#2-2
教室に入ると、既に大半の生徒が登校してきていた。
自分の席へと向かう道すがら、クラスメイトへ挨拶していく。
けれど、返ってくる挨拶は何かいつもと感じが違う。
ちゃんと挨拶は返してくれるし、皆同様に笑顔だから、何がどう違うのかは、はっきりと言い表すことできない。
それでも、やはり僕に対する反応に違和感がある。
その違和感の正体が分かったのは、一限目の授業が終わった後の休憩時間だった。
「よお、高杉ぃ!」
軽薄そうな男子生徒が馴れ馴れしく呼びかけてきた。
彼の名前は、坂田敏雄。クラスの中で一番のチャラ男として、僕は彼を認識している。
彼とは仲が良いわけでもないし、これまでさほど話したこともない。
そもそも、地味な僕と彼では相性も良くないと思う。
そんな彼が僕に話し掛けてくるなんて、どうしたことだろう?
「えっと……何?」
「何って、そりゃあ、お前、決まってんじゃん」
坂田君はニヤニヤと怪しく笑っている。
この笑み、あまり好きじゃない。
それに言っていることも意味不明だ。
「決まってるって言われても、僕には何のことか分からないんだけど……」
「またまたー、とぼけなさんなって!」
「とぼける? なんで、僕がとぼける必要があるのさ?」
「およ? その反応、ホントに分かんないわけぇ? ははーん、知らぬは当人ばかりって奴かねぇ」
坂田君の怪しい笑みをさらに濃くしている。
その笑みを見ているだけで、気分が悪くなってくる。
だから、つい、語気が強くなってしまった。
「何なのさ、一体!」
「おっと、恐い恐い! そんなに怒りなさんなって。つかよ、今の怒るとこか?」
彼は何一つ動じた様子なく、へらへらと笑っている。
どうも、彼は僕を怒らせている原因が自分にあると分かっていないようだ。
「まあ、いいや。お前さ、今、クラスで注目の的になってるの気づいてる?」
「え……注目の的? なんで?」
坂田君に言われて、周りを見渡す。
すると、こちらに向けられている視線がいくつもあった。
女子も男子も、こちらを見ている。特に男子からの視線が何故か痛い。
「……どういうこと?」
僕は声を潜めて坂田君に訊いてみた。
すると、流石の坂田君も場の雰囲気を察してくれたのか、僕を見習って声を潜めて答えてくれた。
「どうもこうも、お前、今朝、あの学校のアイドル、高橋由香と一緒に仲良く登校してきただろ? その事で、朝からずっとお前の噂で持ち切りだ。もしや、あのアイドルに遂に彼氏が出来たかってねー」
「え!?」
予想もしていなかった答えに、僕は思わず声をあげて驚いてしまった。
その声で、さらにクラスの視線を集めてしまった。
僕は慌てて、手で口を塞ぐ。
なんだそれ……。
今朝の今で、なんで、そんな噂になっているのか……。
「ちょっと聞くけど、さっきからこっちを見る男子が妙に殺気立ってるのって……」
「そりゃあ、お前、皆のアイドルに手を出せば、そうなるだろうよ。しかも、それが高杉みたいな冴えない奴なんてことになりゃあ、全校の男子生徒が殺気立つってもんだよねぇ」
「ぐあっ……やっぱりか……」
なにやら、とんでもない勘違いされ、僕のクラスでの立ち位置――いや、この場合、学校での立ち位置は最悪のものになろうとしていた。
「んで、実際のところ、どうなのよ? やっぱり、お前、高橋の彼氏なわけぇ?」
「バッ……! ち、違うよ、断じて違う! 僕は高橋さんとはそんなんじゃないよ!」
「んじゃあ、今朝のは何なんだよ?」
「そ、それは……」
それはこっちが聞きたいくらいだ。
そもそも、今朝に限って、何故彼女が話し掛けてきたのか、僕には分からない。
「し、知らないよ。突然、彼女の方から話し掛けてきたんだ」
「高橋が、お前にぃ?」
坂田君は僕の言っていることが信じられないのか、疑いの目を向けてくる。
「ほ、本当だよ! 疑うなら、高橋さんに訊いてみるといいよ!」
「ま、お前がそういうなら仕方ないかー」
坂田君はしぶしぶ納得して、自分の席に戻っていった。
その日、僕に対して注がれる視線は、時間が経つにつれ、緩和していったが、それでも、数人の男子からは睨まれ続けた。
どうやら、その数人というのは高橋さんの熱狂的なファンらしい。
一日中、肩身の狭い経験をした僕は、ホームルームが終わると、すぐに学校を飛び出した。
家に帰って、いつもの『日課』を終わらせると、僕はベッドに倒れ込む。
「つ、疲れた……」
昨日以上に、精神的な疲労が蓄積していることを実感する。
なんで僕がこんな目に合わないといけないのか……。
そんなやりきれない思いを抱えつつ、僕は夕食の時間になるまで、眠りについた。