大正義幼馴染
僕がまだ子供の頃……そう、まだ保育園に通っていた頃。
とても仲が良かった一人の女の子がいた。
名前を「ハルナ」といった。
その子は僕が大好きな特撮ヒーローの話をいつもニコニコしながら聞いてくれていた。
遊び時間になると、彼女は僕を見つけてこう言う。
「ひろとかいざー!たすけてー!」
その声を聞いて、僕はすぐに彼女の前へと走っていく。
「せいぎのひーろー、ひろとかいざーさんじょう!」
僕は好きなヒーローの真似をして、登場シーンのポーズを決めた。
すると、彼女は少し横に移動して、めいっぱい悪そうな顔を作ってみせる。
「ふはは。やっときたか、ひろとかいざー。きょうこそおまえをたおしてやる」
そんな彼女に僕は必殺技を放つ。
「やれるもんならやってみろ!くらえ!ひろとざいざーびーむ!」
……子供のごっこ遊びだった。
しかし、僕は彼女の前では本物のヒーローになりきっていた。
彼女は僕が演じる正義のヒーローに、助けを求め、応援し、そして立ちはだかった。
彼女の前にいる僕はいつも正義のヒーローであり、
僕は、いつまでも彼女の応援を受け、彼女を倒し、
最後に彼女を救う正義のヒーローでありたいと思っていた。
しかし終わりは唐突に訪れた。
彼女と出会って2年目が終わる頃、
世界中を巻き込んだ世界大戦が勃発したのだ。
世界は核兵器の応酬で炎に包まれ、あっという間に文明を後退させた。
僕とハルナも、別れの挨拶すら出来ずに離れ離れになった。
そして10年という月日が流れていった……。
俺はヒロシが運転する単車のサイドカーにどっかりと座って荒野となった新宿を走っていた。
「なぁヒロト~。そろそろガス欠になりそうだからどっか襲いにいくべ?」
モヒカン頭をなびかせながら、ヒロシが棘のついた肩パッド越しに俺を見て言う。
「しゃーねーなぁ。なら飯とガソリン奪ったらついでに箱根にでも遊びに行くか?」
「お、流石俺達のリーダー!話がわかるね~」
ここら一帯じゃ名の知れた暴力組織「テンペスト」。
俺はそこの幹部となっていた。単車を運転するヒロシは副リーダーだ。
俺とヒロシの後ろには、斧やボウガンを片手に単車に跨る悪そうな連中が大勢ついて来ている。
俺は絵に描いたような悪人に育っていた。
大戦が始まるとすぐに経済は混乱し、多くの人間が安全な地方に引っ越した。
核攻撃を機に物流が完全にマヒし、暴力で食料や水を奪う者たちが発生した。
俺は学校に通うことも出来ず、その日を生き延びる事だけを考えて生きる破目になった。
そしてその結果が、悪の四天王の一人という肩書を持つ今の俺だった。
だが俺は自分が悪人になったとは思っていない。
単に環境に順応しただけだ。
俺は幸運だった。
俺の心よりも真っ先に体がこの環境に順応してくれたからだ。
核兵器による放射能の影響か、
それとも未曽有の危機に瀕して起きた人類の超進化か、
世界大戦の勃発後、極めて強力な肉体に変貌する人間が現れ始めた。
そのような人間を、人は「超人」と呼んだ。
かく言う俺もその超人の一人だった。
俺は手に入れた超人の力で荒廃した世界を生き抜くことが出来た。
だから俺はこれまでの自分の生き方に何一つ後悔していない。
「お、あそこの廃ビル誰かいるなぁ~。煙が出てやがる。馬鹿な奴らだ」
ヒロシがそう言ってニヒヒと笑う。
全くその通りだ。
この世界で居場所を知られるのは襲ってくれと言っているようなものだ。
「ヒロシ。お前に任せるから好きにしろ」
「おう!お前らぁ!狩りのはじまりだぁ!」
ヒロシに命令すると、ヒロシは後ろの連中に襲撃を宣言した。
