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ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第一部 僕と彼女と野球と
9/52

#3-2

 書店に入った僕達は野球に関する実用書とマネージャーとして役立ちそうな書籍を探すことにした。

 と言っても、僕の方で適当な書籍を見繕って彼女に薦めただけだが。


「ちゃんとしたの見つかって、良かったぁ! ありがとうね、高杉君!」


「どういたしまして。それを読んで、分からない事があるなら、僕に聞くなり、部員に聞くなりするといいよ。ま、小学生でも分かるように図解にしてあるから、困りはしないはずだから、大丈夫だと思うけど」


 裏を返せば、それだけ基本的なことしか書いていないということではあるのだが、野球の知識がほとんどない彼女には丁度いいだろう。

 けれども、彼女は本当に嬉しそうにもう一度お礼を言った。


「うん、本当にありがとうね!」


「べ、別に、そこまでお礼を言われるようなことはしてないよ」


「うふふ、そんな謙遜しなくていいのに。私の買い物に付き合ってもらったんだもの、お礼は当たり前だよ。あ、でも、高杉君は何を買ったの?」


 彼女は僕の持つレジ袋を見ながら尋ねてきた。


「あ、ああ、これは漫画だよ」


「漫画? あ、もしかして、野球漫画、とか?」


「まさか。今時、野球漫画なんて流行らないよ。これは僕の好きなギャク漫画」


「へえ……野球漫画って流行ってないんだ。でも、昔はそういう漫画も人気があったって聞いてたけど……?」


「昔は、ね。僕らの親の世代とかだと、高校野球を題材にした三角関係ものとか人気を博してたらしいね。今じゃ、それも昔の話さ」


 何を隠そう、そういった漫画の主人公から僕の名前も取ってつけられたのだから、いい迷惑だ。

 と言っても、もう随分の昔の漫画だから、今時の世代では知っている人も少ないのだが。


「ふぅん、そうなんだ」


 彼女は少し残念そうに呟く。


「なに? もしかして、読んでみたいとか?」


「う、ううん、そういうわけじゃないよ」


「そう……ま、読んでも役には立たないよ。野球っていうより、恋愛がメインの話ばっかりだから」


「く、詳しいんだね?」


「ああ、それは――」


 言いかけて、やめた。

 僕は何を言おうとしてるんだ?

 そういう野球漫画を読んで育った親の影響を受けて、自分も野球漫画を好きになって、それがきっかけで子供の頃から野球をやっていた、なんて事を馬鹿正直に話せば、絶対に赤っ恥だ。


