襲撃
視力落ちたかな……?
美味いバケットがあるんだ。
そう言ってメイナードは大使館への帰路を反れた。
ついさっきパン屋でフランス人を釣ったのに、ぼくらは美味いバケットを求めてブーランジェリーへ向かう。今ごろフランス人はセーヌ川の水底に沈んでいるだろう。シニカルな話だ。
プジョーはパリの街を走る。車内にはクラシック。エアロスミスのウォーク・ディス・ウェイ。大昔から変わらない、ロックンロール・イコン。メイナードは鼻唄混じりにハンドルを切る。
やがて、細い路地にライオンはその体を通していく。
ひっそりと看板を出す、シュプレム・ブーランジェリー。ヤンキー(アメリカ人)には似合わないおしゃれな店。
車を店の近くに停めて、歩く。店まで50メートルも無い。
路地に人通りは無く、ぼくとメイナードだけがそこにいた。
よく考えれば、ぼくらみたいなヤンキーの男二人がこんなおしゃれな店でバケットを買うなんておかしな話だ。ミスマッチの体現。メイナードはともかく、ぼくなんかは似合わなさすぎてパリジャンに笑われる。店員もこんな血生臭い奴らを店に入れたくないだろう。自嘲気味に笑った。
メイナードがドアに手をかけた時だった。路地の向こうの景色がゆらりと揺れたような気がした。まるで陽炎のように、たくさんのガムシロップを水に入れたように。
ぼくは、その嫌な揺らぎを知っていた。
「伏せろ!!メイナード!!」
ぼくらの後ろから、爆発音と衝撃と小さい石ころが襲った。
ぼくらを乗せていたプジョーはへしゃげて、べこべこになって火を上げていた。
揺らぎはその巨体を細い路地に無理矢理ねじ込んで、鉄の暴風雨を浴びせてくる。じっとしていたら、合挽き肉にされてパテの材料にされてしまう。ぼくらは慌てて、更に細い路地に飛び込んだ。
「おいおい……嘘だろ?」
メイナードはそう言うが、本当のことだ。ぼくらは環境追従迷彩を装備したECNに襲撃された。最悪のケースだ。
「環境追従迷彩を付けてたってことは特殊戦仕様機か……ビル、何か分からねぇか?」
「ぼくらに撃ってきた兵装……発射音が特徴的だった。たぶん、イスラエルのIWI社製のECNライフル……」
路地を全力で駆けながら、馬鹿でかい声で会話する。
「クソッタレが……散々支援した国の兵装で殺されはぐったって訳か……癪だぜ」
「何処の国の兵装だろうとミンチになるのは、ごめんだ……でも相手はまだ遊び足りないらしいぞ?」
ぼくらの進路を塞ぐように、さっきぼくらを殺そうとしたECNが砲口を向けていた。予想通りのIWI社製のECN専用アサルトライフル。無理矢理細い路地に機体をねじ込んだせいか、環境追従迷彩は剥がれ、グレーの都市迷彩が顕になっていた。
「なぁ……これってやばくないか?」
メイナードが分かりきったことを訊いてくる。答えは三歳児でも分かるが、ぼくは答え通りになるつもりなんてさらさら無い。目の前のECNは今度こそぼくらをバンズに挟まれた出所不詳のパテの材料にしようとしている。
「メイナード……一歩も動くなよ……?」
「は……?お前何を……」
ぼくを気違いか何かのように見るメイナードをよそに、ぼくは金属の筒を石畳に投げ付けた。石畳に叩きつけられてカラカラと筒が転がると、ぼくらに砲口を突きつけていたECNを青い静電気のような物が包み、ECNの動きが止まった。
ぼくはECNに向かって走った。後ろでメイナードが何か叫んでたが、生憎聞いてやる余裕は無かった。
ECNに取りいてコックピットによじ登り、コックピットの直上に筒を直接叩きつけた。
ぼくは筒を叩きつけた箇所から発生した衝撃で吹き飛ばされ、石畳に体を強く打ちつけた。ECNは小刻みに動きながら、前世紀の出来の悪いガラクタのような音を立てて膝をついた。
「おいおい……大丈夫かよ?生きてるか?」
石畳の上で大の字になっているぼくの元へメイナードが歩いてくる。
「まぁ、なんとかな……手、貸してくれ……」
「おう……それより、さっきのあれ何だ?」
おそらく地面とECNに叩きつけた物のことだろう、と思った。
「対ECN用パルスだよ。対ECN兵器の一つだ……でもECNに直接叩きつけたのは、ぼくが初めてかも」
「まじかよ……やっぱおかしいよ。お前」
軽いデジャヴを感じながら、ぼくとメイナードはハンドガンを抜いた。目の前のジャンクは活動を停止しただけで、機体を完全に破壊したわけでもパイロットを殺したわけでも無い。
ゆっくりと機体をよじ登る。不思議なことに、これだけ滅茶苦茶なことをしたにも関わらずサイレンの音一つ聞こえない。路地に機体を登る音だけが響く。コックピットはEMPの影響でロックが外れて、開いていた。ぼくはメイナードとアイコンタクトして、一気にコックピットを開いた。
「……なんてこった……」
コックピットに銃口を向けていたメイナードは頭を抱えた。ぼくも目に写る光景が信じられなかった。あり得ないことが起こっていたのだ。
コックピットの中には、人っ子一人いなかったのだ。UECN。試験運用中の技術、新たな救済の使徒がぼくらを襲ったのだ。
ドイツ製第5世代機Teufelに生産国もメーカーもバラバラな兵装。無理矢理付けられた環境追従迷彩。即席・低スペックの特殊戦仕様機。
「どういうことだ……まだ陸軍だってまともに運用出来てないんだぞ?」
メイナードの言う通りだ。自律型無人ECNはDARPAと陸軍が研究中のテクノロジーで、まだテスト運用の段階の技術だ。他国も同じような研究をしてるが、合衆国より進んでる国は何処もないとメイナードの調査結果で分かった。
それが何故、パリでぼくらを襲うのだろう。ぼくもメイナードもさっぱり分からなかった。
メイナードは大使館に連絡をしている。美味いバケットを買うつもりが、ヤンキーらしい血生臭いアクシデントに巻き込まれてしまった。
ECNのコックピットを覗くと、コンバットログ(戦闘記録)が勝手に消去されていた。足跡を辿るには、かなり骨が折れるだろう。
「ビル、あと3分で迎えが来る……」
「あぁ……出来れば30秒で来てほしいね……」
石畳に打ちつけられた背中が鈍く痛んだ。