表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/40

14

続きです。

響子視点になっています。

よろしくお願いします。

 


「じゃあね、きょうちゃん。前の日にでも連絡するね」


「分かった。気をつけてね」


 玄関で散々私に甘えていた麻衣子が扉を閉めた。私は鍵をかけてドアスコープから麻衣子の姿が消えるまで覗いていた。ほんの数秒に過ぎないけど見ていたかったから。


「行っちゃった」


 リビングに戻った私はソファの端に綺麗に畳んで置いてあるタオルケットに気が付いた。思わず笑みを浮かべてそれを胸に抱いてソファに転がった。本当に几帳面な子だわと思いながら麻衣子のことを考え始めた。


 私は麻衣子に嫉妬をぶつけた。最後の恋を始めるだとかパートナーを探すとか、その言葉が私をイラつかせた。会社の女を褒めるのもそうだ。

だから責めるように抱いたけど麻衣子は健気にも受け入れてくれた。そのいじましい姿を見ていたら急に優しく抱きたくなってしまった。けど甘える麻衣子を見ているとまた意地悪をしたくなった。そうやって繰り返される私の感情の起伏に付き合わされて麻衣子には大変な夜だったと思う。それでも麻衣子は羞恥に身を染めながらも嬉々として私に応えてくれていた。今夜の麻衣子の反応は普段よりもかなり激しかったと思う。


「ふふ。可愛いかった」


 それにしても私が嫉妬するとは思わなかった。その事に私自身がとても驚いていた。

 わざと聞き逃す様に言った言葉は伝わっていたし、嫉妬してしまった姿を見せもしてしまった。離れたくなくて泊まるように言ったけど、帰ると言って聞かない麻衣子に本気でイラつきもした。

 私は二度と麻衣子を離すような愚かな事はしない。麻衣子はその事を分かってくれたかしら。つい私の所有物のように言ってしまった事は申し訳なく思うけど、それも嫉妬の名の元では紛れもなく本心だ。私は麻衣子を愛している。家族愛や友愛とは違う、ひとりの女性として。

 そう自覚させられた麻衣子のパートナーを探すという言葉に、私は感謝するべきだ。でも実際にそんな事をされて麻衣子が相手を見つけてしまったら、今度こそ麻衣子は戻らなくなってしまう。麻衣子はずっと傍にいるからとそのことに安心して、近過ぎて妹のようだなんて勘違いをしていたなんて、私は飛んだ間抜けもいいところだ。

 麻衣子の言葉を借りて言うなら私のパートナーは麻衣子だ。決して誰にも譲らない。私はそう決めた。

 早々に麻衣子の誤解を解かなければいけない事があるけど、そんなことは些細な事だ。


 麻衣子はまだ私に他の女性がいると思っているようだ。予定が被らないように遠慮している節がある。けどもう3年前から私には麻衣子だけなのに。

 あの日、振られちゃったと泣いて私に縋ってきた麻衣子を腕に抱きながら、ふと初めての告白をしてきた麻衣子を思い出した。麻衣子が流す涙の意味は全然違っていたけど、泣き噦る麻衣子を抱いていた私の胸には、あの日と同じように愛しさが溢れていた。それと同時に、振られた麻衣子には悪いけど、私は麻衣子が戻って来たことを嬉しく思っていた。きょうちゃんきょうちゃんと人懐こく私に甘えていた麻衣子が傍に居なかったことがとても寂しかったから。

 あの時からせめて私だけは麻衣子を悲しませるような事はしないとそう誓った。だから私は全てを清算して、身も心も麻衣子だけに向き合って来た。全てと言っても二人しか居なかったけど。

 とにかく私はその二人とはケリを付けて、それからは麻衣子だけになった。

 以来、麻衣子が会いたいと言えば、外せない仕事以外では必ず会うようにしたりして、私の生活を麻衣子に合わせてきた。そうやって私は麻衣子だけを見てきた。

 この部屋もそう。麻衣子以外は誰も上げたことが無いし私と麻衣子の物しか置いていない。だから他の女性の影などどこにも無いことくらい、私の生活を見ていれば分かりそうなものなのに、なんで麻衣子は気がつかないのかと思ってしまう。きちんと話しをしないでここまで来てしまった私もどうかしていたと今更ながら思うけど、それでも気付きなさいよと思ってしまう。それこそもう何年も一緒にいるんだから。


「何で気付かないかなぁ。もうっ。麻衣子のアホ」


 思わず文句を言ってしまったけどアホは私。麻衣子は私から離れることはないと思っていた。離れても必ず戻ってくると思っていた。麻衣子が泣いて私に縋ったあの日から私にとって安らげる、この居心地の良い関係が変わることく続いていくと自分勝手に思い込んでいた。でもそれは間違いだった。麻衣子は前に進む事を決めていた。たとえ私を置いていく事になったとしても。

 アホは私だ。私は愛する麻衣子を愛する女性として意識していなかった。近過ぎて妹のようで分からなかったなんて何の言い訳にもならない。

 私は最初から間違えていたのだ。麻衣子が言っていた最後の恋を私はもう10年も前から始めていたのだから。それなのに私はいつも傍にいてくれる麻衣子に甘えていた。

 今回の事は自ら招いてしまった最大の誤ちだ。ならばアホな私はもう終わりにする。きっと私がちゃんと言葉にすればいいだけだ。私たちは変わっていく。もちろんもっといい方に。




