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俺のやりたい音楽

 うちの先輩、マイク持つともうマジで面倒くさい。名字が山田って何の変哲もないからさ、城之内なんて名乗っちゃってさ。マイク両手で握って、ステージぴょんぴょん跳ねて、ロック舐めんじゃねえなんてつってさ。そんな前時代の煽り文句とともに唾を吐く山田は、背が百七十ない。


 俺は、四ピースバンド、城之内ディストラクションなんつう超絶ダッセえバンドで、無理矢理ギター弾かされ早一年。


 そんなに自分で上手いと思っちゃいねえ。なんで俺が採用されたかって? だって、山田はギターが弾けねえ、楽器がひとつもできねえ、歌もさほどは上手くねえ。


 今日のライブの入りはまあまあ。どうせ前座だから俺たちは賑やかし。酒が入って煽りに乗っただけの客に、山田は上機嫌で、アドリブを入れまくる。リズム隊はへらへらしながら、ちょ、マジふざけんなよと心の中で山田をディスる。


“キミに恋恋恋 恋しているから 感情大渋滞

 マジで愛愛愛 愛しているから 恋情EVERYNIGHT”


 こんなバンドだけど、ベースの加藤のスラップ奏法は、すんげえエモい。そばで聴いていると、胸の奥をその指さばきでまさぐられているようで、あ、やっべ、コードミスった。ライブ中にメンバーの演奏に惚けるのはよそう。

 ドラムの三笠は、紅一点だけど、すんげー力強いプレイをするし、リズム感が抜群で、安定感がヤバい。たまにバックコーラスで入るけれど、正直、山田より全然上手い。

 てなわけで、他の二人の優秀さを、今目の前でぴょんぴょん跳ねながら歌ってるちっこいのがぶち壊しているのが、城之内ディストラクションというバンドだ。うん、まさに名は体を表すといったところか。


「お前ら、来てくれて超絶ありがとうだぜ、ベイベ!」


 その客をベイベと呼ぶセンスは、何年前だよと突っ込みたくなる。こんな山田でも、会場を押さえる能力は、ズバ抜けていて、出しゃばりさえしなければ、いいマネージャーになれると思う。この前の打ち上げで、マネージャーとふざけて呼んでみたら、ブチ切れられたから、言わないけど。


 三曲だけのライブセット、こちらとしては物足りないが、いい具合に賑やかしになったと思う。名残惜しいが、本番を務めるバンド、血みどろリップグロスとバトンタッチだ。

 ハイタッチの手を無言で掲げてきたのは、ボーカルのHISAMI、顔を仮面で隠しているけれど、絶対に可愛いコだ。身体つきも超エロい。天使のリングを輝かせる、さらり揺れる長い髪。ふわっと香る、カモミールの匂い。


「ライブよかったよ、ほら」


 ぼうっとしていた俺はそこで気づいて、ハイタッチを返す。ぱちんと少女の柔らかい肌と、武骨な僕の肌が鳴らした音。反響して頭の片隅にREC(録音)された。

 血みどろリップグロスは、最近になってヒットチャートを騒がし、メディアへの出演も増えているバンドだ。ボーカルのHISAMIは、その仮面を一切剥がすことががないことで有名だ。目元も口元も鼻筋もすっぽりと覆う仮面は不気味な笑みを浮かべている。

 去っていく後ろ姿は、ロリータファッションに身を包んだ華憐な少女そのものなのに。

 HISAMIは、山田や加藤、三笠とも丁寧に握手を交わした後、舞台へと上がっていった。そして数秒後、ライブハウスを丸ごと揺さぶるような轟音がして、少女が叫んだ。


「てめえら、死にてぇのかぁあああああああああああっ!!」


 そう、血みどろリップグロスは、デスメタルバンドだ。あの華憐なコが……と考えると凄まじいギャップのデスボイスだ。

 演奏の音圧もエグくって、ぼろっちいライブハウスの音響設備が、悲鳴を上げている。ちりちりと鳴るノイズが上乗せされたギターの音色が、俺たちの聴覚を奪った。


「うぉおおおおおおい! 加藤! この後打ち上げ行くかぁああああ!?」

「あぁああああ!? 何言ってるか聞こえねえよ!」

「打ち上げだよ! うーちーあーげぇー!」


 耳を押さえながら、叫ぶような話し方の山田。デスボイスがうつってしまったのか。なんだかツボに入ってゲラゲラ笑った。


 あーあ、腹痛え。


 たった三曲でライブハウスを去るのも名残惜しくって、俺たちは血みどろリップグロスのライブを観ることにした。山田はというと、「あんなのロックじゃねえ」と謎の捨てセリフを吐いて去って行った。

 バイトで稼いだ金を叩いて割高なドリンクを買って、スタンディングオベーションで跳ね回る群衆の最後列に加わる。

 そこは、まさに震源地。


 その場にいるだけで、心臓に電極がぶっ刺さって、無理くりに拍動させられているような感覚だった。


 人ごみの湿度と熱でじっとり汗ばんで、動悸がする。そこにいるだけで、肉体が生臭くなって、生きているって感じさせられる。沸騰した脳みそを、HISAMIのとがった声がぶち抜いた。


“もう愛想なんて これっぽちもお互いにないし

 しおらしいだけの悲劇のヒロイン気取ってたい心情

 どうせ彼は所属先で 私はいつまでも受け手で

 ヒメなんて呼ばれて有頂天のイカれポンチだった

 

 電話ムシ 何回目? 既読さえつかない「会いたい」のスタンプ

 久々に震えた端末 画面見てヘコむ結末 


 メルマガかぁああああっ!


 昨日の夜は 駅で五時間立って待ってた

 そのころ彼は 知らない女とシケこんで

 構わないで 私が一番でないのなら

 ヒメと呼ばれて 舞い上がっていた私も死ね

 

 なんで天罰 下んないの神様サボってんじゃね?

 五つも股とか 影分身でも使ってんのか プラナリアかぁ!?”


 ヒメと呼ばれて。血みどろリップグロスの代表曲。サビに時たま入る、怒りに任せた衝動的な叫びが印象的。付き合っている彼女のことをヒメと呼んで、いくつも股かけてるサイテーな男と、そいつと付き合っていた自分をひたすらに呪う曲だ。けれど、なかなかに歌詞に茶目っ気があって、かっけえって思いながらもにやにやが止まらなかった。


 そうだよ、俺は、こんな音楽がやりたい。全力でギターをかき鳴らして、口からお茶目な言葉を振りまいて。

 ギターを抱えて笑っていたいんだ。

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