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エンドリア物語

「熊さんが町にやって来た」<エンドリア物語外伝92>

作者: あまみつ

【1】

 秋の柔らかい日差しが桃海亭の窓からカウンターに差し込んでいた。

 店にいたのはオレだけ。居候も店員も外出していた。

 眠い目をこすりながら、オレは商品の手斧を磨いていた。

 カラン。

 扉が開かれて、数人の男たちが入ってきた。

 筋肉が盛り上がった大柄な男たち。腰には大振りな剣をさげている。客には見えなかったが、オレは挨拶をした。

「いらっしゃいませ」

 男たちのひとりが、カウンターに近づいてきた。

 場末の洋品店で売っていそうな安物のシャツを着ているが、発達した筋肉でシャツがはちきれそうだ。

 茶色に近い栗色のくせっ毛の短い髪。目が小さく、口がやけに大きい。森の熊さん凶暴バージョンを人間にしたらこんな感じだろう。

「こいつがわかるか?」

 カウンターに丸い金属の球が置かれた。直径20センチほど。表面に凹凸はなく、見るからに魔法道具だ。

 襲撃に来たのではなく、魔法道具を売りに来たらしい。

 オレは疑ったことを心の中でわびた。

「触ってもよろしいですか?」

「おいおい、冗談はやめてくれよ」

「触らないと査定ができません」

 熊さんはニヤリと笑った。

「こいつは魔法道具についている力を、すべて無効にできる魔法道具さ」

「道具の力はわかりました。しかし、値段は実際に触って状態を見てみないとつけられません」

「まだ、わからないのか?こいつは今動いている。この店には店長のお前しかいないのはわかっている」

「それで?」

「俺達はここの魔法道具を盗み放題というわけさ」

 熊さんは嬉しそうに言った。

 オレは持っていた手斧を振り下ろした。

 ガコッ。

「何をしやがる!」

 手斧の切れ味は抜群で、球体は見事に2つに割れていた。

「こいつを作るのに、いくらかかったと思っているんだ!」

「それより、逃げた方がいいと思うのですが」

「なに言ってるんだ?これから魔法道具を盗んで………」

 そこで、ようやく自分が置かれた状況に気づいたらしい。

 オレはカウンターに背中を向けた。

 なにやら派手な音と悲鳴がしたが、聞こえなかったことにした。



【2】


「おい、俺様を覚えているだろうな?」

 前回の襲撃から2週間後。魔法道具を無力化する球体を持って、盗賊たちが再びやってきた。

 前と同じで居候と店員は留守だ。

「森の熊さんです」

「ふざけているのか!」

「本日のご用は何でしょうか?」

「盗みに決まっている!」

 後ろにいる仲間を指した。

 前回持ってきた球体を抱え込むようにして、しっかりと抱いている。

 球体の力は前と同じなのか、桃海亭の魔法道具はどれもピクリとも動かない。

 熊さんは剣を抜いた。

 幅広の剣で使い込まれている。

「動くなよ」

 カウンター内にいるオレに剣を向け、仲間に言った。

「早く運び出せ」

 段取りはついているようで、店の前には幌付きの馬車が停まっていた。

 仲間たちが連携して、桃海亭の魔法道具を次々と運び出している。

 4人掛かりでもようやく持ち上げられる重いものもあり、オレに剣をむけている森の熊さん以外は汗だくだ。

 店内にある商品の四分の一ほど持ち出したところで、アーロン隊長の声がした。

「そこの馬車、何をしている!」

 店内にいた熊さんと仲間たちが慌てて馬車に乗り込んだ。馬に鞭をうち、急いで逃げていく。

 アーロン隊長が店に飛び込んできた。

「盗まれたのか!」

「はい。でも、大丈夫です」

 アーロン隊長は眉を寄せた。

 オレは明るく言った。

「森の熊さんもこれで懲りると思います」



【3】


「今回は失敗しないぜ」

 包帯を頭と腕に巻いた熊さんを筆頭に、包帯だらけの盗賊団が桃海亭にやってきた。

「もうやめたほうがよくないですか?」

 前回、熊さんたちは馬車で逃げて、その後、当然だが盗んだ魔法道具を売ろうとした。

 魔法道具の力を封じる球はひとつ。

 桃海亭から盗んだ商品の数は38点。

 封じる球の力が及ばないところに移動した魔法道具がどうなったのか。熊さんから聞く必要はなかった。

 盗まれた魔法道具達は自力で帰ってきた。そして、何があったかシュデルに報告した。オレはその内容をシュデルから聞いていた。

 封じる球の力の範囲から出た魔法道具たちは連携して、盗賊団を襲ったのだ。最初に遠距離攻撃で魔法道具の力を無効化する球体を破壊。あとはやりたい放題。盗賊団のアジトを徹底的に破壊して、正義の鉄槌を下した。