俺達は窓に打付けられた板の隙間からわずかに煙を漏らす廃ビルへと向かった。
廃ビルに到着し、部下達が黙って俺の言葉を待っている。
「俺はここで寝てるから終わったら教えろ」
「女はどうする?」
「いつも通りだ」
俺の言葉を聞いて、ヒロシ達がヒャッハー!と喜びの声を上げる。
いつも通りとはつまりそういうことだ。
ヒロシたちは武器を手に廃ビルへ殴りこんでいった。
1時間もあれば終わるだろう。
俺はサイドカーに寝そべって瞼を閉じた。
…………
「ぎゃああああっ!」
寝しなに突然野太い悲鳴が聞こえてきた。
誰か返り討ちにされたらしい。
その後も悲鳴が次々と聞こえてくる。
どうやら一人や二人の被害ではないようだ。
あれでも大事な部下達だ。助けてやるか。
俺はサイドカーから降りるとググッと伸びをして、
部下達の悲鳴の鳴りやまぬ廃ビルの中に入っていった。
「あ、ボス!!」
部下のマサトが一人でこちらに走ってくる。
「何があった?お前一人か?」
「そ、それが……あの煙は雨漏りで中に溜まった雨水が、蒸発して外に噴き出してただけだったんです。
それで俺達が戻ろうとしたら、突然現れた変態女が襲い掛かってきて……」
変態女?
「アンタがキョッパー達の親分ね!成敗してやるから覚悟しなさい!」
あ?キョッパー?
キョッパーってたしか昔やってた特撮ヒーローの敵組織のキョッパー?
突然女の声が俺を成敗すると宣言してきたので、俺は不機嫌そうに振り向いた。
……そこには血塗れになって気絶したヒロシを引きずっている変態女がいた。
正確には、変態じみた恰好をした女だ。
ビキニアーマーにロングブーツ、背にはマントを羽織り、
頭には両脇から黄色い角の生えた兜をかぶっている。
紛うことなき変態の姿をした女だった。
顔が可愛いのだけが唯一の救いだ。
ん?この顔……。
「おい変態女。お前名前は」
「誰が変態よ!散髪途中のままのアンタに言われたくないわよ!」
「誰が散髪途中だ!これはツーブロックだ!こういうファッションだ!」
俺は髪のことを言われて思わず言い返してしまった。
くっ、やはりこの髪型はやめておくべきだったか……。
可愛い女の子に散髪途中と言われて俺の心は深く傷ついた。
「まあいいわ。アンタたちに教えてあげる。
私は正義のヒーロー…いえ、大正義ヒーロー『ハルナカイザー』よ!
今から成敗してあげるからあの世で私の名を広めなさい!」
そう言ってビシッ!っと見覚えのあるポーズを決める。
……間違いない。この変態はハルナだ。
生きていたのか……。
「てめぇ!よくもボスのカッコいい髪型を!」
「あ、おい!」
俺の髪型にケチをつけたことに激昂したマサトがハルナに殴りかかった。
しかし彼女はそんなマサトのパンチを片手で簡単に受け止め、手首を握って投げ飛ばした。
もんどり打って倒れたマサトは、白目を剥いて痙攣しながら泡を吹いていた。
ハルナは「超人」になっていた。
なるほど……ヒロシ達の手に負えないわけだ。
「次はアンタの番よ!覚悟しなさい!」
彼女は俺に向かって疾走し、拳を振り上げた。
「正義のヒーローは!戦う意志を見せない者を一方的に殴ったりはしない!」
俺が嘗て目指していたヒーロー像を叫ぶ。
すると彼女の拳は俺の眼前で停止した。
「くっ!キョッパーの癖に少しはまともなこと言うじゃないっ!」
彼女は俺の言葉にあっさり納得して、眼前に突き出した腕を下げる。
間違いない……。
ハルナはこの10年でバカに育っていた。
きっと義務教育を受けていないせいだろう。
「正義を名乗るなら正義の意味をよく考えろ!
