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続きです。短めです。

前話と同じく響子視点になっています。

よろしくお願いします。

 

 麻衣子が声を掛けて来たのはそれから10日程あとのことだった。

 今思っても随分と勇気が必要だったろうなと思う。いきなり現れた知らない先輩にいきなり核心を突かれた訳だし、何よりも私を信用出来るかどうかなんて分かる筈も無いのだから。

 それでも彼女が私に声を掛けることを選んだのはやはり一人で抱え込んで悩んでどうしようも無かったからだった。



安藤(あんどう)先輩。あの、私…」


「大丈夫よ。ここでは何だから落ち着ける所に行こうか。これから時間ある?」


「はい。今日は2限までですから」


「そっか。じゃあカラオケにしようか。あそこなら長く居ても大丈夫だし邪魔も入らないから落ち着いて話せると思うんだけど」


「えっと…」


「私、襲わないわよ。個室だからって心配しないで」


「いえそんな。すいません。大丈夫です」


「そんなに警戒しないで。本当に大丈夫だから。あ、お店は羽田さんが選んでね」


 私達は大学を出て一駅先の大きな街に出た。カラオケ店の部屋に入って一人分離れた場所に座った。麻衣子との距離感がつかめなかったからだ。麻衣子の警戒心はまだ解けていなかったし、来たことを後悔しているかもしれなかった。

 私はまずは自分のことを話すことにした。私はこうだったと話すことで麻衣子の共感を得られると思ったから。だからその日は殆ど私の話しかしなかった。私がいかにして今までを過ごしてきたのかを訥々(とつとつ)と語った。

 思った通り私の経験や抱えていた思いは麻衣子にも共感出来る部分も多かったらしく、少しだけ抱えている心情を話してくれた。そうやって少しでも吐き出せたことで、麻衣子は気持ちが楽になっているように見えた。話して終えて帰る頃には、少しは信用して貰えたようで愛想笑いでは無い笑顔も見せてくれていた。

 外は日が暮れていた。カラオケに5時間もいるなら少しは歌えば良かったわねと私がそう言ったら、麻衣子はそうですね、次は歌いましょうと笑って言ってくれた。麻衣子のその言葉に、また次があるのだと思って私は嬉しくなった。


 それからは早かった。連絡を取り合って、毎日は無理でも頻繁に会ってふたりで話をした。麻衣子はその度に心を開いていくようになった。初めて話してから2ヶ月たった頃にはかなり信用してくれていた。その頃にはお互いに名前で呼ぶようになっていた。





「いらっしゃい。さ、入って」


 今から会いに行っても良いですかと麻衣子から連絡が来た。それから10分もせずに訪ねてきた麻衣子を、私は扉を開けて迎え入れた。時刻は午後10時を過ぎていた。私は試験の代わりに明日提出するレポートを纏めていて、麻衣子はバイト帰りだった。


「遅くに急に来てごめんなさい」


「大丈夫よ。嫌なら断ってるから」


「よかった」


「寒かったでしょ。早く上がって適当に座ってて。今コーヒー入れるから」


 私はそう言ってから、玄関脇のキッチンで電気ケトルの水を確認してスイッチを入れた。それから棚に置いてあるコーヒーを取り出して、ドリッパーとフィルターに手を伸ばした。


「響子さん」


 その声に、小さなキッチンから私が手に取ったドリッパーとフィルター持ったまま顔を向ける。麻衣子は玄関から動かなかった。靴を脱ごうともしないでただそこに立っていた。


「どうしたの?早く上がって。寒いでしょ?」


「響子さん。私…」


 ドリッパーとフィルターをそこらに置いて私が何か言いたそうな麻衣子の側にいくと、麻衣子はいきなり私を抱き締めた。こんな事は初めての事だった。麻衣子のコートは冷たくて少し力が強かったから苦しかったけど、麻衣子の不安が伝わってきた気がして、私は麻衣子の背にそっと腕を回した。私はその抱き心地にコートの上からなのに細い身体だなと思った。


「麻衣子?何かあったの?」


 麻衣子は言葉を発する事なくただ首を振った。深く息を吸う音と胸が膨らむのを感じて、私は何か麻衣子が酷く緊張している事がわかって、回した手で背中を(さす)った。


「私の部屋に来て緊張しちゃったの?もう何度も来てるでしょ。ほんとどうしたの?」


 麻衣子はまた首を振った。それから私を抱きしめていた腕を緩めて身体を離し、酷く硬い表情で私を見つめた。その表情を見て、私は麻衣子が何をしようとしているのかを何となく理解した。


「響子さん」


「何?」


「私…」


「うん」


「私、響子さんのこと好きです」


 告白。麻衣子は少しきつめの綺麗な顔で真っ直ぐ私を見つめている。身体が震えて顔が白いのは寒さのせいだけではない。緊張でどうにかなりそうなのだ。なら早く答えて解放しよう。私は微笑んで口を開いた。


「私も麻衣子のこと好きよ」


「ほんとに?」


「ふふ。何でそこで疑っちゃうの?じゃあこうしたら信じる?」


 私は麻衣子の肩に手を掛けて、少し踵を上げて麻衣子の唇に私の唇をそっと重ねた。5秒程の可愛らしいキスだけど麻衣子にとっては初めてのキス。私はこれでいいと思った。それから一歩下がって麻衣子の顔を覗き込んだ。