「人間、欲張っちゃいけないよなぁ」

 森の熊さんがしんみりと言った。

「これだけ、もらっていくわ」

 ひょいと手をのばして握ったのは、扉の上にかけられている【ラッチの剣】

 世界最高の電撃剣だから、欲しがる人も多いだろう。

「ひとつなら、他のにした方がよくありませんか?」

 オレは他のものに変えて欲しかった。

 熊さんはニヤリとした。

「やっぱり、こいつが桃海亭で最高額の商品なんだな」

「ラッチの剣は売り物でないので値段はついていません。売るとすればかなりの高額でしょうが、それより高額で売れると思われるものがあります。ご覧になりますか?」

「騙されないぞ。必死になって持ち出すのを止めようとする、その姿が答えだ。おい、こいつを持ってずらかるぞ」

 熊さんは包帯を巻いた腕で、ラッチの剣を抱え込んだ。魔法道具の力を封じる球体を持った仲間の男が、森の熊さんにくっついた。

 オレはカウンターを軽く飛び越えると、包帯が巻かれた手にある球体を蹴っ飛ばした。

 球体は桃海亭のガラスを割って、キケール商店街の通りに転がった。ひしゃげているところをみると、壊れたようだ。

「何をしやがる!」

 森の熊さんが怒鳴ったが、オレには相手をする余裕がなかった。

 再びカウンターを飛び越え、滑り込むようにして下に潜り込んだ。

 間一髪。

 桃海亭の店内は稲妻の黄色い光で満たされた。



【4】

「よう、久しぶりだな」

 オレの脳内から消えかけた頃に熊さんは再び現れた。

 気合いが入っているのが身なりからもわかった。

 いままではシャツにズボン、腰に剣を差していた。だが、今日は違った。

 皮の鎧、レザー・アーマーを着用している。ハイドアーマーと呼ばれる種類のアーマーだ。

「今日は絶対に盗んでやるぜ」

 カウンターに右肘を突いて、不敵な笑みを浮かべた。

「聞いてもいいですか?」

「聞くのは勝手だが、答えるとは限らないぜ」

 一緒に入ってきた盗賊の仲間達も、ニヤニヤとオレを見ている。

「暑くありませんか?」

 ハイドアーマーは毛皮で作られている。フワフワの暖かそうな毛皮が上半身から腰にかけて覆っている。

 北のシェフォビス共和国やリュンハ帝国ならともかく、温暖なエンドリア王国では毛皮は大型飛竜の飛行服くらいにしか使われない。

「暑いに決まっているだろ!」

 あっさり、答えてくれた。

「無理をせずに、脱がれてはいかがですか?」

「こいつは、俺達は戦うという意志の表明だ!」

 拳で胸をドンとたたいた。

「フォレスト盗賊団の正式な戦闘服だ!」

 フォレスト=森。

 やはり、森の熊さんだった。

「お前にじゃない!」

「えっ?」

「俺達が戦う相手は、そこにかかっている【ラッチの剣】だ!」

 オレは片手をあげた。

「待ってください。ここは闘技場ではありません。古魔法道具店です。戦うのでしたら、店員が帰ってきてから………」

 熊さんが左手をドンと音を立てて、カウンターに乗せた。

「俺達だって、学習するんだぜ」

 森の熊さんの左手首に分厚い手枷がついている。手枷には極太の鎖がついて、その先には見慣れた球体。ただし、前回までと違い、表面に艶がない。

「こいつの表面は特殊魔法金属にコーティングしてある。殴ったり蹴ったりしたくらいじゃ、壊れないのさ」

 後ろにいた盗賊のひとりがラッチの剣を手に取った。