お前のやっていることはただの暴力だ!
お前がやるべきはその拳を振りかざすことじゃなく、
困っている人を助けることだろう!」
俺は略奪目的でこの廃ビルに来たことを棚に上げて彼女に力説する。
「この大正義ヒーローハルナカイザーに正義を語るなんて……。
しかもこの私が言い返せない!?
アンタ、ただのキョッパーじゃないわね。一体何者なの!?」
ただのキョッパーってなんだよ……。
「フッ!俺か?俺はこの組織の幹部にして、悪の四天王の一人……。
人呼んで、『吹き荒んだ心のヒロト』!」
「……もしかして……ヒロ君?」
何故バレた!?
俺もこの10年でバカに育っていた。
きっと義務教育を受けていないせいだろう。
「ち、ちがう!………………ハルナ、お前こんなところで何をして……」
「やっぱりヒロ君だ!10年ぶりだね!私の事覚えててくれたんだ!」
そういって彼女は嬉しそうに抱きついてきた。
「わわわ!ハルちゃんわかった!覚えてるからくっつかないで!」
僕はこの10年で純情に育っていた。
強がっていた俺からあっという間に昔の僕に戻されてしまう。
悪の四天王などと言われていても、所詮キスをしたことも無いチェリーボーイだった。
「ヒロ君!また私と一緒に正義の味方をやろう?」
彼女は10年前と変わらぬ屈託のない笑みを僕に向けてそう言った。
僕は彼女を見つめ……そして首を横に振った。
「……ハルちゃん。ごめん……。僕はもう正義の味方にはなれないよ」
僕の言葉に彼女の眼が見開かれる。
「なんで!?あんなに正義のヒーローが大好きだったじゃない!」
「うん。でも今はハルちゃんが正義のヒーローをしてくれてる……」
「私が正義のヒーローになったのは、あの頃のヒロ君に憧れたからなんだよ!?」
「ありがとうハルちゃん。なら僕はやっぱり正義のヒーローにはならないよ」
「な……なんで?」
彼女の潤んだ瞳が僕を見つめる。
「僕がヒーローだったとき、ハルちゃんは僕に倒される悪役になってくれた。
そしてヒーローである僕を応援する人にも、助けを求める人にも。
僕はハルちゃんにヒーローにして貰えたんだ」
僕は優しく微笑んで、未練を断ち切るように彼女に言葉を投げかけた。
「今度は僕が悪役になるよ。悪い奴らを纏め上げて、悪者のトップに立つ。
そして、ハルちゃんを誰もが認める正義のヒーローにしてあげる」
「わ、わたしと一緒に悪い奴と戦っちゃダメなの?」
「うん。それじゃきっと僕もハルちゃんも正義の心を忘れてしまう」
正義のヒーローは困っている人の為に戦うからヒーローなのだ。
大切な人の為に戦うだけなら悪人にだって出来る。
僕は踵を返し、彼女に背を向けて歩き出す。
「今度会った時は、きっと僕はもっと悪い奴になってる。
だからハルちゃんも、僕に負けないようにもっと強くなっててね」
「ヒロくん……。うん……!わかった!わたし、絶対強くなるから!」
振り向くと僕の背中に向けて叫ぶ彼女の頬には一筋の涙が伝っていた。
僕は立ち止まって彼女に叫び返す。
「約束だよ!沢山悪者をけしかけてやるから!
ハルちゃんを誰もが認める大正義ヒーローハルナカイザーにしてあげるから!」
僕はこの日、10年ぶりに幼馴染と再会した。
彼女は正義の味方になっていて、僕は世界を荒らす悪者になっていた。
だから、今度は僕がハルちゃんを応援しようと思う。
僕はハルちゃんとこの荒廃した世界で、10年ぶりにヒーローごっこを始めるのだ。
初めての短編小説です。
即興で書いたので当初目指したイメージとはかけ離れたものが生まれてしまいました。
投票、ご感想等頂けると幸いです。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。




