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閑話になります。

藤宮さんと食事をした次の日のお話です。

よろしくお願いします。


 私は昨日の出来事を少々引きずってオフィスにやって来た。藤宮さんの事もそうだけれど、響子さんに週末は出張するから会えないと言われて落ち込んでしまったのだ。とは言えここはオフィスだ。私は気持ちを切り替えていつものように堂々と歩いていく。

 すれ違う人達と挨拶を交わし、既に席にいる課の連中にも挨拶をして、持っていたコーヒーを置いて席に着く。デスクの下にバッグを置いて代わりにサンダルを取り出してそれに履き替えた。それからPCにログインしてコーヒーを啜りつつ、暫く待ってからメールをチェックを始めたところで、私の右側の列の一番手前の席にいる市川がちらちら視線を向けてくることに気が付いた。


「おはよう市川。昨日はお疲れ」


「おはようございます。お疲れ様でした、と言うかすいませんでした」


「もう謝らなくていいわよ。でもミーティングはするからね」


「…はい」


「そんな顔しない。大丈夫よ。もう怒っていないから」


「はい」


 私はメールのチェックをひとまずやめて市川に笑みを向けた。彼女の謝罪を受け入れつつもちゃんとひと刺しておく。既に許しているけれど、昨日のような事を二度とさせないように釘を刺しておかないといけない。

 私は再び画面に視線を戻し特に重要なメールが無いことを確認してその画面を閉じた。


「課長。昨日何かトラブルでもあったんですか?」


 今度は左側から声がした。私はそちらに視線を向けた。私と市川の会話を聞いてそう声を掛けて来たのは中村理恵。市川の同期で仕事が出来る。押しが強よくてぐいぐい来るけれど、背が低く可愛らしい容姿の女性だ。私の席からの視界には常に華があって私は嬉しく思っている。


「いいえ。仕事では何も無いわよ。ね、市川?」


「あ、はい」


「じゃあミーティング行って来るから。何かあったらすぐに呼んで」


「はい」


「わかりました」


 時刻は9時2分前。私は毎朝恒例の部長とのミーティングに参加するためにコーヒーを持って席を立った。

 もし中村が昨日何があったか知りたければ市川に聞くだろう。いや、彼女の性格からすれば必ず聞きたがるはずだ。だから私は市川に話を振った。中村が市川と同じ様な事をするとは思わないけれど、あの市川でさえ昨日のような事をしたのだから中村がそれをしないとも限らない。市川の話を聞いてそれが抑止力になればいい。

 備えあれば憂いなし。私天才だわと思いながら足早にミーティングルームに向かった。



 仕事にトラブルも無く私は穏やかに午後を迎えていた。時刻は午後2時を過ぎて、今から20分くらい席を外してもいいだろうと思って私は市川に声を掛けた。


「市川。今時間取れる?」


「はい。でもあと2分待ってください。コレを終わらせておきたいので」


「わかった。先にミーティングルームに行ってるから。Cだからね。終わったら来て」


「はい」


 市川は集中していて朝のような怯えを一切見せなかった。別に虐める積りはさらさらないし、ただ少し釘を刺して下世話な話を聞くだけなのだからそれでいい。

 そう思って席を立ち、ミーティングルームに向かおうとした私は中村の視線に気づいた。私は中村の席の方へ回って背後から声を掛けた。


「私に何か用があるの?」


「いえ。いや、はい。実は私も相談があるんですけど」


「え。何でそうなるのよ。嫌よ」


 私が何か言いたそうな中村に声を掛けるととんでもない答えが返って来た。そのあまりな展開に私の口から言葉が出てしまった。それを聞いて呆気にとられている中村の肩に後ろから両手を置いて耳元に顔を寄せた。


「駄目よ。中村も辞めさせない。そんな事されたら困るもの。私はあなたにも期待しているんだから」

 

「しょっ。んんっ。そう言った話ではありません」


 私が耳元で囁いたことに中村は余程驚いたのか慌てて噛んでしまった。辞めることは否定してくれたので、私は既視感を覚えながらもほっとした。ただ、彼女の最初のしょっの音だけが大きかったので課の連中が何事かと私達を一斉に見ていた。私は気にするなと手をひらひらさせて彼女達に仕事に戻るように促した。


「ビックリさせて悪かったわね」


「いえ。大丈夫です。それで相談の事なんですけど」


「それはまた後で。今らか市川とミーティングするからね。何かあったら呼んで」


 既にやる事を終えた市川が待っていた。私はほんのり赤い顔をした中村の言葉を遮ってそのまま市川とともにミーティングルームに向かった。



 