「こいつはいただいていくぜ」

「他のはよろしいのですか?」

「俺達の目的はラッチの剣だ。こいつを壊す。それだけのために、全財産を使ってこいつを作ったんだ」

 熊さんが、コーティングしてある球体を指した。

「壊すのはやめたほうが………」

 現在、買い物中のラッチの剣のご主人様が、激怒するのは間違いない。怒りで正気を失い、道具達を連れて暴れ回ったら恐ろしいことになる。

 熊さんは自由な右手でカウンターをドンとたたいた。

「俺達は盗賊だ。値打ちにある物を盗んで、売って、暮らしている。品物が盗めなければ、おまんまの食い上げだ。どんなことをしても盗む。盗むことが怖くなったら、盗賊団としてはおしまいよ」

「つまり『ラッチの剣が怖いから、壊す』ということで、よろしいのでしょうか?」

「バカ野郎!」

「間違っていましたか?」

「曲がりくねって言ったのに、わかりやすくまとめるんじゃねぇ!」

「はぁ」

「とにかく、こいつはもらっていくからな」

 ラッチの剣を持った奴が、高々と剣をあげた。

「本当に困るのですが」

「ニダウでは壊さないから安心しろ」

「どちらで壊す予定ですか?」

「ダイメンにある魔法道具の工房だ。そこで粉になるまで壊し尽くしてもらう」

「ご自分で壊すのではないのですか?」

 熊さんは鼻をフンと鳴らした。

「魔法道具屋のくせに知らないのか?魔法剣はプロでないと壊せないんだぜ」

「それは知っていますが、自分で壊さないと意味がないのでは」

「おっと、こいつは時間稼ぎだな。危なかったぜ」

 熊さんが額の汗を、手の甲でぬぐった。

 ぬぐった汗は冷や汗じゃない。ニダウで毛皮は無理がある。

「冷たい水をもってきますから、一杯飲んで休んでから………」

「邪魔したな。また、近いうちに、盗みに来てやるぜ」

 ラッチの剣を握った仲間と熊さんはピッタリとくっついて、店を出ていった。

 キケール商店街の通りを、毛皮をまとった大男がくっついて歩いていく。見ているだけで暑い光景だが、ぼんやり見ているわけにもいかない。

 ラッチの剣を取り返さなければ。

 店の道具は、持ち出しても球体の近くでは使いものにならない。魔法道具としての機能はわかっているが、どのよう特殊機能をもっているのかまでは、オレは把握してない。

 シュデルが戻ってこないかと通りを見ていると、桃海亭の斜め前の店、フローラル・ニダウの店先で店員のリコが売り物の花の手入れをしているのを見つけた。しゃがみこんで、枯れた花や葉を丁寧に取り除いている。

 オレは店を飛び出した。

「おーい、リコ!」

 無視された。

 オレはリコから5メートル離れた距離で、哀れっぽく言った。

「リコ様、緊急事態です。ラッチの剣が盗まれました。このままだとシュデルが暴れます」

 リコが立ち上がった。エプロンをパンパンとはたく。

「………何をして欲しいの?」

「ヒトデ様に壊していただきたいのです」

 逃げていく盗賊団の方を指した。

「あの熊が持っている球体をお願いします」

 30メートル以上離れているが、ヒトデならば大丈夫だろう。

 幸いなことに人通りも少ない。

「ヒトデ、できる?」

 リコが声をかけると、リコが掛けているポシェットから魔法生物の赤いヒトデが出てきた。腕に木の実を抱えている。あっという間にリコの肩に登ると、そこから木の実を投げた。