 不意にスマホが音を立てた。手に取って画面を見ると麻衣子からだった。

 直ぐにアプリを開いて確認すると無事家に帰ったことを知らせるメッセージだった。随分とあっさりしたメッセージはいつもの彼女だから気にしない。私はおやすみスタンプを送信した。それから今まで誰にも、麻衣子にすら送ったことのない愛してるという言葉を使っているスタンプが目に入ったのでそれも送信した。すぐに付いた既読を見てアプリを閉じた。今頃麻衣子は慌てていることだろう。そう思ってニヤニヤしながらエアコンを止めて立ち上がった。タオルケットを片手に抱えリビングとキッチンの電気を消して寝室へ入った。そのままベッドに寝転んでタオルケットを胸に抱き直した。私は眠りにつくまで麻衣子との記憶を辿り始めることにした。そうすれば夢でも直ぐに麻衣子に会えるかもしれない。


「麻衣子」


 そっと彼女の名前を呟き、随分と乙女なその思いに少々くすぐったい気持ちになりながら目を閉じた。




 私が麻衣子の存在に気が付いたのは大学三年になった頃で、彼女は新入生だった。背が高くて自信たっぷりに歩く彼女は他の学生とはどこか違って見えた。

 当然その時は彼女が私と同じレズビアンだとは思っていなかった。だから数多いる他の学生と同じ様に彼女の事を綺麗で目立つ華のある女性だと、そういう意味で他とは違うと思っていただけだった。

 それ以来彼女を見かければその容姿ゆえに自然と目で追ってはいたものの学年も学部も違う私たちに接点のなどある筈もなく彼女と話をした事などは一度も無かった。


 私が彼女の持つ違和感に気が付いたのは偶々学食の席が隣のテーブルになった時だった。

 彼女は男女数人の友人たちと談笑していた。綺麗な容姿に惹かれてそちらを見ていると、私には彼女が男性とは普通に接しているのに何故か女性には何処か素っ気なくて必要以上に距離を置きたがっているように見えた。それは私が高校生の時に取っていた態度のようで、必要以上に仲良くなることを拒んでいたのと同じ様な感じだった。まさかと思ったけど彼女も私と同じだという気がした。何となくそう感じただけだけど、きっと彼女は同性と仲良くなって好きになってしまう事が怖いのだと私は思った。


 彼女と初めて話したのも学食だった。私が間違えていたら最後でもあっただろう。

 彼女に違和感を覚えてからは、私は機会があれば彼女を観察するようになったいた。見ていただけなので当然確信は持てなかったけど間違っているとも思えなかった。そうやって日々を過ごしていくうちに、私はどうしても彼女と話をしてみたいと思うようになっていた。ただ、その思いが、彼女に惹かれた私の仄かな恋心だったとはまったく気付いていなかった。


 その日彼女はひとりで本を読みながら遅い昼食を取っていた。私は急いで適当に注文した定食を持って彼女の席へと足早に歩いていった。この機会を逃す手は無いと思ったからだ。

 適当な理由をつけて同じテーブルに着いて彼女と話をしてみるとやはり私の感覚は正しかったのだと思えた。声を掛けた時彼女は私に見惚れていた。私が彼女の好みの容姿だったからだ。でも見惚れていたのはほんの少しの時間で、彼女は直ぐに自分を取り繕った。自分を守るために殻に篭ったのだ。それは昔の私を見ているようだった。

 それからの彼女は、お互いの自己紹介から始まってどうでもいい会話をしている間も常に素っ気ない態度を取っていた。だけど話をしている内に彼女の言葉の端々や態度の裏側に私への興味が見えてくる様になって、ほんの数回ではあったけど警戒心のない笑顔を見せてもいた。彼女はその事にまるで気づいていなくて私は少し可笑しくなってしまった。

 私はこのまま本題に入る事にした。この一回の邂逅だけで全てが片付くからだ。そうならそう。違うなら違う。ただそれだけのことだから。


「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。私もあなたと同じだから」


「えっと、一体なんの話ですか?」


「最初に謝っておくわね。あなたは不快な思いをするかもしれないし、怯えてしまうかもしれないから。ごめんなさい」


「だから一体なんの話をしてるんです?」


「私、あなたと私は同じだと思っているの。だから言うんだけど、私は女性が恋愛対象なの。レズビアンなのよ。だからもしあなたが悩んでいる事があるなら相談してね。私は拒絶なんてしないから」


 そう言って私は閉じた本の上にあった彼女の手にそっと私の手を重ねた。彼女はびくっと震えてその手を引こうとしたけどそれをやめて私をじっと見た。彼女の浮かべた表情から動揺と困惑していることがわかる。私は重ねた手をそっと握った。それでも彼女は私の手を振り払うことはしないでただ私を見つめ続けていた。私は確信した。私は重ねた手を引いて怖がらせてしまった事をもう一度心の中で謝った。


「違っていたらごめんなさい。私から話しかける事はもう二度とないから安心してね。でももし私と話をしたくなったらあなたが声を掛けて」


 私はトレーを持って席を立った。


「その時はあなたも私と同じだと思うからね」


 じゃあねと言って彼女に背を向けてその場を後にした。振り返らなかったので彼女がどうしていたかはわからない。私がレズビアンであることを告げてからこうして立ち去るまで彼女は終始無言で私を探るように見ていただけだった。けどそれはもうイエスと答えていた様なものだった。




後ほどもう1話上げます。

読んでくれてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