革命
真っ黒で無機質な扉。そこに手を翳し、目を近付ける。
《IDを……》
「0536DPQ……」
《認証しました……入室を許可します。ビル・ブラッド中尉……》
「難儀な扉だぜ……」
「さっさと入ろう。大佐に怒られる」
ペンタゴンの会議室の扉のセキュリティには、前々から辟易してた。
メイナードはそうでもなかったらしいが、ぼくは初めの頃ペンタゴンに行くことが嫌になってしまった。
指紋・静脈・網膜・声紋・顔認証。
会議室に入るだけなのに、疲れてしまう。
「入りたまえ……」
部屋には見慣れた上官、渋い顔をしたお偉方。戦争屋たちのビジネスランチ。
「長旅御苦労だったな、中尉」
「えぇ、疲れました。パリでは散々な目に合いましたよ……割りに合わない仕事でした」
「そのようだな……情報面では苦労らしいな」
大佐は意地悪な笑みを浮かべている。チラチラとCIAの顔を見てる辺り、嫌味を込めてるのだろう。ぼくもメイナードも笑いが喉元まで出かかっていた。
大きな咳払い。
「話を始めてもいいかな?アルバーン大佐」
「えぇ」
見たことのある顔だった。
「メイナード……あれ誰だ?」
「安全保障担当の大統領補佐官だ……元陸軍の中将……」
どうりで。言われてみればCNNに出ていたのを思い出した。戦争屋のボス猿。勘に触る声と喋り方をする男だった。
「大統領補佐官のブラウンだ。状況を説明しよう……」
ARにテキストファイルと映像ファイルが送られてくる。
「君達がまだ多国籍軍基地にいる頃、キューバに入った人道支援軍が合衆国とのリンクを切除、陸戦ドローンのコントロールが奪われた。数時間後、ホワイトハウス宛に映像が送られてきた。これだ……」
ARに届いた映像ファイルが開かれた。
『私は合衆国キューバ人道支援軍司令官、ダグラス・ジョンだ。我々は、民主主義と平和を取り戻すべく貴様らと戦う……近年の合衆国は救済という名の虐殺と侵略戦争に明け暮れている。それを民主主義による自由の輸出と宣い、同じ人間の人権と生命を踏みにじっている。これは許されざる行為だ、冒涜だ。我々は戦う。誇りを失った軍とワシントンでふんぞり返ってる連中を叩き潰す為に、革命を為す。同志諸君……』
映像が切れた。
「長いのでな……切らせてもらった」
「反救済派ですか。懐かしい連中ですね」
同志だの革命だの。まるで大昔の共産主義。社会主義国家の跡地で旗揚げするというのも、中々に面白いボケだ。
「ダグラス・ジョン。海軍の少将ですか……」
「さすがはCIAだな。ダグラス・ジョン率いるキューバ人道軍は第三艦隊と陸軍、海兵隊の一部と共謀し、テスト段階のUECNを独自に開発していた事が分かった。君達が絞り上げた情報通りにな……。これには、海軍情報部が深く関わっていた。現在、判明しているだけでキューバには300体以上のUECNが海兵隊の上陸を阻んでいる」
「ジョン・ドウ……UNKNOWNについては何か?」
「あれは有人機だった。名称は無いが、第7世代機だ。海軍が独自に開発してた物で、UNKNOWNにはUECNのAIに干渉する装置が付いている。それが今回の暴走の原因だろう」
ぼくらはパリで同胞に襲われたってわけだ。いや、同胞じゃない。革命を宣う反米勢力。恥知らず。
そこで、思った。
「UNKNOWNのパイロットは?分かってるんですか?」
大統領補佐官は嫌らしい粘着質な笑みを浮かべて言った。
「君のお仲間だよ……」
ARに写し出された顔。ぼくのお仲間、友人、同僚。だった人。
「カール・ブラウン准尉。ですか」
「驚かないのか?」