「好きよ。信じてくれる?」


 麻衣子は一瞬固まったあと、茫然としたまま唇に指を当てた。そこに残った感触に何が起こったかを理解した麻衣子は、こくりと頷いてほろりと涙を零した。その目から涙がさらに溢れ出して、麻衣子は両手で顔を覆いそのまま玄関にへたり込んで、声を押し殺して泣き出してしまった。私はその様子に胸が一杯になって、そっと包むように麻衣子を抱きしめた。私に包まれて泣く麻衣子を、私は堪らなく愛おしいと思った。



 それは初めて話をしてから半年程たった、サンタの衣装を着た人達が街に現れ始める冬のある日の事だった。私の部屋に来た麻衣子は、私に人生で初めての告白をした。私は当然麻衣子を受け入れた。私も麻衣子を好きだったし、麻衣子の初めての恋人は私になるだろうと何となく予感していたから。私の返事を聞いて麻衣子は泣いた。それは今まで流してきた不安や苦悩、ましてや悲しみの涙ではなく、恋愛で流す初めての喜びの涙だった。

 


 私は落ち着いた麻衣子を玄関から部屋に上げてベッドに座らせた。私はその隣りに座って、私の胸に額を預けてすんすんと鼻を啜っている麻衣子の肩を抱くようにして寄り添っていた。


「響子さん。私、凄く嬉しい」


「私も嬉しい。麻衣子、告白してくれてありがとう」


「えへへ」


「でもどうしてあそこなの?部屋に入ってからでも良かったでしょ?」


「それは…断られたら直ぐに逃げ出せると思って」


「何それ。ふふふふふ」


「笑わないでください。私、必死だったんですよ」


「知ってるわよ。勇気を出してくれて本当にありがとう」


「えへへ」


「ねぇ麻衣子」


「何ですか?」


「鼻水はちゃんと拭いてね」


「えっと?」


「鼻水をちゃんと拭いたらもう一度キスをしようねと言ったのよ」


 私の言葉を聞いた麻衣子は早かった。すっと立ち上がってティッシュを3、4枚掴むと勢いよく鼻をかんだ。なかなかの音がしたけどそこは放っておくことにした。もう一度鼻をかんだ後に顔を洗ってきますと言ってバスルームへと消えていった。私はその姿を見てくすくすと笑っていた。




「響子さん。綺麗になりましたよね?」


 バスルームから戻った麻衣子は私にぶつかる勢いで隣に座ってきた。早く確認しろと言わんばかりに、やけに真面目な顔を向ける麻衣子に可愛らしさを感じながらも可笑しさがこみ上げてきた。私は微笑みで何とか誤魔化そうとしたけど駄目だった。


「ふっ………あはは」


「ちょっ、響子さん?」


 私はあははと笑い声を上げた。

 暫く笑ったら収まったので麻衣子を見ると不機嫌そうに膨れていた。私は麻衣子を引き寄せてそっと頬に唇で触れてからその身体を抱き締めた。


「ごめんなさい。でも麻衣子が可笑しくて。凄く可愛かったけどね」


「酷い」


「そんなに膨れてないで許して。ね?」


「キスしてくれたら許します。私、もう綺麗になったでしょ?」


「そうね。麻衣子は凄く綺麗」


 私は抱いていた麻衣子を離して、首を支えるようにして肩に左手を回す。麻衣子の顔に掛かった髪を指で流してから、右手を脇腹あたりを抱えるように添えて麻衣子を少し寝かせるように傾けた。ぎゅっとしがみ付く麻衣子を上から見つめて、私は唇を寄せそっと唇に重ねた。少しだけ唇を開くとそれに合わせるように唇が開いた。その隙間を少しだけ探るように入っていくとおずおずと応えてくれるものを見つけた。それと少し戯れるだけにしてあまり深くはしないうちにゆっくりと戻った。

 唇を離して麻衣子を見つめると、麻衣子は吐息とともにゆっくりと目を開けて潤んだ瞳で私を見つめた。


「一度で許してくれるの?」


 麻衣子は首を振った。


「じゃあ許してくれるまでね?」


  麻衣子は頷いた。


「かわいい」


 私たちはまた唇を重ねた。それから何度も重ねているうちに、最後にはお互い夢中で戯れ合ってかなり深くまでいって来た。麻衣子が私を許すまでに20分くらい経っていた。




 麻衣子は私のベッドですやすやと眠っている。講義や試験勉強に加えて、バイトと極度の緊張で疲れてしまった上に、想いが叶った安堵感から私にくっ付いたままうつらうつらとしていたのを、無理矢理シャワーを浴びさせて部屋着を着せて歯磨きをさせてからベッドに入れたのだ。今夜はこのまま泊めてしまう事にした。

 私は安心したように眠る麻衣子の顔をしばらく見つめていた。それからよしっと気合いを入れて、麻衣子の綺麗な髪をひと撫でしてから再びレポートに取り掛かかった。今は午前0時半。頑張れば2時までには麻衣子をこの胸に抱いて眠れるだろう。





「全然眠れない。夢で会うどころの話じゃないわね。やっぱりアホは私だわ」


 時間は2時半になろうとしていた。私はそう呟いて記憶を辿る事をやめた。いい加減にしないと明日に響く。


「響子だけにね。ふふふ。面白い。今度麻衣子に教えてあげよう。ふふふ」


 変なテンションが私を襲っている。眠るのはもう少し後になりそうで怖い。




後ほどもう1話上げます。

読んでくれてありがとうございます。

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