「ねえ市川。あまりいい予感がしないんだけど、中村の相談のこと何か知ってる?」


 私は席に着くなり向かいに座った市川に尋ねた。市川は少し言いにくそうにして口を開いた。


「えっと。私の話に大いに影響を受けた可能性があります。すいません」


「市川。もう済んだことだから一々謝らなくていいからね。ただあんな事、二度としないで」


「はい。すいま…わかりました」


 私はにっこりと微笑んで許しを与えつつ釘を刺した。市川がわかってくれて何よりだと思って私はより一層笑みを深めた。私を見ていた市川は少しだけその身体を後ろに引いた。


「それで。中村は私に何を相談したいのか市川はわかるのね?」


「はい。彼女は事業部三課の高橋さんに片思いをしていまして、高橋さんは課長の同期だから多分その、そういう事だと思います」


「嘘でしょう?」


 私は思いきり脱力して背もたれに体を預けた。そのせいでずずずと体が前に滑っていった。私は姿勢ことなど気にもならずまたそんな話なのかと考えていた。どうして市川といい中村といい私が目をかけている子は私の同期を気に入るのだろう。いずれうち課の全員がそんなことを言い出すのではないだろうか。男性は他にもたくさん居るからよく見ておけと言っておくべきかも知れない。これは一考の余地ありだなと私は思った。市川はそんな私を見て申し訳無さそうに話を続けた。


「いえ。ランチの時に昨日の事を話したんですけど、私は直接課長にお願いすると言い出しまして。だから彼女の相談はそういう話だと思います」


「直接お願いって何よ?」


「多分ですけど、課長に高橋さんを誘って貰って一緒に飲むとかランチを食べるとかそういうことだと思います」


「何で…いや、いいわ」


 まったく。私の抑止力とは一体なんだったのか。備えにすらならなかったとは。

 何で彼女達は自分の恋路を自分で何とかしないのか。どうして人を利用することを良しとするのか。人を巻き込まずに自分で何とかするべきだろうに。そう口にしそうになったけれどやめておくことにした。市川に餌にされたとは言え手を貸したことに変わりはない。それで中村は駄目だとは言えない。だから中村の相談は受けなければならない。直接頼もうとするだけ餌にされるよりはマシだとは思うけれど、残念ながら私が動くつもりはこれっぽっちも無い。

 私はそんなことを思いつつ中村については後で何か考えることにして、取り敢えず気持ちを切り替えることにした。だらしなく座っていた体を腕を使ってずりずりと引き上げて私は椅子に座り直した。


「まあいいわ。で、市川はどうだった?楽しかった?」


「はい。お陰様でと言いますか、富田さんは凄くいい方で話も面白かったですし色々と話せて楽しかったです」


 話題が変わると市川の顔が明るくなった。私が沈黙している間、次は何を言われるのかと戦々恐々していたのだろう。


「良かったわね」


「はい」


「ねぇ市川。富岡君はお付き合いしている人はいないの?」


「はい。今はいないそうです」


 市川は嬉しそうに微笑んでいる。富岡君は忙しいから彼女を作るのも大変だし、出来てもなかなか会えなくてすぐ終わると言っていたとかいないとか。別に私はどうだっていいんだけれど、市川が泣くのは頂けないとは思う。


「そう。それで、市川は頑張るつもりなの?」


「はい」


「そう。あそこの部署は海外出張が多いからね。それだけでも大変だと思うけれど、健闘を祈ってるわ」


「はい。頑張ります」


「そう。じゃあ市川からは何かある?」


「はい。同期に乗せられたとは言え本当にすいませんでした」


「ふーん。やっぱりそうだったのね。いいのよもう。さっきも言ったようにもう気にしなくていいからね」


「はい。ありがとうございます」


「じゃあお終い」


 私が微笑むと市川も安心したように微笑んだ。これでこの件は終わり。私が戻ろうかと言って席を立つと市川もそれに倣った。市川を背にしてドアを開けた所ではたと気が付いて振り返った。


「ねえ市川」


「何ですか?」


「事業部三課の高橋さんて誰?私の同期にはそんな名前の人はいないのよ。事業部三課の同期は確か、えーと彼は…高梨君だったわね。そうそう。その高梨君ならいるんだけれどそれなら私は関係ないわよね?」


「あー。課長はそういう人でしたね。いえ。関係あります。高橋さんではなくその人でした。その人でばっちり合ってます。さあ、もう席に戻りましょう」

 

 呆れた顔の市川に背中を押されて私達はミーティングルームを出た。なぜか市川に雑に扱われた気がして私は少し不満だった。

 



「ぷはー。うまいっ」


「あの、課長。早いとこその作戦というのを聞かせてほしいんですけど」


 私がジョッキを置くと赤い顔をしている中村がそう言った。彼女はあまりお酒が強く無い。隣に座って同じ顔色をしている市川も頷いている。ふたりして早く話せという感じで私を見ている。


 私達はオフィスのあるビルの飲食店街で飲みながら話をしている。やはり中村が相談したいと言って来たので私はそれを了承して、そこに市川を連れて行く事を提案した。実は、私は既にとても素晴らしい作戦を思いついていて、それには市川が必要不可欠だったからだ。ただ私は終業後に管理部全体の部課長ミーティングがあったために1時間程遅れて先に来ていたふたりと合流したのだ。そこへ中村の催促する言葉があって、しかも市川がそれに同調した。私はほんの少し前に店に来てビールを半分ほど一気に飲んだだけのところだったので、人を当てにしておいてこの態度かと少々イラついたとしても私はまったく悪くない。


「早いとこねぇ。もしかしてあなた達、私に喧嘩売ってるの?」


 不機嫌さを隠さない言葉がふたりを萎縮させてその場の空気を凍らせたけれど私はまったく気にしない。


「だったら私、買ってもかまわないのよ?」




長くなったので後ほどもう1話上げます。

読んでくれてありがとうございます。

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