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Iron Executioner  作者: ごまみりん
12/14

強襲



派手な音はしなかった。脚の内部の衝撃吸収材が、着地の衝撃を吸収してくれる。


「ファング1より各機、戦術データリンクへの接続を確認……」


「ファング2確認」


「ファング3、OKです」


「ファング4、接続を確認」


チーム全員がコールサインを名乗り、戦術データリンクとの接続を確認する。


ファング2――メイナードがECNの格納部から自律ドローンを出して、周辺の偵察と兵士を駆除する。


分離したドローンに取り付けられた機銃が兵士のボディアーマーを貫き、装甲車を対装甲兵器グレネードが燃やす。


フランスから一緒に任務にあたってくれたメイナードの部下――ファング3とファング4も近寄る多脚戦車と攻撃ドローンを鉄屑に変えていく。


ぼくらが投下されたのは、ハバナ市街地から少し離れた場所。ある程度守備が薄い場所から一気に目標がいる市街地まで攻め上がる。ありていに言えば、強襲。


市街地周辺のキャンプは蹂躙された。増援要請で駆けつけたECNは一発も撃つこと無く、パイロットと共に役目を終え、作戦区域制圧用のドローンに穴ぼこだらけにされた元同胞たちは、かつて同じように死んでいったキューバ市民を思い出させた。


殺したやつと同じ殺され方をするというのは、シニカルなユーモアだと思った。


興味本位で、自分たちが殺したやつらと同じ立場になった気分はどうだ、と心の中で訊いてみた。答えてくれる筈も無いけれど。


回線をオープンにしなくても聞こえてくる悲鳴と怒号。


鈍い金属と金属がぶつかる音と、爆発音の後に聞こえる断末魔がぼくの鼓膜にぶち当たって頭の中で反響する。


次々とARに写されるロックマーカーが消えていく。


パイルバンカーで


バルカン砲で


マイクロミサイルで


ECN専用アサルトライフルで

マーカーを消す簡単なゲーム。



予定より余裕を持って投下された地点周辺の制圧を終えた。怖いぐらい順調だった。何の問題もない。


市街地に向けてブースターを吹かす。


市街地の方から幾つも黒煙が上っていた。


ARの隅に新たなウィンドウを開き、市街地上空を旋回しているUAVのカメラとリンクさせる。

海岸の防御ラインは崩れ、圧倒的な物量が市街地に押し込もうとしていた。恥知らずの裏切り者たちが必死に防御ラインを再構築して抵抗しているけど、その防御ラインを飛び越して巡航ミサイルが市街地に降り注ぐ。寝返った第三艦隊は、もう海の底だろう。駆逐艦がいくら沈もうが、空母を一隻失おうが、合衆国にはすぐに損失分を補充できるだけの力がある。だから容赦はしない。制空権を取られて、なされるがままに空爆を受ける市街地は高低差の無い場所になっていた。


そこでぼくの頭にぬるりと、疑問と嫌な予感が滑り込んでくる。


むかつく大統領補佐官が言っていたことだ。


300体以上のUECNは何処に行った?



