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続きです。閑話はこれでお終いです。

よろしくお願いします。


 

「だったら私、買ってもかまわないのよ?」


 そう言って睨みつけるとふたりとも更に萎縮してしまった。私はしばらくの間、押し黙るふたりの方を頬杖をついて無言でじっと見ていた。


「すいませんでした」


「私もすいませんでした」


 短くはない沈黙に耐えられなくなったのか、ふたりは頭を下げて謝罪した。私は小さくなったふたりを見て少し酔っているのだろうと思うことにして、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。


「まあいいわ。じゃ、作戦の話ね」


 私の言葉を受けてやけに姿勢を良くしているふたりはコクコクと頷いた。私はこの際にしっかりと釘を刺しておくことにした。


「でもまずは言っておく。仕事については幾らでも私に頼ってくれて構わない。仕事の仕方でもキャリアの相談でもトラブルの解決でもなんでもよ。一人で抱え込んでは絶対に駄目だからね」


「「はい」」


「今回は仕方ないと思うことにしたけれど、今後一切恋愛については自分で何とかしなさい。単なる相談ならともかく、私達はいい大人でしょ?自分の幸せのために人を使うようなことをしてはいけません。楽して手に入れた幸せは大切にしないから直ぐに消えてしまうのよ」


「はい。すいません」


「はい。ごめんなさい」


 私はふたりが素直に頭を下げたことに満足したので快く作戦を披露することにした。


「はい。お説教はお終い。じゃあ作戦を話すからね。この作戦は一重に市川の肩にかかっているのよ」


「私ですか?」


「そうよ。まあ、内容はいたってシンプルなの。まずは市川が富岡君を誘うわけ。飲みに行くのが一番楽に誘えるわよね。富岡君を飲みに誘うくらいはもう出来るでしょ?」


 私は市川を見た。市川は黙って頷いた。中村は真剣な顔で私達を見ていた。何か笑える。


「で、私の記憶では富岡君と高梨君は仲が良かった気がするのよ。だから、と言うかもう分かったわよね?」


 二人は凄く微妙だという表情をしている。けれど私にはこの作戦のどこにそんな顔をする要素があるのか理解できない。なにせ私は関わらずに済むし、市川がちゃちゃっとダブルデートをセッティングするだけの至極簡単で簡潔な素晴らしい作戦なのだから。


「何よ二人してその顔は。まだ作戦の趣旨が分からない訳じゃないのよね?」


「趣旨は分かります。けどいっちーには荷が重いかなって」


 中村が私の作戦に懸念を示してきた。ただ誘うだけなのに市川に荷が重いとはどういうことなのか。

 私はこの作戦が如何に簡単なことかを説明する為に左手をふたりの前に出した。ちなみにいっちーとは市川の愛称だ。


「何で?いい?市川が富岡君を誘う。その時に中村の事を話す。富岡君が高梨君を誘う。その時に中村の事を話す。それで皆んなで飲む。そこに私は居ない。ほら簡単じゃない」


 私は指を1本ずつ折って丁寧に説明していった。二人は更に微妙な顔になって私の指を見ながら説明を聞いていた。

 最後に私が折った小指を再び立てた時、ふたりの顔はこれ以上ないくらいの顰めっ面になっていた。たかだか六つの工程しか無いのに何でそんな顔をするんだろう。いや、五つ目と六つ目は結果なのだから、正しくはたったの四つ。片手でお釣りがくる、簡単なお仕事なのだ。


「課長。いっちーは昨日初めて富田さんと話をしたんですよ。それなのに次に誘う時にそんな話をするのはちょっと難しいんじゃないかなって思うんですけど」


 中村の話に市川がうんうんと頷いている。私は呆れて首を振っている。誘わなければ始まらないのだからそれを言葉にしないでどうするのか。言うだけタダだしその結果がどうであれ言葉は相手の中に残るものだ。そうしたら今回は駄目でも次は叶うかも知れないのだから。


