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Iron Executioner  作者: ごまみりん
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尋問


困った。ぼくは非常に困ってしまった。


何が困ったかというと、パン屋に辿り着けないのだ。


友人がいつだったか話してたパリにある幻のパン屋とやらに行こうとしたのだが、ARのナビゲーションシステムには載ってないし、初めて訪れた異国の街で道も分からない。マップと街頭ARの標識を頼りに頑張ってみたのだが、どうにも儘ならない。


これでは幻のパンを食いっぱぐれてしまう。非常にまずい状況だ。

背に腹は変えられない。ぼくは通行人に道を尋ねることにした。ぼくに道を尋ねるなんてバイタリティは無いが、気合いと雰囲気で乗りきるしかないだろう。


道行く人の中から適当に目をつけた男に声をかけた。


「Execuse me?」


身長180センチ程のすらっとした細身の男。いかにもパリのおしゃれな男といった感じだった。歳は30代前半ぐらいか。


「ここに行きたいんですけど、どう行けばいいですか?」


ARマップを見せながら、男に近づく。ぼくの英語がAR上でフランス語に翻訳され、男は笑顔でマップを指差しながら道順を教えてくれた。


「Merci beaucoup.(メルシィ ボクー)[どうもありがとう]」


「Bon voyage.(ボン・ヴォヤージュ)[良い旅を]」


フランス語で礼を言ってパン屋へと向かおうとすると、道を教えてくれた男が突然ふらついて倒れそうになり、ぼくは慌てて倒れそうな男を支えた。


「大丈夫ですか?」


男は気分が悪そうにしている。脂汗をじっとりと貼り付け、顔色も悪い。


救急車を呼ぼうと手のひらの端末チップで緊急通報番号を押そうとすると、通行人の一人が


「俺は医者だ。ウチの病院まで運ぼう」


「わかりました、車は?」


「あっちだ」


医者のプジョーに、男を乗せてぼくも助手席に乗った。


医者はアクセルを踏み、プジョーはパリの雑踏を進んでいった。






そしてぼくは今、空き家の地下にいる。目の前には手首を切り落とされたさっきの男が椅子にくくりつけられている。


パラミリの連中がフランス人をぼこぼこに殴り付け、尋問用のナノマシンと薬物を注射する。ナノマシンのせいで気絶することも出来ずに、ぎりぎりの痛みを感じて叫び散らしながらLSDが回り、口が緩む。


パリ市内にあるCIAのトーチャールーム(拷問部屋)。


幻のパン屋なんて存在しない。AR上の翻訳なんか使わなくてもフランス語はある程度喋れる。医者はメイナードだ。フランス人が具合を悪くしたのは去り際にメイナード特製の魔法のお薬を太股に注射したから。フランス人はDGSEの防諜要員。全部うそ。


昔デルタにいた頃は、こんな仕事をいやになる程やっていた。要人暗殺に誘拐、破壊工作に敵性地域への潜入。ECNパイロットになってからはご無沙汰で自信が無かったが、何とか拉致できた。


フランス人の悲鳴が部屋に轟く。助けを求めるが、残念ながら部屋は防音されていて薄汚い悲鳴が外に聞こえることは無い。


他の部屋からも似たような声が聞こえてくるが、喚き散らす言語は各々異なる物だった。


まるでブラックサイト(秘密収容所)だ。


隣の部屋から頬に血を付けたメイナードが入ってきて


「おつかれ、ビル。コーク飲むか?」


「あぁ……それより、いつからここはグアンタナモだかアブグレイブになったんだ?」


「本日、グランドオープンさ。今尋問を担当してる奴らはグアンタナモで尋問をやってた奴らだ。筋金入りのサド野郎共だよ」


おっかない話だ。まさかここに連れてこられた連中も、あの悪名高きグアンタナモにいた奴らの尋問を受けるとは夢にも思わなかっただろう。


「さっき、隣の部屋でウォーターボーディング(水責め)を見てきたんだけどよ、俺は死んでもやだね。あいつら、ファラリスの雄牛とかユダのゆりかごが欲しいとか言いやがる。イカれてるよ……」


