#2-4
「よ! 有名人!」
放課後、校舎を出ると背後から声をかけかられた。
聞き覚えのあるその声に僕は思わず振り向いてしまった。
「げっ! こ、浩介……。何? これから部活?」
「そうだけどよ……んだよ、そのあからさまに嫌そうな顔はよ? 折角、幼馴染が声をかけてやったっていうのに……」
「馬鹿言え。お前が女の子ならともかく、男の幼馴染なんかに声をかけられて喜ぶ奴がどこにいるって言うんだ」
「うへ……相変わらず、さめてんなー。ちょっとした冗談だってのに」
「わるいね。僕はその手の冗談には乗らないようにしてるんだ」
「あー、そうかい、そうだろうよ。まあ、有名人様もいまは冗談に付き合えるような気分じゃないだろうな」
売り言葉に買い言葉だったが、浩介の言葉にはどうも棘がある。
それにさっきからどうにも気になる単語を耳にしている。
「ねえ、その『有名人』って、何さ? まさか、僕のこと?」
「あったりめぇだろ。お前以外誰がいるって言うんだ」
「……だろうね。で、なんでお前にそんな呼ばれ方されなきゃならないの?」
「そりゃあ、お前……言わなきゃダメか?」
「……いや、いい」
大方の予想はつく。
それが予想通りであって欲しくはないのだけれど、昨日から今日にかけて、僕を取り巻く環境は大きく変わってしまっているから、それしか思いつかない。
「しっかし、お前から浮いた話が出ると思わんかったぞ、俺は。しかも、相手が青蘭のアイドルとは恐れ入ったよ」
「はあ……」
浩介の言葉を聞いて、思わずため息を漏らしてしまった。
案の定、その話だったか。
まあ、今朝の事が朝の内にクラスに知れ渡っているのだから、浩介が知っていてもおかしくないけど。
「お前ね、あんな噂、真に受けるなよ……」
「あん? けど、お前とマネージャーが仲良く登校してきたのは事実だろ? しかも、二日連続で」
「う……そ、それはだな……」
事実は事実なんだが、仲良くという表現は正しいだろうか?
いや、この場合、僕の主観での話は意味をなさないのだろう。
周りからそう見えていれば、そういう事実になってしまう。
僕がどう言い訳したものかと、考えあぐねていると、浩介はにやついた顔でこちらをジロジロと見てきた。
「な、なんだよ……?」
「いんや。ただ、俺としちゃあ、お前がどうやってマネージャーと仲良くなったのか、その辺じっくりと聞きたくてね」
「はあ? べ、別に仲良くなったわけじゃ……。大体、お前これから部活だろ?」
「だいじょーぶ! ちょっとくらいなら、遅れても問題なし。つーか、うちのマネージャーの一大スキャンダルを放って置くことはできん。その真相が分かるってんなら、監督もキャプテンも遅刻くらい大目に見てくれる。と言うか、もう許しはもらってる」
「おいおい……」
それ、野球部として全然大丈夫じゃない。
マネージャーの事だけで部活動そっちのけなんて、うちの野球部は本当に甲子園を目指しているんだろうか……。
「で、本当のところはどうなんだ? 達也」
「ほ、本当も何も、僕は彼女とは何でもないよ」
「ほう……じゃあ、二日連続の仲良く登校してきたのは、どう説明してくれんだ?」
「そ、それは……」
し、しつこい。
まさか、コイツがこんな事をここまで気にするなんて……。
僕の中の浩介のイメージは、野球バカで、色恋沙汰なんて気にも留めないそんな人間だったが、それは僕の勝手な思い込みだったんだろうか?