その時、ARに夥しい量の敵性ECN反応が出た。ぼくのARは真っ赤だ。目が痛い。


反応は増え続けていく。何個も何個も。ぼくらを市街地に入れまいと、鉄の壁を作っている。


「よぉ……こりゃあ、また大勢とまぁ……」


「350機ですってよ?メイナードさん」


「作戦中なんだからコールサインで呼べよ、ファング3……めんどくせぇなぁ、ビル」


「お前こそコールサインで呼べよ……まぁ、お笑いやってるぐらい余裕ってことか?」


「冗談じゃないぜ。ケツまくって逃げたい」


それはこっちだって同じだ、とメイナードに文句を言ってARを見た。


まだ壁は700メートル先から動かない。本当に割りに合わない仕事だ。


「全く、やくざな仕事だ」


回線からチームの笑い声が聞こえる。


「全くだぜ……まぁ、お前らと仕事出来てよかったぜ」


「ファング2、不穏なこと言わないでくださいよ……」


「ファング4、生きてっか?さっきから黙ってるけどよ、びびって心臓発作でも起こしたか?」 「生きてます。ファング2」


350体の敵を前にしてるとは思えない言葉。いつも通りのメイナード。ぼくらのささくれ立った気持ちを鎮めてくれる。


350対4。明らかな数的不利。覆せない物量差。


ただ、ぼくは知っている。物量差だけでは勝てないということを。パイロットの腕、機体の性能等が複雑に絡み合った先に勝利がある。


「大将、先に行けよ」


メイナードが言った。350対3。


「俺らで抑える。目標は裏切り者を殺すことで、ここで律儀にオモチャと遊んでやるこたぁねぇよ……」


「ファング1、行ってください」

「突破口は俺らで開きます……」

一瞬の逡巡の後。彼らならやれるだろう、と思った。


「頼む。だけど、モガディシュの戦闘とかレッドウイング作戦みたいなことにはなるなよ?」


「裸で市中引き回しってか?御免被るぜ」


鉄の壁が動き出した。パリでぼくらを襲った出来損ないじゃない、完成品たち。鉄の処刑人たちがぼくらの首を刎ねに来る。


「ファング1より各機、突っ込むぞ。近接戦闘用意、チャフとEMPもだ。ミサイルはありったけ、くれてやろう……しっかりぼくの道を作ってくれよ?」



大挙するUECNに突っ込む。

肩と腕部に格納してあったマイクロミサイルを、全弾ありったけの分を撃ち込む。

壁の前列が爆発と共に崩れた。それと同時にEMPグレネードを壁の中に放り込むと、多くの機体が動きを止めた。その隙に弾幕を張りつつ、近接格闘用の高周波ナイフを片手に壁に突っ込んだ。



まるで大昔の戦争だった。まだ銃――マスケットすら生み出されてない時代の戦争。アーサー王の時代。乱戦。鎧を着込んで、重たい剣で相手を叩き斬る。そんな戦争、そんな戦場。古典的で、野蛮で、清々しい闘い。


高周波ナイフがUECNのコックピットを貫き、AIをめちゃくちゃにする。肩のバルカン砲が、遮蔽物に隠れる合理的な判断をした機体の装甲を、無慈悲に何度も凄まじい速さでノックする。


完全にAIを破壊するまで、何度も何度も起き上がり、向かってくるゾンビ。リビングデッド。



そんなマシンナリーゾンビの海に一筋の道が現れた。


「行け!ビル!!」


メイナードが叫んだ。コールサインで呼ぶことも忘れて、タイムスリップして現代性の欠片も無い戦場で獅子奮迅している。


ブースターを全開にして、ゾンビの海を抜ける。ぼくを追跡しようとする機体を、ファング3とファング4が阻む。


一気に市街地へと進む。






市街地にはUAVからのリンクで見た通り、何も無かった。更地。まっ更地。まっさらな更地。


鉛色の空に、瓦礫から埃が舞い上がる大地。雲の隙間からは光が射して、ここに宗教画的な美しさを与えている。


何もかもが終焉を迎えたような風景。いつか合衆国も、世界もこうなるのだろう。そのリハーサル風景をぼくは見ている。


鳴りやまない戦争の音。聞き慣れて馴染み深いBGMだけど、今は耳障りだった。歓喜の歌でも流したい。


目の前には真っ黒なECN。ARには敵性ECN反応は出ない。ステルス機だからだ。


真っ黒なECNは、ぼくに背中を向けていた。背中を向け、空を仰いでいた。祈りを捧げるように。


回線をオープンにする。


「やっと来たか……ビル」


「待たせたかな?カール」

黒衣を纏った処刑人は互いの首を斬り落とすために、向かい合った。


互いを殺せるのは互いだけだから。


友達だから。

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