「市川はどう思うの?」


「はい。そんな事を頼むのは図々しいかなと言いますか、私は富田さんにそう思われたくはないです」


「そうなのね。わかった。じゃあもう中村が頼めばいいんじゃないの?高梨君に。直接、飲みに行きましょうって」


 私の溜め息混じりの言葉にふたりとも何を言い出すのかこの人はみたいになっているけれど私は気にせず更に捲し立てた。


「そもそもうちの課と高梨君の課は仕事で関わっているのよ。皆んな顔見知りなんだから中村が高梨君を誘うなんて簡単なことでしょ?そうよ、そうだったわ。だからなにも中村のことを市川にさせる必要は無かったのよね。市川ごめんなさい。謝罪するわ。それじゃあ中村、あなたが誘いなさい。これこそ簡単簡潔。よし、それで行きましょう」


 中村は驚愕して目まで見開いている。信じられない物を見ている顔だ。市川はそんな中村を憐れむように見ている。私は今だにそんな顔をしているふたりを呆れた顔で見ている。


「課長。それが出来れば苦労しません。と言うかもうやってます」


「理恵は普段ぐいぐい来るくせに好きな異性の事となると意気地無しのまるで駄目子なんです。だから課長にお願いしようとしているんです。図々しいとは思いますけど何とかお願いします」


 泣きたそうな中村が必死な感じで自分が出来ない事をアピールして、市川が中村をディスってそれを肯定している。中村はそれでいいのだろうか。私は中村が心配になってきてしまった。

 けれど気になるのはそれだけではない。市川は富岡君には図々しいと思われたくないとか言っていた筈だ。私はいいのかと思ってしまう。


「何で私には図々しくなれるのよ。おかしくない?」


「「麻衣子さんだからです」」


「ちょっと何よそのハモリ。しかも名前呼びで。練習したの?」


「「してません」」


 何とも真摯な顔を向ける二人を見て、私は今その顔は違うんじゃないかと苦笑いをしながら考える。

 私はなんかちょっと、もう説明と言うか説得と言うか、とにかくこの話をするのが面倒くさくなってきてしまった。

 ふたりが出来ないと言うなら仕方ない。そう思って時計を見れば時刻は午後7時40。ふたりは今だに私をじっと見ている。少し考えてから私はバッグからスマホを取り出した。


「わかった。もういいわ。ちょっと聞いてみるから席外すわね。ジントニックと何か食べる物を頼んでおいて」


 私は高梨君に連絡するためにスマホを持って店を出た。




「あ、来た。こっちよ高梨君。ほら中村。立って高梨君を奥に入れなさい」


「あ、はい」


 私が連絡をした時に高梨君はまだオフィスにいて8時半には帰るつもりだと言った。私が終わったらこの店に来て欲しいと伝えたら高梨君は快く了承してくれた。その時にちゃんと都合を聞いたし中村のことも話しておいた。


 私が店に戻ってあと1時間もすれば彼がくるよとふたりに伝えると、ふたりは喜んで私にお礼を言ってきた。私はそれで満足したことにして市川とふたりで改めて作戦を考えて、それを中村に実行させることにした。


 高梨君は私が連絡してから30分も経たない内にいそいそとやって来た。思っていたよりも早い登場に私はほくそ笑んだけれど、中村は緊張からなのか様子がおかしくなっていた。


「高梨君お疲れ」


「羽田さんお疲れ。中村さんと市川さんもお疲れさん」


 高梨君はそう言って中村が開けた奥に座った。向かいには私が座っている。中村が高梨君の隣に座ったけれどやはり緊張しているようだ。市川はちゃんと挨拶したけれど中村は声が出ないで会釈をしただけだった。私は中村を足で突いた。


「うっ。な、何飲みますか?」


「あー、ビール頼もうかな」


「分かりました。すいませーん。生ビール中お願いしまーす」


 私は可笑しさを堪えて二杯目のジントニックを啜っている。押しの強い中村がこんな風になるなんて思っていなかった。

 あまり見たくないなと思っていたけれど今回は抜けづらいので受け入れるしかないと思っていた。ありがたいことに緊張している中村は可愛らしくて、変に女性を出しているよりは遥かにましだった。市川は中村の様子に慣れているのか微笑んでいるだけだった。やって来たビールを受け取って高梨君に渡す姿も可愛いらしかった。