「どうしたの?」


「い、いや。うん、ただ漫画が好きなだけだよ」


「そう、なんだ?」


「うん。そうなんだよ」


 彼女は僕の説明に納得したのか、疑うそぶりも見せず、それ以上の追及もなかった。

 僕はそれにほっと胸をなでおろした。

 けれど、その安心も一時のものであることを、その直後に僕は知ることになる。


「ねえねえ、そろそろお昼だし、何処かに入らない?」


「え……」


 買い物に付き合うだけのという約束だったのだが、なし崩し的にお昼を一緒に食べることに彼女の中ではなってしまったらしい。


「ダメかな?」


 彼女は上目遣いで尋ねてくる。

 その表情は少し卑怯だと思いつつ、とは言え、お昼時であることは事実であり、それを断る理由もなかった。


「う、ううん、大丈夫だよ。そうだね、どこか入ろうか」


「うん! それじゃあ、私のお薦めの喫茶店でいいかな?」


「い、いいけど……」


「よし! それじゃあ、ついてきて!」


 彼女は弾けるような笑顔でそういうと、僕の前を歩きだした。



「あそこだよ!」


 歩いて数分、彼女はその場所を指さす。

 彼女が指さす所には、アンティーク基調の古めかしい喫茶店があった。

 『喫茶カープ』という看板が立っている。

 その喫茶店を見て、僕は愕然としてしまった。


「え……あ、あそこ……?」


「うん、そうだよ! 落ち着いた感じでいい処でしょ? この喫茶店はね、よく野球部のみんなと来てるんだ。マスターが野球好きでね、私もよく来るの」


「へ、へえ……そ、そうなんだ……」


 僕は生返事を返すことしかできない。

 僕にとっては、ここの店主の事など聞く必要も、教えてもらう必要もない。

 よりにもよって、この場所なんて……。


「じゃ、入っちゃお?」


「あ、ちょ、ちょっと!」


 カランと鐘が鳴る。

 彼女は僕が止めようと声を掛ける前に既に喫茶店のドアを開けていた。


「ん? どうかした?」


 彼女は敷居を跨ぎ、店内に入った後で、振り向いた。


「い、いや……」


 もう時既に遅し。ここは諦めて入るしかない。

 店内に入ると、外装と同様、アンティーク基調で纏められていた。

 相も変わらず、店内にはお客はいない。

 カウンターの中には、新聞を顔の前に広げて椅子に座っているがたいの良さそうな人物がいる。

 間違いなく店主なのだが、客が入ってきたのに挨拶もない。こちらも相変わらずのようだ。


「こんにちは、マスター」


 彼女は慣れた様子でマスターに挨拶をする。

 すると、店主は顔の前で構えていた新聞を下し、口髭と顎鬚を蓄えた厳つい顔を露わにした。

 そして、店主は彼女を睨むように見た後、その顔を綻ばせた。

 その間に僕は慌てて顔を伏せる。


「よお、由香ちゃんじゃないか! 珍しいじゃねぇか、日曜に来てくれるなんて」


「近くまで買い物に来たんで、そのついでにお昼でもって思って。今、大丈夫、ですか?」


「ああ、もちろん。由香ちゃんなら、いつでも大歓迎だ!」


 いかつい顔に似合わず、優しげに、かつ親しげに彼女と話す店主。

 彼女が先程この喫茶店にはよく来ると言っていたが、店主との仲も良好らしい。……最悪だ。


「おんや? 今日は男の連れが一緒かい?」


「ええ、そうなんです」


 顔を伏せ、彼女の後ろに隠れるようにしていたのだが、当然のように気づかれてしまった。


「むむ……」


 店主は訝しげに唸っている。流石に気づかれてしまったか。


「……もしかして、由香ちゃんのコレかい?」


 上目遣いで見ると、店主は小指を立てていた。


「もうやだ、マスターったら! そんなんじゃないですよ! それに、今時、その小指を立てるなんて古臭いですよぉ」

「ははは! ちげぇねぇや!」


 店主は豪快に笑い飛ばし、それと一緒になって彼女も笑っている。

 僕は笑ってなどいられない。


「好きなテーブルに座りな。あ、注文は叫んでくれれば聞こえるからよ。わざわざ呼ぶ必要ないからな。あ、後、水はそっちのウォーターサーバーから自分で汲んでくれや。いいかい、そっちのお友達君?」


「あ、は、はい」


 店主に悟られないように短い返事だけをする。

 相変わらず――いや、前よりもすごく適当で大雑把な接客になっている。

 客が一人もいないのは、きっとこの接客態度のせいなのだろうと、この時ばかりは思わずにいられない。


「そ、それじゃあ、奥のテーブルでいいかな?」


「うん、いいよ」


 僕が店主から一番見えずらい店の一番奥のテーブルを指さして言うと、彼女は訝ることなく了承してくれた。


「ここのハンバーグ、美味しんだよ? 私には量が多すぎてちょっと辛いんだけど」


 席につくと、さっそく彼女はメニューを取り出し、そう教えてくれた。

 どうやら、味だけは落ちていないらしい。

 彼女がハンバーグを進めてきたので、僕はハンバーグセットとコーヒーに決めた。

 彼女はパスタと紅茶を頼んだ。

 もちろん、注文は彼女にしてもらった。


 このまま店主に気づかれることなく、喫茶店を後にする。

 そのための難関としては、後は、料理を運んでくるタイミングと会計のタイミングだけだ。

 そこさえ乗り切れば、バレずにここを抜け出せる。

 どうせ、ここの店主のことだ。

 料理が出来たら、自分達で取りに来いと言うに違いない。

 後は会計だけど、それも彼女にお金を渡して支払ってもらえれば問題ないはずだ。

 うん。店主には悪いけれど、僕だと気づかれることなく、喫茶店を後にできそうだ。


 けれど、十数分後、その考えが甘かったことを僕は思い知る。


 注文した料理が出来上がるまで、僕と彼女は、雑談をする。

 雑談と言っても、ほとんど彼女が野球部の事、特に浩介の事を中心に一方的に喋っていただけだが。

 彼女のする浩介の話は、どれも浩介が野球部でどれだけ凄い存在かを言い表すものばかりだった。

 彼女はそれを嬉しそうな表情で話す。

 その表情に、浩介が少しだけ羨ましく思えた。

 そんな事をぼんやりと考えつつ、彼女の話を聞いていた時だった。


「へい、ハンバーグセットとパスタ、お待ちぃ!」


 店主が僕らのいるテーブルに、ハンバーグとライス、そして、パスタを持って現れた。

 僕はまたも慌てて顔を伏せる羽目になってしまった。

 なんで、今日に限って店主自らが料理を運んでくるんだ……。


 店主は迷うことなく、彼女にパスタを、僕の前にハンバーグとライスを置く。

 ハンバーグが乗った大皿には、その大半がハンバーグで収まっているが、脇にキャベツの千切りが添えられている。

 僕は顔を伏せたまま、テーブル脇に置いてある、山吹色の液体が入った瓶を手に取る。


「あー、にいちゃん、それはドレッシングとは違う――、って、おい!」


「え……」


 店主が突然声を張り上げたので、僕は瓶から矢吹色の液体を垂らすのを止めてしまった。

 まだ、ハンバーグのほんの少しにしか、液体は掛かっていない。


「おい、にいちゃん。うちは初めてじゃないのかい? よく、それがハンバーグ用のソースだって分かったな?」


「え……あ!?」


 言われて自分が犯した失態に気が付いた。

 この喫茶店のハンバーグのソースは、自家製な上、特殊で、その色からして、一見の客がソースだと思わず、ドレッシングと勘違いしてサラダやキャベツの千切りなどに掛けてしまう。

 だから、それを忠告するために、初めての客には店主自らが使用法を教えることが昔からの定番だった。


 そうか。だから、態々、店主自ら料理をもってきたのか……これは、まずった。


「ホントだ……凄いね、高杉君。それがソースだって良く分かったね? 私も初めての時は、ドレッシングと勘違いしたのに……」


「あ、いや、これは……」


 顔を上げると、彼女も訝しげにこちらを見ている。

 しかも、ご丁寧にも僕の名前まで口にしてくれた。


「あん? 高杉だぁあ? むむむ……」


「う……」


 店主が高杉と聞いて、こちらを睨むように凝視してきたので、慌てて顔を店主から逸らした。

 けれども、どうやらそれは無意味な抵抗だったようだ。


「お、おおお!? お前……! た、達也じゃねぇかあ!?」


 店主は仰天したように僕の名前を叫んだ。

 どうも、僕の努力は報われないように世の中ができているようだ。


「や、やあ、マスター……、ひ、久しぶり……」


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