戦争
シュークリーム食べながら書きました。よろしくお願いします!!
シャルル・ド・ゴール空港を出ると、大使館の車が迎えに来ていた。
パリ、芸術の都。
ナポレオン3世の帝政時代、オスマン男爵によって形作られたパリの街並みを窓から眺める。
19世紀から21世紀までの古典的な建物が残る古都。嘗ては古都と言えばチェコやドイツが挙げられたが、今やヨーロッパ全土が古都と言えるだろう。
ヨーロッパ諸国は進化するテクノロジーを取り入れつつ、街並みや景観を大きく変えることを嫌った。それは今に始まったことでは無いが、ヨーロッパ資本の大規模な企業は拠点を東南アジアの経済特区や日本に移し、ヨーロッパから離れた。彼らはよほど高い場所が好きらしい。
石造りの伝統的なアパルトマンに、くたびれたエッフェル塔。前世紀に一度狂信者に爆破された凱旋門とシャンゼリゼ通り。
欲を言えば、ルーヴルでモナ・リザを見たかったが仕事で来てる訳で大使館のドライバーにルーヴルに行ってくれと言える筈もない。
街並みはあっという間に流れ、車は大使館の敷地に入っていった。門の前には装甲繊維のボディアーマーを着込んでM4を持った海兵隊員が歩硝していた。
大使館に入ると念入りなボディチェックを受けた。金属探知に静脈や網膜識別、本国のデータとの照合。果てはポリグラフと来た。いくら何でも厳重すぎる。
大使館に入ってから二時間弱してから、やっと大使への面会が通った。
大使館職員に連れられ、大使の執務室の前に行く。職員がノックすると低く深みがある声で「入れ」と中から聞こえた。
執務室には髭を蓄えた初老の男がデスクに向かっていた。
「あぁ……もう終わったのか、敬礼はいらない。堅苦しくしなくていい、閣下と呼ぶのもやめてくれ。未だに慣れないんだ……」
ぼくが敬礼して閣下と呼ぼうとするのを先に制した男は応接用のソファに座り、ぼくに座るように促す。
「国務省から話は来ている。長旅で疲れてるところ、あんな検査に付き合わせてしまって申し訳ない」
駐フランスアメリカ合衆国大使、ブレンダン・カーティス大使は頭を下げてきた。
「いえ頭を上げてください、大使……それよりも何か起きてるのですか?」
「詳しいことは後程然るべき者に説明させる。とりあえず、地下に行こう。君に見せたい物がある……」
そう言って大使は執務室から出た。
大使館に地下があるのも初耳だったが、地上階の物より遥かに厳重なセキュリティ体制に驚いた。地下はまるで巨大なシェルターのようで、地上階よりも広く感じた。
いくつものゲートを通り、突出して警備が厳重な一室の前に辿り着いた。ドアの前には完全武装したラングレーのパラミリと海兵隊員が5人で進路を塞いでいた。
「この先だ……」
大使がドアのロックを解除すると、そこには見慣れた仕事道具があった。
「これは……」
「君が到着する一歩前に届いたのだよ。君のECNだ」
ライトに照らされ鈍く光を反射する真っ黒なステルスペンキ、FN社製のECN専用アサルトライフル、SCAR-ECN/G。各種特殊作戦用兵装。紛れもなくぼくがいつも乗っているECNだった。
「第7世代型ECN、M75-imperator。君の為のワンオフ(専用機)。事実上の第8世代機……」
「大事な相棒です」
「imperator、ラテン語で皇帝という意味か」
「そんなに大仰な名前つけられても困るんですがね……」
何はともあれ、ECNが届いて良かった。もし生身でECNとやり合うとなると骨が折れる。というより冗談じゃない。
「大使ありがとうございます」
「構わない。本国の意向でもあるし、私たちの為でもある」
大使の言葉の意味を測りかねていると、ドアが開いた。
「大使、兵隊はつきましたか?」
「あぁ、隣にいる」
ドアを開けた茶髪の男はぼくの方に近づいてきて、手を握った。
「CIAのメイナード・ジャクソンだ。よろしく頼む」
挨拶を返し、メイナードを見る。この男からは情報機関に属する奴らが無意識に放つ嫌悪感が無い。不思議だった。
「あぁ……俺がラングレーっぽくないって思ってるんだろ?よく言われるんだ。おたくもそういう奴の方がいいだろ?聞いたぜ、情報機関嫌いなんだってな」
「あぁ、確かにあんたは接しやすいよ」