「お、お腹空いてますよね。何を食べますか?」


「うーん、そうだなあ。肉系食べてもいいかな?」


「ど、どうぞ。もちろんです」


 中村がメニューを渡して一緒に見ながら話している。私達がやれと言ったんだけれど中村が緊張しすぎていよいよ私は可笑しくなってきた。中村が甲斐甲斐しく店員さんに注文しているのを見て私の肩が少し震えてしまった。それに気づいた市川が私の腕を肘で小突いた。


「ちょっ。何よ」


「笑う課長が悪いんです」


「あなたも笑っているじゃない、のっ」


「痛っ。笑ってません。これは微笑みです」


「なら私も同じよ」


「二人ともどうかした?」


 私と市川が少しの間互いに小突き合っていると高梨君が私達を見た。中村はやって来た料理を高梨君の前に並べていてこちらを見ていない。市川は何でもないと首を振ったけれど私は違う。


「中村が高梨君の隣で余りにも緊張しているのがちょっと可笑しかっただけよ」


 市川が私を小突き、中村は可愛く睨んできた。余計なことを言うなということだろう。でも私は気にしない。そう思うなら最初から人に頼らなければいい話だから。


「そう言えばそうだね。中村さんどうかした?仕事の時と違う感じだよね」


「い、いえ。何でもないです」


 高梨君の問いに中村はふるふると首を振っている。当の本人はその行為が既にいつもと違う事に気づいていない。高梨君は向かいの私達を見て中村を親指で差し、彼女は一体どうしたんだと首を傾げた。


「中村はね、高梨君と飲みたかったのよ。それで凄く嬉しくて舞い上がっているみたいなのよ。だから高梨君がなんとかしてやってね」


 そう言った瞬間に市川が小さく痛いと呻き、中村がヤバいという顔をした。どうやら中村が私の足を蹴ろうとして、残念ながら市川の足を蹴ってしまったようだ。高梨君はその様子を特に気にしないで中村に話しかけた。浮かれて気づかないようだった。


「そうなの?いや嬉しいな。俺も誘ってみたいと思っていたんだけど、新しいプロジェクトのせいでここんところやけに忙しくてさ。ねぇ中村さん、良かったら今度また飲もうよ。落ち着いたら誘うからさ」


「へっ?あ、はい」


 中村は何を言われたのかわからないようだったけれど、気づいた瞬間に小さくはいと言って顔を赤くして俯いた。高梨君は嬉しそうに笑って連絡先を交換しようと言っている。それを見ていた市川は信じられないですと小声で私に言った。私はまずはこんなものだろうと思っている。連絡した時の高梨君の様子からこうなるだろうと思っていたからだ。


 その後は向かいの席で仲よさげにしている二人を放っておいて市川と飲んでいた。ただ中村にしっかりと思い出させることも忘れなかった。


「そうそう中村さん。あなた私の足をどうしたかったの?」


「…え、えっと」


「わかってる?」


「…はい」


「明日面談」


「…はい」


「ならいいわ。どうぞこの時間を楽しんで」


 私の言葉で中村は自分がやらかしたことをちゃんと思い出したようで、私の飛び切りの笑顔を見て怯えた顔をした。市川は思い切り引いていてうわぁと呟いた。高梨君は何の事かと聞いてきたけれど、こちらの話とそれだけ言うと、私の表情と口調からそれ以上は聞いてこなかった。さすがは同期と言ったところだ。それでも知りたければ中村に聞くだろう。

 明日のミーティングは今日の市川の時のように甘くはしない。私の足を蹴ろうとしたことをきっちり後悔させないといけないからだ。私は彼女達に甘いかもしれないけれど、甘いからといって舐めることは絶対に許さない。


「うふふ、ふふふふふ」


「か、課長。いきなり怖いです」


「失礼ね市川。私は笑っているだけよ。今凄く楽しくなって来たところだから」




読んでくれてありがとうございます。

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