「その割りには笑ってるみたいだけど?」


「別に苦い顔する必要なんてねぇだろ。俺がやられるわけじゃない」


そう言ってメイナードはアメリカ帝国主義の象徴をがぶがぶと飲んだ。


今トーチャールームにいるのは、フランス人とカナダ人に中国人。モサドの連中は国に帰って、日本とは上が交渉して穏便に済ませたという。


メイナードはつまらないと言うが、合衆国だってヤキが回っても馬鹿じゃない。


現在同盟国である日本と事を構えれば、環太平洋地域での作戦遂行が難しくなったり、人道軍政策に関する新国連での擁護取り消し、共同開発中の戦略マスドライバーの開発がストップする等のデメリットがある。どう考えても割りに合わない。


「夕方には内閣調査室からのデータが送られてくるらしい。それまでゆっくりしてようや……」


「男の悲鳴を聞きながら?ごめんだね……ぼくにそんな趣味は無いよ。せめて女にしてくれ」


「女だったらいいのか?」


「せめてだよ。女の悲鳴を好き好んで悲鳴を聞きたいなんてサド性癖は無い」


「なら安心だ」と言ってメイナードは二本目のコークを開けた。そんなにがぶがぶ飲んでたら糖尿まっしぐらだが、メイナードの体には無駄な肉が一つも無かった。



悲鳴と怒号と嘲笑。非人道的な救済の裏側を視覚と聴覚と嗅覚で感じながら、ぼくはキューバについて考えていた。


ぼくらが滅茶苦茶にしたキューバはアメリカの人道軍によって統治されている。キューバ州、アメリカ領キューバ。


焼け野原には死体から物を盗ろうと薄汚い奴らが寄ってくる。アメリカ資本の企業や東南アジアに拠点を置くヨーロッパ資本の企業がハイエナのように復興事業に飛び付く。PMCもご多分に漏れず、人道軍の下請けにつく。


片手間で復興事業をこなし、安く工場を建てる。PMCは人件費の安く、使い勝手の良い子供たちを少年兵として戦場に出し、自爆攻撃や敵拠点への突撃、陸戦ドローンへの囮として使う。


ぼくもそんな少年兵たちを数えきれない程殺してきた。銃で、ECNで。


旧キューバ共和国政府関係者は一人残らずグアンタナモにぶちこまれ、いつの間にかグアンタナモにもいないだろう。


これに国際社会は一応の反発を見せる。新国連の安全保障理事会ではロシアや中国は怒り狂い、フランスやドイツは苦い顔をする。日本とイギリスとイタリアはアメリカを擁護して、下手な芝居を全世界に見せて終わり。誰も本気で糾弾したりしない。いや、出来ない。


アメリカが保有する戦略核兵器は、あるタイミングからロシアと中国の保有数を上回った。気付けばアメリカは世界中を敵に回しても勝てる程の軍事力を手にしていた。巷じゃ、合衆国じゃなくて帝国と呼ぶ人もいる。


どこの国だって、そんなスターウォーズの銀河帝国を現実にしたような国と真っ正面からぶつかりたくは無い。


だからキューバは悪いようにはならないだろう。帝国の悪いようには。




「ブラッド中尉、メイナードさん。全員おちました……」


ぼんやりとした思考をラングレーの尋問要員が破った。どうやら全員喋ったらしい。


「そうか、ご苦労。撤収の準備だ……ビル、戻るぞ」


「あいつらの始末は?」


「コンクリで固めてセーヌ川にでも沈めるさ」


「まるでジャパニーズマフィアだな」


「そうなのか?」


「日本のECNパイロットが言ってた。トウキョウワンニシズメルってな……」


「そういうのは万国共通なのかね?」


「さぁな」


トーチャールームから出て、メイナードのプジョーに乗り込む。その時、微かにくぐもった銃声が聞こえた。


「防音できてないぞ?」


「本当だな……直しとかなきゃならない」


プジョーはパリの街並みに溶けていった。

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