期待外れの反応をされて残念がっているのか、首を傾げるボス猿。メイナードの手は強く握られて、拳から血が出ていた。
「元、同胞ですから……」
そうか、と言って大統領補佐官は興味を無くした。
「で、ぼくらを呼び戻した理由は?」
ぼくは訊いた。内心、一刻も早くこのむかつく男の前から去りたかった。
「UNKNOWNの破壊。引き続き、任務続行だ」
「ぼくらにキューバに行けと?原隊復帰は?」
「第820特殊機甲歩兵連隊は既に出撃した。君達にはUNKNOWNの破壊を最優先してもらう……」
補佐官がARを見て顔をしかめた。
「グアンタナモが陥落した。総攻撃は48時間後だ。ラングリー空軍基地で待機、作戦はUAVからの空挺降下だ」
「おっかねぇなぁ」
「まったくだ」
コンテナとコンテナとコンテナ。
たくさんの弾薬と地対空ミサイル。システムが戦闘をシミュレーションする音。救済の前の音。
ただ、いつもと違うのはそれが救済ではなく、粛清、鎮圧、撃滅、虐殺。言い方は色々あるが、同胞だったやつらを一人残らず殺すということ。日曜日にビッグマックとバドワイザーを飲み食いしながら過ごす、怠惰で利己的な時間を守る為に同僚だった、仲間だったやつを殺すこと。
ラングリー空軍基地のECNガレージでシステムの調整をしながら、怠惰で利己的で生産性の欠片も無い時間を過ごしていた。
メイナードは明日調整する、と言ってとっくに寝てしまった。今ごろ、宛がわれた部屋で大いびきをかいてるだろう。
ECNのシステムは整備の連中には弄らせない。勝手に設定を変えられても困るし、変なプログラムを入れられたらたまった物じゃない。命取りになる。
「まだやってるのか……」
FCS(火器管制システム)の確認をしていると、声がした。
「大佐ですか……」
クレア・アルバーン大佐。上官だった。
「大佐こそ、こんな夜中までどうしたんですか?」
ぼくが訊くと、大佐は笑って
「佐官は仕事が多いんだ、お前もその内分かる」
「分かりたくないですね。日曜日はバドワイザーを飲んでゆっくりしてたいから」
「そう言うと思ったよ。上官命令だ、付き合え……」
大佐は酒瓶を出した。年代物のスコッチだった。
「作戦前ですよ?」
「2日後だろう?私と飲むのは嫌か?」
「喜んで」
コックピットから出て、椅子とテーブルを引っ張ってくる。飾り気の無い艶の無いシルバーのテーブルとくたびれた椅子。女性と飲むには適さないが、軍人どうしなら十分。
グラスに薄い琥珀色の液体が注がれる。口に含むと、まろやかな口当たりで、甘い香りが広がった。
大佐もぼくも、ゆっくり味わいながら飲んでいた。言葉は無く、ECNのシステム調整の音だけがガレージに響く。
「大丈夫か……?」
大佐がグラスを置いた。
「何がですか?」
「カールを殺すだろう」
大佐の顔が少し曇った。大佐は――彼女は部下を殺すことを割りきれてないのかもしれない。
「仕事でしょう。仕方ありませんよ。カールも、それは分かってるでしょうから」
「そうか」
彼女は、らしくない声で言った。頼りないこと極まりない声で。
「大丈夫ですよ。カタはつけますから、仕事終わりのバドワイザー用意しておいてくださいよ?メイナードの分も」
ブルネットの髪を掻き上げて、青い瞳には幾ばくかの頼りなさを残した彼女は、グラスに残るスコッチを飲み干した。
「帰ってこなければ、選抜課程からやり直しだ……」
「穏やかじゃないですね」
夜は更けていく。
仄かに色づく彼女の頬を見ながら、琥珀色の液体を胃に流す。
胃を熱くする感覚が心地よかった。たまには、ウィスキーもいいかもしれないと思った。