 球体に当たったのだろう。衝撃を感じた熊が、あちこちを見回している。

 ヒトデは木の実を次々投げた。十数個目で球体が分解した。

 熊とその一同が驚愕した。

 あとの始末はラッチの剣がつけるだろう。

「ありがとうございました」

 オレはリコとヒトデに頭を下げた。

 これで桃海亭の店員が暴れる危険は去った。

「これは借りよね?」

 笑顔のリコが言った。

「はい?」

「すぐに返してくれる?」

 感じが良いと人気のリコの笑顔が、オレには悪魔の笑みに見えた。




「そのくらいでいいだろ」

「いいえ、ラッチの剣を助けてくれたのです。それに見合うお礼でなければ」

 真剣な顔のシュデルが、オレの部屋の壁をノコギリで切っている。魔法のノコギリの切れ味は素晴らしく、まるでチーズを切っているようだ。

「壁がなくなると、雨が直接部屋の中に入るということをわかっているのか?」

「もちろんです。だから、扉をつける予定です。安心してください」

「扉………誰がつくるんだ?」

「考えていませんでした。わかりました。僕が作ります」

「待て、オレが作る」

「いいえ、ラッチの剣のお礼です。僕が心を込めて作ります」

 シュデルが壁を切る手を止めた。

「店長、邪魔ですから、店番でもしていてください」

「お前より、オレの方が………」

「僕がやります!」

 石頭のシュデルとの口論を諦め、オレは階下に降り、店番をした。

 3時間後、シュデルが「完成しました」と報告に来たので、部屋にあがった。

「いかがでしょうか?」

 期待を込めた目でシュデルがオレを見ていた。

 リコから頼まれたのは『ヒトデ専用の出入り口』

 夜間、ヒトデはオレの部屋で暮らしている。窓辺の特殊魔法のかかったガラスコップがヒトデの住まいだ。オレの部屋に戻るのにヒトデは桃海亭の扉を使わない。ヒトデの特殊能力が店にある魔法道具に影響を及ぼすおそれがあるからだ。直接触らなければ大丈夫なのだが、万が一を考え、普段は、店の壁をよじ登って、オレの部屋の壁板の隙間から出入りしている。外の光が壁の隙間から差し込む、というボロ部屋だからできることだが、この【隙間】というのがヒトデには辛いらしい。ヒトデの赤い色は表面だけなので、強くこすると赤色がとれてしまう。

 そこで専用の出入り口を頼まれたのだが。

「もう少し………」

「小さくできません!」

 窓の真下、高さ30センチ、幅30センチの扉がついている。

「いや、大きさはいいんだ。問題は…………」

「僕のラッチの剣への敬愛とヒトデへの感謝の気持ちを、心を込めて書かせてもらいました」

 扉の色は白。そこに青黒い縁取りがされ、同じ色でグネグネしたものが書かれている、装飾文字による礼賛らしいが、呪詛が書かれた不気味な板がポツンと張り付けられている感じだ。

「シュデル、あのな………」

「吉祥文字のブンデンズ文字を使用してみました。うまくいけば、店長の不幸を呼ぶ体質も治るかもしれません」

「わかった。ブンブン文字でもデンデン文字でもオレは気にしないから。それよりも………」

 オレは扉を指した。

「作り直した方がいいぞ」

「えっ………」

 シュデルが呆然とした。

 オレは早口で問題点を並べ立てた。

「この扉の大きさに、この蝶番は小さすぎる。扉の両面には取っ手がついていないとヒトデが使いづらい。取っ手はヒトデがつかみやすい、細いものにしたほうがいい。そして………」

 一番の問題点をビシッと指摘した。

「穴の形と扉があっていない」

 壁に開けた穴も歪んでいるが、扉も歪んでいる。扉がはまっているというより、引っかかっている状態だ。

「大丈夫です。扉として機能します」

 シュデルが言い張った。

 オレは足先で扉を軽く蹴った。

 パコッと外れて、弾みながら通りに落ちていった。

「なっ」



 その後、オレはラッチの剣に2時間ほどニダウ中を追い回された。逃げている途中で熊さんに会った。ニダウの蜂蜜製造所に雇ってもらったそうだ。明日から、仲間と一緒に郊外の養蜂場で働くことになったらしい。金が貯まったら再び球体を作って、ラッチの剣に復讐して、盗賊に戻るんだと言っていたが、オレを追ってきたラッチの剣を見て、腰を抜かしてガクガク震えていた。盗賊に戻る道は険しそうだ。

 ヒトデの扉はフローラル・ニダウの常連客の大工が作り直してくれた。

 高さ25センチほど、幅は15センチでヒトデも試しに出入りしたが使いやすそうだ。もちろん、仕事代は請求されたが銀貨5枚と材料費代だった。

 そして、ヒトデは今日も元気に、フローラル・ニダウに遊びに行っている。




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