「言っとくが、お前がゲロるまで俺は諦めんぞ。もちろん、お前もそれまで帰れると思うな」
「な、なんつー横暴な……」
僕は浩介の強情さに負け、昨日と今日とで彼女との間であった事を話した。
もちろん、メールの件は伏せて、だが。
「そうか、マネージャーの方からだったのか。なるほどねぇ」
僕の話を聞いて、浩介は不思議と納得していた。
きっと疑われると思っていた僕としては肩すかしな反応ではあった。
けれど、話がややこしくならずに済むから助かる。
「これで分かっただろ? 僕は彼女に何もしてないし、する気もない。むしろ、迷惑してるのは僕の方だよ。大体、野球部のマネージャーなんだから、野球の事も野球部で学ぶべき――そうだ、そうだよ! 野球部で教えるべきだ! 浩介からも彼女に言ってやってくれよ?」
自分で言っていて、なんで今までこんな当たり前なことに気づかなかったのかと、呆れてしまう。
「あー、うん、俺も出来ればそうしてやりたいところだけどよ。それ、無理だわ」
「は? なんで?」
「まあ、なんつーか、うち、そういった余裕が、いまあんまないんだわ、正直言って」
「……秋の大会か?」
余裕がないと聞いて、思いついたのが春の選抜高校野球に向けての地方大会だった。
「ま、そういうことだ」
「け、けど、それだって、マネージャーの知識不足は困るだろ?」
「いや、まあ、ホントの事言えばそうなんだけどな。けど、そっちは部員の方でカバーできるっつーか……正直言って、今は俺達の身の回りの世話をしてくれているだけで、十分ありがたいんだよ」
それは詰まる所、冷たい言い方をすれば、身の回りの世話以外の事を彼女には求めていないということだろうか?
浩介は野球の事となると、結構ドライなところもあるからな……。
「だから、さ。俺達が何か言ってマネージャーのやる気に水のさすのもなんだから、お前が引き受けてくれると正直助かるって話だ」
「……それ、本気で言ってんのか? 僕は……」
「いや、お前には悪いとは思ってる。けど、ここは俺に免じて頼むよ、達也。マネージャーもお前に教わりたくて頼んだんだろうし」
浩介はすまなそうに頭を下げてお願いしてくる。
それを見ていて、僕はあることを思い出した。
「あ、思い出したぞ、浩介! お前、彼女に僕の事を教えただろ?」
「あん? 何のことだ?」
「とぼけるなよ。そうじゃなきゃ、そもそも、彼女が僕に教わりたいなんて言い出すはずがないだろ!」
「はあ? 言っている意味がさっぱりなんだが……」
浩介はあくまでも知らぬ存ぜぬを突き通そうとしている。
けど、それは通じない。少なくとも、コイツは彼女に僕の名前は教えている。
それ以外のことは、昨日今日と彼女と話した感じでは知らないように思えたけど、それもそうとは言い切れない。
それにさっきの話を聞いて、もしかすると、こうなってしまったのは、全部浩介の思惑によるものという可能性も出てきた。
この際、浩介には彼女に何を話したのか、洗いざらい喋ってもらおう。
「あ、流石にそろそろ行かねーと、ヤバイわ。じゃあな、達也。またな!」
そう言って、しゅたっと浩介は右手を上げる。
「こらこら! 都合が悪くなったからって逃げようとするな! こっちも正直に答えたんだから、お前も答えろよ!」
「いや、正直もなにも……大体、俺がお前についてどうこう言ってたとしても、結果は変わってないと思うぞ。ちょっと癪だが、彼女の興味を引くような事を先にしたのはお前なんだからな。まったく、あの子に興味を持たれるなんて、羨ましい限りだぜ」
「お、お前ね……」
浩介め、開き直っただけでなく、僕の責任にした挙句、羨ましいとかどの口が言うのか。
これはこれ以上問い詰めても、きっとコイツは吐かないだろう。
「はあ……もういいよ。部活、さっさと行きなよ」
「ん? そうか? それじゃあ、お言葉に甘えて、頑張ってくるぜ!」
浩介は威勢よく、グラウンドの方へ駆けていく。
だが、数歩進んだところでこちらに振り向いた。
「あ、そうだ。最後に一つ言っておくぞ」
「なんだよ?」
「これは忠告なんだが……もしだ、もしだけど、お前が彼女に何かしたり、あったりしたら、全校の男子達がただじゃ置かないから気を付けるように」
「……は?」
「もちろん、俺もだ。たとえ、達也だろうと、それだけは許せないし、譲らないからな」
笑いながら冗談めかしに、浩介はそんなおかしな事を言ってきた。
けれど、その目は笑っていなかった。
「ちょっと待て! それはどういう――」
「ま、気を付けろってことだよ!」
僕が言葉の真偽を尋ねようとする前に浩介は、全力疾走でグラウンドに向かっていってしまった。
あっけに取られつつ、その遠ざかる背中を僕は見続けた。
その背中が見えなくなった後、僕はポケットからスマホを取り出し、彼女からメールを画面に表示する。
「気を付けろ、ね……」
妙に耳にこびりついたその言葉を口にしつつ、僕は彼女からメールへどう返すべきか考えていた。