に戻っていくのだから、初めから来ない方がいいに決まっている。


 やれやれと思いながら私は藤宮さんに声を掛けた。


「ねぇ千夏さん」


「何ですか?」


「さっきの私の同期の話だけどね、あれ、取り消すわ」


「はい?」


「冗談ということよ」


「はあ」


「私の同期にはね、まあまあいい男が何人かいるのよ。だからあなたもよく見ておくといいわ」


「えっと、わかりました?」


「まぁ今はそれでいいわ。でもね、ちゃんと見てれば直ぐに分かるから」


「はあ」


 私は肩を落として隣を歩く藤宮さんにそう言った。面倒くさくなるかも知れないけれど、恋愛に不憫で色々とゆるふわな彼女になら、それくらいは良しとすることにした。


 


 藤宮さんと別れて一度オフィスに戻った私は、今はお手洗いで歯を磨いている。そしてふと思い出した。


「そう言えば、お礼の品が無かったわね。いや、別に要らないんだけれど」




読んでくれてありがとうございます。


明日からは毎日投稿できるかわかりませんがこれからもよろしくお願いします。

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