「そりゃ光栄だ。だけど誤解しないで欲しい。情報機関の連中は本国でふんぞり返ってる奴らみたいのばっかじゃない。現場の奴らはあんなにひねくれちゃいないさ。NSAのエンジニアは案外可愛い子が多かったりするんだぜ?」
「なら今度飲みに誘ってみるよ、えっと……」
「メイナードでいい」
「じゃあ、ぼくもビルでいい」
「よし、ビル。出来ればこのまま飲みに行きたいところだが、早速仕事の話だ。今この街で何が起きてるか説明しよう……上に戻るぜ?」
大使が話していた然るべき者とはメイナードのことだったようだ。
ぼくらは大使の執務室に戻り、大使とぼくとメイナードの三人は応接用のソファに腰を落とした。
説明なら地下でも良かったと思うのだがメイナード曰く、「ここなら絶対に盗聴されない」とのことだ。
職員が持ってきた紅茶を飲み、一息つくとメイナードが口を開いた。
「さて……お前はこの仕事についてどのぐらい知っている?」
ぼくは殺風景な会議室で聞いたことを、そっくりそのまま言った。ついでにインテリジェンスコミュニティが無能だということも言ってやった。
「ハハハ……まぁ確かに無能だな。大まかなことは分かってるみたいで良かった。DGSEの連中は大慌てだ、傍受した通信で半狂乱になっていたな……。だが、会議室の連中には悪いが状況はそんなに甘くない」
神妙な面持ちになったメイナードが地元紙のARを何枚か送ってくる。
どれも殺人のニュースだった。日本人とフランス人にカナダ人と中国人。日時も違えば、手口も違う。
「これは?」
「日本人は内閣調査室、フランス人はDGSE(フランス対外治安総局)。カナダ人はCSIS(カナダ安全情報局)で中国人はMSS(中国国家安全部)だ。ニュースにはなっちゃいないがモサド(イスラエル諜報特務庁)の奴もやられた」
「先日、大使館付きのNSAのチームの一人も……」
大使は拳を強く握り、音が聞こえてくる程の歯軋りをした。
「つまり……」
「あぁ……今パリでは戦争が起きてる。諜報機関どうしの戦争だ。戦況は泥沼」
これで大使館の警備が異常なまでに厳重だったことに納得がいった。あの警備は大使暗殺を警戒したものだった。
「各国は大使館に兵隊を集めてる。日本大使館にも特殊戦仕様のECNが分解、偽装された状態で運び入れられるのを確認した。第6世代機が8機だ……カナダも中国も同じく」
「ここはどうなんだ?」
「第6世代bellatorが7機、第5世代gladiusが5機だ。地下に格納してある」
NSAのチームとメイナードが掴んだパリに存在する大使館が保有するECN戦力と照らし合わせても、ここの戦力は充分な物だった。万が一にもパリのど真ん中で他国のECNと交戦することは無いと思うが、絶対は無い。
「そもそも何故、諜報機関の連中はパリで暴れまわってるんだ?今回の件と何か関係が?」
別に首都に諜報員が紛れ込んでいても、その国の防諜機関が対処するだけの話だ。だが今回はDGSEが単独で全て対処した訳じゃない。内閣調査室がCSISを殺し、モサドが内閣調査室を殺してとDGSEの手には負えてない。さらに郊外での作戦に、未確認ECN。関係無い筈が無い。
「図星だ」と大使は言った。
「各国は件の未確認ECN、UNKOWNの確保に躍起になっている」
「こいつを見てくれ……日本の内閣調査室の資料だ。日本でもUECNのテストをしていたらしいんだが、同じように暴走した。やはり同じく、UNKOWNが日本国内で確認されている。おそらく他も似た口だろうな」
アメリカだけじゃなかった。こんな情報を掴めないなんて、やっぱりアンクルサムもヤキが回ったのだ。
「で、ぼくは何をすればいい?」
「そうだな……明日から俺と情報集めだな」
「情報屋でも当たるのか?」
「いいや、これは戦争だ。そんな生ぬるいことはしねぇ」
「………あぁ、分かった」
昔デルタなんて部隊にいたせいか、メイナードの言わんとすることが分かってしまった。この手の仕事は久しぶりで上手くやれるか自信が無い。
まぁ、やるしかないのだけれでも。
「とりあえず、何をするにしても明日からだ。今日は長旅で疲れただろう。もうすぐ夕食の時間だ。ワインも用意したから楽しんでくれ」
大使の言葉がブリーフィングの幕を引いた。
夕食で出されたワインがこれから流される血に見えたのは旅の疲れのせいだろう。