妄言
「待ちくたびれたぜ」
カールは言った。普段通りの、少しがさついた声で。ARに写る表情も、なにくわぬ、いつもの顔で。メイナードと似た口調で。
「悪かったな」
「詫びはいらねぇよ」
カールはぼくに背を向け、空を仰いだまま続けた。
「ビル、お前にはここがどんな風に見える?」
ここ。ハバナ。更地。核無しの世界終焉のリハーサル会場。救済が為された地。
「俺にはな、将来のアメリカに見えるんだよ。この瓦礫だらけの、埃っぽい場所が」
カールの瞳は、酷く哀れな物を見るようなものだった。空を仰ぐのを止め、辺りを見渡した。ゆっくりと、目に焼き付けるように。
「将来のアメリカだって?」
「あぁ、馬鹿馬鹿しいと思うか?」
「裏切り者の戯言。もしくはジャンキーの妄言」
カールは笑った。
そう言うと思った、と言ってぼくを見据えた。
「俺ら、世界中を飛び回ってきたよな……地球を何周もした。北半球も南半球も、西半球も東半球も関係無く殺し回ってきた。たくさん殺してきた。大人も子供も男も女も……何の罪もないやつらをたくさん」
「何が言いたい?」
「俺らは何故殺してきた?俺らは恨みでも持ってたか?いや、そんな物欠片も持っちゃいなかった……一つも持っちゃいなかった。なのに、俺らは奪っていった。愛を命を、家族を……殺したやつらから全て奪っていった」
「だから何なんだ?」
「お前は、おかしいと思ったことは無いのか!?自由と民主主義を輸出するとか言って、やってることはただの侵略戦争じゃないか!!人道支援軍と銘打った占領軍が居座り、親米政権という名の植民地を作る!!どこに自由と民主主義があるんだ?」
「少なくとも国務省のデータでは、人道軍が入った後の経済状況は良くなっている。救済は為されてるんだよ」
「救済?ハッ……何処が?誰が救われた?アメリカだろ?資源が手に入って……戦争屋や企業の連中は救われてるだろうよ。じゃあ、そこの国の国民はどうだ?大切な物を根こそぎ奪われ、いらない物を押し付けられ、何が救いだ」
カールの瞳には、先程までは無かった輝きがあった。何の光かは、すぐに分かった。ぼくらが決して持ってはいけない光。
「お前は軍人失格だよ。カール」
「軍人の前に、一人の人間だ。ビル、力を貸してくれ」
この男は、ぼくに手を貸せと言ってきた。自分を殺そうとしてるやつにだ。
「ぼくにお前の同志になれと?」
「そうだ。お前がいれば、必ずこの国を変えられる。本当の民主主義と自由を取り戻すんだ……」
酷くむず痒い言葉。希望に満ち溢れている。内容の無い、非現実的な言葉。
「ぼくに革命云々を為せと?」
また何か喋っている。嬉々として、御大層なことをつらつらと。
呆れた。呆れて、呆れすぎて、笑ってしまいそうだ。ぼくは今どんな顔をしているのだろう。
カールはまだ喋っている。高尚な革命精神をべらべらと。
「カール、国を動かしているのは誰だ?」
「……何を」
「官僚だよ。それと政治家。こいつらがいなけりゃ、国は動かない。いくら自由があろうと、真の民主主義を取り返そうと、ふんぞり返って国益を考えるやつがいなきゃどうにもならない」
「主権は国民にある」
「官僚も議員も国民さ。国民が戦争を起こす。マジョリティなんだよ、救済を望む声は。前時代、アメリカは外交で戦争で失敗し続けた。もう失敗したくない、自分たちが世界をリードしていく、苦汁を飲むのはもうごめんだ。そういう気持ちが国民の間に広がっていった」
「それは間違っている」
「それはお前の意見だ。マイノリティの小さな小さな声だ。聞いて欲しくて、構って欲しくて蜂起したか?ノイジーマイノリティになりたくて?」
ぼくの言葉にカールは顔をしかめた。
「ぼくらは考えちゃいけない。ちゃちな倫理を何処かに置いて来なければならないんだよ。特にこういう仕事なら、尚更だ。だけどお前は、それを忘れた。ちゃちな倫理で、足らない頭で考えた。本当に軍人失格だ」
「考えない人形になれってか……お前はいつもそうだった。任務に忠実で、言われたことを完璧にやる」
「それが軍人で特殊部隊員の仕事だろ。ぼくらは戦争で飯を食うんだ。当たり前のことだ」
戦争で飯を食って、日曜日にバドワイザーを飲む。戦争で。
「ぼくはそういう当たり前を守るよ。日曜日にバドワイザーを飲む生活を。間違ってようが構わない。国のことなんて、動かすやつらが考えればいい。この風景が将来のアメリカなら、それもいいだろう。まぁ、どうしたらアメリカが更地になるかは置いといてな……」
「なるさ、必ずな。核で、通常兵器で」
「核?アメリカに核を撃ち込む国があるとでも言うのか?」
「無いと言えるのか?」
「質問を質問で返す時のお前は最高に大嫌いだよ……世界の核抑止は正常に機能している。核を撃ち込めば撃ち返される。メリットは一つも無い」
「一国どうしならな……」
「どういう意味だ」
「アメリカを除く核保有国が全て、敵に回ったとしたらどうだ?」
正気じゃない、と思った。ありえないことを、突拍子も無い、一蹴すべき戯言。現実的じゃない。
「ありえない」
「そうかな?」
「密約でもあると?」
「さぁな。でも世界中で反米意識は高まっている」
「それが核保有国にも伝播する……馬鹿馬鹿しい」
「世界に絶対は無い。絶対的な帝国も……」
硝煙の匂いと埃を含んだ風が吹き荒ぶ。空は真っ赤。遠くから兵器が爆発する音が花火のように聞こえる。
「お前を殺すよ」
「悪いが殺される訳にはいかないんでな……お前が死んでくれ」
カールはライフルを捨てて、格納部から高周波ナイフを取り出した。
ぼくもライフルを捨てた。ARには残弾ゼロとあった。メイナードがあんな数のUECNをけしかけたのは、この為だったのかもしれない。ぼくとナイフでやりあう為に、サシで決着をつける為に。
永遠のような、一瞬のような時間。ぼくらは向かい合っていた。
ブースターの爆音と鉄の軋む音。
引き寄せ合うように迫る互いの機体。
振り下ろされる黒い刀身。その瞬間はスローモーションのようだった。ゆっくりと、コマ送りのように刀身が近付く。
コックピットが悲鳴を上げる。嫌な音。圧迫感。狭い。頭に過る、これまでのこと。
大佐
メイナード
じいさん
ばあさん
母さん
父さん
…………………




